明治四年の東京庶民

江戸・東京庶民の楽しみ 100
明治四年の東京庶民
四月戸籍法発布/七月廃藩置県/十一月岩倉使節団、欧米に出発
・江戸時代を凌ぐ「開帳」の人気
 明治四年の正月早々、上野山下では柳川一蝶斎の手妻の芝居が興行。二月に入ると、牛島牛御前の王子権現、どぶ店長遠寺において総州中山法華寺祖師の出開帳、小石川伝通院では百三十八年目の慈眼院沢蔵司十一面観世音が開帳された。また、明治になって初めての活人形の見世物も浅草寺奥山で興行されている。三月には、西新井惣持寺の弘法大師開帳、本所回向院で相州関本最乗寺の出開帳、上野谷中門養寿院の準提観世音開帳、相模大聖寺不動尊の開帳、と続々催された。なお、相州関本最乗寺の開帳は、道中の送迎が江戸時代さながら派手やかに行われ、道筋は見物人でごった返した。開帳中は、朝参りから大勢の人で賑わい、蹴鞠や道化など色々な見世物が催された。道了菩薩の到着から数えて開帳60日間の人出は、講中や参詣人などを合わせて数万人にも達したと思われる。
 花見については、二月の半ば頃から隅田川の堤でサクラが咲きはじめている。上野は、前年にも増して賑わい、山内の茶屋の他に280軒余りの店が出た。三月の花見の人出は、上野だけでも10万人を超え、連日ごった返したと推測される。花に関連した行楽として、染井栽木屋で行われた、躑躅花壇で「源氏五拾四帖」を再現して見せるというものであった。秋は、菊の造り物(菊人形)、染井・巣鴨・団子坂に加えて、招魂社、麻布広尾の笑花軒にも飾られた。サクラの花見に比べると一度に訪れる客は少ないが、キクは開花期間が長いことから、数万人の来訪があっただろう。
 五月になると、九段坂上の御薬園跡に、西洋の物産が市のように出て、これも大勢の人々が訪れた。招魂社の祭礼には、花火などのこれまでの出し物に加えて、競馬、曲馬などが催された。招魂社境内では、十一月にスリエ曲馬団が男女曲馬を興行している。もっとも、この曲馬興行は見物料が高かったことや、すでに日が短く寒くなっていたことなどもあって、見物客は少なかった。十二月、増上寺後方で池に氷が張り、氷上を近辺に在留している外国人たちが滑って遊んでいるのを、見物する庶民の姿が多数見られたという。
・祭も盛んで、市民は遊びに夢中
 祭は、六月に日枝神社で山車や踊りなどが出て賑わった。八月の市ヶ谷八幡宮例祭は、山車11輌と踊りに練物が出た。九月の神田大神祭礼は、踊りはないものの神輿と山車14輌が出た。牛込赤城社の祭礼も、神輿と山車18輌に踊りが出た。また、十一月には、豊明節会(トヨノアカリノセチエ)による氏神祭。世上一統を祝って、軒には挑灯を掲げ、山車を曳きでて東京中を賑わした。東京と呼ばれるようになっても、江戸っ子たちは祭が好きで神輿や山車を引き出し、踊っている。これらの祭に参加・見物した人たちは、山車の数から推測して万単位の人数である。
 旧朱引き内(江戸)の人口は、いまだ50万人台。にもかかわらず、昔からの遊びに興じる庶民の数は、江戸時代を凌ぐような勢いを見せている。そして一方では、遊びに夢中な庶民をよそに、新しい明治の動きも徐々にはじまっている。町の様子も少しずつ変わりはじめ、人力車が町中をわがもの顔で走り回る。庶民の裸体禁止が強化され、市中取締りの布令が出された。また、ポリス3千人が町中に配置され日夜巡査するようになった。娯楽はもちろん、庶民の生活全般についても干渉するべく、そのための体制が整いつつあった。しかし、庶民は浮かれ歩くことに忙しく、江戸時代の「三日触れ」がまた出されたていった程度の認識しかなかった。
─────────────────────────────────────────────╴    

明治四年(1871年)の主なレジャー関連の事象
─────────────────────────────────────────────╴    

1月B上野山下に柳川一蝶斎てづまの芝居興行/武江年表                        1月○東京府下、平民人口、59万人
2月B牛島牛御前王子権現開帳
2月Bどぶ店長遠寺総州中山法華寺祖師開帳
2月B小石川伝通院で慈眼院沢蔵司十一面観世音開帳
2月B浅草寺奥山で西国三拾三所観世音霊験の活人形見世物出る
3月B西新井惣持寺弘法大師開帳
3月B本所回向院で相州関本最乗寺開帳、蹴鞠見世物や音曲道化催される
3月B上野谷中門養寿院準提観世音開帳
3月B王子稲荷社臨時祭礼
3月B上野の花見の頃、山内茶屋他280軒余り出店
3月B相模大聖寺不動尊の開帳
3月B染井栽木屋で、源氏五拾四帖をなぞった躑躅花壇を見せる
3月○東京・京都・大阪間の郵便業務が始まる
4月○太政官布達、平民の乗馬を許す
4月○新貨条例
5月B招魂社祭礼、同所前で昼夜花火・懸賞競馬執行・袂時計等/+兵部省
5月○招魂社祭礼で四戸三平が碁盤乗り曲馬行う
5月B九段坂上御薬園の跡で南校物産局所蔵の渡来品を飾って見せる、終日見物人多数
5月B大川通り花火揚げ始まる(28日)
5月○吉原大火で花川戸等へ遊女屋立退所を設け商売
6月B吉原大火で花川戸町、山の宿、田町辺へ遊女屋立退所を設け商売開始
6月B日枝神社祭礼、神輿渡る、麹町で山車・伎踊等催し賑わう
6月○この年から盆休みを三日間とする
7月B両国橋辺大川茶屋で花火あり、納涼の舟は少数にて逍拝
8月B人力車の数が激増、豪華な蒔絵付もでる
8月○千住に黴毒院が開設、遊女の梅毒検査実施
8月B市谷八幡宮祭礼、山車11輌、伎踊練物等出て賑わう
9月B神田大神祭礼、神輿と山車14輌神田橋御門入る(伎踊は入らず)見物群集する
9月B牛込赤城社祭礼、神輿渡り・山車18輌・伎踊等出て賑わう
9月B染井巣鴨団子坂に菊の造物あり
9月B招魂社祭礼、競馬・相撲・菊花壇・飾り物等、参詣人多数
9月B南御楽園が染井村植木屋の庭になる、菊花壇や盆種見せる
9月B麻布広尾笑花軒で菊花の造物を見物させる
9月○新貨幣御鋳造(一銭、半銭、一厘鋳造)布告
10月B招魂境地で外人による曲馬の見せ物、退屈で値段が高いなどで、見物人少数
10月○ポリス三千人を配し、日夜市中を巡査   
11月B豊明節会、軒に挑灯を掲げ、山車・伎踊台など出て東京中が賑わう
11月S府下一般氏神祭行われ、踊屋台・地走りなど出て賑わう/新聞雑誌
11月B外神田鎮火社御祭礼、当年より11月15日になる
11月○浅草寺五重塔、修復費のため有料で登らせる
12月B賤民の裸体禁止
12月B招魂社内で歳の市始まる
12月B増上寺後方で池に氷が張り、氷上を外人等が滑る姿に見物人多数
12月○吉原の妓楼、3層や5層にし西洋風の改築増加