分からぬ憲法に浮かれる庶民年

江戸・東京庶民の楽しみ 119
明治二十二年の憲法発布に浮かれる庶民
二月大日本帝国憲法発布・森文相暗殺/十月大隅外相暗殺未遂

憲法発布で市民レジャーが活気づく
 前年にも増して市民のレジャー活動は活発化し、新聞にはあちこちの行楽地の様子が紹介されている。一月には、正月の浅草をはじめに、牛込神楽町の初寅・毘沙門天の開運小判守札、金比羅初縁日、川崎大師などの賑わいの記事がある。二月、節分には、それまで観音の手の数3333の守札では足りず、数万になったと。蒲田・亀戸・向島等の観梅に相応の人が訪れているが、まだ男性が大半を占め、女性は二割以下であった。三月になると、向島梅屋敷は、観梅に訪れる人で、休日でもないのに腰掛けが足りないほどだという。四月の花見は、どこも朝から人の山と書かれるくらいの人出。品川・台場付近の潮干狩りの賑わい。五月には、これまで無料で見せていた大久保のツツジを有料にするとの記事。大勢のファンの要望に応え、義士討入の活人形や吉良邸門を赤躑躅でつくるなど趣向を凝らした興行になった。夏の風物詩、入谷の朝顔市は、榎本武揚文部大臣や岩崎弥太郎などが馬車や人力車で訪れたが、人でごった返し通れないほどの混雑状況であった。ちなみに、植木屋丸文が一日に売りさばいた鉢数は、約7百鉢、植木屋横山が5百鉢にもなったという。
 二月、紀元節を期して大日本帝国憲法が公布され、国を挙げての大セレモニーが行われた。新聞は「憲法祭に付き、去る五日ごろより、国旗の値段が一日増しに14・5銭ずつ騰貴したるのみならず、下町の旗屋は昨今大小ともたいてい売り切れ、中位の品あれども、品切れと称えて売り控えの姿なりと」報じている。東京の各所では、大がかりな飾りつけが行われ、国旗が波のように翻っていた。品切れしたのは国旗だけでなく提灯、また式典用の洋服や帽子なども値上がりし、酒が品薄となり、花柳界も賑わった。この憲法発布イベントは、お金の循環を良くし好景気を引き起こし、市民のレジャーを活発化させるのに大きく貢献した。
 大日本帝国憲法は、天皇から与えられた欽定憲法である。自分たちの手で、という自主的なものではなく、当然ながら、盛大なイベントも仕組まれた官製の祭にすぎなかつた。その典型が、憲法発布式典の終了後、天皇が観兵式へ向かう時にはじめて発せられた「バンザイ」であった。「バンザイ」の起源は、すべての国民が高揚しうる慶語を、いうことで創作された、明治期の造語とされている。宮城付近での万歳三唱は、小雪が舞っていた午前中から校旗をささげて待たされていた、府内の学生や生徒たちによって行われた。
 観兵式へ向かう天皇の沿道には、東京中の山車が曳きだされ、多くの人々が動員された。官主導の大イベントは、外国人から見れば異国趣味を満足させる魅力的なパレートに映ったのだろう。大きな人形や風景の飾り物の山車、山車の前には色とりどりの衣装をつけた芸者たちが練り歩き、最も美しかったのは、人足の扮装をした芸者の一団であった、とベルツの日記に書き残されている。さらに、彼は、動員された人々の誰一人として憲法の内容について知らないのは、「滑稽なる哉」と皮肉っている。
・行楽もハイカラ嗜好で
 この年の行楽関連の記事は、一言でいえばハイカラなものが多い。三月に海軍軍楽隊の演奏付きのボート競漕会。四月にも17組みも出場する高等商業のボート競漕会などが続く。また、三月に浅草区内の私立小学校が上野公園で運動会を催したのをはじめ、四月には神田薬学校、東京専門学校などが飛鳥山で運動会を開催している。学生たちの運動会では、弁当に酒樽を開くというスタイルが定着していたようだ。柳盛座は全員が島田髪で運動会をしたという。五月、神田の国民英学会の運動会では、日本初の西洋遊技が公開された。六月には、大森村に射的場開場、三百・五百ヤードの二射的場ができた。八月、大磯の海水浴場には、西洋寝巻を纏いで泳ぐ女性が増えたとか。さらに、政府高官が主催した観桜会園遊会華族大射的会、音楽を鑑賞会などの記事がたびたび掲載された。
 八月には上野公園で、徳川家康が開府三百年を記念して、東京開市(江戸開府)三百年祭が催された。祭典式は、祭主松平容保、副祭主酒井忠顕らによって執り行われた。開場となる不忍馬見場入口にアーチが作られ、上野近傍の四ヶ所に大国旗が交叉された。町々には提灯や国旗が掲げられ、二三の町から山車や踊屋台もだされ、神楽の奉納などがあった。日曜日には、早朝より上野公園に多くの人が押し寄せ、出店などで賑わった。
 三百年祭の盛り上がりは、憲法祭に比べて明らかに劣り、上野近辺の商店街の催しといった程度のスケールであった。庶民の側は、自分たちの祭を盛大に催すだけの経済的なゆとりも、組織も、江戸時代に比べて低下していた。それでも、町が自主的に祭を行うこと自体が、政府によって制限されているなか、庶民にできる精一杯の祭であったことは確かだろう。この時、新聞は、江戸開府三百年に祝祭の意を表すことは、「東京市民の分として不相当なことにあらざるべし」と。めでたいはずの東京開市(江戸開府)三百年祭にしては、妙に歯切れの悪い書き方をしている。
 警視庁統計書によれば、この年の見世物興行数は462、延べ興行日数は17538日であった。この数値から推測すると、500万人近い市民が見ていることになる。欧州より帰朝した松旭斎天一の奇術、早竹虎吉の軽業、英国人エーチノアの手品、チャリネ一座の再来日など、見世物の記事は多い。なお、当時の統計は、112興行の道化踊り(3346日)、29興行(340日)の相撲なども含まれていた。四百日を超える種目は、手品・活人形・軽業・諸畜・造り菊・盆栽・器械人形の順であった。たぶん、明治年間で最も多くの見世物観客数があったのではなかろうか。十一月、残酷な見世物が禁止になった。                                                 ─────────────────────────────────────────────╴    

明治二十二年(1889年)主なレジャー関連の事象                                                 ─────────────────────────────────────────────╴    

1月H牛込神楽町毘沙門天初寅、開運小判の守札を出し雑踏を極め植木商人も非常に出たり/郵便報知
1月H川崎大師、臨時汽車乗客3379人、738円
1月Y金比羅初縁日、虎ノ門下谷両神社賑わう/読売
1月G荏原郡池上の鉱泉、風景勝れて、都人士の一閑遊地となる/時事
1月H川崎大師、臨時汽車乗客3379人、738円
1月H回向院の大相撲、十日間で23445枚、2647円
2月H節分供養、浅草観音の守札、3333枚を数万枚に施興
2月Y憲法発布式を記念して東京中が賑わう
2月H松旭斎天一憲法発布日に宮中で天覧奇術
2月H観梅、蒲田・亀戸・向島など相応の人出、男8・女2の割合
3月H水天宮の縁日、好天気で参詣者非常な賑わい
3月H大磯で磯干(潮干狩り)、東京からの客を今年から待ち受ける
3月G向島梅屋敷の梅林、平日でも観客が腰掛けに満ちる
3月Y松旭斎天一、回向院での奇術、欧州より帰朝にて大人気
3月Y梅見と彼岸と日曜が重なり、上野、王子、向島、亀戸など賑わう
4月M向島の堤通り、開花中9~16時は牛馬諸車通行止め/都
4月H愛宕山の掛茶屋、眺望を防ぐため三軒残して取り払い
4月H品川・台場付近の潮干狩り、船残りなく貸切り掛茶屋が賑わう            4月Y上野など花の名所は朝から人の山、柴又の渡し船は200円の収入    

4月Yサクラ花満開の品川御殿山で小学校の運動会盛ん
4月M隅田川のボート競漕会、余興に大烟火打ち揚げ
5月Y靖国神社大祭に花火奉納、例年通り競馬・相撲を挙行
5月 浅草公園奥山に釣り橋が作られ、料金1銭、橋からは作り富士も見え、甲州猿橋の趣
5月Y亀戸天神のフジ、本所栄寿園や芝新仙園のボタンに人出
5月Y神田国民英学会、飛鳥山で運動会、日本初の西洋遊技を公開
5月M芝区の公立小学校3300余人、七時から三田の兵器製造所の用地で大運動会
5月Y両国回向院の大相撲、十日間で1312円
6月H弥生社の大祭、宮殿下・大臣・高官・将校など数千人、相撲・手品・立食などあり盛況
6月H日枝神社大祭、憲法発布式の後にて質素を旨とし、境内には見世物2・3程
6月 大森村に射的場開場、三百・五百ヤードの二射
6月H新富町の桐座、開場以来評判であったが突然閉場
6月 上野公園で青年絵画共進会が開催される
6月M洲崎弁天開帳 
7月H軽業師早竹虎吉、日本橋中州で興行
7月H英国エーチノアが浅草猿若町文楽座で手品を興行、特別1円、上等30銭~下等8銭
7月H入谷の朝顔市が繁盛する、アサガオの値段は大鉢が25~30銭から小鉢1~5銭
7月H草市、涼みに人形町など混雑、牛午2銭、芋売1銭間瀬垣1.5銭灯籠3銭蓮葉2銭等揃え12銭が8銭に
7月H賽日、浅草は午前10時に雷門から仲見世は一杯、釣橋の運動場・猿橋は大当たり
7月H川開き、水陸とも賑わい、新大橋から元柳橋に氷水屋91・飲食68・その他7・見世物5軒等
7月Y浅草花屋敷に桜田の変等のジオラマ興行
8月C婦人の海水浴が大磯などで盛んになる⑰/朝野新聞
8月H上野公園で、東京開市(江戸開府)三百年祭が行われる
8月H虎ノ門金比羅神社縁日朝参りから賑わう、見世物・氷水屋・甘酒・鮨屋・団羽・西洋小物・果物等8月Y柴又帝釈天、甲の月の庚申で参詣人多く渡し船場雑踏
8月Y深川八幡大祭、山車など出てかなり賑わう
9月M松旭斎天一、少女を大砲に入れて打ち放つ業等を興行
9月Hチャリネ一座再来日し、浜町河岸中州で曲馬興行
9月H青山熊野神社大祭、山車・地走り・手踊り等出て賑やか、麻布桜田神社大祭、軒提灯・灯籠掲げ祝意9月H愛宕神社大祭、山上に神楽丼に踊り、囃子台作る
9月H新富座の政談大演説会、入場止めの3000人余
10月H上野公園で小学校教育品展覧会、日曜は11744人入場、当日券は4344枚売る
10月Y団子坂の菊人形、忠臣蔵回り舞台があって大人気
10月Y大伝馬町のベッタラ市、夜から賑わう、売物は粕漬け大根
11月 浅草公園のお富士さん再興、山開き
11月H初酉、牛肉店いろは15店、人力車数百輌連ね浅草へ
11月H靖国神社例祭、独楽や居合抜き、覗き眼鏡など盛況、競馬あり
11月G歌舞伎座開場(上等桟敷四円70銭、上等平土間二円80銭)⑬
11月H二の酉、午後五時までに人造富士に1200人程上がり飲食店も充満し上景気
12月H納の金比羅縁日や納の帝釈天の庚申、賑わえり
12月H浅草歳の市、天気よく多数訪れるがその割に公園内の飲食店等の客少なし
12月Q浅草雷門前の蓑市、しだいにすたれる/毎日