遷都五十年に浮かれる大正六年前半

江戸・東京庶民の楽しみ 156

遷都五十年に浮かれる大正六年前半
 大正六年、総選挙は行われたが戦争を遂行するための政治は変わらず、物価の値上がりは止めを知らず、買い占めや売り惜しみを規制する物価調節例を制定するが効果は少なかった。九月に金本位制を停止し、インフレーションが進行することになる。
 事件としては、九月三十日から十月一日にかけての台風は市内の死傷者1,470人、行方不明54人という大災害。さらに諸物価の値上げと、この年は市民にとって恵まれた年とは言いがたかったが、ことレジャーについては盛況であった。それは、成金の避暑旅行が流行るなど、景気のよい人々につられるように、市民も騒いでいたからだ。流行歌は、「コロッケの唄」「さすらいの唄」など。もり・かけ蕎麦の値段、4銭から5銭に値上げ。駄菓子屋の芋羊羹、餡こ、附焼パン、みつ豆、文字焼、肉桂、レモン水、ラムネ、ミカン水など、何れも5厘~1銭。
・一月「江戸の昔の面影床しく 猿にも似たる梯子乗り」七日付東朝
 この年、の恵方に当たるのは西新井大師。除夜の鐘が鳴る頃にはすでに自動車が7~8台、人力車が3~40台並んでいた。もっとも混雑したのは元旦の午後一時頃から夕方までで、その間、約3万人の参詣人があった。恵方に当たったのは八年ぶりとあって、護摩札が2千、厄除守りが3万、お賽銭も相当な額にのぼったようだ。初詣客が多かったのはやはり上野と浅草。特に不忍池の弁財天は干支にちなんだ開運出世のお札をいただこうとする人で大変な混雑。浅草もお堂の近くでは下駄の響きと雨のように投げ入れられる賽銭の凄まじい轟きが聞こえるばかり。活動街の賑わいは言うにおよばず、浅草公園内は正月のあいだ、ただただ人で埋まっていた。
 正月気分は、六日になってもまだ残っていて、出初式を見に来た人たちは「内外公園の高台に人垣を作りて其数約五万」とある。数の真偽はともかく、前年よりももっと大勢の人々が見物したことがわかる。もちろん二日から仕事を始めた人もいるが、正月の行事は七草粥の七日、つづく陸軍始観兵式・・・八日あたりまで延々と続いた。陸軍始観兵式は、寒風吹き荒れる六日、本番さながらの予行練習が行われた。八日も厳寒の中1万7千の精鋭が二重橋前の宮城外苑で、三十五分間にわたって閲兵をうけた。中には、二重橋を背景に絵さながらに美しい観兵式を見ようと、二時間も前から寒さに震えながら待つ人もいた。周辺には数千人もの市民がひしめいていたが、桜田門前の芝生に入場を許されたのは拝観券をもった人だけであった。
 この年の藪入りは、帝国館・三友館・みくに座・日本館・帝国劇場などの劇場及び映画館が賑わいを見せたようだ。大相撲春場所はたまたま千秋楽が日曜日に当たったこともあり大入りを記録。その上連勝中の大関大錦が横綱太刀山を破って場内は大熱狂。それでも、大錦の横綱昇進はまだ二十七才の若年、という理由で見送られた。
 二十一日の初大師は日曜の上に好天にも恵まれ、電車十四台を二十台に増したがなおも鈴なりの景況であった。二十八日の初不動も日曜日、深川不動尊には午前四時から参詣人が訪れ、五時半の市電開通と同時に人の波が押し寄せた。大手町・洲崎間と黒江町・押上間の市電はいずれも満員、境内には繭玉屋や雑貨店等が数多く軒を並べ非常に賑やかであった。
・二月「何処も上景気の豆撒き」五日付東朝
 二月はまず節分から、市内近郊の豆撒きは、午後二時から浅草観音、六時から亀戸天神・川崎大師、七時から神田明神・穴八幡・西新井大師、八時から深川不動・岡崎町不動・目黒不動・穴守稲荷・岩淵観音・人形町観音・湯島天神・芝琴平、九時から豊川稲荷・西久保身替不動・深川八幡、十時から柴又帝釈天大鷲神社・浜町清正公という具合に開始。この他にも成田不動、太田呑龍、野田勝軍地蔵、妻沼聖天、不動ヶ岡不動、野毛の不動、鎌倉半僧坊などがあった。節分会が土曜日だったので「何処も上景気の豆撒き」(東朝)と賑わっている。深川八幡が女優森律子、豊川稲荷が力士の栃木山を呼んだように、年男・年女にあたる役者や相撲取りを呼び、それをイベントの「目玉」にするところが増えてきている。
 紀元節は、日曜日でしかもまれにみる晴天。上野公園では国民美術協会や風光会が展覧会を開催、動物園には家族連れをはじめ午後二時半までに3千人が入った。浅草は、客を呼ぶ嗄れ声の合奏に群衆から起こるどよめき、また俗悪な楽隊の囃子に追いまくられる子供の歓声・・・という何とも騒がしい状態。郊外へは梅見客(観梅回遊切符1500枚売れる)がどっと繰り出し、それに伴い市内の電車は増発896台、乗車人員は67.7万人との記事(東朝)。この年の二月は比較的暖かであったのだろうか、森鴎外は、二十四日に娘の類と銀座に出かけ、「日比谷公園に憩う」と。翌日も「妻、茉莉、杏奴及類遊浅草」とある。
・三月「行楽の中心は奠都博」十八日付讀賣
 十五日から東京奠都奉祝博覧会開催。これは江戸奠都50周年を祝い、上野不忍池畔で約三カ月に渡って催されたもの。呼び物は、京都三条大橋を始点とする東海道五十三次の模型に、明治維新から50年間の歴史的地理的社会的参考資料の珍品奇品など。出品は三府六県、三植民地にわたった。中国・朝鮮・台湾の建物については、「関東州の大陸的気分と朝鮮の丹碧錯交した色彩と台湾館の異彩」(讀賣)とある。
 十八日の日曜は彼岸の入り、暖かなこともあって市内及び近郊へと行楽の人出、森鴎外が家族揃って訪れた奠都博覧会には3万7千人あまりの人が入場した。浅草は、どこも午前中で満員になっており、博覧会を凌ぐ人々が訪れたものと思われる。他に、向島百花園、木下川、小村井、蒲田などの梅園、また江ノ島や鎌倉、六阿弥陀や墓参りなども賑わった様子。なお、鶴見の花月園では、「花月園散歩デー」を開催、百年前と百年後の対照見世物、乗って危なくない飛行機、大象の鼻滑り、活動写真、猿芝居等を毎日演じ、便利な「世話なし切符」を電車の往復に弁当付きで60銭にて販売。次の日曜日、二十五日も鴎外は家族連れで博覧会に出かけている、その日の入場者数は2万8千人。
・四月「花に浮れた満都の人」九日付東朝
 三日は神武天皇祭で祝日、曇り空であったが暖かくサクラも開花。森鴎外は、家族揃って上野へ出かけたが雨が降りだし帰る。新聞(以下東朝)は、咲き始めた花と花見の人出を「花の見頃は今度の日曜日」、「今年の桜は大景気」といった具合に連日掲載。八日の一番の人出は鴎外が妻と類を伴って再び出かけた上野。その賑わいと、さらに飛鳥山では仮装した人々が鳴物入りで陽気に騒ぐ、向島では三味線太鼓で陽気な船の繰込むと、なかなか情緒ゆたかな様子を伝えている。十一日は麻布三連隊のお花見会、兵隊とその家族の花見を紹介。十六日付は「づぶ濡のお花見」「上野飛鳥山名残りの賑ひ」という見出しで、飛鳥山では七日から十四日までの八日間の間にケンカが268件、迷子が158件など警察が把握した“事件”の数が示されている。飛鳥山では、単純に平均しても一時間に3件、二十分に1件の割合で喧嘩が起きていたということになる。また、一日平均20件もの迷子があったというから、鳴き声がとだえることもないような状態だったのだろう。警視庁からは三月、各署に「花見行列の取締」のお達しがあったが、実際には警察は花見の騒ぎをかなり大目に見ていたことがわかる。
 花見が終わると市民の関心は、自然と遷都奉祝博覧会へと移った。まず、奠都博覧会を記念した京都・東京間、昼夜兼行の東海道五十三次駅伝競争が開催。駅伝は二十七日にスタートし、二十九日の午前十一時三十四分に博覧会会場に到着した。沿道で応援する人は、品川に入ると市電の終点に黒山の人だかり、さらに伊良子坂下まで来ると沿道両側の人垣はますます厚みを増した。金栗選手が札ノ辻に差しかかると、群集が前へ前へと押し出て通路がふさがれ満足に走れなくなったほど。大門から芝口では、数十台もの自転車が選手の周りにまといつく有様、とうと尾張町の交差点では市電を止め群集が大騒ぎするのにまかせたので金栗選手は真っ直ぐ走ることができなかった。京橋、日本橋あたりにくると道路だけでなく、白木屋三越などの窓からの応援も加わる。須田町でも人々が騒ぎ立てていたので、警視庁が裏通りを万世橋方面に走らせるとそこもまた空前の混雑、先導の自動車も人波に押し返されがちだったとか。そして、走者は熱狂する沿道の大歓声を受けながら上野不忍池の決勝点へ。「品川上野間十数万人の歓迎」(讀賣)とあるように、江戸時代の天下祭の賑わいを彷彿させるものがあった。
・五月「奠都博仮装の大人気」二十六日付讀賣
 奠都博覧会、五月の呼び物は、二十五日から始まった仮装行列コンクール。笛太鼓を囃したてられる中、思い思いに仮装した人々が本館前に勢ぞろいし、東海道大模型の京都大橋を振り出しに、五十三次に沿って進んだ。テーマは「五十年前の昔を今に」というもの。先頭を行くのは、三斎羽織にダンブクロの白毛赤毛の武士たち、顔の隈取りも厳めしい。韮山笠にダンブクロの楽隊が維新当時を思わせる音色で笛太鼓を響かせ、仮装した人々がこれに続いた。この仮装行列コンクールは、六月一日までで、その間に入場者による人気投票があった。人気は、雲助、金棒引、門付、お弓、茶屋女房、曾我十郎、弥次郎兵衛・・・の順。賞金は一位の雲助が20円。二位が10円、三位から五位までが5円であった。その結果奠都博覧会は、「連日盛況未曽有」(讀賣)のために十日間延長され、82日間となる。
・六月「螢狩りの盛興」「奠都博覧会、連日盛況で十日間延期」十一日付讀賣
 六月はあちこちの寺社で祭があるのだが、市民の関心が薄らいだためか新聞にあまり載らなくなった。山王祭も、神官の乗った馬が市電の音に驚いて突然逸走し、神官が振り落とされ、止めに入った人を馬蹄にかけ、荷車や箱車を壊し大騒ぎになったために、ようやく記事に取り上げられた。
 当時、螢狩りは人気があったとみえてしばしば催されている。奠都博覧会の最終日には10万匹が放たれた。玉川兵庫島でも玉川電車がホタル数万匹を放って螢狩り。捕るのは無料で、渋谷から玉川までの往復乗車券を購入した人には蛍籠入を進呈。
 雨が多い(14日間)にもかかわらず、遷都博で高まったレジャー機運は衰えず、映画や演劇などが盛んであった。恒例の国技館の納涼園は、パノラマ式油絵の「伊勢湾風光」に二見浦の噴水、伊勢音頭や余興で構成。入場料は大人15銭・子供10銭。演劇では、浅草オペラ館の徳田秋声作「誘惑」が好評につき大入り日延べ、赤坂ローヤル館のオペラコミック「ブム大将」も好評で日延べになった。映画は、浅草富士館の人情大活劇「由良長者」が公園の人気を独占、第二遊楽館も松之助の映画などが大好評をとった。

────────────────────────────────────────────
大正六年(1917年)前半のレジャー関連事象・・・四月第十三回総選挙
────────────────────────────────────────────
1月2朝 恵方参り西新井大師に、厄除守り3万枚
  7読 朝霜に勇む出初式、無慮十万と注せられて上野の人出
  9朝 二重橋前で1万7千の陸軍始観兵式
  20森 鴎外、妻美代と看劇す
   22読 日比谷の民衆劇開幕
   22森 鴎外、谷中から日暮里・入谷・浅草を歩す
  22読 大相撲春場所千秋楽大入り、大錦が太刀山を破り満場大熱狂
  24読 数寄屋橋のスケート場賑わう
  22読 初大師、川崎大師人出多く盛況
  29読 深川不動尊、午前四時より参詣人引きも切らず
2月5朝 何処も上景気の豆撒き
  6読 大勝館の三大提供、連日満員
  6読 初午、羽田穴守・赤坂豊川・下谷被官・本所元徳・王子等
  8森 鴎外、類と日比谷公園松本楼に小憩す
  9朝 市村座「女しばらく」他大入り続き
  12朝 紀元節が日曜日、浅草雑踏、市内の電車は67.7万人乗車
  14森 鴎外、妻と類を率いて亀戸菅廟、浅草公園の万盛庵に憩う
   21森 鴎外、類を率いて動物園に往く
   24朝 観音劇場「柳生二蓋笠」他非常な人気
   25朝 新富座「神霊矢口ノ渡」他売切れ
3月4読 オペラ館「つや物語」連日満員
  4読 電気館「赤輪」上映好評嘖々
  4読 富士館、弦斎の「桜御所」連日満員
  16読 東京奠都奉祝博覧会開催           
  11森 鴎外、妻・子供達と日比谷公園を歩く
  12森 鴎外、妻・類と浮間原で遊ぶ
  18読 警視庁「花見行列の取締」を各署に諭達
  18森 鴎外、妻・子供達と奠都奉祝博覧会へ
  19読 彼岸入りの行楽、六阿弥陀と墓詣で、興行街の大雑踏
  26読 豪い景気、日曜日の奠都博
  29読 奠都博、花時以上の大賑わい
4月2万 奠都博、春の上野の大不夜城、夜間開場第一日53,472人入場
  4森 鴎外、妻・子供達と浅草帝国館で映画
  6森 鴎外、妻・類と上野で花見「桜花盛開」
  6森 鴎外、妻・類と上野で花見「桜花盛開」
  9読 花祭り日比谷公園に5千人の子供
  9読 飛鳥山向島・上野と花に浮かれる人賑わう  
  14読 電気館「シヴィリゼーション」満員
  14読 潮干狩り、貝類中々豊富
  15朝 極東野球大会予選、早大対明大観衆2万人
  18読 春の行楽の中心、奠都奉祝博覧会
  19森 鴎外、妻・類と芝公園
  21読 日比谷公園で盆景大会
  30読 奠都博覧会駅伝競争、品川上野間に十数万人の歓迎                    5月1森 鴎外、類と級友を率いて動物園へ                    
  4読 天現寺の入仏供養
  4読 日比谷公園音楽堂で野外コンサート
  7朝 明治座で天外追善喜劇初日満員
  9読 芝浦埋立地で極東競技大会
  16読 大相撲五月場所、五・六・七日大入り
  16朝 新富座有職鎌倉山」他初日から満員
  26読 奠都博覧会、維新風俗仮装会が大人気
  27朝 浅草蔵前東京高等工業学校の記念祭名物即売に2万人
  29森 鴎外、妻と新大久保躑躅園へ
6月1森 鴎外、妻と堀切園へ
  7森 鴎外、妻と目黒花園へ
  11読 奠都博覧会、連日盛況で十日間延期
  15読 国技館の納涼園、二見浦・余興数番、15銭
  16読 富士館「由良長者」上映、人気独占
  16読 ローヤル館、オペラコミック「ブム大将」好評日延べ
  17読 月島の海水浴場5銭から10銭に値上
  17読 山王祭、神官の馬逸走し非常の騒ぎ
  17読 第二遊楽館、松之助の映画等大好評
  24読 オペラ館、徳田秋声「誘惑」劇大入り日延べ
  24読 玉川兵庫島で数万匹の蛍放ち蛍狩り