大正九年後期、庶民の遊びは盛り上がる

江戸・東京庶民の楽しみ 166

大正九年後期、庶民の遊びは盛り上がる
 不思議である。庶民の懐は決して豊かになってはいない。それなのに、新聞は庶民が大勢遊んでいる様子を伝えている。中流以上の人々につられるように遊び、盛り上がっているように見える。最下層の人々の生活は、さらに悪化しているが表面化していない。東京全体としては、庶民の遊ぼうとするムードが浸透しており、イベントを仕掛ければすぐに踊らされていた。
・九月「避暑帰りに大賑いの上野東京」「珍しい秋空に 美術の上野から浅草にかけての大賑わい」十三日付万朝
 東京駅は八日に1万4千人、上野は九日十日頃からそれ以上のひとびとが日光や軽井沢などから帰京しはじめた。もっとも前年のように一両貸切りという豪勢な成金は姿を消し、皆混雑した車両で我慢しているという話。一方庶民はというと、浅草は仲見世通りから仁王門まで雑踏を極め、映画劇場に花屋敷は何処も大入り満員。上野も院展二科会に人出が多く、博物館や動物園も相応の入り。この頃、荷風は、“寄席また吉原など、到るところ安木節大に流行すると聞きしが”と浅草公園に安木節を聞きに出かけている(二十二日)。そして、安木節について「近在百姓の盆踊と浪花節とを混じたるようなものなり」と評している。
・十月「日曜日の小春日和、市内も郊外も非常な人出」二十五日付万朝
 十月一日は国政調査が行われた。東京市の人口が217万人、東京府は369万人。人口の増加は市内より郡部、それも市の周辺部が著しい。五日からは世界日曜学校大会が催される。開会式の演説「世界進歩の必須要件たる宗教教育」が示すとおり、宗教を通じての青少年の国際交流。音楽会や映画、仏教少年団が鶴見総持寺に外賓を迎えたり、十日には日比谷公園で33ヶ国の参加者を含む三万人が旗を持って会合した。
 十三日、十四付とお会式の話(万朝)が続いた。日暮れ頃から数万の万灯が火の海を作って池上本門寺に流れ込んだ。折から降りだした雨の中、南無妙法蓮華経のお題目の群れが続き、本山では祖師堂などは信者が鮨詰め、下寺は各講中の人々で身動きのできない有様であった。なお、お会式にあたり大森署では本門寺境内・太鼓堂の縁の下から45名の乞食を収容。その中には病人もいたが、病院へ収容する際、銘仙の重ね着に着替えるなど多額の金を所持している者がいて係官が驚いたという話もある。市民レジャーも、秋が深まるにしたがって活発になった。
・十一月、明治神宮鎮座祭「入場を待つ幾十万民衆渦を巻く」三日付讀賣
 新聞は十月の後半から明治神宮鎮座祭をめがけて記事を載せはじめた。「明治神宮の大祭を当込んで飲食店や宿屋が大騒」、「花電車も四日間運転」等々。当日の模様は、二日付の新聞(讀賣)に「絵巻物に似た盛儀の内に御霊代を神宮へ 内苑の緑に栄えた参列者二千の大礼服 古楽裡に御神霊は内陣へ安着さる 午前十時三十分御義を終る」とある。午後一時から参拝が許されると、群衆が神宮橋を渡って参道になだれ込んだ。一の鳥居から二の鳥居までは三十分、二の鳥居から南神門の間も三十分以上停滞して卒倒するものや踏み倒された人がかなりあった。やっと拝殿まで漕ぎつけると賽銭の雨。帰りは帰りで何千という参拝者に揉まれて西門から出口に向かう、西参道に出るまでに一時間四十五分もかかったという。一日の天気は午後からあいにくの小雨、市電乗降客は180万人で平日より60万人増、原宿・代々木・千駄ヶ谷・新宿・渋谷・信濃町で下車した人が12万7千人。神宮内苑救護署37ヶ所で取り扱った事故、死者1名、負傷者138名。なお、満員電車の衝突など、事故は市内各地で発生しており、参拝帰りの車にひき殺された気の毒な人もいた。
 鎮座祭第二日も初日に劣らぬ賑わい、晴天に恵まれ、奉祝余興が催された青山練兵場では大相撲を皮切りに流鏑馬・母衣曳き・騎射などが次々に披露。相撲に早朝より人が押しかけ、2万人余の席もあっという間に満員、競馬場にも5万人は入ったかとの賑わい。日比谷公園でも東京市の奉祝大会があり、式後に余興。音楽堂で海軍軍楽隊、菊花大会場で初代ぼんたの娘手踊、剣舞・太神楽・奇術・住吉踊・茶番・素人相撲など、園内はギッシリと身動きもできないほど。夜に入ると露天活動写真が上映されて、日比谷公園は終日賑わった。明治神宮への参拝者は前日に続き、老女が1名神宮橋で肋骨を折り危篤になるなど、負傷者が200名も出して大混乱であった。
 結局、七日までの参拝者は6百万人と発表、明治神宮参拝は東京だけでなく全国から隊をなして訪れた。ただ、この6百万人という数値は、早朝六時から午後五時まで、神宮橋を毎分600人が通過することを前提として算出しているが、高齢者や幼児もたくさんいること、人々が殺到した時にはかなり渋滞することなどを考える合わせると毎分600人というのはどう見ても過大。六日間で御神符が30万枚売れたことから、おそらく参拝者の二割程度が購入したと考えれば、参拝客全体数は150万人となろう。
 十一月になっての人出は、鎮座祭に触発されたのか中旬以後も続く。人気の出しもの、国技館の菊人形は国技館改築後初めての催しで、開場以来日々数万の観客を呼び、非常な人気となった。館内には、二十余の場面が設けられ、二百余の人形に、本水の滝を懸け、雨を降らし・・・と様々な斬新なるアイディアに、“大仕掛けな電気応用”を取り入れた『那須与市扇の的』や『京都清水寺の紅葉』『吉野山の桜』等、菊見をしながら芝居見物、名所めぐり、花見、紅葉狩りもでき、太神楽・手踊り・曲芸などの余興が楽しめる上、お好みの飲食物と土産物まで揃っている。入場料は大人50銭小人30銭で、朝九時より夜の十時半までと、天候に関係なく見物ができるという点が受けた。
 十四日は「開会以来の入場者」と児童衛生展覧会に1万人以上が訪れた。開会以来の入場者の総数は15万人という。明治神宮の参拝者もまだ続いており、御札が3万枚、絵はがきが1500部売り尽くす。日比谷公園の菊花大会、羽田で全国自転車競争会、品川から大森・羽田・川崎・鶴見・新子安などにハゼ釣り、市民は市内の日比谷公園はもとより郊外へも多数出かけた。しかし、一方で「下層階級に浸込んだ不景気」との新聞の見出しからもわかるように、町には浮浪者が増え無料宿泊所は満員、託児所は母親の失業のため寂れているような状況だとか。もっとも東京の景況は悪化の一途をたどっているが、市民のレジャーはわりあい堅実なようにみえる。「上流の家庭に流行る踊の稽古」という記事があるように、経済的なゆとりのある人もけっこういる。
・十二月「不景気を知らぬ 師走の六区を観る」十二日付讀賣
 新聞を見ると「歳末の不景気は木枯らしと共に吹き荒み青息吐息で・・・」あるが、浅草六区だけは不況知らずで別世界の好況。歳末から正月に掛けて家族連れの客が増え、まるで“簡易忘年会場”という様子。オペラ館上映の『妹の死』がかって例のない大入りを続け、他の映画館も盛況で立錐の余地がないほど。中流とまで言えない下層の上の人々が増加し支えており、彼らが指示する娯楽は以後さらに活気を増していく。
 新聞は中流以上の人々に視点を合わせ、歳末の話題はデパートの動向に注目している。以前のような歳の市の賑わいは報道されなくなってしまった。ただ、浅草観音歳の市の出店情況は、しめ飾り26・宮師34・羽子板47・桶屋51軒を始めとして1千5百軒との記事がある。縁起ものの店は数年前と変わらないもののその他の露店が増えているようだ。十八日付の新聞(東朝)には「活動写真と飲食店が不景気の槍玉に 歳の市の商人だけ売れそうですと大喜び」と書かれており、歳の市は例年と変わりなく催され、相応の賑わいがあったものと思われる。
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大正九年(1920年)後期のレジャー関連事象・・・
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9月1万 院展二科公開第一日売約はないが、午前中に3千人とかなりの大入
  4万 帝国劇場「新カルメン」満員御礼
  9万 上野の展覧会は入場料にもめげず観客が多いが画の売行きは少ない
  11読 歌舞伎座「恋ごろも」連日満員
  13万 避暑帰りに大賑わいの上野東京
  13万 珍しい秋空に上野や浅草は大賑わい
  20永 荷風、有楽座に露国人の舞踏を観る
  22永 荷風浅草公園安来節を聴く
  25読 玉川の大花火
  26万 キネマ倶楽部「世界の心」連日満員御礼
10月5読 日曜学校大会開会式、参列人員約3千人
  8万 南座「源平布引瀧」他初日二日目満員
  10万 京橋金沢亭、小さん等連夜大入り満員
  11読 中山競馬場で我が国初のオートバイと自転車の大競争
  11万 日曜学校大会、日比谷公園に三万人
  13読 お会式、満山を揺るがす題目の声 曇空で人出は減ったが池上一夜の賑わい
  14万 辰巳劇場、訥子一座大人気大入り満員
  18万 帝展初日7591人入場、売約34点15930円
  18万 帝国館「戦争と平和」他満員御礼
  18万 オペラ館「恋ごろも劇」好評に付上映一週間日延べ
  19森 鴎外、二児と往飛鳥山へ行く
  25万 日曜日の小春日和、市内も郊外も非常な人出
  25永 荷風猿之助の春秋座を観る
11月1永 花火の音聞ゆ、明治神宮祭礼なるべし
11月3読 明治神宮鎮座祭、翌日から各地の余興賑わう
  3読 十二校対抗陸上競技開催8読鎮座祭七日までの参拝者600万人 
  4万 三友館「決死の勇」他連日満員御礼
  10永 虎の門金比羅の縁日なり                
  12万 国技館の菊人形非常な人気 
  15万 児童衛生展覧会の入場者1万人を超える
  17永 荷風、チューリップ球根を花壇に埋む    
  19万 市村座「南部坂雪の別れ」他初日満員御礼                          21万 上流の家庭に踊りの稽古流行る
12月4永 荷風、氷川社頭の黄葉を見る
  12読 不景気を知らぬ師走の六区
  12読 オペラ館「妹の死」不拘異例の大入り     
  14万 神田劇場、二大名画と三大喜劇連日満員御礼  
  16朝 新富座「鉱山の秘密」日延べ大入り御礼
  18万 浅草観音歳の市、しめ飾り26・宮師34・羽子板47・桶屋51をはじめ1,500軒
  27読 納の不動