昭和初期のスポーツ

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)281
昭和初期のスポーツ
 昭和初期、東京市民にとってスポーツと言えば、野球と相撲であった。野球は、大正十四年 (1925)に六大学リーグが成立、昭和二年の神宮球場完成にラジオ放送の開始もあいまって、人気が高まった。
 相撲は、昭和二年、東京・大阪の両相撲協会が合併したが、角界の分裂騒ぎがあって、一時は野球人気に圧倒された。が、ヒーロー双葉山が出現し、彼の連勝記録が延びるにしたがって野球以上にファンの裾野を広げた。戦争がはじまっても、相撲は禁止されないので、唯一の大衆スポーツとして熱狂的な人気を保った。野球が昭和十九年九月に停止されたのに対し、相撲は二十年六月まで続いた。
 スポーツが市民に浸透したのは、新聞とラジオの影響が非常に大きかった。新聞は、採算のとれそうなスポーツ競技会を主催。宣伝するとともに宣伝、競技経過を記事にして購読者の拡大につとめた。ラジオも聴取者を増やすため、人気のあるスポーツを中継した。最も放送回数の多かったのは、ベルリン・オリンピックが開かれた昭和11年、全国放送の305回(93時間)と都市放送の212回(606時間)であった。

 新聞紙上は毎日のように、スポーツ記事で賑わっていた。が、実際に行っているのは学生が大半を占めていた。それは、学生や恵まれた階層のごく一部の人々を除くと、スポーツをする余暇時間が少なく、また、練習する場も限られていたからである。一般市民の使用できる運動場は、あることはあるが、いつでも自由に利用できるほどの数は整備されていなかった。

 スポーツが大衆娯楽になったとはいうものの、まだ当時はスポーツは観戦するものであった。さらにスポーツ記事を読んだり、放送を聴くという人の方が圧倒的に多かった。人気の高い野球や相撲でさえ、野球場や国技館にでかける人は、延べ数でも年間100万人を超えなかった。観客も水泳や野球は学生が最も多く、相撲は商人というように、観客層は暇かお金のある層に限られていた。特に、女性の観客は非常に少なく、スポーツとは無縁な人が多かった。
 したがって、スポーツは観戦のみなので、自分の技術レベルを向上させようとする視点は持ちえない。人々がスポーツに求めたのは、試合をおもしろく観賞するためのドラマ性であった。

 だから、たとえば野球放送では、試合前の情景描写「夕やみに迫る神宮球場、カラスが一羽、二羽、三羽……」というような、試合とはまったく無関係な常套句が誕生し、早慶戦を聞くにはそのイントロがないとはじまらないという仕儀になった。そして、この松内則三の名アナウンスは、レコード化され、よく売れたという。つまり、当時の聴取者にとってその試合がおもしろいかどうかは、解説者やアナウンサーの力量に大きく左右された。
 とりわけ、大相撲は、仕切り時間が10分(現代では3分)と長く、その間に力士や取り口の紹介はもちろん、解説者の久米正雄久保田万太郎が川柳を作って取り組みを盛り上げるというものであった。このようにスポーツ解説は、力士や選手の心理や日常さらにはゴシップにまで触れ、それらを勝敗に結び付けて興味を引かせた。
 政府は、ソフトボールを小中学校の教授要目に採用(大正15年)、翌年には健康優良児審査会を開催、昭和三年(1928)に「学校衛生課」を「体育課」に改称するなど、国民の体位と体力の向上に力を入れた。また、同年から始まったラジオ体操は、地域や学校、職場などの日課にされ、全国的に実施された。それによって、スポーツは、大衆レジャーとして普及するかと思われたが、それでも一部にしか浸透しなかった。
 また、昭和六年に中学・師範の男子に必修化された銃剣道なども、身近なものになったかといえば、そうではなかった。十七年に「明治神宮国民錬成大会」と名称の変わった「明治神宮国民体育大会」も、競技人口の広がりや技術の向上より、大会自体を盛況にする方に力が入った。そして皮肉にも、軍事化されたスポーツ競技大会が先に開催不能となり、相撲やプロ野球の方が最後まで観客を持ち続けた。
 昭和初期の労働者は、勤務時間が長く、スポーツをする時間も、用具を揃える収入も十分ではなかった。また、彼らの仕事は肉体労働が多かったので、スポーツのように体を動かすことによって疲れを取ろうとは考えもしなかった。それより、体をゆっくりと休め、たとえば一杯やりながら、浪曲を聞くのと同じような気分でスポーツ放送を聞いていた。
 また、あういうものは「暇な奴がやるのだ」というような、スポーツを多少小馬鹿にした人も少なくなかった。スポーツは見世物の一種、ととらえていた人が多かった。近年、日常的に運動、スポーツを行なう人が増えているが、その割合は一割を超えていないのでは。テレビの扱いを見ていると、スポーツをドラマとして楽しむという、日本人のスポーツ観は、今でもあまり変わらないような気がする。