八十年前の東京市民の楽しみ

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)314

八十年前の東京市民の楽しみ

 江戸東京庶民についての記述を中断させる記事がでた。それは、世界を緊迫させる米、イラン核施設空爆である。その衝撃は大きかったが、トランプ大統領ならではの仕業であったことで、時間が経つに連れて、脅威が薄れた。また、慰霊の日との記事があって、先に記す予定を少し先走って出すことにした。

 

 令和七(2025)年六月二十三日の朝日新聞一面は、「米、イラン核施設空爆」と、中東の緊張は深刻な局面に突入とある。他面に平和の祈り 今こそ」。「戦後80年」 「沖縄きょう『慰霊の日』」とある。「軍民・国籍問わず24万人」と、犠牲者について言及する。

 二十四日朝日新聞 同じく一面は、「歴史を胸に祈る」「沖縄慰霊の日」とある。

沖縄戦はいま伝えねば、戦後80年 やまぬ戦争『弱者が犠牲にとある。

 

 令和七(2025)年六月二十三日の日本経済新聞一面は、「米、イラン核施設空爆」と、世界情勢にふれる。他面に「不発弾1850トン、沖縄に今も」「きょう『慰霊の日』」と、国内の問題に言及する。

 同じく二十四日一面は、「米、危うい『限定介入』」と、先行きの不安にふれる。また「沖縄『慰霊の日』失われた命、悲劇語り継ぐ」とある。

 

 数日前から米国の参戦について日本の新聞は伝えていたが、まさか「核施設空爆」に及ぶとは思っていなかったのではなかろうか。それで、この2新聞は、「米、イラン核施設空爆」と同じ見出しになり、記事内容も多少の相違があるものの、多くの人々に受け入れる記事になったと推測される。2紙の類似性は、戦中のような統制に寄るものではない、しかし統制しなくても同じ見解を提示したことが気になる

 爆撃するとの発言は、トランプ流の脅しで、日本人の多くはまさか本当に実施するとは思っていなかったのではなかろうか。中東情勢について、米国民と日本人の感覚にずれのあることを、思い知ったのではなかろうか。原爆を二度と落とさせない、原爆被害はあってはならないという日本の世論は、世界に訴え続けるべきである。ただ、ロシアどころか米国に対しても何の抗力にならないことを認めざるを得ないだろう。

 「米、イラン核施設空爆」を、同じ事実をもとにした記事でも、偏り、偏見を防ぐことは難しい。世界情勢の判断が国(国民)によって違いがあり、例えば米国では、中国では、「米、イラン核施設空爆」の記事の受け止め方が異なる。情報を発信する人たちは、事実だけを記しているつもりでも、そこには、発信当時の事情を慮っての背景に支えられている。

 日本の2新聞にもう少し差があってもと思えるのだが、「国の持続可能な発展と繁栄を実現」という方針を受け入れているからであろう。それは、内閣府の「基本的な時代認識」によれば、「今後21 世紀に向けた我が国の発展を考える」とあり、国の発展とは経済成長によるものとなっている。経済的に裕福になるということが求めていることである。2新聞とも、これを大前提として受け入れているものであろう。

 「持続可能な発展と繁栄」、はたして可能なのであろうか、そうせざるを得ないから立ち向かうのであろう。このまま進めば、八十年前の日本を再現することになると気宇する。国民の大多数が望まなくても、国が動き始めると、泥沼へと突き進み、引き返しのつかない状況が展開される。新聞とて、辻褄の合わない事実を報道するようになり、国民もそう言うものだと受け止めることになる。

 八十年前(1945)の六月二十三日の朝日新聞は、「二郡の拠点で敢闘」とあり、沖縄戦の戦況伝えるものである。「島尻中央部の敵勢熾烈」とある。「米の死傷者急上昇」とあるが、詳細な戦果、わが国の具体的な損失には触れていない。この記事を担当した人々は、なぜ事実をそのまま記事に出来なかったか、歯がゆく感じた人もいただろう。

 二面で「帝都義勇隊に 初出動指令 必ず耕せ・一坪以上」と、食糧増産を訴えている。さらに、「昴めよ道義、防衛に挺身」と続く、国民の引締めにふれ、戦争遂行に資する掛け声が続く。この記事にしても、耕すことで「本土決戦」にどのくらい貢献するものであろうかと、疑問を感じたのではなかろうか。

 

 二十四日朝日新聞一面は「新垣、摩文仁中心に 拠点を確保激闘」と、「沖縄本島皇軍血闘続く」と、沖縄戦の戦況伝えている。ただ、本土の人たちにとって、沖縄の地名は聞き慣れていないこともあり、戦況がどのように展開しているか、理解できる東京の人は、一部に限られるだろう。そして、沖縄での戦果や勝敗についても、拠点を確保激闘では、具体的ではなく、敢えてわからないように報告している感がある。

 二面には、「勝ち抜かう食料戦争」について書かれているが、その詳細には、「農民は国内の戦士だと」「棄てよ利己主義」「反省しよう『無為徒食』」などの掛け声がある。

 

 同じく二十五日一面は「沖縄に輝く牛島部隊の偉功」「皇軍の威武を宣揚」と讃え、伝えている。この見出しが意味するのは、沖縄戦が事実上終結したことを示すものであろう。沖縄戦の敗退には触れず、戦った日本軍を賞賛し、有耶無耶にしたままの記事にしている。

 二面に「工場防空を怠れば責任者は処罰」もある。

 高見順は、「ラジオの大本営発表沖縄の玉碎を知る。玉碎!もはやこの言葉は使わないのである。(註 『玉碎』のかわりに『最後の攻勢を實施せり』)」と記している。

 

 二十六日、朝日新聞は、「沖縄陸上の主力最終段階」「廿日敵主力に対し全員最後の攻勢 殺傷八万撃沈破六百隻」と、沖縄戦の成果が晴れ晴れしく示されている。いくら米軍の被害を戦果として誇示しても、日本軍は敗れたのであるが、決して破れた、負けたとの表現がない。

 二面に「起て国民義勇隊」、「戦訓沖縄・我ら本土戦闘隊」「戦局に先行せよ 死して悔なき行動を」等が続く。

 

 二十七日、朝日新聞は「帝国の存亡決するの秋 一切の行動戦勝へ」と、鈴木首相の名で「進んで一切の行動を戦勝一途に集中し誓って国難を打開せん事要望す」と。

 高見は「沖縄の玉碎が新聞に発表されたその日に、不謹愼にも前後不覚に酩酊したのだから、後味が 一層悪い。・・・巷にはしかし別して憂色は見られなかった。発表の前につとに人々は知っているせいだろうか。会葬の場所でも誰も痛憤の言葉を発する者はなかった。 平常心を持て──とかって叫ばれたことがあった。一喜一憂するなとも言われた。今は、みな、そう言えば、平常心の状態だ。だが、いい意味の平常心とも思われぬ。無感覚、不感症」と記している。

 

 二十八日、朝日新聞は「敵、久米島上陸」と、沖縄戦の続きを掲載している。

二面には、「帝都爆撃はまだ続く」、逃避は敵の狙ひ この鉄則で戦い抜こう、と一般隣組の防衛策を示している。

 

 二十九日、朝日新聞は、大本営発表で「沖縄の玉碎」がラジオ放送で伝えられていたのに、「航空部隊 廿七日も沖縄敵艦連襲」と戦いを掲載している。また、「活かせ沖縄の戦訓」も記している。

 

 三十日、朝日新聞は「長参謀長と共に牛島中将自刃 沖縄海辺に従容の最期」と、末期的な状況をこのような見出しで表現している。

 二面には、「誇りを生かし国家が親代わり」とある。戦災孤児育成の対策進む、ともある。しかし、この日の二カ月後の八月末には、戦災孤児がどのような状況であったか。何とも、腹立たしいくらい無責任な記事である。

 また、「映画や演劇どしどし再建 街や職場へうるおいの進出」とある。「生活のきびしさに堪え、戦列に踏止って明るく戦い抜くためにはすさび勝ちの心をうるおす慰安機関の再建こそ第一であると」娯楽施設の復興をはかることとなった。映画や演劇などの娯楽を再建させて、街や職場に「うるおい」を取りもどそうとの掛け声である。これまでの禁止一辺倒ではなく、臨機応変に映画や演劇を行うことができそうになった。

 

 新聞は、この時点で初めて、国民の要望に応えた記事を書けたと思ったであろう。