江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)321
終戦の3日以前の報道
あと三日で終戦となる、そのような気配はあったのか。四日前、その前日、前々日の状況を新聞・日記などから見てみよう。
三日前の新聞には、敗戦や戦争の終結に関する気配を感じさせ始めているかも。それは、「最悪の事態に一億団結」の見出しに現われている。この最悪とは、何を指しているか、当時の国民には、いつもの叱咤激励の一環ぐらいにしか感じなかったであろう。高見順の日記には「今日もラジオは何も告げない。九時のニュースのときなど、それっとラジオの前に行ったが (音が低くて側へ行かぬと聞えぬのだ。)簡単な対ソ戦の戦況と米作に関するもの、泰における邦人企業整備のこと、この三つでアッサリ終り」とある。
威勢のよい戦果は、影をひそめている。国内の不法行為や犯罪などの社会問題を取り上げ、あたかも解決したような記事を載せ、庶民のストレス解消を企てているようだ。それは「非国民的行為の一掃 明るい決戦生活へ」との記事を見ることで、国民の心が明るくなるであろうか。そのような記事より、面白い、愉しい話題を提供した方が、効果があると思われるのに、敗戦間際になっても気持ちの引締めを国民に要請している。
八月十二日
朝日新聞は「大御心奉載(旧字)し 赤子の本分達成 最悪の事態に一億団結」をと、呼びかけている。
二面に「今こそ〝国民皆農〟 土地に応じた食糧配給」、また「非国民的行為の一掃 明るい決戦生活へ、検事局起つ」とある。非国民的行為を、配給の「居たぞ、四重どりも 九日間で幽霊が喰った百二十万食」と報告し、加えて「悪質な保険金騙り」と戦時保険不正犯罪などの詐欺、さらに悪徳露天商の法外の暴利の記事がある。
このような犯罪は、当時の社会に発生する下地があり、起きるべきして起きているもので、また異なる不正が見つかるであろう。軍関連には特権があり、そのすそ野には八月十日の新聞に示されるような事例が公然と行なわれていた。不正が暴かれても、市民の食料不足の解決にはならず、同紙面の薪炭についての記事に示されるように「配給は当てにすまい 各家庭の総意と工夫で」と市民が適当に対応しろとのことになる。
なお、松竹映画「伊豆の娘たち」の広告があり、演出・五所平之助「愉しいこの顔触れ」の添え文がある。
八月十一日
朝日新聞は「一億、困苦を克服 国体を護持せん」と。国民の動揺を抑えようとしている。
二面に「敵暴爆にも動ぜぬ 都民の肝っ玉」とある。これまでの空襲に「鍛えられた姿を視る」と続く。そして、「・・・相当の被弾を受けながら死傷者は実に少なく、発生した火災も、小さく局所的に喰いとめられ、都民の防空布陣の充実をありありと実証していた。・・・」とある。敗戦の五日前にいたって、また都内で被弾を受けない場所がないような状況にいたって、新聞は何を伝えたかったのであろうか。
同面に、「車中に見る交通道徳 『自分さえよければ』に警告」の記事は、「窓は変じて昇降口 買出荷物で足の踏場なし」とある。上野駅の東北線では、列車に乗るため四・五時間前から並び、改札が始まると殺到して乗車、二等(三等料金の三倍)・三等の区分など無視され、窓は全て乗車入り口となる。車内の混乱は極限にいたる様子を記している。また、それに加えて「混む出札場は駅から隔離 旅客防護に警視庁も協力」には、空襲からの旅客防護に加えて混雑時の対応なども含めて記されている。
他に、東宝映画「北の三人」の広告が掲載されている。
高見は、「起きると新聞を見た。毎日、読売両紙とも、トップには皇太子殿下の写真を掲げ、『皇太子さま御成人・畏し厳格の御日常』(毎日)『畏し皇太子殿下の御日常・撃剣益々御上達・輝く天稟の御麗質拝す』(読売)と見出しを掲ぐ。次に情報局総裁の談話」を示す。
それは「国体を護持、民族の名誉保持へ
最後の一線守る為
政府最善の努力 国民も困難を克服せよ
情報局総裁談」とから始まり、
「敵の本土上陸作戦に対し・・略・・国民が国体護持のためあらゆる困難を克服すべきことを要望した・・略・・一億国民に在りても国体の護持の為には凡ゆる困難を克服して行くことを期待する。」(毎日)を紹介している。
東京に出た高見は「廃墟のなかの停留所に立った。焼跡はまた格別の暑さだ。大門の辺に電車が見える。とまったまま動かない。停電だ・・略・・日中の街の真中だというのに、気がつくと恐ろしいような静けさだ・・・トラックの疾駆が腹立たしかった・・略・・人の往来がないので、いくらでも疾駆できる。木の枝の偽装を施しているトラックもあった。」と、廃墟の様子を見ている。
八月十日
朝日新聞は「ソ連 対日宣戦を布告」。明日にも原子爆弾が投下されるような雰囲気は無い。日本軍の威勢のよい戦勝記事は影をひそめ、原子爆弾やソ連対日宣戦布告、ポツダム宣言についても一部ではあるが触れるようになった。
二面に「明るい食生活の再編成 主食は加工配給」と食糧事情を鑑みての事であろう。その一方で、「幽霊配給明るみへ 特に目立つ町会役員、隣組長の不正 悪の根源衝く警視庁」などが記されている。日々の食べ物に困窮している人々の不満を解消しようとしているようだ。また、食料不足に「お茶も食べ物 飲むより効果的 野菜不足をかこつ必要なし」と、茶葉を食べることを推奨している。さらに、「活かせ〝二度芋〟の名」とあり、来年の種薯はぜひ自家自給と、ジャガイモの春秋栽培について解説し、作付けまで記している。
敗戦を五日後にしての「特攻機にこの隊長」と、前線基地からの記者の記事「目に見える敵の狼狽 沖縄強襲の飛龍爆撃隊」がある。その記事で「目に見える敵の狼狽」とあるがその具体的な記述は探せない。目についたのは「・・・少飛出身の人、齢十九の若武者は気ばかり高ぶつて思ふとの半分もいへずただおろおろする姿が参謀達の目に留まった〝飛行機のくるまで待て〟といはれてもなかなか待ちきれず・・略・・修理の出来た飛行機を見つけ出した、はじめの歌といひこの飛行機探しといひ、特攻隊員に一番大切な一途に国を思ふひたむきな純情と熱意うはべに現われないこの素朴な純朴な純忠が美談集に細く記されている」とある。その「はじめの歌」は「〝七重八重散るべき花と謂はれてもと居た里へいかで帰らん〟」である。
他に、コラム「青鉛筆」に、パーマネント廃止に対し、電気を使わず炭で行い、廃止が効き目なかった。「ところが昨今はパーマネント屋は続々罹災・・略・・炭も不足・・略・・俄然ターバンが流行りだし・・略・・洗髪剤不足・・略・・伸ばすわけにゆかなくなった・・略・・有閑婦人がやったのとは全然別の意味で断髪が勤労女性の特徴となる日も来るかもしれない、女性の髪型も戦争とともにさまざきなの飾りかたをする」と書かれている。
東京劇場「大歌舞伎 猿之助一座」十六日初日の広告がある。なお、読売新聞にも、大勝館「夏風、伊太郎頑張る」上映の広告がある。