江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)323
原爆投下に関する新聞の報道
広島、その翌々日に長崎に原子爆弾が投下された。新聞には箝口令が布かれていたのであろう。原爆関連の記事は、軍も政府も検閲を強化したと思われる。壊滅的な被害、想像を絶する死傷者について、具体的な状況を一切触れさせない。そして、その大被害には何も対応できないというのが、軍や政府の本音であろう。
それで、どうしようもないので「敵の非人道、断乎報復」と新聞に書かせたのであろう。米国を擁護するわけではないが、日本軍は非人道的な行為を行っていなかったのか。さらに、「断乎報復」」にいたっては、犬の頭吠えでしかない。「新型爆弾に対策を確立」にいたっては、何を確立したのだろうか。
軍や政府は、国民にありのままの事実を知らせることが出来ない。それは、わが国の戦闘報告が事実を知らせず、幾つもの戦闘に破れ敗退していた事実をひた隠していたためである。もう隠しきれない事態になっているのに、口コミでいずれ国民が知ることになる。往生際の悪いこと、どこまでも繕いをするのか、ばれても続けるしかなくなっているのであろう。
八月九日
朝日新聞は「敵の非人道、断乎報復 新型爆弾に対策を確立」との見出し。その対策とは「火傷の惧あり、 必ず壕内得避 新型爆弾まずこの一手」とある。なお、この時点での批判、第三者が述べるのであればわかるが、日本軍は特攻隊で戦闘を持続しているなど、「非人道」を訴える資格があるのであろうか。
二面には、「新型爆弾」には触れず、「幽霊人口」が百万人以上あるらしいと。その理由を「未だ多い不正受配」とし、「食糧にも戦友愛」が必要であり、不正受給は「戦力蝕む独りよがり」とする記事。また「職場配給にも弊害あり」と加えている。この記事は、国民の目を逸らせるものと感じさせ、根本的な対策を示すことなく、それこそ「独りよがり」ではなかろうか。なお、対応策かもしれぬが、「十月末までに五万戸 都民の集団帰農 関東、信越へ要残留者にも励奨」と、食糧増産を求めている。しかし、「集団帰農」が実施されても、その成果は何時になり、どれだけあるだろうか。
原子爆弾の投下、空襲が行われ ている時点で、一体何を考えているのか、と呆れる記事がある。それは、「小型機邀撃戦」との見出しで、「引付けて必殺の狙ひ撃ち」「蠅叩き戦法に揚げる凱歌」とある。被災を経験した人々でなくても、そんなこと出きるかと思うであろう。日比谷公会堂で東宝音楽会の広告あり。
八月八日
朝日新聞は「広島へ敵新型爆弾 B29小数機で来襲攻撃 相当の被害、詳細は目下調査中」との記事。
二面に、「嗜虐性爆撃に堪へ抜け」、感情的な「嗜虐性」という言葉を使い。「不断の錬磨で心の城砦」と励まし、「地方都市爆撃の教へるもの」として地方の人々の気の弛みを指摘している。続くように、「敵愾心以上のもの」「たぎる闘魂、戦列復帰への一年」「雄々しく立上がる前橋」と。これは前橋空襲で被災した市民について記者が書いたものである。
「全国へ移動芸能隊」の記事、「・・・この移動芸能隊は東宝古川ロッパ、松竹尾上菊之助、吉本ひばり隊など十九隊で本月中旬から九月上旬にかけて一府県約十回位上演し戦災者の士気を鼓舞する・・・」とある。実際に興行されたかは不明である。芸能は、戦争の士気を妨げると、何かと禁止したり、制限していたのに、ここに来て「鼓舞する」に変更した。
高見は、「新聞読んだ? 」
と、聞いてみたら読んだという。広島の爆撃のことが出ていたかと聞くと、
「出ていた――」
「変な爆弾だったらしいが」
「うん、新型爆弾だと書いてある」
「原子爆弾らしいが、そんなこと書いてなかった? 」
「ない。――ごくアッサリした記事だった」
「そうかねえ。原子爆弾らしいんだがね。――で、もし、ほんとに原子爆弾だったとしたら、もう戦争は終結だがね」
新橋から田村町辺の様子を高見は「人の様子はいつもと少しも変わっていない。恐ろしい原子爆弾が東京の私たちの頭上にもいつ炸裂するかわからないというのに――人々は、のんびりした、ぼんやりした顔をしている。これはどういうことか」と、少し当惑している。
八月七日
朝日新聞には「沖縄周辺の敵艦隊に 壮烈なる突入作戦 伊藤大将以下大義に殉ず」と。言葉は壮絶でも、勝敗は明らかに敗北である。B29四百機が、中小都市へ 前橋、西宮を焼爆 今治、宇部両市をも攻撃したと。その被害詳細には触れていない。そして、前日に、広島に原子爆弾が投下されたことには何も触れていない。
二面に、「打ち砕け敵の予告爆撃」の見出し、「敵は空襲を頻繁化させる一方で『予告爆撃』なる戦術をとつてゐる・・・」、続いてその「詐術の正体暴く」と解説している。そして国民は「戦争生活力を育成」し、日本は「制服し得ざる国」であることを知らしめる「痛烈な返答を与えよう」とある。では、誰がその「痛烈な返答」与えられるのであろうか。
それでいて、「敵中小都市爆撃の実相 "嗜虐"の本性発揮 殺傷の八割は婦人、幼少者」とある。泣き言のような見出し、さらに「見よ、悪魔の敵本性」とある。空襲の悲惨な事実を経験している人々にとって、この記事を見て、はたして戦意を向上させる力になるのであろうか。
国民を勇気づける記事が必要であろうが、「旅行者外食券 徹底せぬのか少ない利用者」と、戦いとは直接無関係な事柄に触れ始めた。そして、「・・・弁当を持っていつたのでは途中で腐る心配がある」と、「手続きの面倒さはない」とある。大映映画「花婿太閤記」、東宝映画「北の三人」の広告がある。
高見順は「原子爆弾をいち早く発明した国が勝利を占める、原子爆弾には絶対に抵抗できないからだ、そういう話はかねて聞いていた。その原子爆弾が遂に出現したというのだ――衝撃は強烈だった。私は、ふーんといったきり、口がきけなかった。対日共同宣言に日本が『黙殺』という態度に出たので、それに対する応答だと敵の放送はいっているという」と、解している。
八月六日
これまでの強気の朝日新聞の見出しが、「敵、太平洋の作戦区域変更 米、本土戦に専念 南方受持つ老猵な英豪」と、敵の脅威を「老猵な英豪」と示すようになった。
二面に、「輸送は国民のもの」と、「全線切断されても 運ぶぞ主要食糧 工場疎開輸送も順調」。そして、輸送は国民の主要食糧だけでなく、兵器増産用の資材があり、「理解ある協力を」「家庭の主婦も参加せよ」と、切羽詰まってきた状況を知らせている。
「来り!集へ! 日比谷公会堂 第二回戦意昂揚大会」開催案内と東宝映画「北の三人」の広告あり。
情報局へ行った高見は、乗った電「車の破損のひどさ、車内の乗客の、半分はまるで乞食のような風態のひどさ、車外の焼跡のひどさ、――感無量というような生易しいものではない。これらのひどさは、もっと増すであろう」と感じた。
この日、広島に原子爆弾が投下されたのである。