敗戦後も一月、昭和二十年九月半ばの変化

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)332

敗戦後も一月、昭和二十年九月半ばの変化

 敗戦後もひと月経ち、新聞はそれまでのスタンスを変え始めた。朝日新聞「比島日本兵の暴状」「求めたい軍の釈明」を、「避難にも軍官優先 民を置去る総督府」など、告発記事を記し始めた。また、進駐軍に対しても、新聞の発行停止を招く記事を記した。街中は、闇市が氾濫し、戦中の露店をはるかに超え、マーケットが成立した。政府の統制は効かず、戦後の復興は闇市からという状況である。

 

九月十五日、朝日新聞は「文教再建の施策決まる」「文教再建の施策決まる」教養、道義向上へ 教科書は根本的に改革 動員学徒に特別教育」と。他に「軍の再抬頭に疑惑」「米英に映じた戦後の日本」と。「小泉元厚相割腹自決 源田元文相服毒自決 吉本大将も自決」の記事がある。痛ましい記事が続くなか、新聞は何のコメントも無く、ただ記すだけである。

 二面に「けふから学園再開」とあるが、下宿なき大学生の心配もしている。「ガス 戦前よりも多量に 帝都の家庭用は十月から元通り 石炭運ぶ船さへあれば」との記事。その他に、「東京駅の復興」について、昔に帰るか、出直しか 三段構えで完成に五年かかるとしている。またも、殖える米兵の不法行為の記事がある。

 「別れも愉し」大映上映広告

 高見は、「街頭の煙草ねだりが警告的な記事となって新聞に現われた」と。「米兵がジープを止めて休んでいた、そこに集った附近の子供がチョコレートをくれ、チゥインガムをくれと盛んにせがみ出した、米兵は面白がって手渡しせずに投げていた、これをまた子供が争って奪い合う、子供だけならまだいゝ、が親達までが混ってくる、遂には煙草の吸い殻まで奪い合っていたという、 これを目撃した一警察官は涙がこぼれたという」(毎日)

 また高見は、「今日は鶴岡八幡の例祭、賑やかなはやし、人出。平和が再び来た――の感が深い。参詣した。神楽をやっている。女子供が石段にいっぱい腰掛けて、長閑に神楽を見ている。 まことに平和だ。まことに日本人は平和を愛する質朴な民なのだ」とも記している。

 大佛次郎は、米水兵が東京市中に目立つと観察している。 

 

九月十六日、朝日新聞は、「軍国主義を一掃し 道義高き文化国家へ」と。占領政策について「現状概して満足」「手ぬるしとは当たらず」とマ元帥声明を記している。

 二面に、「原子爆弾炸裂の直後」と題する写真。「原子爆弾委員会 学研(学術研究会議)で我が科学人を網羅」を示す。「衰滅した放射能 爆心に四日目に野菜の新芽」「永久退去説は覆へる」などの報告。

 進駐将兵に高くモノを売れば、「因果はわが身に廻る」と警告している。

 読売新聞二面に「焼残りの街路樹や立木を隣組へ配給」とある。

 高見は、太平洋米軍司令部の発表する「比島における日本兵の残虐行為」(朝日新聞にもあり」)が新聞に出ており、一読して、まことに慄然たるものがあると。

 

九月十七日、朝日新聞は、「対等感を捨てよ」マ元帥の「言論統制の具体方針」を掲載している。前日の「比島日本兵の暴状」について「求めたい軍の釈明」との記事。

 二面に闇市の氾濫 王座は日用品 放出物資の横流しか」闇市は戦中の露店をはるかに超え、巨大なマーケットになった。政府の統制は効かず、戦後の変化は闇市からという状況である。

 高見は、つい一月前までは「正しい認識」は敗戦論的デマとされていた。その認識を口外することは、厳重に取締られていた。「何も知らされずにいた」私たちは、まことにヘンな気がする。政治というものは面白い。国民を欺いても平気なのである。鈴木前首相は肚には「正しい認識」を抱きながらでは「本土決戦」だの何だのと反対のことをいって国民を欺き、そうして今となると、実業家、新聞人らの知識階級は「正しい認識」をもっていたが……などといって何も知らされないで「正しい認識」をもち得なかった国民をまるで何か無智扱い、馬鹿扱いだ。「国民は寧ろデモクラシーを通り越してその極端なものに流れはせぬか」というのは、同感と。

 

九月十八日、朝日新聞は「米軍勢力は廿萬か」と、マ元帥の急速削減を声明掲載している。

 二面に「避難にも軍官優先 民を置去る総督府」と、「救出に焦眉 満州に飢える同胞」の実情を示す。

婦人参政権」「戦時の体験が立派な資格」利用されない独自の立場で、と記している。

読売新聞は「虚飾一擲、官民痛苦に起きて」「徹底せよ敗戦の正覚」をと。

 二面に「不便な 綜合配給所 早急改善の希望昂る」とある。

 朝日新聞は、九月十八日付で、マッカーサー総司令部から、二日間の新聞発行を停止させられた。その理由は、「真実に反し又は公安を害すべき事項を掲載せざること」に違反したとされている。「比島日本兵の暴状」などを記す一方、「殖える米兵の不法行為」と、意に沿わぬ報道があると判断したものであろう。

 

九月十九日、読売新聞は「首相宮、外国記者団と御会見」。

 二面に「米軍、帝都の復興に積極援助を約す」とある。「軍閥の短見国誤る 苦難そ平和の補證、連合軍に乞ふ経済援助」「戦争指導者は去る“衣替へ”を認めぬ連合国」。他に「外米三百万トン輸入 魚と野菜の統制撤廃」がある。

朝日新聞がマッカサー総司令部の命令で二日間発行を停止された。戦争中は自由主義的だ民主主義的だとにらまれていた朝日がこんどは『愛国的』で罰せられる。面白いと思う。政府の提灯を持つて野卑な煽動記事を書いていた新聞は米軍が来るとまた迎合的な記事を掲げて、発行停止処分などは受けないのである。

 野菜、魚が自由販売になる。外国の放送が自由に聴けることになった。婦人の参政権が認められるかもしれない。気持の明るくなるニュースだ」高見は記している。

 また高見は、「新聞に握り飯ひとつ七円と出ていた。浅草の観音様の裏で売っている由。七円でもたちまち売れるというから恐ろしい」とある。

 ロッパは、「新聞を 一通り読む、何しろ、戦争中は嘘ばっかり書いてあったのが、今度は本当 のことばかりだから、してみると、いゝ世の中になったものだ。然し、朝日新聞の発行停止などは、言論の自由と、大分矛盾してゐるやうな気もする。東久邇首相の宮は、米記者団と会見、その席上で、『問』民主々義国の間では戦争責任について天皇陛下に関する論議が行はれてゐるが

『答』自分は陛下には全然責任がないと確信してゐる、今次戦争は軍閥指導者によって惹起されたものであるといふ記事がある。勝てば官軍といふが、負ければ軍閥と変ってしまった」と記している。

 

九月二十日、読売新聞の「働く女性は何処へゆく」には、「戦争終結に伴う・・・産業転換による男子の失業人口は・・・重要課題となっているが・・・一方戦時下の労務不足を補う・・・職場進出をとげた勤労女性・・・についても幾多の問題が投げかけられている 戦争終結直前の女子有業者総人口は千三百六十七万に達し・・・女子の失業問題は男子のそれとは比べものにならない、とはいうものの一家の柱であった男子の戦死や戦災死によって資産を持たぬ寡婦、娘であっても自活或は生活の主体者として家族の扶養に当らねばならぬものなどが相当に殖えている今日、女子の失業問題もなかなか軽視出来ないものがある」。

 また、「政治的決断に出た統制撤廃 主食確保が裏付け」もある。

 

九月二十一日、朝日新聞は「陸海軍の復員順調に進捗」既に百六十四万人と。また、「連合国の諸要求を 応機迅速に実施」するとある。

 三面に「取り外す経済統制の枠」自由販売に還る、まづお野菜と魚類から。効き目は早くて明春になると。「南瓜の葉っぱ代用食用粉と交換します」などの記事。また、「教科書から不適切な部分を一掃む」とある。

 四面に「電球 製造は始めたがまず外灯から」「十日までに登録、民間武器の取締り」の記事。

 「アメリカ兵は日本人を人間として尊重している。彼等がすなわち人間として尊重されているからであろう日本人が他民族を苛めたのは、日本人自身が日本人によって苛められていたからである中人間としての権利、自由を全く認められていなかったからである。人間の尊重ということが、日本においてはなかったからである」と、高見は考えた。