江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)334
沖縄での敗戦を迎える六月後期
沖縄戦は、本島での戦いに破れ、事実上六月二十三日に終結した。しかし、沖縄本島戦に負けたということを表明していない。二十三日以後も「沖縄敵艦連襲」などと戦いを掲載している。そして、「活かせ沖縄の戦訓」など、何を活かすのか、どうするかという具体的な提案なしに新聞は報道している。
本土では、「B29の中小都市攻撃激化」が行われている。これはもう、本土決戦ではなかろうか。日本軍は、このB29の攻撃にほとんど対抗できないから、本土決戦と言えなかったのではなかろうか。
六月三十日、朝日新聞は「長参謀長と共に牛島中将自刃 沖縄海辺に従容の最期」と、末期的な状況をこのような見出しで表現している。
二面には、「誇りを生かし国家が親代わり」とある。戦災孤児育成の対策進む、ともある。しかし、この日の二カ月後の八月末には、戦災孤児がどのような状況であったか。何とも、腹立たしいくらい無責任な記事である。
また、「映画や演劇どしどし再建 街や職場へうるおいの進出」とある。「生活のきびしさに堪え、戦列に踏止って明るく戦い抜くためにはすさび勝ちの心をうるおす慰安機関の再建こそ第一であると」娯楽施設の復興をはかることとなった。映画や演劇などの娯楽を再建させて、街や職場に「うるおい」を取りもどそうとの掛け声である。これまでの禁止一辺倒ではなく、臨機応変に映画や演劇を行うことができそうになった。
六月二十九日、朝日新聞は、大本営発表で「沖縄の玉碎」がラジオ放送で伝えられていたのに、「航空部隊 廿七日も沖縄敵艦連襲」と戦いを掲載している。また、「活かせ沖縄の戦訓」も記している。
六月二十八日、朝日新聞は「敵、久米島上陸」と、沖縄戦の続きを掲載している。二面には、「帝都爆撃はまだ続く」、逃避は敵の狙ひこの鉄則で戦い抜こう、と一般隣組の防衛策を示している。
高見は、尾久へ行き、検車区長から説明を聞いた。「毎日客車から出るごみは八百貫。そのごみを分類すると、三列車のごみは、平均だが、分類不能のもの四三%、紙屑三〇%、(これは最近の現象)瓶類一二%(目方だから少量でも重い) 、食べ殻(竹の皮等)九% 、ぼろ(おしめの汚れたのを捨てたものなど)六%以前は食べ殻などが多かった。以前の調査は、果実の皮四〇%、紙一八%、弁当殻七%、瓶類ニ%等。ごみは一輛から一貫乃至二貫出る。車中のごみを取り、便所や窓を掃除する清掃手は、今は総員の七割が女で、一人一日平均二輛三分の清掃を受持つことになっているのだが、實際は手がたりないので四輛から五輛になっている。どのくらいの労働かというと、外洗い(車の外部の水洗い)の場合、一輛二千回手を動かさねばならぬ。從って一日 一万五千回手を動かすという大変な運動。それで日給はいくらかというと、女子十四歳の初日給 一円七銭。・・・検車と清掃の實際を見學。パイブの破損は酸素管の入手困難から、昆布を卷いて修理する。一年は保つという。窓ガラスの破れがひどい。座席のビロードの切り取りが目立 つ。下駄の鼻緒にするらしい。── 水洗いの女の子はみんなはだしだった。冬はどうするのであろうか」と、心配している。
六月二十七日、朝日新聞は「帝国の存亡決するの秋 一切の行動戦勝へ」と、鈴木首相の名で「進んで一切の行動を戦勝一途に集中し誓って国難を打開せん事要望す」と。
高見は「沖縄の玉碎が新聞に発表されたその日に、不謹愼にも前後不覚に酩酊したのだから、後味が 一層悪い。・・・巷にはしかし別して憂色は見られなかった。発表の前につとに人々は知っているせいだろうか。会葬の場所でも誰も痛憤の言葉を発する者はなかった。 平常心を持て──とかって叫ばれたことがあった。一喜一憂するなとも言われた。今は、みな、そう言えば、平常心の状態だ。だが、いい意味の平常心とも思われぬ。無感覚、不感症」と記している。
六月二十六日、朝日新聞は「沖縄陸上の主力最終段階」「廿日敵主力に対し全員最後の攻勢 殺傷八万撃沈破六百隻」と、戦いの成果が示されている。米軍の被害を戦果として誇示しても、日本軍は敗れたのであるが、決して負けたとの表現がない。
高見は「浅草へ行った。焼け残った木馬館の前の、もとは、ところてんか、おでんかを売っていた掛茶屋のような汚い小屋が、象潟署管内の『てんぷら班』が共同でやっている国民酒場になっていた。酒を飲ますのである。二円である。
酒 (二等酒)一合 一円十銭 おつまみもの 四十五銭 税 金 四十五銭
四時からはじめるのである。行列を作って待っていると、まず券をくれる。何しろ、燒跡のなかの浅草なのだから、それに目立たぬ場所のせいもあろう、行列もほんのわずかの人数だった。券に金をそえて出すと、一合德利と、つまみものを盛った皿をくれる。冷酒だった。コップに入れて飲む。つまみものは、もやし (大きな豆のもやしで、もやしと言っても固かった) と何がなんだかわからない肉のようなものとをまぜたもの、箸がないから手でつまんで食べる。 ガブガブと飲んだ。猫八が、そこにいる『国民酒場委員』という人と知り合いで、券をこつそりわけて貰える。そこでさらに、德利三本を入手。一人三本ずつである。これまたガブガブとやった。すきっ腹なので、冷でもたちまち醉った。・・・それから、よくわからない。・・・『顔』にまざって飲んだのだが、一体どういう連中が『顔』なのかと・・・『あれは、どういう人?』と聞いてみると『役所の人──』。後から悠然と入って來て、飲んでいる人があって、『委員』に聞いてみると『警察の人』。・・・どうして帰ったか、いや帰れたか、我ながらわからぬ」と、反省気味。
六月二十五日、朝日新聞は、沖縄戦が事実上終結したこと、そのことを「沖縄に輝く牛島部隊の偉功」「皇軍の威武を宣揚」と讃えて、伝えている。
「ラジオの大本営発表で沖縄の玉碎を知る。玉碎!もはやこの言葉は使わないのである。(註 『玉碎』のかわりに『最後の攻勢を實施せり』)」と高見は記している。
六月二十四日、朝日新聞は「新垣、摩文仁中心に 拠点を確保激闘」と、沖縄戦の戦況伝えているが、沖縄の地名は難しいので、戦況がどのように展開しているか、東京の人では限られるだろう。そして、戦果や勝敗も、わかりやすくは報告されていない。
二面には、「勝ち抜かう食料戦争」について書かれているが、その詳細には、棄てよ利己主義 反省しよう「無為徒食」など、精神論、掛け声がある。
六月二十三日、朝日新聞は「二郡の拠点で敢闘」と、沖縄戦の戦況伝えるだけで、前日以前の戦いの戦果も、勝敗も触れていない。
二面には、「帝都義勇隊に 初出動指令 必ず耕せ・一坪以上」。昴めよ道義、防衛に挺身、と続く。これが「本土決戦」にどのくらい役に立つのであろうか。また、「徒手で米兵を必殺」なども写真入りで掲載されている。
六月二十二日、朝日新聞は「沖縄南部に敵艦近接 旺盛の滲透企図」と、またも沖縄戦の戦況伝えるだけ。
二面の「青鉛筆」には、B29が落としたとされる絵の具を毒チョコレートではないかとの話が出ている。結論として、神経質になりすぎているとの落ちがある。
高見は、本土決戦の準備に駆り出されている。「立退の準備をしておくようにと、裏の陣地の隊長からいい渡されたと、暗い面持 でいう。機関砲が据えつけられると、立退命令が出るというのである。しかしその機関砲は、 どこかのを外してこっちに廻すのだそうで、とっくに来ているはずなのだがなかなか来ない。兵器が足りなくて……と隊長も苦笑していたという」と。
六月二十一日、朝日新聞は「仲座から西海岸一帯 一部は粉戦状態」と、沖縄戦の戦況伝えるだけ。また、「B29の中小都市攻撃激化」とあり、これはもう本土決戦が始まっていると考えられないのであろうか。何を以て「本土決戦」とするのか、理解に苦しむ。
二面には「代替配給 お米と抱合せて 玉蜀黍や高粱も登場」と、食糧事情の悪化を示している。