二月三日~五日日用品交歓会

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)339
二月三日~五日日用品交歓会

 昭和二十年二月三日の朝日新聞大本営発表として、スビッ湾に敵上陸 サンマネル我戦車果敢な夜襲 カバラン山敵機甲部隊と激戦中、とある。 また、戦勢楽観を許さずとあり、敵第八軍が上陸ともある。この日、米軍はマニラに侵入しており、重大な局面である。にもかかわらず軍は深刻でない。

 毎日新聞によれば、三日、松阪屋で東京都日用品交歓会。午前九時の開場前から行列ができ、来訪者の多くが中高年の女性、開場と同時に陳列場に殺到という現代のバーゲンセールを彷彿させた。現代でもそうだが、買い物の楽しみは変わらない。まして身近な商品の展示は困窮生活堪えている女性が待ち焦がれていた。人気は、靴、時計、厚地のモンペになるもの、台所用品、子供の着物などであった。価格は、闇なら五百円する豪華な女物帯が五十円など格安であったが、ゲートルなど必需品は安くはなかった。

 

二月四日も、盛況な松阪屋日用品交歓会

 話題が少ないためであろう、また市民の楽しみが少なかったのであろう。四日付けでも東京日々新聞は、「松阪屋で東京都日用品交歓会開催し盛況」と報告している。

 高見は「向島に入って、街路に『敵性ネクタイをやめて、下駄のハナヲにかえませう』と書いた立看板のあるのが眼をひいた。『敵性』なら、洋服も靴も敵性だ。まだこういういやな感じの愚かしさが残っているのかと慨嘆せられる。」と、憤慨している。

 帰りの車窓に「大井、大森、蒲田にかけて、線路沿いの家が取り壊され、あとに石を敷いた大通りが、いつの間にかできている。石の白さが眼を射った。ゆくゆくは自動車道路にでもなるのだろうか。」と、想像を巡らせた。政府や軍の指示は、一貫性が元々ないが、さらに思いつきのような指示が増えて行く。

 風太郎は「本日より比に関する新聞論調一変す。すなわち昨日までは、比島戦は日米戦の天王山なり、断じてルソン米に渡すべからず、との叫び全面を彩りしが、本日より俄然として比島 一都邑の得失は二の次なり。否、比島そのものも問題外なり、ただ日本の欲するは米軍の出血、大出血なりとの調子に一変す。比島戦の未来ついに絶望のほかなきか」と。

「今に及んでなお比島戦の目的 は敵の出血などそらぞらしきことに、この危局に注げる国民の眼を転ぜしめんとす。戦場に敵の出血を求めざるものあり定 ガダルカナル以来サイパンに至るまで恐るべき後退を示しつつ、なお国民の真の奮起!を喚起し得ざりしもの、一に政府のお茶濁し的、顧みて他をいう態の指導にもとづく。

すでに狂瀾を既倒に反すの道まったくふさがれし土壇場に到りて、初めて真相を打明けたればとて、時遅し、国民の憤激は敵に向わずして指導者に向うの虞れなしとせざるを知るや否や」と政府の態度に納得できぬと不満を示している。

 

二月五日B29約百機来襲 戦果調査中

朝日新聞は「B29約百機来襲 戦果調査中 我方に若干の被害」と。

精神で敵を圧倒 大和民族の極致特攻隊」と、ルソン戦線より還りて、として記している。

 二面は、「新しき日本婦道」と題し、「国家の母、東亜の女性 混乱の中から力強く創造」とある。