江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)344
二月十四日から十六日の戦況報告
十四日の朝日新聞は「マニラ中枢確保 紀元節に一斉斬込」との戦果。
清沢洌は「工場を休む者が非常に多い。一つはそうして他で稼ぐのであるが、もう一つは工場に行っても仕事がないそうだ。築比地君の話では、同君の甥が工場に行っても、石炭がないので 一ヶ月に三日しか働かなかったとのことだ」と、国内工場の内情を知り、工場が必ずしも順調に稼働してはいなかったと。
十五日の朝日新聞は、「ルソン全線で敵軍釘付け 北部で殺傷三千」と、まるで優勢のような報告。
山田風太郎は「いま米一升十五円・・・一日に二合三勺、野菜一日に十匁のみにては、この限りなき民衆、限りなき歳月の間、『闇』の海の夜霧のごとくたちのぼり、全生活を覆わんとするも是非なきなり。これを責むるは易く、これを救うは難し。・・・議会にて、国民の生活上闇の占むる割合を諸公知れるやと一議員質し、左様なことは研究せずと大臣答えたり。ああかくのごとき大臣国を滅ぼすなり。何たる冷淡、何たるとぼけ、国民の口にする大部は闇のものならずや。日々闇を嘆く声きかれざる日ありや。『最低生活の確保』これぞ日本の国難を救う根本の問題なり」と、訴えている。
ロッパが身の危険を感じた十六日
朝日新聞は「マニラ・パシグ河南側を堅持 ニコルス侵入の敵撃退」との戦果報告。
古川ロッパは、空襲の恐怖を「プーと鳴るので眼が覚める。まだ夜半かと思ったら、七時だ。ラヂオをかける。『敵小型機の数編隊は」と来た。や、それでは艦載機か、ハッとして、子供ら、母上を防空壕へ追ひ込み、僕も入る。・・・又もや、ラヂオは、小型機とB29と両方で何十機とかが来ると告げる。こりゃいかんと、あはてゝ壕へ入る。敵機らしき唸り、それに被せて、高射砲の音、さんざ響くうちに、ドカンバチンと、何処か近くへ落ちたやうな音がした。・・・大庭の伜が伝令。便所を機銃らしいものでやられてしまった、・・・ラヂオは、再び小型機五十機の編隊来ると告げた、いけません、又壕へ入る。・・・」と、身の危険は感じていた。
「日本は、今、生産的には何にもしていない。全力を戦争のために捧げているそれが破壊されるのだから、日本は恐ろしい勢いで国力を磨滅しているのだ。東京の真中にあって、我らはどこが、どういう被害を受けているか 一切わからない。この秘密主義は最後までそうであろう。『敵は焦っている』そうラジオでも言い、新聞も言い、軍でも言う。これはおそらく、敵も飽いている、もう一頑張りすればという意味だろう。この認識が、従来ずっと観察を誤らせてきたのだ」と、清沢は国内生産に不安を示している。