対日処理案が二月十九日新聞に。

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)346

対日処理案が二月十九日の新聞に

昭和二十年二月十九日に「対日処理案」が新聞に発表された

朝日新聞は「硫黄島周辺で更に 十八艦船を轟沈破 四度の接岸を撃退」との戦果を報告。日本の被害は不明?

高見順の日記には、以下が記されている。

敵の対日処理案が新聞に発表された。一月中旬に開催された太平洋問題調査会第九同大会で反枢軸十二カ国の民間代表が意見一致したという決議の内容

一、日本の全面的占領

一、国体の変革

一、戦争責任者の処罰

一、米政府の企画する政府の樹立

一、全面的武裝解除並びに民間航空の廃止

一、軍需工場の完全破壞と経済的武裝解除

一、黑龍會の如き結社の廃止

一、日本国民の再教育

一、カイロ宣言に基く日本帝國の分割

一、商品による賠償

 

 午後、おきまりの時間にB29の編隊来襲、百機内外」と。

 

二十日の朝日新聞は「マニラ東方地区より 皇軍、敵側背に出撃 我守備部隊も策応、激戦」との見出し、戦果は記されず

「中央公論の藤田親昌君が一ヶ年の牢獄──実は留置場から出てきたが、警官はむやみにぶん殴る。身体が腫れあがる。ぶん殴った後で、体操をやらせる──聞いただけでも熱血沸くものがある。日本には憲法もなければ、法治国でもない。ギャングの国である。警察で、どんなことをされても仕方がないそうだ」と、清沢洌は警察の横暴に憤慨している。

 山田風太郎は「きのう墜落機より飛下りたる敵飛行士、所もあろうに三宅坂の航空総本部に落下せる由。むろんただちに捕虜となる。敵都を襲いてなお生きんとする敵の心理、つくづく合点ゆかず」と。