二月二十一日から二十二日の硫黄島

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)347

二月二十一日から二十二日の硫黄島

 二十一日の朝日新聞は「硫黄島へ敵上陸開始 我が部隊激撃激戦中」と硫黄島に敵上陸の大見出し。

 「ドカン! と地ひびきのする音、爆弾だ、何処だらう、新宿か、もっと遠くだらうか──然し、もう行っちまった、又寝る。生きた心地はしない。九時まで寝る。新聞には『硫黄島に敵上陸』の大見出しで、何紙も書き立てゝいる。・・・それにしても、敵機もうるさ過ぎるではないか、こんなに、執拗に毎日何人もの人が、命惜しまず来るものだらうか、それがアメリカ国民の気魄だらうか。いやいや、これも或る個人の利益のために躍らされてゐる人々の姿ではなかろうか。敵も味方も、結局は、軍の、政治家の犠牲ではないのか。・・・七時半過ぎ、ラヂオ、海洋吹奏楽団の放送、第一が『硫黄島陸海軍の歌』といふ、呆れたな。上陸された硫黄島の歌だ。・・・」と、古川ロッパはやりきれない気持ちを示している。

 清沢洌は「十九日に硫黄島に敵が上陸した。いよいよ切迫した。

 二月十九日の各紙は一斉に敵 の対日処分案なるものを発表する。今までは全く伏せていた皇室のこと 国体変革の企図が敵にあることをも書いている。これはかなり思い切った処置である。この反響は如何」と記している。

 

 二十二日の朝日新聞は硫黄島の皇軍勇戦と、戦いを報じている。米軍が上陸し、それに対しての戦いだろう。

 高見順は、毎日新聞の『硯滴』に次のような記事を見ている

 今の如く何にでも『顔』がものをいひ『實績』がものをいふことはなかった。商人から物を買はうとしても過去のお得意関係がなければ木で鼻を括ったやうな『ありません』の一語でそっぽを向く。それが藥品などだと、配給がないだけに保健上、困ったことになる。▲甚だしきは、仁術を標榜する医師でさへ、新らしい患者は然るべく敬遠せられ、少くとも入院や往診はお断りとある。だから平常病気の実績がなかったことを残念がることにもなる。▲それはやむを得ない点もある。どうせ品不足な藥品は売れるにきまってゐるのだから、お得意関係のために保留する気になるのだが、そこに闇が行はれ易い▲医師にしても、一般的公共の仕事が多い上に、特殊の義務も負ってゐる。しかも自動車でも廻り切れなかったほど流行ったものは、乘物の不自由なために新患者など断るのだ。▲公平な商売は銭湯だらうといふ。なるほど番合から浴客の顔を見て入れるといふこともなく、情実は先づない。文宇通り赤裸々、露堂々の商である▲ところが、入浴時間を待ち切れず銭湯の前に行列をつくってゐるものが、節穴から覗いて見ると、すでに好い心地で入浴してゐるものがあるといって騒いでゐたのは、或る町での実景である▲世間万事かういった風であるのが疎開者の悩みでもある。何しろ地方は昔から商賣でも義理人情がものをいった。その純朴味に新らしい世情がまじったのである。▲故疎開でもないものは、気心も知れぬ他人として取り扱はれる。西を向いても、東を向いても、路上の人ばかりで、財布にものをいはせる階級でない限り、不自由だらけである▲一切の職業に国家性を帶びさせなければならぬ必要は、もはや議論ではない。旧い自由は封じなけれぱならぬ▲現に葬儀の如き人生最後の厳粛なものにも、闇でなければ棺桶も手に入らないといふ。断じて闇の生活をしなかったやうな人でも、最後に有終の美を欠くことになる。嘆かわしい。政治家はかういふ世相を冷眼に見てはならない。

(毎日新聞『硯滴』)