江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)353
三月四・五日と空襲におびえる
三月四日の朝日新聞は、硫黄島での「敵死傷我に十倍す 山容改まるも陣地確保」と、米軍の被害を強調している。地形が変わるほどの攻撃を受け、果たして陣地を確保できたのであろうか。
ロッパは、「プーウと朝来た、時計見ると七時半、いかん、艦載機時間だ。サンデーモーニング・ポストとおいでなったか!ラヂオきいてると、B29の編隊続く。間もなく空襲警報鳴る。いかん、それッと壕へ入る。敵編隊京浜地区へ。頭上ブウンの音、今にもドカンと落しはしまいかと、気が気ではない高射砲のひヾきと、爆弾であらうか、地ひヾき--いやな、物を引きずるやうな音、約二時間。十時近く、東南方海上へ去ったといふので、壕から出て、朝食。・・・」と、「生きた心地がしない時間が続いた」と、空襲におびえている。
五日の朝日新聞は、大本営発表「殺傷新に一千七百 東山、北部落に敵侵出」と、硫黄島の状況。もう一つは、「昨朝、百五十機でB29帝都を盲爆」との見出しがある。
高見は「昨日の來襲に関する大本営発表を新聞で見る。
本三月四日八時三十分頃より九時三十分頃の間、B29約百五十機主として帝都に來襲雲上より盲爆せり、右盲爆により都内数ヶ所に火災発生せるも十時三十分までに殆ど鎭火せり
新聞にはこれ以外にはほとんど何も書いてないので、どこが、どのくらい被害があつたか一切不明。昨日は夜も來襲があった。」と、不満を記している。
風太郎は「B29十機、一機ずつ東京上空を分列行進してる。わが方、高射砲も射たず、戦闘機も飛ばず、ただ月明蒼き雪の帝都を、敵悠々と横切り、ほしいままに投弾するのみ。無念なり。 投弾の音頗る近く、家震動す。うち 一発は、例の、電車のガードを過ぐるがごとき、ガーという音を虚空に発し、たちまちだだあんと地を震わしむ。このガー実に二、三秒。頭上に落つるとも身動きする能わざる恐るべき音なり」ことを書いている。