華道書(花伝書)の花材と茶花その5

茶花    22 茶花の種類その19
  華道書(花伝書)の花材と茶花その5
『立華指南』
  『立華指南』は、『抛入花伝書』に続いて『華道古書集成』第一巻に綴られたものである。貞享五年(1688)に刊行されたもので、著者は不明である。「頭書立華指南に就て」には「本所以後の花書にして本書に記載せる所を引用せるも多し」とある。これまでの華道古書と異なる点は、立華図にその解説が記されていることである。さらに、「花をならべらし少は畫工のあやまりもあらんか」「りんだうとみえず絵師のあやまりにや」などと、植物が正確に描かれているかという点まで指摘しており、花材についても信頼できそうである。
イメージ 1  『立華指南』には、序に続く立華図、「立華指南巻三」の「草木伊呂波分并凡例」の中に、花材が約190種ほどの記されている。その内、182種の現代名を『牧野新日本植物図鑑』と『樹木大図説』から対照させた。なお、花材名には、これまでと同様、マツやヤナギのような総称する名称と共に種名(species)があり、花材として一緒に数えている。
  花材名を現代名に該当させたが多少不安のあるものとして、「薜茘=イタビカズラ」「狗脊=オオカグマ」「小毬=コデマリ」「山歸来=サルトリイバラ」「かうらいゆり=チョウセンカサユリ」「玉簪=タマノカンザシ」「釣鐘草=ホタルブクロ」「柘=ヤマグワ」などがある。
  現代名がわかりそうで該当できなかった花材に、「羊躑躅」「あたごゆり」「うたゆり」「相良ゆり」「高麗菊」「澤苣」などがある。「羊躑躅」は、「草木伊呂波分」の「伊」項にあり、「一名三葉躑躅」とある。読み方は、「い」から始まるのであろうが、続く詳細説明を読んでも、ミツバツツジには該当せず、どのようなツツジかはわからない。また、「羊躑躅」に続く「石莧」は、「には櫻の大いさにして花白く小梅のやうにて千重」と『抛入花伝書』から、「ユキヤナギ」とするが、漢方薬に「石莧」があるらしく、それはクマツヅラ科のイワダレソウだとされている。「高麗菊」は種を蒔くことから一年草か越年草であるが、インターネットで引くと、シュウメイギクの名が出てくる。もっとも、その根拠は不明である。
  次に、『立華指南』の花材の初見や渡来時期について、『資料別・草木名初見リスト』『明治前園芸植物渡来年表』(磯野直秀)から検証して、「玉簪=タマノカンザシ」と「なつはせ=ナツハゼ」に問題がある。タマノカンザシは、『初見リスト』では『地錦抄付録』(1733年)が初見とある。しかし、『本草綱目』(慶長九年1604には到来)に「玉簪」が記されている。この植物はタマノカンザシを指しているようで、『立華指南』の「玉簪」はタマノカンザシではなかろうか。また、「なつはせ=ナツハゼ」は『替花伝秘書』(1661年)と『立花大全』(1683年)に記されており、『初見リスト』や『渡来年表』の示す『諸国産物帳』(1735~40年)より早い。即断はできないものの、『立華指南』の記載の方が信頼できそうである。
  『立華指南』に示された花材は、十七世紀後半の茶会記に登場した茶花の79%をカバーしている。十七世紀後半に登場した茶花で、『立華指南』に記されていない植物は、アサガオオウバイカザグルマ、シュウカイドウ、スゲ、ナタネ、ハンノキ、ヒイラギ、ヒルガオ、マメ、ミツマタ、モミ、ロウバイである。茶花の使用頻度上位20位までの植物と比べると、『立華指南』の花材は10位のアサガオと17位のシュウカイドウ以外、90%をカバーしている。なお、「高麗菊」がシュウカイドウであれば、19種を占めることになる。さらに30位までに広げても、26種(87%)を含むというように高い割合である。『立華指南』は、十七世紀後半に使用された茶花の使用動向をよく反映している。
 
『立花秘傳抄』イメージ 2
 『華道古書集成』第二巻の最初の書として『立花秘傳抄』があり、続いて『立華時勢粧』がある。これらの書は、貞享五年(1688)に桑原冨春軒仙渓が刊行したもので、『立花秘傳抄』に花材の種類と立花技法が五冊に、『立華時勢粧』に作品図が三冊に収められている。『立花秘傳抄』に注目したのは、花材の別名(異名・和名)が数多く記されているからである。
  『立花秘傳抄』には、180種ほどの花材が記されており、164種を現代名に対照させた。異名・和名が複数記されていることから、これまで確定できなかった名前を見つけることができるものと期待したが、『立花秘傳抄』はあまり役立たなかった。ただ、今後の華道古書の花材の現代名を検討していく上で、類似した名前を判別するヒントが得られるもの思われる。
  たとえば、ユキヤナギシジミバナ、『立花秘傳抄』には「米花」「小米花」が記載されている。「米花」はユキヤナギだと思われるが、ユキヤナギには、別の華道古書には「石莧」という表記がある。また『樹木大図説』の解説には、「小米花」をユキヤナギとする記述もある。もしかすると、ユキヤナギは「石莧」「米花」「小米花」と書かれていた可能性がある。しかし、『立花秘傳抄』には「米花」と「小米花」の名を分けていることで、これらは異なる植物を指していると判断できる。そのことから、「米花」をユキヤナギ、「小米花」をシジミバナと判断するように、これまで不安のあった名前が徐々に解明できるものと期待している。
  「かなめ」の項目の記述に、「榊かなめわくらしらかしは大木有」という文がある。「榊=サカキ」「かなめ=カナメモチ」で、「かなめ」に続く項目から「わくら=シャシャンボ」「しらかし=シラカシ」と判断した。カナメモチは別名に「カナメ(『樹木大図説』)」がある。シャシャンボの別名として「わくらは(『牧野新日本植物図鑑』)」「わくら(『樹木大図説』)」がある。ただ、「かなめ」「わくらは」については、植物名ではない可能性も高く、以後の花伝書からも再度検討する必要がある。なお、「しらかし」に続く項目に「かすおしみ」があるが、どのような花材であるかわからない。
  『立花秘傳抄』に示された花材は、十七世紀後半の茶会記に登場した茶花の70%をカバーしている。十七世紀後半に登場した茶花で、『立花秘傳抄』に記されていない植物は、アサガオオウバイ、ウツギ、カザグルマ、テッセン、ナタネ、ナツツバキ、ハシバミ、ハンノキ、ヒイラギ、ヒルガオフクジュソウ、ボケ、マメ、ミズアオイミツマタムクゲ、モミ、ロウバイである。茶花の使用頻度上位20位までと比べると、『立花秘傳抄』の花材は10位のアサガオと13位のウツギと16位のフクジュソウ以外をカバーしている。『立花秘傳抄』も十七世紀後半に使用された茶花の使用動向を比較的反映していると言えるだろう。