華道書(花伝書)の花材と茶花その9

茶花    29 茶花の種類その26
  華道書(花伝書)の花材と茶花その9
イメージ 1『挿花千筋の麓』
  前後2巻から成る『挿花千筋の麓』は、入江玉蟾の著作で、明和五年(1768)に刊行されている。花材のリストと共に後巻に図が示され、花材名も記されている。この書は、「挿花」とあるように茶席の花を考慮しているので、検討することにした。記されている花材を数えると110ほどあり、現代名で示せたのはそのうち100種である。
  花材名についての解説で、「金せん花同名両種心得ちがいの事」という項目に、「金銭花  本名川蜀葵午時に花發き子に落故に午子花と云・・・」、「金盞花  一名長春菊・・・」とある。この解説が正しければ、金銭花はゴジカ、金盞花がキンセンカということになる。これまで、「金銭花・金盞花」をキンセンカとして区別していなかったが、どうやら分ける必要がありそうだ。ただ、気になるのは、当時、誰もが正確に使い分けていたという点だが、その辺についてはもう少し検討しなければなるまい。
『挿花千筋の麓』の花材を十八世紀後半の茶会記に記された茶花と対照させると、含まれるものは35%と半数には満たない。それでも使用頻度11位(10位2種あり、以下同)まで中では10種あり、23種(16位8種あり、以下同)まででは17種ある。上位23種から見る限り、十八世紀後半の茶花をある程度反映していると言えそうだ。
 
イメージ 2『抛入花薄』
  『抛入花薄』は、千葉一龍によって明和四年(1767)に刊行された。書は上下2巻に分かれ、85程の花材が記されている。そのうち、75種を現代名に対照させた。花材の種類としては、特別新しい種はあまりないものの、解説があり参考になりそうなので記すことにする。
  この中に現代名が定まらない花材、「高麗菊」についての解説がある。「しんきくに花黄白二色あり花葉を見込生るなり又花白く葉人参に似て香あり生てよろし」とある。「茶花の種類その19」で「高麗菊」をシュウメイギクではと記したが、「高麗菊」の花色は黄白であるから、赤紫色の花のシュウメイギクではない。葉が人参に似ていて、葉に香りがあるらしいとあるが、その条件に該当するキクの現代名は見つからなかった。
  「続断」(あざみ)について、「あざみは野辺に多く生る物也俗にこれを鬼あざみと云・・・」とある。アザミの種類は数多い。その中でオニアザミだけ種がわかったと判断していたが、「鬼あざみ」と記されてはいても、実は野生のアザミ類を指していたようだ。そこで、「鬼あざみ」などと記されていても、それはアザミ類の一種であると考えられるため、以後の植物名は総称してアザミとする。
新しい花材としては、「桜草」の解説の中に「りう金花」の名が出てくる。これは、リュウキンカであると判断した。
『抛入花薄』の花材を十八世紀後半の茶会記に記された茶花と対照させると、含まれるものは33%と半数には満たない。また使用頻度11位まで中では9種、23位まででは15種ある。使用頻度11位までは、十八世紀後半の茶花をある程度反映しているが、『挿花千筋の麓』に比べると、全体についても、23位までもいずれの数値も低い。
 
『抛入狂花園』
  『抛入花薄』に続いて『抛入狂花園』がある。この書は、蓬萊山人によって作成され、明和六年頃(五~七年らしい)刊行された。これまでの華道書とは異質で、一種のパロディー本というべきもの。滑稽本の一つとしても取り扱われている。花材には、独楽や盃など植物以外のものが使用されている。したがって、茶花と対照させることはもちろん、花材の花としても検討する意味がないと判断した。
 
イメージ 3『生花百競』
  続いて『生花百競』がある。『生花百競』は、入江玉蟾の息子入江惟忠によって明和五年(1768)に編纂され、翌年刊行された。これは図集で、春・夏・秋・冬に分けて描かれている。見にくい図もあるが、判読できる花材名を示すと100程あり、そのうち88種の現代名を確定させた。玉蟾は、山野の草花を茶室に活けることに熱心で、千家新流を考案したとされている。そのため、『生花百競』の花材の特徴は、以下に示すように新しい花材が数多く記されていることである。
  アツモリソウ(敦盛草)、アマナ(山慈姑)、インゲンマメ(白萹豆)、ウイキョウ茴香)、オケラ(白木、ケラ艸、図を含めて判断)、カタクリ(旱藕)、カンアオイ(馬蹄莘)、カンチク(寒竹)、キブシ(黄藤)、キンモクセイ(九里香)、センニチコウ(千日紅)、ソバナ(齋苨)、チョウジソウ(丁子草)、デンジソウ(田字草)、トベラ(海桐花)、ナンバンギセル(土歯、竹六穴、図を含めて判断)、ハコネウツギ(海仙花)、ハボタン(葉牡丹)、ハマボウ(金木蘭)、ホタルソウ(樟芽菜)、マタタビ(木天蓼)、マツムシソウ(玉毬花)、ミズヒキ(海根)、ミスミソウ(三角草)、ミヤマレンゲ(玉蘭花)、ロウバイ(臘梅)などの新しい花材が記されている。これだけ多くの種を揃えた花伝書は、十八世紀に入ってからはなく、特異な存在である。
では、『生花百競』の花材は、十八世紀後半の茶会記に記された茶花をどの程度反映しているかを見ると、33%と半数にも満たない。使用頻度10位までには8種入っているものの、20位までを見ると13種と、決して多いとは言えない。『生花百競』は茶花を中心に図示しているようだが、入江玉蟾の好む山野草と十八世紀後半の茶花とは異なる種の方が多い。
 
『瓶花群載』
『生花百競』に続く『瓶花群載』は、百花園主人が偏し、明和七年(1770)に刊行された。群載とあるように、図の中には源氏流や古流を初め、諸流の瓶花が連ねられている。図は27あるが、花材名は一部にしか記されておらず、花材を検討するほど種類がないと判断した。
 
『独稽古』
  『独稽古』は、「古田流いけ花」と記され、後編が記されている。序から明和七年(1770)に記されたものと思われる。茶花を中心に記しているが、花材数は40程度と少なく、特別変わった植物もないので検討を省く。