茶花 39 茶花の種類その36
十五世紀から十六世紀に使用された花材と茶花
『山科家礼記』と『仙伝抄』からは十五世紀に使用された花材、『池坊専應口傳』から十六世紀に使用された花材を取り出し、これらと十六世紀の茶会記、『天王寺屋会記』『松屋会記』『宗湛日記』『古田織部正殿聞書』に記された茶花を比べてみたい。
なお、植物名の記載については、原則として種名を示す。したがって、イトススキ(変種)はススキとする。しかし、『仙伝抄』の記載の中には、種名(カワラナデシコ)で記したり、総称名(ナデシコ)で記すなど例がある。その場合は、両方を表示するが、種類数としては2種とは数えず1種とする。同じ植物について、種名と総称名を記すことによって多少混乱が生じるが、いたしかたないだろう。さらに、ユリなど総称名の記載が多い植物は、種名(ヒメユリ『山科家礼記』)が記されている場合は、種名のヒメユリに加えて総称名ユリにも該当する。紛らわしいが、ヒメユリとユリの両方の項にも記載することになる。
花材の種類は、これまで検討した『華道古書集成』全5巻の花伝書に記された花材の植物名をもとに、再度植物名を確認した。具体的には、全5巻に一度しか出現しない名称については、『明治前園芸植物渡来年表』『草木名初見リスト』『牧野新日本植物図鑑』『樹木大図説』などと矛盾がないか。また、これまで検討した『茶会記』に記された茶花に記載されているかどうかという点も考慮して検討する。
ちなみに、『草木名初見リスト』で『山科家礼記』を初見とする植物は、ウツボグサ・ウラジロ・エビネ・オウバイ・オグルマ・カラマツ・キンポウゲ・サクラソウ・サワラ・シャガ・ハクチョウゲ・フキノトウ・フジマメ・ミヤマシキミなどがある。『山伝抄』では、カワラナデシコ・サルトリイバラ。『池坊専應口傳』では、オニアザミ・サワギキョウ・フジナデシコなどがある。
また、問題がありそうな植物名として、岩梨(イワナシ)・雁足(クサソテツ)・山茶花(サザンカ)・紫薇花(サルスベリ)・ひむろ(ヒムロ)・節黒(フシグロセンノウ)・庭柳(ユキヤナギ)・つげかうし(ツゲコウジ)などがある。これらについては、確証はないものの、十七世紀以降の花材や茶花の記載などから、可能性が高いものと判断した。
以上のような再検討を加えて、十五世紀から十六世紀の花材として、『山科家礼記』が76種、『仙傳抄』が64種、『池坊専應口傳』が66種がある。これらの花伝書に記された花材の合計は206種にのぼるが、重複しているものを除くと133種である。それに対し、茶会記に記された茶花の種類は、64種である。立花の花材に比べて、茶花の種類は半数以下でかなり限られていたことがわかる。
『山科家礼記』『仙伝抄』『池坊専應口傳』のいずれにも記された花材は、アヤメ・ウツボグサ・ウメ・カキツバタ・キキョウ・キク・キンセンカ・ザクロ・シャクヤク・スギ・センノウ・タケ・ツバキ・ハギ・ハス・バラ・ヒノキ・フジ・マツ・モモ・ヤナギ・ヤマブキの22種である。これらの植物は、立花ならではの花材と言えるだろう。それらの花材が茶花としてどのくらい使われたかを調べると、16種(ウツボグサ・ザクロ・スギ・センノウ・ハス・ヒノキを除く)ある。十六世紀の茶花63種中の16種は25%で、多いとは感じない。しかし、『天王寺屋会記』など十六世紀の茶会記に出現した約800の茶花に占める16種の割合は、72%とかなり高い割合であることがわかった。さらに、茶花(63種)と共通する花材を調べると44種あり、その44種が全茶花の占める割合は、93%を占めている。なお逆に、茶花が花材として使用された割合を調べる必要があるが、使用割合は『山科家礼記』しかわからない。そこで、やむをえず『山科家礼記』だけについて検討すると、共通するのは21種で、56%であった。
茶花には使用されているが、『山科家礼記』の花材に記されなかった植物は、アサガオ・アザミ・イネ・ガマ・キウリ・クズ・ササ・セリ・タケノコ・チガヤ・チシャ・ツユクサ・ナタネ・ヒョウタン・ヘチマ・ミョウガ・ムギ・ヤクモソウ・ユウガオの18種である。このなかで、以後の花伝書に良く登場する植物は、アサガオ・アザミ・ガマ・クズ・ササ・ツユクサ・ナタネ・ユウガオの8種である。なかでもアサガオは、花材として頻繁に登場する。
以上から、『山科家礼記』の花材と茶花は使用頻度まで含めて検討すると、種類数の違いほど異なるものではない。実際の立花や茶会での感覚としては、131種と64種という二倍の差はなかったものと思われる。違いを感じたとすれば、植物の取り扱い方法や活け方についてであっただろうと思われる。