・ドングリ作戦

自然保護のガーデニング

  ドングリ作戦
 皆さんも聞いたことがあるかもしれないが、山に落ちているドングリを拾い、空き地に蒔き、郷土の自然の森ををつくろうという活動がある。これは、ドングリ作戦、ドングリコロジーとも言われ、誰にでもわかりやすく、簡単にできる自然の復元法であると思われている。このアイディアは、日本の植物生態学者が思いついたとされている。いくつかの場所で実施されたらしいが、実際に森ができた例は聞いていない。
  ここに紹介するケースは、千葉県にある大きな工場の空き地を緑化する際に行われたものである。ドングリを蒔いて森をつくるという、極相林を造ろうとする試みに興味をもった人が、何度となく学者と相談しながら実施した。担当者は、工場が環境に配慮していることをアピールするには、自然を復元することが有効だと考え、社内に計った。そして、職員とその家族が近隣の山でドングリ拾い、集めたドングリを工場の空き地にたくさん蒔いた。翌年には、ドングリの芽が沢山でてくるものと期待していたが、ほとんど発芽しなかった。
 なぜドングリは、発芽しなかったのか。それは、職員たちの拾ったドングリは、乾燥しているため、直ぐには発芽しない。このドングリ作戦、学者の思いつきでしかなく、ドングリの発芽の仕組みを知らなかったために、こんな結果となった。ここでも、学者は現実の緑化技術について、何にも研究していないことを証明している。
 では、苗木・造園業者はどのようにしてドングリを発芽させているだろうか。種から発芽させようとしたら、完熟して落ちているドングリではなく、八分程度に熟した種を木から直接採取する。その種を直ぐに湿った砂のなかにいれ、ポットなり、植える場所に植える。こんなことは、大学へは行かないたたき上げの植木屋さんでも知っていることなのに、大学教授は知らなかった。自然の山で、ドングリがどのように発芽するかを調べなかったためである。発芽するドングリは、落ちて直ちに枯れ葉や土のなかに入り、適当な湿度が加わった種が幸運にも発芽するもので、他は鳥に食べられたり、腐って土になるのである。
 しかし、それで工場緑化をあきらめたわけではない。ドングリを蒔いた場所に、ちょうどドングリから芽を出したようにして、苗木を植えることになった。植木屋に全面的にまかせ、乾燥を防ぐとともに雑草の生育を抑えるため敷き藁をして、苗木を植えた。その経緯を知らずに、蒔いたドングリが発芽して育ったと思った人がかなりいたらしい。
 植栽後、苗木は五年くらいたつと、過密となり、他の学者の助言を受けて間伐した。同時に植えれば、同じように生育し間伐をしなければならないことは、スギの造林を見ればわかることである。自然植生だろうと代償植生だろうと、人工的に植栽すれば人為的な管理が不可欠なのに、学者は、ドングリなら自然に淘汰されると考えたのだろうか。密植されれば、生育は速く、外見上は一面緑になっているものの、一本一本は細くて、十年、二十年と時間がたてば再び過密となることは、自明のことである。
イメージ 1 スギの人工林は、林床に下層植生が十分に生育できないから自然でないと、生態学者は批判するが、ドングリの一斉林は、林内が真っ暗である。後継樹種どころか、雑草さえ生育できず、これが本当に学者の考える理想的な緑化の形態なのかと聞いてみたいくらいである。工場の緑にしても、四季折々の花が咲いて、秋には紅葉が楽しめるというような、美しい林がいいと一般の人は思うのだが、学者はどうも違うらしい。おまけに、このような過密の林を見て、本当にいいと思う学者が他にもいて、楽観的な考察を加えるから困ったものだ。その人は、過密とは言うものの相当な樹林が形成されていると、樹種が比較的少なく現段階では総体的な自然生態系が成立しているとは言えないものの、今後数十年放置されれば、次第に多くの種が参入することによって、結果的には「潜在」生態系が成立する可能性が高いと述べている。
 カラマツやスギの人工林を批判する生態学者が、ドングリなら何十年も不自然な林を認め、そのうち極相になると気長に待っているのは、実に不思議である。何年経ってもドングリ林はドングリ林のままで変わらないだろう。学者は、造園緑化や林業が積み重ねてきた技術や経緯の実態を理解しようとしていない。現在ある植物の様相をもとにした研究をしている学者や研究者は、説明するための論理ばかり考えていている。必要なのは、造るための生態学であり、管理するための植物遷移である。
  西欧の植物学者(たとえば、オランダ・ニーメンゲン大学教授ヘストフ博士など)は、実際に自然復元を手がけている。それも具体的な森や林を造るの研究、ゴミの山に森を造るため、失った森林の復元するために行っている。西欧の植物学者は、整合性ある理論を構築するために行っているのではない。生態学にしろ、群落の遷移にしろ、具体的な緑や森林を造るための技術を探るために行っている。現に、西欧にでかけた日本の植物生態学者は、ヘドロを積み重ねて生まれた森林公園を見て、ゴミの山に森林を造る手法を学び、アウトバーン周辺では潜在植生を考慮して実施されている緑化に感動している。
  日本の植物学者は、緑化や森林造成を行うために研究をしていると言えるだろうか。日本の植生や群落の遷移を研究してはいるが、緑化、森林造成にどのように役立てるかという視点がない。学術的には価値があるのだろうが、実戦的にはあまり役に立たない。中には、直接役立つような研究は、学問ではないというような認識すら感じられる。
 そういえば、ある有名な植物学者は、尾瀬にでかけ植物をしこたま採集していて、長蔵小屋の主人の怒りを買い、「おまえのような者はここに泊めてやらぬ、さっさと帰れ」と言われたそうだ。これを恨みに思ってかどうかわからないが、後で彼は「尾瀬なんかつぶしてしまえ、あんなものは要らない、尾瀬の植物を全部採ってしまって、標本につくっておけばそれでいいじゃないか」と言ったそうだ。自分のために研究しているような学者がいることは、研究成果が優れているだけに、残念でならない。
 
(以上の文章は、『自然保護のガーデニング』(中公新書ラクレ)に載せることのできなかったものである。刊行されてからもう10年以上も経っていることから、当時とは状況が変わっているかもしれない。そこで、関心のある方には、追跡調査をしていただけるとありがたい。)