1-3 和のこだわり

1-3 和のこだわり

・図と地の関係
  東京は、刻々と変わっている。建物や道路だけでなく、植物も変化しており、その変化は追いかけきれない。それでも、新たな植物景観ができたという情報があれば、できるだけ見るようにしている。見て感じるのは、日本らしい植物や景観が年々少なくなっていくことである。そのような中で、いつ行っても、和の植物景観を実感できる場所がある。それは皇居前広場である。外国人はもとより日本人でも、日本らしい景観であると認める広場である。その主役はクロマツの林である。
イメージ 1  この広場は約7haあり、クロマツが約2000本が生育している。広々とした広場に林立する景観は、和の素晴らしさそのものである。そして、皇居前という品格を形成する、荘厳で静寂な雰囲気を醸しだす、クロマツの広場は和のガーデニングの見本である。松林に沿って歩けばわかるように、クロマツ二重橋へと向う人達の心を落ち着かせる。林は単純な景観の連続であるが、それゆえ目移りせずに進むように導く。松は古代から、不浄なものを清める木として崇められており、現代の人々にも通じるものがある。
  多少植物の性質を知っている人なら、皇居前広場は地下水位が高く、クロマツの生育に最適ではないことに気づくだろう。また、全国的に猛威を振るっている松くい虫による枯損、その被害を防ぐことの難しいこともわかるだろう。立地に適した林にするなら、ポプラやプラタナスなどを植えた方が容易で、生育も良い。しかし、そのような外来種では、国籍不明の広場となり、趣はなくなるので、あえてクロマツにしているのである。
  この松林は、白砂青松を彷彿させるもので、日本人が馴染んできた景観である。この素晴らしい景観は、多くの人の熱心な手当てによって保たれている。この松林は、白砂青松のマツと同様、人工的に造成され維持されている。美しさの秘密は、クロマツの樹形や配置にあると思われるが、と同時に林床の芝生にある。雑草一本生えていない一面の芝生が何とも言えない。このような美しい芝生に、大規模なクロマツ林を生育させた例はないと思う。
  さて、ここで注目してほしいのは芝生の役割である。一般の人は、「図」となるクロマツの美しさに見とれ、「地」である芝生には関心が低い。枯山水はもちろん、生花や習字など、「地」の存在があってこそ「図」が成立する。余白や背景となる空間に手抜きをすれば、たとえ「地」となる造形が優れていても、日本的な美しさは成立しない。わかり易い例は、生花である。植物の数をできるだけ少なくして飾ることにより、周囲に広がる空間に生命を吹き込む。生花は、図となる植物と周りの空間とのバランスの上に成立する。活けるにあたって、植物の形態だけに注目するのではなく、「地」となる空間との関係を十分に考慮している。日本的な美しさを成立させる空間(地)が如何に大切であるかを示すものである。皇居前広場の芝生は、そのような「地」の役割を担っている。ちなみに、正確な人手や費用負担はわからないものの、クロマツの手入れより日頃の芝生の手入れの方が勝っている。皇居前広場の醸しだす雰囲気は、クロマツの神聖さ、力強さなどを支える「地」となる芝生が大きく貢献している。

・空間の流れ(ストーリー性)を考える
イメージ 2 皇居前広場の近くにも、日本らしい植物景観がある。それは、まるで呼応するようなクロマツの植込みである。東京駅の丸の内側に出ると、駅舎の中央に駅名石碑があり、それを取り囲む花壇風にしつらえた植栽にクロマツがある。意図して植えたものか否かは判断できないが、まるで皇居前広場クロマツ林を暗示しているかのように感じられる。皇居へ向う人にとって、駅前のクロマツの存在は脳裏のどこかに残るだろう。
  さて、東京駅は、オランダのアムステルダム中央駅をモデルにしていると言われている。そのため、オランダと言えばチューリップ、ハウステンボスのチューリップが咲くアムステルダム広場などを思い浮かべる人がいるだろう。となると、東京駅にもチューリップが似合うと思う、という感覚を持つ日本人が少なくない。しかし、マツの樹下には、フレンチマリーゴールドはもちろん、チューリップなどの外来植物は植えていなかった。
 イメージ 3 この場所では、東京駅を背景に、マツの前に国旗というアングルで、外国人だけでなく、日本人も盛んに記念写真を撮っている。日本を代表する東京駅は、ここは日本であるということを、気品のあるマツの仕立物によって示している。八重洲口の景観とは一味違うだけでなく、皇居に面したということを意識すると、クロマツは空間の流れを演出している。このような、周辺の景観やその場のアイデンティティを的確に把握し、その場に相応しい植栽景観が形成されることを願いたい。
 イメージ 4 そのような観点から見ると、東京駅から皇居へと続く道のイチョウ並木は、しっくりしない。イチョウは樹形が美しく、生長も早く強靱で管理しやすい。そのためか、東京都内の街路樹で最も使用されている樹木であるが、外来種である。せっかく起点となる駅前がマツ、皇居前広場もマツであるならば、日本らしさを引き立てる国産の樹木でその間を繋いだら、と思うのだが。
イメージ 5  さらに次に気になるのは、イチョウ並木の下である。皇居前広場のマツの樹下には、すっきりとした芝生で、雑草を見つけることが難しいくらいである。それに対し、イチョウの下には雑草が生え、雑然として見苦しくだらしがない。当初はジャノヒゲを植えたのかもしれないが、今では藪蚊の発生源になりかねない。この道を皇居へと導く道として、外国人に胸を張って見せられるだろうか。雑草については、刈り取られることは確かで、たぶん新たな下層植栽も行なわれるだろう。そこでやはり気になるのは、パンジーなどの外来植物が植えられてしまう可能性である。
イメージ 7  できれば、四季折々に咲く、皇居の中で生育している野草を植えて欲しい。平成二十六年五月に、皇居内でフキアゲニリンソウという新しい種の発見が報告された。皇居には、ニリンソウなどを初めとする美しい野草が数多く生育している。皇居に生育している植物を並木の下に植えたら、外国の人に見せるだけではなく、日本人にとっても興味ある場所になる。そうなれば、やはり並木はイチョウではなく、在来種を植えたくなる。
イメージ 6  その候補として、先ずあげられるのは、マツである。皇居前広場の格式ある雰囲気を、東京駅から連続させるには最適である。さらに荘厳な雰囲気を演出するには、杉並木である。杉並木は、日本ならではの神聖さを醸しだし、皇居へと導く樹木に相応しい。また、外国人をもてなす日本らしい美しさから選べば、サクラが最も適している。近年、日本のサクラを求めて訪れる外国人が多くなり、中にはサクラ前線を辿り、その美しさを堪能する人もいる。サクラはただ花が美しいだけではなく、その精神性からも、イチョウより上回っている。そう考えると、東京駅からの並木は、やはりサクラが相応しいと思う。