『花道古書集成』の花材の呼称名1

『花道古書集成』の花材の呼称名1
総称名について
 『花道古書集成』全五巻に記された、『仙傅抄』『池坊専應口傳』『替花傳秘書』『立花初心抄』『立花大全』『立花正道集』『抛入花傳書』『立花指南』『立花秘傳抄』『立花便覧』『古今茶道全書二』『當流茶之湯流傳集』『立花訓蒙図彙』『華道全書』『立華道知邊大成』『攅花雑録』『抛入岸之波』『源氏活花記』『千筋の麓』『抛入花薄』『生花百競』『生花枝折抄』『甲陽生花百瓶図』『砂鉢生花傳』『古流生花四季百瓶図』『挿花故実化』『美笑流活花四季百瓶圖』『生花草木出生傅』『古流挿花湖月抄』『小篠二葉伝』『活花圖大成』『生花出生傳圖式』『挿花四季枝折』『抛入花薄精微』『挿花秘傅伝圖式』、35の花道古書に記された花材の植物名は519を数えた。
  最も多くの植物名を記した花道書は、『生花枝折抄』で229、次いで『立花指南』が174、『抛入花傳書』の172、『立花秘傳抄』の156と続く。『生花枝折抄』の刊行年は1773年(安永二年)、『立花指南』は1688年(貞享五年)である。花道書に100以上の花材が記されたのは、127の『替花傳秘書』の1661年(寛文元年)である。17世紀の茶会記に記された茶花が85程であることから、立花にはそれ以上の植物が花材として活けられていたことがわかる。
 花材の植物は519を数えているが、その中には総称名(通称名、当時は自明であった植物名)がいくつかある。そのような花材として35、「アオイ、イチゴ、ウリ、カイドウ、カエデ、カシ、カンゾウ、キク、ギボウシ、コケ、サクラ、ザクロ、シダ、ショウマ、タケ、タケノコ、タデ、ツタ、ツツジ、ツバキ、テンナンショウ、ナデシコ、ノイバラ、ハギ、フジ、ホトトギス、マキ、マツ、ミカン、ミズキ、モクセイ、モモ、ヤナギ、ユリ、ラン」がある。
  これらの名称は、次のように記されている。
  アオイは、「葵、あふひ、あをい、かたみ草、側金盞花、蜀葵」とある。『華道全書』には、「葵  立あふひは正心より胴迄水葵は水際にかぎり小葵は下より少上までつかふへし以上三品あるものなり小葵はうす紅と自と水あふひば紫一色なり」とある。「葵」は三種、「立あふひ」「水葵」「小葵」、タチアオイミズアオイ・コアオイ(ゼニアオイ)に分けられ、「葵」はそれらを総称する呼び名である。「秋葵」はトロロアオイと思われるが、図を見るとトロロアオイの葉とは異なる。そのため、「秋葵」は判断できないので総称名のアオイとする。
  イチゴは、「いちご、山いちご、露盆、花いちこ」とある。「いちご」は、キイチゴモミジイチゴ)と推測されるが、確証がないので総称名としてイチゴした。「露盆」は、「イチゴ」と振り仮名があり、草本のイチゴを指すものと思われる。
 ウリは、「瓜」とあり、種も属も不明なため総称名のウリとする。
  カイドウは、「海棠、海紅花、海棠梨、かひどふ、桜棠」とある。「海棠花」は、正確にはバラ科ハナカイドウと思われる。しかし、確認できないことから総称名バラ科カイドウとする。
 カエデは、「楓、紅葉、栬(かえで)、鶏冠木、紅楓、若楓、もみじ」とある。「楓」「もみじ」「かえで」などは、本当は種名で名称を記すべきであるが、わからないので総称名として属名のカエデとする。なお、「もみじ」「紅葉」などは、色づいた葉の植物を指しており、カエデ属ではない植物を指していることもある。
 カシは、「枳殼、櫧木、樫木」とある。「樫木」は、植物名をカシとしたが、堅い木、カシ類を総称している可能性がある。        
  カンゾウは、「くはんさう、くわんざう、くはんそう、萱草、宜男、忘憂草、くはん草、萱艸、わすれぐさ、くハん草」とある。「萱草」「くはんそう」などは、ノカンゾウヤブカンゾウなどのカンゾウ類ということであろう。名前からは、判別できないので総称名としてカンゾウとする。
 キクは、「菊、きく、寒菊、隠君子、紫毬、かはらよもぎ、百夜草、契草、星見草、あさ菊、小きく」の他にも春菊、夏菊など様々な名で記されているが、詳細な種名が判別できないため、総称名としてキクとする。 
 ギボウシは、「葱花、ぎぼうし、珠簪、玉簪、銀賓珠、玉簪花、大菊大蘭、白靍仙、葱草、銀法師、ぎんぼうし、蔥花、擬法珠、玉替、玉替花、きほうし、蔥鳳花、葱鳳花、紫萼、銀宝子」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてギボウシとする。
 コケは、「苔」とある。種名が判別できないため、総称名としてコケとする。
  サクラは、「をそ櫻、櫻、吉野草、夢見草、尋源草、かさし草、人丸草、雲見草、曙草、あだな草、手向草、さくら、さく羅」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてサクラとする。
 ザクロは、「柘榴、石榴、ざくろ、石榴花、火石榴」などの記載がある。これらは、ザクロではなくハナザクロの可能性がある。それは、『攅花雑録』によれば「ざくろは花ざくろの事也」とある。解説によると、当時の花材は実のなるザクロではなく、ハナザクロを使用するのが一般的であったらしい。つまり、ハナザクロを「柘榴」「ザクロ」と呼んでいたようだ。そのため、どちらを指すか不明な場合は、総称名としてザクロとする。
 シダは、「志だ、歯朶、しだ」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてシダとする。
 ショウマは、「升麻、升摩」とある。ショウマと呼ばれる植物はいくつもあり、詳細な種名が判別できないため、総称名としてショウマとする。
 タケは、詳細な種名が判別できないため、総称名としてタケとする。
  タケノコは、詳細な種名が判別できないため、総称名としてタケノコとする。
  タデは、「赤草、あかくさ、蓼花、たて」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてタデとする。
  ツタは、「つた、蔦、烏蘞苺」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてツタとする。
  ツツジは、「つつじ、つつし、躑躅、つつぢ、躑躅花」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてツツジとする。
 ツバキは、「椿、玉椿、つぱき、つばき、山茶花、海石榴」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてツバキとする。
  トラノオは、「剪草」とある。トラノオと呼ばれる植物はいくつもあり、詳細な種名が判別できないため、総称名としてトラノオとする。
  テンナンショウは、「天南星、てんなんしやう」とある。ウラシマソウをテンナンショウと呼称する書があり、記載名だけからは、テンナンショウと判別できないので総称名としてテンナンショウとする。
  ナデシコは、「撫子、瞿麥(くばく)、なでしこ、瞿夌」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてナデシコとする。
  ノイバラは、「ついばら、蕀花木、いはらの花、いはら花、いばら」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてノイバラとする。
  ハギは、「はぎ、萩、小萩、天笠花、胡枝子」とある。ハギと呼ばれる植物はいくつもあり、詳細な種名が判別できないため、総称名としてハギとする。
  フジは、「藤、ふぢ、藤葛、かつら、藤花、ふし、ふち」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてフジとする。
  ホトトギスは、「蜀魂草、杜鵑草、蜀魂草、ほととぎす」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてホトトギスとする。
  マキは、「槙、柀、まき」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてマキとする。
  マツは、アカマツクロマツを指していると思われるが、詳細な種名が判別できないため、総称名としてマツとする。
  ミカンは、「蜜柑」とある。食用の柑橘類を指していると思われるが、詳細な種名が判別できないため、総称名としてミカンとする。
  ミズキは、「水木、美豆木、みづき」とある。これらは、高木のミズキではなく、トサミズキやヒュウガミズキなどを指していると思われるが、詳細な種名が判別できないため、総称名としてミズキとする。
  モクセイは、「もくせい、木槿、木犀」とある。キンモクセイを指していると思われるが、確証がないので総称名としてモクセイとする。
  モモは、「桃花、桃、仙木、招客、八千代草、八重桃、緋桃、白桃、源平桃、西王母、紅桃」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてモモとする。
 ヤナギは、「柳、楊柳、青桝、人柳、八千代草、河高草、風無草、楊、やなぎ」とある。詳細な種名が判別できないため、総称名としてヤナギとする。
 ユリは、「百合、百合草、さかりゆり、ゆり」とある。ユリと呼ばれる植物はいくつもあり、詳細な種名が判別できないため、総称名としてユリとする。
 ランは、「蘭」とあり、大半はシランを指すものと思われるが、確証がないので総称名としてランとする。
  以上の他にも、花材を紛らわしい名前で呼んでいる例がある。図と名前が併記されていれば、一応照合できる。しかし、図が正確でない場合には、かえって混乱することになる。さらに、同じ名前でも異なる植物を指したり、漢字の読み方が異なるなど本当の植物名を解明できない花材がある。