十九世紀初頭

江戸庶民の楽しみ 79
十九世紀の江戸は庶民の都市となる
 文化・文政年間(一八〇四~三〇年)は、江戸庶民による行楽活動が一段と盛んになった時代である。幕府の政治力・財政力が衰退する一方、農村にも商品経済が浸透し人々の生活は豊かになっていった。また、都市においては町人の商業活動が盛んになり、一種のバブル現象を起こした。そうした資金を背景に、町人文化は爛熟を極め、安永・天明期(一七七二~八九年)は札差などの大商人が担っていたのに対し、十九世紀からは小商人・職人なども台頭した。そのためこの時代は、飢饉はあったものの、都市庶民にとって、歴史上最も恵まれた時代となった。
 特に江戸は、庶民の行楽が盛んになり、遊びが一つの産業として成立し始めた。従来、彼らの行楽活動はその大半が、社寺参詣という宗教性を伴い、初詣をはじめ、七福神めぐり、祭り、酉の市、縁日と、いずれも現代と比べると、はるかに宗教色の強いものであった。しかし、江戸時代も後期になると、参詣とは切り離して遊べる場所が各地にでき、行楽だけを求めて出かける人が増えていった。そしてそれは、見世物や寄席のような娯楽として、また『東都歳事記』の中で「景物」と呼ばれる、花見、汐干、漁獵、螢、紅葉狩り、雪見など、現代のレジャー活動へとつながる遊びであった。

★享和1年1801年 
2月 中村座で『仮名手本忠臣蔵』大当たり大評判
春頃 浅草寺開帳を含め開帳6
3月 この頃から小金井村の桜見物ふえる
3月 深川八幡で勧進相撲
3月 河原崎座で『加々見』『江の嶋奉納見台』大当たり
4月 市村座で『全盛伊達曲輪入』大入りで5月節句休みなし
夏頃 回向院での嵯峨清涼寺開帳を含め開帳4
秋頃 結城座で子供芝居『忠臣蔵』大入り
11月 回向院で勧進相撲
12月 混浴禁止令 
○浅草駒形町越後屋(現在ノ駒形ドゼウ)ができる
☆この年のその他の事象
3月 伊能忠敬、関東・東北の沿岸測量を命じられる
○吉原の遊女3,370人
○小野蘭山、薬草採取を命じられる

★享和2年1802年
2月 糀町平河天満宮開帳を含め開帳6
2月 淫らな絵草子・読本類の禁止
2月 神田明神勧進相撲
3月 市村座で『天満宮菜種御供』水仕会大当たり
4月 渋谷金王八幡宮開帳
6月  山王権現祭礼   
6月  中村座で『姫小松の日遊』大当たり
9月 小石川白山権現祭礼、町々より山車練物出す
9月 違法行為が多く富士講禁止 
11月 河原崎座で『義経千本桜』大入り     
11月 回向院で勧進相撲
○葺屋町河岸小芝居で飴の曲吹き大当たり
☆この年のその他の事象
1月 大火、3月頃まで強風多く火事多発
2月  「お七風」が流行、賤民へ救米銭
11月 難波町より出火、両座焼く
十返舎一九東海道中膝栗毛』刊行

★享和3年1803年
2月 浅草田圃筑後柳川藩立花家下屋敷の太郎稲荷、御利益あらたなると参詣人多数
春頃 浅草玉泉寺での相州妙純寺開帳を含め開帳4
3月 牛込神楽坂茶屋春日井で木戸銭二十文とし写し絵興行
3月 市村座で『加賀見山』大当たり
3月 浅草御蔵前八幡で勧進相撲
6月 中村座で『仮名手本忠臣蔵』大当たり
夏頃 回向院での鵜木光明寺開帳を含め開帳6
7月 浅草寺中金蔵院での下総相馬大円寺開帳を含め開帳6
7月 市村座で『積恋雪開扉』大当たり 
10月 回向院で勧進相撲
☆この年のその他の事象
3月  大地震発生 
4月 麻疹が流行する
夏頃 隅田川で花火船の玉屋の息子溺死
○敵対物流行、出版総数の三分の一に及ぶという

★享和4年1804年 
1月 市村座で『梅桜松曽我(ハルキョウダイアイオイソガ)』大当たり大入り
☆この年のその他の事象
1月火事頻発
 
★享和年間の関連事象の補足
○ガラスに彩色絵を描き画面を動かすように仕組んだ「写し絵」が両国付近で興行し、評判となる
○煎茶の会が流行する
○浅草新鳥越、八百善の料理が人気
○近江仁正寺藩五ノ橋邸内に百余種の桜が植えられる

★文化1年1804年
春頃 深川八幡開帳を含め開帳6
2月 華美な稲荷社の祭りを禁止
2月 初午祭に子供が太鼓を打ち鳴らすのはよいが、大人が交わる歌舞は禁止
3月 浅草寺で自然に沸く鑵子の見世物、観客殺到
3月 中村座で『花筺鹿子道成寺』大当たり
3月 河原崎座で『鳴神』大当たり
3月 浅草御蔵前八幡で勧進相撲
4月 浅草清水寺開帳を含め開帳4
4月 中村座、百八十一年、甲子につき寿狂言興行
5月 両国川に心中死体、見物人群集し見物船の船賃が8文から100文に
6月 下谷広徳寺門前孔雀茶屋で落語の夜講、三笑亭可楽、三題噺を創演
6月  山王権現祭礼
7月 河原崎座で『天竺徳兵衛韓(イコクノ)噺』大当たり
秋頃 上野山下の観場に「生福助」の見世物、連日満員
10月 回向院で勧進相撲
11月 河原崎座で『四天王紅葉江戸粧(グマ)』男女蔵大当たり
○寺島村に花屋敷(百花園)を開く
☆この年のその他の事象
4月 北斎護国寺開帳で百二十畳もの大きな達磨の絵を描く
○堀切村の百姓小高伊右衛門が安積沼から菖蒲の苗を白村へ移植する 
○町屋に稽古場を設け武士以外に稽古をさせることを禁止
○食べ物商人6,165軒

文化2年1805年 
春頃 回向院での青山善光尼寺を含め開帳7
2月 芝神明社境内の勧進相撲(8日目、相撲取リト火消シ「メ組」鳶ノ喧嘩デ死者ケガ人)
2月 中村座で『全盛虎女石(トラガイシ)』大当たり
4月 市村座で『花菖蒲浮木亀山』大井川の幕大当たり
夏頃 品川海晏寺開帳を含め開帳2
7月 中村座で『太夫暫縁月視』大当たり
7月 浅草幸龍寺に生麦付近で発掘した人骨を納めたところ、諸願成就するという噂が立ち、参詣者が群集する
閏8 市村座で『小室節錦江戸入』大当たり
9月 町娘が集まり、定見世のように女浄瑠璃をして席料をとることを禁止
10月 回向院で勧進相撲
○葺屋町河岸の観場に「金玉娘」の見世物、若い衆が群集する
○初代立川談笑、各所の寄席に出演
☆この年のその他の事象
5月 芝居衣装の豪華なものを取締
近藤重蔵が、中目黒に新富士を建造 
○亀戸天満宮前の舟橋屋が葛餅を売出す

文化3年1806年 
1月 市村座で『河原噂京諺(コトノハ)』大入り大評判
3月 永代寺での成田山新勝寺開帳を含め開帳3
4月 中村座で『やの字結花行列』大当たり
6月  山王権現祭礼
7月 大師河原弘法大師開帳
7月 中村座で『初紅葉二木仇討』大当たり
8月 広小路柳薬師に水芸出て好評
10月 回向院で勧進相撲
11月 市村座で『壮(ワカザカリ)平家物語』団之助大当たり
○両国に女曲馬師が出演
☆この年のその他の事象
3月 牛町火事で森田座焼失
11月 葺屋町から出火、市村座中村座が焼失
○疱瘡が大流行 
○62軒の茶屋仲間結成 
○吉原の遊女3,985人