天候不順でレジャー熱が冷えた十年夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)223天候不順でレジャー熱が冷えた十年夏 先月までの市民のレジャー気運は、川開きで一区切りという感じ。新聞紙面は盛況な様子を伝えるものの、天候不順で盛り上がらす。特に八月は涼しく、雨(0㎜以上)が20日、「どこ…

軍国主義に向かいレジャー盛況の十年春

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)222軍国主義に向かいレジャー盛況の十年春 軍事予算の増大とインフレで金回りがよくなったと見えて、東京市民は遊ぶのに夢中。警視庁は花見の大騒ぎにブレーキをかけたが、「どこも酔払ひ天国 お花見は最高潮! 仮装隊は…

好景気につられて盛り上がる十年冬のレジャー

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)221好景気につられて盛り上がる十年冬のレジャー 東京は暮れから続いて正月の人出が目に付き、景気が上向いているらしい。市民が浮かれている間に、日本の侵略戦争は進んでいる。国内の政治は、軍部の影響力が強く、岡田…

何故か人出のある九年秋

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)220何故か人出のある九年秋 夏からの人出は、何故か減らない。特別なレジャーやイベントがあるわけではない。あると言えば、大リーガー選抜チームが来日したくらいである。十月には、警視庁が学生・未成年のカフェー・バ…

レジャーは活発に見えるが先が不安な九年夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)219レジャーは活発に見えるが先が不安な九年夏 梅雨明けが遅れ、天候が不純なため、市民の行楽活動は低調。それでも、市内で遊ぶ人が多かったらしく、劇場や映画館の入場者は増加し、この年の年間入場者数は400万人に…

人出だけが盛り上がる九年の春

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)218人出だけが盛り上がる九年の春 春の出来事は「帝人事件」、齋藤内閣の総辞職の原因となった事件であるが、起訴された全員が無罪となっている。訳のわからない事件で、倒閣を目的に捏造されたのではと、考えられるが実…

レジャー気運が一転して落ち込む九年冬

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)217レジャー気運が一転して落ち込む九年冬 インフレ政策の続く中、軍需産業の発展と財閥の満州への投資増加によって、企業と軍部との結びつきは一層進んだ。四月の帝人事件で斉藤内閣が総辞職するように、政党内閣の指導…

レジャーたけなわに向かっての八年秋

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)216レジャーたけなわに向かっての八年秋 渡満する東京部隊の初年兵○○○○名・・・東京駅発不定期一〇〇五列車、見送り三万人、まるでオリンピック選手見送りのような熱気を伝えている。もちろん、見送りの人々が全てそのよ…

『東京音頭』が流行る八年夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)215『東京音頭』が流行る八年夏 「東京音頭」は、有楽町の商店街によって不景気を吹き飛ばすため、前年に「丸の内音頭」という名で作られた。それまでなかった都会風の盆踊りとして、日比谷公園での盆踊り大会で披露され…

前年より活発な市民レジャー八年春

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)214前年より活発な市民レジャー八年春 東京は、インフレの恩恵を受けて市民レジャーが活発化、官製のイベントがなくても、映画館観客数は3,800万人と前年より250万人も増加、劇場観客数も800万人と100万人…

戦果にレジャー気運が高まる八年冬

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)213戦果にレジャー気運が高まる八年冬 中国での戦争は、一月に山海関で、二月には熱河省に侵入し省都承徳を三月占領、四月に華北へ侵入、そして五月に塘沽停戦協定成立で満州事変に一応の終止符がついた。国内の景気は、…

オリンピックと満州国に沸く七年夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)211オリンピックと満州国に沸く七年夏 七年の夏は梅雨空が続いた、湿ったムードはレジャーにも及び、七月の人出は少なく、特に浅草は寄席をはじめ沈滞したままであった。市内は、これといったイベントもなく、あるのは国…

首相暗殺も変わらぬレジャー気運の七年春

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)210首相暗殺も変わらぬレジャー気運の七年春 市民の話題となっている「爆弾三勇士」、その真相は明らかにされず、都合のよいように伝えられたものである。さらに、一月の第一次上海事変も、日本軍部が中国人を買収して、…

不穏な空気の漂う中での七年冬のレジャー

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)209不穏な空気の漂う中での七年冬のレジャー 一月末上海事変勃発、一月の衆議院の解散を受けた二月の総選挙で政友会大勝、三月に満州国成立、七年の冬は、異常とでも言える事件や出来事が続いている。他にも、天皇の馬車…

一転してレジャー?の人出が増える六年秋

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)208一転してレジャー?の人出が増える六年秋 連日のように戦争関連の記事、勝利、爆撃など、国民を鼓舞するようである。そのため、戦争をじっくり考えたり、躊躇させるような記事は許されない、まして反対するような言動…

不景気と満州事変でレジャー気運が陰る六年夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)207不景気と満州事変でレジャー気運が陰る六年夏 不景気に戦争、それに加えて天候不順は、市民のレジャー活動を抑止させる。例年より行楽の人出が少なく、イベントも少ないような気がする。大きな事件はないものの、国民…

新聞のレジャーへの対応が変り始める六年春

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)206新聞のレジャーへの対応が変り始める六年春 四月十三日の東京朝日新聞は、「風は風、花は花 この大人出 きのふがヤマの花見日曜日 相変わらぬ目茶騒ぎ」から始まり、「花より喧嘩」、「花見ぢやねエ 公徳運動だい」と…

不景気に萎縮するレジャーの六年冬

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)205不景気に萎縮するレジャーの六年冬昭和6年(1931年)のレジャー関連事象 国内の景気は一向に変わらず、公務員等の減俸実施など、民政党内閣への不満が高まっていった。クーデター未遂三月事件、陸軍の軍縮政策に…

世知辛い遊び方が増えた五年秋

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)204世知辛い遊び方が増えた五年秋 娯楽を求める人々の数はあまり減らないものの、世知辛い遊び方をする人たちが目に付く。十一月の初め頃までは、遊びの賑わいは前年と同じようであったが、浜口首相が東京駅で右翼に狙撃…

涼を求める行楽が増えた五年夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)203涼を求める行楽が増えた五年夏 小僧さんたちの労働環境が変化しているのか。浅草を始めとする街頭からやぶ入りを楽しむ小僧さんたちが減少しているらしい。七月十六日付の東京朝日新聞に「時代の歩みに押し消されて」…

遊びにも不景気浸透か五年春

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)202遊びにも不景気浸透か五年春 東京市統計書にスポーツ関連の資料がある。昭和五年の「スポーツ観衆人員職業別」を見ると、当時の動向が数値でわかる。陸上競技(日独対抗)の観衆は8,639人、最も多いのもは学生で44%、次…

不景気浸透に遊びにも暗い陰の五年冬

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)201不景気浸透に遊びにも暗い陰の五年冬 昭和五年(1930年)のレジャー関連事象 浜口内閣は、二月の衆議院議員選挙に圧勝し政権は安定していたが、ロンドン条約の対応に追われ、恐慌によるデフレをくい止めることがで…

大恐慌もまだ市民の遊びには影響少の四年の秋

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)200大恐慌もまだ市民の遊びには影響少の四年の秋 景気の悪化は、ニューヨーク株式市場が大暴落する前から始まっていたものであるが、暴落は日本を除くものであった。そのためか、国内の反応は遅く、大衆には感じなかった…

不景気で市民の遊びも萎縮する四年の夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)199不景気で市民の遊びも萎縮する四年の夏───────────────────────────────────────────────昭和四年(1929年)七月、浜口内閣成立②、浅草水族館でカジノ・フォーリー発足⑩、ハエ取りデー⑳、夏のレジャーは海水浴へと向か…

徐々に減少する市民が遊ぶ記事、四年の春

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)198徐々に減少する市民が遊ぶ記事、四年の春 春先はともかく、その後は市民の遊ぶ姿を記す記事が減少する。紙面を埋めるのは、相撲と野球の記事。話題とはなるものの、実際に観戦するのは市民のほんの一部。梅雨にかけて…

前年の奉祝余韻で遊んでいる四年の冬

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)197前年の奉祝余韻で遊んでいる四年の冬 昭和4年(1929年)は、一月から張作霖爆殺事件で追求されていた田中内閣、内外とも無策のまま総辞職。代わって浜口内閣が七月に成立するが、枢密院や貴族院の存在、財政の逼…

盛り上げた人出がピークとなる三年の秋

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)196盛り上げた人出がピークとなる三年の秋 東京市民の生活は、大正時代より際立って良くなったわけではなく、企業の景気も決して良くなってはいない。にもかかわらず、新聞には人々が浮かれて遊んでいる様子を報道してい…

遊ぶことに熱中する三年夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)195遊ぶことに熱中する三年夏 昭和三年の夏は、特別高等警察機関新設、第九回オリンピック・アムステルダムで開催、東京市会疑獄など、重要・重大なことが展開していた。東京市民は、それらのことについてよりも、自分た…

家族連れの行楽が目に付く三年春

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)194家族連れの行楽が目に付く三年春昭和三年(1928年) 四月、在留邦人保護の名目にして、ふたたび出兵(第二次山東出兵)、支那駐屯軍五千人の兵力で山東省の要地を占領した。戦争は刻々と近づいているが、東京市民の…

きな臭さを隠すような紙面、三年冬

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)193きな臭さを隠すような紙面、三年冬昭和三年(1928年) 二月に初めての衆議院議員普通選挙が行われ、辛くも与党の政友会が第一党なった。この選挙で、無産政党の健闘が目立ち、政府はこれらの勢力の弾圧に乗り出し…