不景気と満州事変でレジャー気運が陰る六年夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)207不景気と満州事変でレジャー気運が陰る六年夏 不景気に戦争、それに加えて天候不順は、市民のレジャー活動を抑止させる。例年より行楽の人出が少なく、イベントも少ないような気がする。大きな事件はないものの、国民…

新聞のレジャーへの対応が変り始める六年春

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)206新聞のレジャーへの対応が変り始める六年春 四月十三日の東京朝日新聞は、「風は風、花は花 この大人出 きのふがヤマの花見日曜日 相変わらぬ目茶騒ぎ」から始まり、「花より喧嘩」、「花見ぢやねエ 公徳運動だい」と…

不景気に萎縮するレジャーの六年冬

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)205不景気に萎縮するレジャーの六年冬昭和6年(1931年)のレジャー関連事象 国内の景気は一向に変わらず、公務員等の減俸実施など、民政党内閣への不満が高まっていった。クーデター未遂三月事件、陸軍の軍縮政策に…

世知辛い遊び方が増えた五年秋

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)204世知辛い遊び方が増えた五年秋 娯楽を求める人々の数はあまり減らないものの、世知辛い遊び方をする人たちが目に付く。十一月の初め頃までは、遊びの賑わいは前年と同じようであったが、浜口首相が東京駅で右翼に狙撃…

涼を求める行楽が増えた五年夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)203涼を求める行楽が増えた五年夏 小僧さんたちの労働環境が変化しているのか。浅草を始めとする街頭からやぶ入りを楽しむ小僧さんたちが減少しているらしい。七月十六日付の東京朝日新聞に「時代の歩みに押し消されて」…

遊びにも不景気浸透か五年春

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)202遊びにも不景気浸透か五年春 東京市統計書にスポーツ関連の資料がある。昭和五年の「スポーツ観衆人員職業別」を見ると、当時の動向が数値でわかる。陸上競技(日独対抗)の観衆は8,639人、最も多いのもは学生で44%、次…

不景気浸透に遊びにも暗い陰の五年冬

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)201不景気浸透に遊びにも暗い陰の五年冬 昭和五年(1930年)のレジャー関連事象 浜口内閣は、二月の衆議院議員選挙に圧勝し政権は安定していたが、ロンドン条約の対応に追われ、恐慌によるデフレをくい止めることがで…

大恐慌もまだ市民の遊びには影響少の四年の秋

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)200大恐慌もまだ市民の遊びには影響少の四年の秋 景気の悪化は、ニューヨーク株式市場が大暴落する前から始まっていたものであるが、暴落は日本を除くものであった。そのためか、国内の反応は遅く、大衆には感じなかった…

不景気で市民の遊びも萎縮する四年の夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)199不景気で市民の遊びも萎縮する四年の夏───────────────────────────────────────────────昭和四年(1929年)七月、浜口内閣成立②、浅草水族館でカジノ・フォーリー発足⑩、ハエ取りデー⑳、夏のレジャーは海水浴へと向か…

徐々に減少する市民が遊ぶ記事、四年の春

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)198徐々に減少する市民が遊ぶ記事、四年の春 春先はともかく、その後は市民の遊ぶ姿を記す記事が減少する。紙面を埋めるのは、相撲と野球の記事。話題とはなるものの、実際に観戦するのは市民のほんの一部。梅雨にかけて…

前年の奉祝余韻で遊んでいる四年の冬

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)197前年の奉祝余韻で遊んでいる四年の冬 昭和4年(1929年)は、一月から張作霖爆殺事件で追求されていた田中内閣、内外とも無策のまま総辞職。代わって浜口内閣が七月に成立するが、枢密院や貴族院の存在、財政の逼…

盛り上げた人出がピークとなる三年の秋

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)196盛り上げた人出がピークとなる三年の秋 東京市民の生活は、大正時代より際立って良くなったわけではなく、企業の景気も決して良くなってはいない。にもかかわらず、新聞には人々が浮かれて遊んでいる様子を報道してい…

遊ぶことに熱中する三年夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)195遊ぶことに熱中する三年夏 昭和三年の夏は、特別高等警察機関新設、第九回オリンピック・アムステルダムで開催、東京市会疑獄など、重要・重大なことが展開していた。東京市民は、それらのことについてよりも、自分た…

家族連れの行楽が目に付く三年春

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)194家族連れの行楽が目に付く三年春昭和三年(1928年) 四月、在留邦人保護の名目にして、ふたたび出兵(第二次山東出兵)、支那駐屯軍五千人の兵力で山東省の要地を占領した。戦争は刻々と近づいているが、東京市民の…

きな臭さを隠すような紙面、三年冬

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)193きな臭さを隠すような紙面、三年冬昭和三年(1928年) 二月に初めての衆議院議員普通選挙が行われ、辛くも与党の政友会が第一党なった。この選挙で、無産政党の健闘が目立ち、政府はこれらの勢力の弾圧に乗り出し…

昭和のレジャー環境の一面・二年秋

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)192昭和のレジャー環境の一面・二年秋 大正時代にも見られたが、昭和に入りさらに厳しい規制が増す。池上本門寺のお会式では、露店の衛生状況を改善しようとする取締は望ましい方向へが見られた。と同時に、別の点検、「…

昭和のレジャースタイル始まる・二年夏

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)191 昭和のレジャースタイル始まる・二年夏 この年の夏は非常暑く、七月二十二日には95度(摂氏35度)になるという暑さ、33年ぶりだそうだ。夜になっても眠れずに、「家はカラッポで 橋の上満員」A(23)とある。冷房…

諒闇でも盛んな市民のレジャー熱

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)190諒闇でも盛んな市民のレジャー熱・昭和二年四月~六月 市民のレジャーが盛んなことはき確かだが、騒ぎを伝えることが強調されているようで、人々がいかに楽しんでいたかという様子がよく見えない。記事からは、おおら…

楽しみは大正を引き継いで

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)189楽しみは大正を引き継いで 凡例新聞は発行日。日記は記載日・○( )の数字は日にち。朝朝は東京朝日新聞朝刊・朝夕は夕刊読朝は読売新聞朝刊・読夕は夕刊日朝は東京日日新聞朝刊・日夕は夕刊・新聞以外の資料として、次…

大正から昭和へ

江戸・東京庶民の楽しみ 188 大正から昭和へ・明治・大正・昭和での位置づけ 1926年十二月二十五日に改元、昭和元年となった。東京市内は、ラジオの演芸放送が中止され、レジャーの自粛が促された。市民は、大正天皇の崩御を厳粛に受け止めながら、歳末…

変わりゆく大正時代の娯楽・レジャー

江戸・東京庶民の楽しみ 187 変わりゆく大正時代の娯楽・レジャー・レジャーとしてのスポーツ 大正時代のスポーツと言えば、野球であろう。子供たちの間では、野球も相撲と同じように遊びの一つとして日常的に行われた。しかし、大人となるとまだ観戦が主で…

大正時代に衰退する娯楽・レジャー

江戸・東京庶民の楽しみ 186 大正時代に衰退する娯楽・レジャー・娯楽の盛衰 時代の変化を感じさせるのは、衣食住であるが娯楽も同様である。その変化は、娯楽の方が早く展開し、顕著であるように思う。生活様式は、なかなか保守的であり、住宅などは耐久年…

大正時代の景気を反映するレジャー

江戸・東京庶民の楽しみ 185 大正時代の景気を反映するレジャー 人々の遊び心は、景気によって大きく左右される。逆に、景気の善し悪しを、市内のレジャー動向から読みとることもできる。なかでも劇場入場者数は、景気の変化を最も反映しているようだ。 大正…

大正時代の三大レジャー

江戸・東京庶民の楽しみ 184 大正時代の三大レジャー・大正期を代表するレジャー 大正時代に最も楽しまれた娯楽・レジャーは、映画・博覧会・花見である。これらは、大正期に最も多くの東京市民が楽しんだ三大レジャーといえる。その規模は、市民の半数以上…

大正時代の余暇事情と娯楽レジャー

江戸・東京庶民の楽しみ 184 大正時代の余暇事情と娯楽レジャー・大正期の人口と余暇事情 大正時代は15年あるものの、実質14年であった。その間の娯楽の変化は明治期より大きく、また、続く昭和戦前までよりも見るべきものがあった。市民が積極的に楽し…

大正十五年後期 大正時代終焉の娯楽

江戸・東京庶民の楽しみ 183 大正十五年後期 大正時代終焉の娯楽 この年は、景気の低迷を反映してか正月の人出が少なく、十二月になっても回復しなかった。地域の祭りや縁日などにも以前ほど参加している様子が見られず、人出はあってお金は落ちず、不景気が…

江戸・東京庶民の楽しみ 182大正十五年中期 夏のレジャーに変化 東京の人口が増加するに従って、市民の行動範囲が拡散され、行楽地も広がった。また、新たな娯楽も増え、娯楽の多様化は、夏のレジャーにも顕れた。上流階級の避暑は明治から行なわれていたが…

大正十五年前期 娯楽の多様化が進む

江戸・東京庶民の楽しみ 182 大正十五年前期 娯楽の多様化が進む 大正十五年、この年は、東京が大都市としてスタートした年と見ることができそうだ。世情は徐々に新しい風が吹きはじめ、女性の「断髪」やハンドバックの流行など、女性の進出が目につくように…

大正十四年後期 商業娯楽が浸透し始める

江戸・東京庶民の楽しみ 181 大正十四年後期 商業娯楽が浸透し始める 時代の変化を感じさせる大正14年の後期、東京の人口は増加し、都市構造についても変化していた。市内は、山手線の環状運転が始まり、新宿・渋谷・池袋などから郊外から通勤する人々が増加…

大正十四年中期 引締めを感じてか盛んな娯楽

江戸・東京庶民の楽しみ 180 大正十四年中期 引締めを感じてか盛んな娯楽 4月に治安維持法、5月に普通選挙法と、重大な法律が公布された。普通選挙法は、成人男性の普通選挙実施による政治運動を進めることになり、それに対し、過度の政治運動を抑制するた…