江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)327
戦争末期の七月後期、行き詰まりと混乱を呈する新聞記事
昭和二十年の七月後期には、信じられないような新聞記事が出てくる。それは、危険な空襲の予告が出されるも、「恐れるな」という指示である。さらに、「家を燒かれようと何しようと、損ということはない」との記事。
深刻な食料難に、国民はドングリを食べるようにとの記事。古川ロッパは「東京都民は草を食ってゐる者多し」と日記に記している。国民はどこまで困窮に堪えるか、試しているような日々が続いている。
戦争の行き詰まりから生じるのであろう、街中の闇市場は急激なインフレに対し、「“お金が紙屑”では敗戦」と闇の自粛を訴える記事。闇市がインフレを招いているわけではない。それなのに国民に責任を転嫁しており、それでは何の解決にならない。
以上のような記事で気が滅入る中、あれだけ娯楽を制約していたのに、劇場や映画館などが復活したり、復旧中の記事が増えている。
七月三十一日、朝日新聞一面は「敵機動部隊三たび関東へ」と、空襲が続いていることを告げている。
二面に「国民皆農の尖兵たれ」とある。また「どんぐり五百万石を採取」家庭で加工しませう。「私有山の出入もお構ひなし」と、食糧事情が改善してないのであろう。国民はドングリを食べて凌ぎ、国家はそれでも戦争を続けようとしている。
七月三十日、朝日新聞は「砲爆撃下敢然戦ひ抜かん 最善の作戦を遂行 相互信頼で必勝」とある。空々しい見出し、最善の作戦がどのようなものか具体性がない、掛け声だけである。
二面に「心の糧としての読書 古本濫読をどう導く 日本出版会の対策を聴く」との記事。
読売新聞は「浅草六区は健在」と、市内の劇場や映画館等の興行状況を紹介している。浅草は、六月に高見の示した劇場や映画館に加えて、富士館・松竹劇場・電気館・千代田館・大勝館・松竹新劇場がある。新宿は、第一劇場・武蔵野館。新宿松竹館がベンチ掛けの演芸館として復旧中とのこと。渋谷や銀座なども復活したり、復旧中のところが増えている。
なお、情報局は「演劇も音楽も映画もすべて移動公演へ組織的に」と、いまだに考えている。しかし、「映画を川崎の工場でやっても見ようともしないでわざわざ公休日を待って新宿や浅草へと見に往く工員が多い」ように、市民の要望とは大きな隔たりがあった。食事が満足に取れないなら、娯楽ぐらい国民の自由にしなければ。
七月二十九日、朝日新聞は「敵の艦上千八十機 中部・四国・東海へ」。空襲の予告を出すだけで、「恐れるな」という叱咤激励が続く。
二面に「灰燼の中に”銅山”ありと。また、「一億、敵の矢面に “群る蠅”だ恐るな敵機」との記事がある。
読売新聞社説「国民のエネルギーを政治へ」
「・・・祖国の運命は今や懸って政治の運営にあるということができる。だが・・・国民のエネルギーの何分の一が政治に向けられているか。国民の注意の如何なる部分が政治の上に注がれているか。顧みて吾々は暗然たらざるを得ないのである。・・・
日本人が今日のこの危機に当って何故に政治に対する言いようのない無関心を示すに至ったのか。・・・今は食糧の問題自身が何よりも政治的な視角から取上げらるべき時である。だが一体誰がこういう広汎な視野を持っているのであろう。
恐らく国民をこうした政治的無感覚へ追い込んだ主因は、出来上った框の中で黙々と働く人間のみを作ろうとした・・・教育に求められる。・・・黙々と働くのは、国民として大切な徳であることも明らかである。
ただ黙々と働いても必ずしも成果がこれに伴わぬこと、・・・誰よりも当の国民が知っている。而もその衝にある官僚その他はこの弊を見抜く眼とこれを正す力とにおいて大いに欠けるところがあるのである。
政治は国民の考えてはならぬ問題ではないし、考えても無駄なほど遠くにあることでもない。敵の攻勢といい・・・凡ては根本において政治の問題である。
現代の戦争が或は総力戦と呼ばれ、・・・国民の凡てを挙げて政治を談ずる権利を、否、実に義務を吾が祖国に負うているのである。政治こそ足下の問題と高遠の問題とを離れ難く結びつける一筋の道である・・・食糧の事情が所謂精神で解決されるなどとは思わぬ。だが国民のエネルギーの大半が政治に向って注がれることを、食糧の問題にしても、この迂路を通して接近すべきことを、創意も工夫も先ず政治の部面に発揮されることを、今 この時に当って切望せざるを得ないのである。」
七月二十八日、朝日新聞は「数郡の敵機動部隊 依然南方洋上に 警戒を要す戦意攪乱の企図」と。
二面に「購入通帳を一本に 隣組単位で配給 お米通帳は従来通り」とある。
高見は、「米英蒋の対日降伏条件の放送について、読売も毎日も『笑止』という形容詞を付けている」と、だけで批評はない。
七月二十七日、朝日新聞は「ブケツト島へ 上陸企つ敵撃退」を報告。
二面に「戦災地に伸びゆく工場と農園 農園化の殊勲甲は蒲田
「敵の空襲で、損害だ損害だというが、頭の考え方をちよつと変えて見ると、燒跡から何万貫という銅が出てくる。銅山で必死の增産をやっても、おつつかない多量の銅が家の燒けた跡から出てくる。そうなると空襲はむしろありがたい。損害どころかすこぶるありがたい話なのだ──栗原部長は昨日こう言った。家を燒かれた国民はまことに気の毒だが……そういう一言が今出るか今出るかと待つていたが、絶対言わなかった。土臺そんな気持は毛ほどもないのだ。
上村氏が尻馬に乘って『家を燒かれようと何しようと、損ということはない。私たちは、何も損はしない。損などということはありえない』と例によって卓を叩いて気違いじみた高声で言った。民あっての国ではなかろうか。国が滅びても俺が生き残ればいい、そう私は考えているものではない。国あっての民ということも考えるが、民あっての国ということを考えるのである」と、高見は思った。
七月二十六日、朝日新聞は「陛下の御近況について 日夜政務に御清勵」を掲載している。
古川ロッパは、「一寝入りした頃、ブーウと鳴ってゐる、なあに又大したことではあるまいと思ってると、空襲警報。ラヂオは、B29の数目標と言ってゐる、起きる気にならず、床の中にゐると、ズシーン!ドドーン、爆弾の音だ。ビリビリッと硝子にひヾける。しようがない、起きる。・・・僕も庭へ。月明、今宵満月か、昼をあざむく明るさ。月の下を、B29幾つも飛ぶ、川崎方面!とラヂオ言ふ。その辺りに、爆弾の音、盛。アッ、火の玉だ。B29一機、火を吹いて落ちる。思はず、ワーツと叫ぶ。・・・一しきり、川崎辺がうるさかったが、友軍機、頻りに飛び出し、静かになる。・・・解除は、一時近くでもあったらうか。再び床に就く。いやもう大変な東京なるかな」と、先行きが分からないまま、慣れだけが定着している。
永井荷風は、「銀座へ出た。六時ちょっとすぎ。人通りはもうほとんどない」と観察している。
高見は、銀座「モナミ」で「乞食が入って來た。めっかちで、その黑いカサカサに乾きしなびた皮膚は餓死の一歩手前の人のように見えた。乞食のようなぼろを蔽っているが乞食ではないらしく、十円札を何枚か持っている。否、乞食でもこの頃はそのくらいの金は持っているのかもしれないが、一人で券を五枚買った。どうするのかと、それとなく見ていると、五杯をガブガブと一気に飲んだ。めし代りなのだ。華やかだったレストランも今はこういうざまである。警報が出た。情報がさっぱりわからない。しかしみんな平気な顔なのでこっちも平気な顔をした。
四丁目に出た。電車を待っていると、高射砲の音。敵機が東の高い空を飛んでいる。
警視庁前で電車を降りて内務省へ歩いた。五階というのは最上階だった。もちろんエレベーターはなく足で昇るのである」と、苦慮している。
七月二十五日、朝日新聞は「二千機西日本へ大挙来襲 我航空基地を狙う 交通機関も攻撃」と。
二面に「敵の交通破壊は始まっている」と、
読売新聞に「銅屑集めに国民酒場『特飲予約券』活用」(二十五日)の記事。銅屑集めの話には笑うに笑えないものがある。国民酒場は一本のビールを飲むために二時間以上も行列する。その無駄な労力を解消するため、銅屑一貫目を持参すれば『特飲予約券』がもらえることになった。当初一日二千貫程度集まればと踏んでいたところ、三日目には二万貫も集まり、さらに五日目には不渡りの特約券を六万枚も出すことになった。やむなく、不足分に対しては『葡萄酒を取り寄せて解決するからといっているから先ず安心と見て差支えあるまい』」とある。銅屑は交換を打ち切っても運び込まれ続けた。なお、その銅屑は、敵の空襲で投下されたもので、市民の犠牲の代償であった。このようなことをやっていて、戦争に勝てると軍や政府は本気で信じでいたのか。
七月二十四日、朝日新聞は「機動部隊執拗に行動」「我艦艇、房総南端沖で 八駆逐艦と交戦」と、その砲戦は二十分と。
二面に「空爆下の初等教育」や「再疎開は完了した もう心配はない 残留学童は減らす方針を示している。
ロッパは、「母上は馬鈴薯では、何うにも辛く、飯一杯でやめて、馬鈴薯をつきあふ。ムニ/\と噛むその味、思はず溜息フーツと出る。もはや、東京都民は草を食ってゐる者多しと。食糧攻めは、何より応へる」と、ぼやいている。
七月二十三日、朝日新聞は「けふ初の編成下令 鉄道義勇戦闘隊」と、決戦に対応するためにと。
二面に「悪天と農民の血戦 麦作概ね八分作 多産県はさすが良好」を記している。
ロッパは、邦楽座の『姿三四郎』を覗き、「舞台も飾り、衣装も先づ昔のまゝやっている、不思議な感じ」と、演劇の復活が始まるのを期待している。
高見は毎日新聞投書欄から「大豆の御飯 ◇大豆がお米の代替配給になってから、お腹をこわして困るという話をよく聞きます。日頃から胃腸の丈夫でない人の中には、大豆めしを食べておなかをこわした方が多いでしょう」と、記している。