国民の大半は混乱し、社会が停滞する八月の月末

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)326

国民の大半は混乱し、社会が停滞する八月の月末

 まだ国民は、終戦後の新しい社会については勿論、敗戦自体についても、漠然としていてその日その日の生活をするだけ。新聞やラジオ放送の情報をどのように受け入れるか、混乱と言うより迷っているようだ。

 朝日新聞は、国民の関心を軍人の復員に向けようとしている。だが、人々の関心は連合軍、進駐軍で、戦中の十五日までは怒りを助長させ、憎しみを植えつけようとしていた。その米国軍に対し、手のひらを返すような方向へと導こうとしている。

 あまりにも極端な転換に追いつけないことを示すのが、八月三十日の「夫を追ひ自決」の記事。「尊撰同士会員」の三婦人、何れも二十代、愛宕山に集まりピストル自殺したと。空襲で家族や住いを失った人の中には、進駐軍に石を投げつけたい人も少なからずいたであろう。そして、横暴な軍人に対しても、まだ恐れを感じる人がいたようだ。

 朝日新聞二面で気になるのは、二十七日では「世界の動き 米英ソの動向」「依然、暗黙の駈引き」。二十八日は「政府なき伯林の昨今」「瓦礫除去に十六年」。三十一日が「欧州から見る」「暗い悲しみ捨てゝ 自戒すべきは自戒」そして「日本を語る入京の米紙記者」もある。これらの記事は何れも紙面を大きく占めているが、当時の国民が知りたいと思えるニュースとは感じえない。報道も混乱していたためなのであろうか。

 三十日『朝日新聞』は、社説に「一億総懺悔」を掲載、国民を誘導しようとするものであろう。懺悔すべきは、政府・軍に指示されて従った大半を占める国民の側なのであろうか。国民は、まだ戦中のマインドコントロールのまま、そこにつけ込むように「一億総懺悔」を出した。また国民も混乱し、上からの指示を待っていたところにである。

 

八月二十七日

 朝日新聞は「連合軍第一次進駐の日程変わる 調印も九月二日に順延」とある。

 二面に東京都計画局長に「帝都再建の途を聴く」と、「七十五坪に一戸宛て 周囲は自給農園 人口三百万、緑の健康都」を描いている。実現性の裏付けはないものの、当時の希望を表す東京都を示すものであろう。

 「整然と終った将兵復員輸送」を受けてか、「東京を中心に 乗車制限解除」の記事がある。また、「勤労女性も頑張る横須賀」に「徒な不安は無用 だが隙を見せるな」「進駐区域の婦女子に警告」との記事もある。

 明朗時代劇「花婿太閤記大映映画、三十日公開の広告。

 高見は、「民家は使用せず 安んぜよ婦女子 米軍進駐・横鎮の注意」との毎日新聞記事から「〔横須賀発〕聯合軍の横須賀地区進駐の宿所につき・・略・・婦女子の問題について・・略・・発表した。・・略・・米軍の進駐に関連し巷間婦女子に対する危惧の念強く、・・略・・これは全くの杞憂にして不用・・略・・米軍当局としてもこの種の事故に対しては深き関心と十分の対策等を講じ・・略・・但し・・略・・人情、風俗、言語を異にする外人に対しては何事に限らず先方の誤解により思わぬ結果を招来すること あり勝ちだから・・略・・女子は態度、容儀を正し皇国臣民たるの矜持を忘れず、荀くも外人をして誤解せしめる如きことなきを要す、万一事件が発生せる場合には警察等を通じ直ちに横須賀連絡委員会に申出でられたい」との記事を紹介している。

 

八月二十八日

 朝日新聞は「上陸米軍は五十万 完了までに五箇月」と「行政機構の改編 官吏、峻厳な反省“官僚的”な払拭せよ」と報じている。しかし、前日には「皇国臣民」との言葉が示すように、戦中の基本姿勢を崩していない。

 二面の最初は「復員兵の手記」に「二日三晩、己と戦ひ」「悟った民族の道」「頑な心解く銃後の姿」と、綴られている。次に「けふ連合軍進駐 学徒、清掃に大童 灰塵の横浜、悩み多き設営」が始まるとの記事。そして、「さあ、新しい元気で いゝ体、知恵を磨きましょう」と「少国民へ、前田文部大臣が放送」した内容を掲載している。

 高見は、浅草「六区が戦前同様の賑わいであること。警視庁から占領軍相手のキャバレーを準備するようにと命令が出たこと。『淫売集めもしなくてはならないのです、いやどうも』『集らなくて大変でしょう』『それがどうもなかなか希望者が多いのです』『へーえ』

 外へ出るとまだ明るい。劇場の前に女工さん風の若い女がかたまっている。芝居はもうとうに終っている。役者が出てくるのを待っているのだ。戦前、女歌劇の楽屋口の前にはこうして贔屓のスターが出てくるのを待っている女のファンの群が(もっと驚くべき数だったが)見受けられた。しかしこの六区の剣戟芝居の方にはそういう群は見られなかった。路地には不良などが横行して怖かったからもあろう。 それにしても、男の役者の出てくるのを(それも有名な人気役者というのならまだしも、つまらぬ役者を)待っている若い女の群というのは、珍しいと思われた。東京がすっかり田舎になった!」と、新たな動向を紹介している。

 

八月二十九日

 朝日新聞は「戦災復興の資材に 木材百万石下賜」との記事。「米先遣隊、厚木着陸」と進駐が始まる。「結社は届出主義 言論等臨時取締法近く廃止」なる予定。実際の廃止は、十月十三日である。

二面に「医学も揺らぐ原子爆弾の惨」との見出しで、「肉塊に喰込照射」「救助の処置なし」「擦傷の女優遂に死す」と手の施しようがないとの記事。

 「国民学校も大学も」「九月半から授業」そして「戦災校は差当たり勤労」とある。しかし、戦前と同じ授業を行うことは出来ないので、充分に注意し、適宜省略することを伝えている。

 まだ敗戦を受け入れできない人々がいる中で、「宮城前に、神宮外苑に」「天壤無窮を祈り 若き志士ら自刃」(「十四烈士の碑」参照)の記事がある。

 そして、特殊慰安施設協会・職員事務員募集」広告が掲載されている。

 高見は、「東京新聞にこんな広告が出ている。占領軍相手の『特殊慰安施設』なのだろう。今君の話では、接客婦千名を募ったところ四千名の応募者があって係員を『憤慨』させたという。今に路上で『ヘイ』とか『コム・オン』とかいう日本男女が出て来るだろう」と記している。

 

八月三十日

 朝日新聞は「五箇条御誓文を体し 全世界と共存共栄 首相宮殿下の御経綸」を掲載。「條約実践即ち国体護持」が示される。社説に「一億総懺悔」を掲載。まだこのような発想がまかり通る。これまでは、大本営によって発せられていた。それを新聞が踏襲し、国民を導こうとするものであろうか。

 二面に「帝都の中等、国民校 九月一日から授業 男子は科学 女子には躾」とある。「疎開やもめ…まだいけない家族の呼戻し」があり、まだ「現状のまゝ」という都民がいて、早く復帰させて欲しいとの記事。

 進駐軍の慰安施設」として、バー・カフェー・キャバレー・慰安所を決定したとの記事。

 その下の記事に、「援護事業を強化」の見出し、「傷痍、帰還軍人、戦災者など 厚相、一般人の協力要望」するとある。

 

八月三十一日マッカーサー元帥到着

 朝日新聞「直接民意御聴取」毎日新聞「首相宮、民意暢達 に御配慮」と、国民の声を参考にしたいという。また、「内外、平静に復員中 進駐兵に雅量を持て 陸相重ねて放送」して、呼びかけたとある。

 二面には、「学窓へ戻った乙女 三人掛で…燃える向学の瞳」と「楽しいな祭りの太鼓 もうひと辛抱…盛岡の疎開学童」と2枚の写真が掲載されている。その他、「あすから 都電、終電を延長」すると。また特殊慰安施設協会の「職員事務員募集」広告が掲載されている。映画広告は、「伊豆の娘たち」と「花婿太閤記」がある。

 

終戦二週間前に叫ばれた勝利とは

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)325

終戦二週間前に叫ばれた勝利とは

 新聞には、戦況が国内外ともに行き詰まっているためか、記事に勢いが感じられない。本土決戦が頻繁に出てくるが、国民のどれだけの人が本当に戦えると考えていたのであろう。中小都市の空襲が頻繁になり、焼け出された人々は自分たちの生活再建に目一杯である。戦う気力はなく、戦っても勝ち目のないことはわかっていたと思われる。

 朝日新聞は、空襲を「敢闘あるところ必ず勝利がある」や「疎開をやっていたので実害は僅少」、さらには「対策を完全にしておいたところに勝利があり」などと書いているが、誰が本気で信じたであろうか。本土決戦を強行すれば、沖縄の再来であることは自明であろう。軍や政府は、本土決戦で勝つことを信じていたのであろうか。

 

八月五日

 朝日新聞は「牛島中将・大将に」「沖縄血戦に善謀・・・」と讃えている。前日二面の末端の人であるならば、その行動を讃えざるを得ないが、最高位の指揮官が多数の兵士や住民を死傷に追いやったのに「善謀」としている。

【映画『豹変と沈黙 日記でたどる沖縄戦への道』】一部参照
https://news.yahoo.co.jp/articles/4fa4385a5e05432962578c692b358d94e7aecd9a?page=2

 

 二面に「実現近い〝戦時住区〟」との東京都の構想が語られた。「すべて戦闘体制」のためで、「狙ひは防衛と自活、生産」という、住区の構想が示される。都内に食糧や工場など自活できる復興町会を「盛上がる力で隣組町会」で創ろうというもの。

 他に、「たばこ 一日三本」、「一日に六、七千足 靴修理班の店開き」が写真と共に取り上げられている。本土決戦を控え、戦意高潮化しようと「国民の軍歌」の募集記事(締切八月十五日)もある。映画広告に「完成迫る!伊豆の娘たち」と「愛と誓ひ」がある。

 

八月四日

 朝日新聞「大鳥島を艦砲射撃 敵戦艦に直撃弾 わが陸上部隊猛然反撃」と、戦争続行を記している。

 二面に、一職員が「最後の連絡果して 局舎と運命共に 死してなほ手にバケツ」と、国民に戦意の持続を訴える。他に米国の爆撃予告ビラを念頭にしてか「敵謀略の正体」に「心理戦争にはこの構へ」と、解説するが心構えが国民に伝わったであろうか。

 また、新戦力として、「羽ばたくぞ”木の翼”」「入魂独特、モスキート(木製爆撃機実戦には使用されず)」を凌ぐ、との記事がある。実戦に対応できる代物か否かは、素人でもわかりそうなものだ。

 「敵謀略の正体」と題して、「心理戦争にはこの構へ」で騙されるなと。「喰えぬビスケット」と『こんな事実…』これが危ない」との例をあげている」。そして「嘘を真に…敵の宣伝第一課」との注意喚起を訴えている。

「興行広告」に金龍館の森川一座・初日がある。

 高見は、「読売、強がり記事を掲ぐ」として、「沖縄と本土決戦 接岸、上陸何れでも 我に攻むる強味 今ぞ敵の足場摧かん

 本土決戦は沖縄決戦の延長戦である、従って沖縄決戰以来今日まで決戦は連続行われている、敵が本土上陸を敢行する時が決戦ではない、重ねていうが本土決戦はすでに開始されている」と、強がり記事を紹介する。

 そして「読売、毎日両紙とも、爆撃予告の敵のビラに驚くなという記事を出している。当局からの指示によるのであろう」と結んでいる

 

八月三日

 朝日新聞には「見えぬ縦深陣地で 敵接岸に手具脛」を引いての戦いを載せている。

 毎日新聞には「B29中小都市襲撃を激化」が記されている。

 朝日新聞二面に「嘗てない長時間爆撃 目標が去っても油断ならぬ」と、一度爆撃されたところに再度の攻撃があるとの警告。

「備へあれば憂ひなし 焼けぬ滅敵の魂 事前の疎開にあがる凱歌」とある。「急げ井戸の改修」防火用水の確保の要請。被害を最小限にしたとして、八王子や長岡、水戸での事例を記している。八王子では「火のつきかかったカーテンをむしり取り、職員を激励叱咤、遂に死守したのである、敢闘あるところ必ず勝利がある」が記されている。長岡では「市民の予めこれに備へて家財等の疎開をやっていたので実害は僅少に止まった」と。水戸は「焼土に毅然たり 各地の戦訓を活かした民防空」として、「要するに水戸市の場合は各地の戦訓を十分活かして事前の対策を完全にしておいたところに勝利があり、まさに『戦訓の凱歌』である」としている。さらに、「沈着、部署を死守 展晴れ国鉄義勇戦闘隊」との記事もある。

 新聞は「凱歌」「勝利がある」と誇らしげに書かれているが、都市襲撃よる被害は少なからずある。それなのに勝利とする、このような人々を迷わせるような記事を掲載し続ける新聞、そして記者、末期的と言わざるを得ない。

 東京都は「総額三千六百万円 戦時農場費三百五十万円 都の戦災復興予算決まる」を発表した。この計画、精選後を踏まえているかどうか、気になる。また、「戦災青森目覚しい復興」「統制ある指揮が災禍を超克」があるも、復興の具体的な記述はない。

「伊豆の娘たち」「北の三人」映画広告

 

八月二日

 朝日新聞「制空部隊、潜艦協力 来襲の敵を痛撃す」「わが陸海の戦備着々強化」「撃墜破千二十機 七月中の来襲敵機二万」とある。

 二面に「我等けふより一兵 聖域に誓ふ忠節 堂々、鉄道戦闘隊の出陣」に参謀総長の訓示。

中小都市への空襲が激化する中、「〝敵襲下よくやった〟官民協力もうあと一歩」とある。加えて、「軍管区情報の国境」に関して「神経を細かく聞く 隣接地区の人はかうして」との指示。さらに、青森の事例に「防空態勢末だし 思切つた建物疎開が急務」との記事もある。

 その他に、「太った疎開学童 鳴子温泉の小石川組」と、子供を持つ都民を安心させる記事もある。

 高見は、「毎日が『軍に毅然 、大方針あり』と提灯記事を書いている。咋日は読売が同種 の記事を掲げていたが。ところが、毎日は提灯記事の隣りに社説を提げている『民意を伸張せ しめよ』『知る者は騒がぬ』控え目ながら軍に注文を出している。

 国民はもはや、提灯記事、気休め記事は読まぬのである」と断じている。

 

八月一日

 朝日新聞の見出しは、「敵空母十数隻 丗日の来襲二千機」「敵艦三膄撃沈破」「地雷で吹飛ぶ敵兵」などと、まだ戦果を記し、戦争の継続を促している。

 読売新聞は「敵が狙ふ我精神 崩すな国内団結

 それに対し、毎日新聞には、「焦土に爆笑続く」日比谷公園で野外劇、吉右衛門真実の一幕と、街中の娯楽も記している。

 朝日新聞二面には、「愛と誓ひ」東宝映画、「最後の帰郷」大映映画の広告がある。

 また同紙二面には、「われら鉄道戦闘隊」「『戦』の一字誇らかに」と写真入りで。

「航空灯をつけた敵機 爆音で味方機と識別しよう」と、「新手の偽騙行動」に注意喚起している。

疎開学寮中心に」「学童集団疎開を恒久化」それに伴い「残留好調も地方へ」。「都内への再入校認めず」として「疎開学童の食糧は十分」との記事。食糧事情は改善していないのであろう「乾燥野菜の作り方―コツは手まめにやること」などが掲載されている。

 

 

歴史的な連合軍進駐と復員が始まる

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)324

歴史的な連合軍進駐と復員が始まる

 とうとう連合軍の進駐が始まった。連合軍と言っても、アメリカ軍である。かつては、「駆逐米英」と言って、敵対する悪の根源のようなことを、徹底的に国民に植えつけていた。そのアメリカ軍の進駐に、「動揺無用」との記事を掲載する。同じ二面に、アメリカが投下した広島・長崎の原爆被害について記載されるも、生々しい写真は掲載されなかった。二十五日にも、長崎の惨状写真2枚載せ、広島の状況を示し解説している。

 国民には、本格化する復員将兵に「温かい心で」「優しい思遺で迎へよう」などとの対応を盛んに促している。特に、交通機関の優先利用が進められた。

 

八月二十三日

 朝日新聞「武器返納、一部は復員 撤退部隊に温い心で」と促している。「行政機構の再編 概ね戦前復帰 軍需 大東亜省は改廃」を提示。そして、進駐軍に対し「市民の家侵さず 見直された米国兵」と安心感を伝えている。

 二面に「外国兵近づくとも 毅然、冷静に扱へ」と、その心構えを警保局から全国へ、「動揺無用を通達」する記事。進駐前と進駐後に分け心構えを記している。これは、国民に対してなのか、進駐軍に忖度しての指示であろうか。

 東京都は「殖やせ貯蓄、食糧」と、街も身なりも清く粛然と、「戦後の都民かくあれ」と喚起している。その詳細は、「秩序の保持」「食糧の増産」「手持ち金の貯蓄化」「町の清浄化」「服装の厳正」とある。また、都教育局からは「動員学徒(中等)引上げ」「男は援農、女は家庭へ」「夜間校は当分開かぬ」などに触れている。国民生活再建にあたり、教育の必要性を揚げるものの、男は食糧生産、女は治安維持の見地からとしている。

 天気予報・ラジオ番組が掲載される。これで、国民はラジオからの娯楽放送が聞けるようになる。

 この時点になって、「原子爆弾被害地の惨を見る」との見出しで、広島、長崎の被害が掲載された。広島は「全戸数の九割は倒壊」「蚊一匹残さぬ殺戮ぶり」「死者五万二千」などについて、長崎は「横穴壕も蒸し焼き」「死者、行方不明二万三千」など悲惨な状況が記されている。

 高見は、聞いた話として「予備学生上りの若い将校に喧嘩を売ろうとしていて、若い将校などはすり抜けるようにして去って行ったという。水兵上りの年輩の下士官は予備学生上りによほど反感を持ったものらしいこういう機会に爆発するのだ」と、書いている。

 

八月二十四日

 朝日新聞は「終戦処理会議」を設置し「最高戦争指導者会議廃止」を伝える。聯合軍進駐迄の注意事項として、明朝から監視飛行あるとして、人々に「監視飛行に怯えるな」と喚起している。

 二面は、「兵の心は一億の心 他人事ではない」と復員した将兵に対する応対について伝えている。「あんまり粗末にしてくれるなよ、俺だって五年間一生懸命ご奉公してきたんだ」という言葉や、「帰還兵に温かい手をのべよ」との言葉を載せて記している。

 他に、連合軍の内地進駐となった神奈川県民の対応について、「全く静に復す」とある。ただ川崎市の北部では、「川崎に徹夜自警団」が結成されたとの記事もある。

 高見は読売新聞から「負けぶとり」について、「お役所では近頃後始末に忙しい。とりわけ これ等役所に奉職している人々は、倉庫に山と積まれた物資の処分に大童である。今まで欠勤勝だった人までこゝの所急に精励恪勤となられた。近所の娘さんはお役所からのお土産を自分一人で持帰ることが出来ないので、お姉さんやお母さんの応援まで受け目下汗だくである。

 負けて急に物持ちになったこれ等の人々を羨んで、隣の奥さんがおっしゃった『あの人達ほんとに負けぶとりだわね』と。こんな心がけでよいでしょうか。立つ鳥は後を濁さず。火事泥根性はよして下さい。そんなに有り余る品物があったら戦死傷者の遺家族とか戦災者に贈って上げたらどんなに喜ばれるでしょう。これから益々増産に励んで戴かねばならぬ農村の人々に贈ったらお百姓さんはどんなに嬉しいでしょう。みんなこれから苦しまねばなりません。みんな仲良く乏しい物を分け合って一致団結、新日本建設に邁進したいと希うのは私一人ではありますまい。(誠生) ( 読売報知)」を紹介している。

 

八月二十五日

 朝日新聞は、米国はわが国の対応について、「降伏に”十分の誠意” 日本は指導者を温存」していると評価しているとの記事。津島新蔵相は「明年度予算編成の基調 民生安定に重点 財政の緊縮方針を確立」との方針を示す。

 二面に「復員輸送は真心で」と、復員する兵や学徒などのため、優先的に切符の販売、湯茶接待などが呼びかけられた。そのため、一般客の切符発売停止、通勤も遠慮、乗車制限が東鉄から発表される。

 「帝都の人口 残留二百四十万」、戦前は六百五十万人であった。焼跡に一割居住、戸数は微減と報告。

 「治安維持の支柱」として、「自治体を強化活用」「強固な結束へ隣保相扶」の見出しで説明している。治安維持をたもつため自治体の役割として適切な指導をすることと、朝日新聞は、戦中の説教と同じスタンスで、国民に要請している。

 「原子爆弾攻撃による長崎市の惨状」との写真2枚が掲載された。また「広島に取り憑いた〝悪霊〟」との見出しで「一週間後には死亡者倍増」と、被害が拡がる状況や人体に与える影響などを示した。当時の米国放送では、広島は七十五年間、人畜のせいぞんを許さぬ土地となった・・・」と繰り返し宣伝と伝えていたことも掲載している。

 

八月二十六日

 朝日新聞「陸海軍人優渥なる勅諭」として「整斉迅速なる復員 皇軍有終の美を」「民業に就き戦後復興へ」を掲載。大蔵省は「産業資金 融資方針を決定」「退職金、生活資金の 融通円滑に実施」すると。

 二面に「新生日本の教育」について示す。「米国の監視下にも 泰然たれ全学徒 科学の生活化本腰」をとの見出しに、「文化施設に乗り出す」図書館・博物館など、「筋金入りの計画を」社会教育・勤労者教育など、「一掃せよ〝記憶万能〟」その例として羽仁氏の自由学園なども、記載されている。

 大映映画「花婿太閤記」と松竹映画「伊豆の娘たち」の広告。

 高見は読売新聞「視野」から「所蔵物資分配」を、「△軍需関係会社の有様はあまりにも見苦しい。上は重役から下は一工員まで所蔵物資の分取り、分配に命がけで狂奔している。米、砂糖をはじめ食料油、菓子の類まで風呂敷包み、リヤカーでセッセと運搬している。なかにはとり過ぎて田舎へ貯蔵している者すらあるという。

△田園調布に住む私の知人の近所に大詔渙発の十五日からきょうまでトラック一台で昼夜兼行で物資を運搬し夜は夜とて家人が運搬作業の人達と食えや飲めやの大騒ぎを夜中の三時ごろまで続け近所迷惑も甚だしいとの事、情けない日本人である。

△そんなに物資があるならなぜ無一物の戦災者や炎天下に働く農村人に優先配給しないのか。放任している監督当局はなにをしているのか。(読売報知 「祖野」)」と記している。

 以上が全国的な事実であるか、現代になっては検証できないかもしれないが、たぶんそのようなことが公然と行われていたのであろう。このような様は、皇軍有終の美を」とは無関係なのであろうか。敗戦間もないため、混乱が生じるのは当然と、政府や旧軍は無関心で無視しているようだ。無為無策に置かれた国民、人々は自らの生活を確保するため、活動せざるを得ない。なぜ、掠奪や暴動が起きなかったのか、その理由や検証は未だに解明されていない。

原爆投下に関する新聞の報道

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)323

原爆投下に関する新聞の報道

 広島、その翌々日に長崎に原子爆弾が投下された。新聞には箝口令が布かれていたのであろう。原爆関連の記事は、軍も政府も検閲を強化したと思われる。壊滅的な被害、想像を絶する死傷者について、具体的な状況を一切触れさせない。そして、その大被害には何も対応できないというのが、軍や政府の本音であろう。

 それで、どうしようもないので「敵の非人道、断乎報復」と新聞に書かせたのであろう。米国を擁護するわけではないが、日本軍は非人道的な行為を行っていなかったのか。さらに、「断乎報復」」にいたっては、犬の頭吠えでしかない。「新型爆弾に対策を確立」にいたっては、何を確立したのだろうか。

 軍や政府は、国民にありのままの事実を知らせることが出来ない。それは、わが国の戦闘報告が事実を知らせず、幾つもの戦闘に破れ敗退していた事実をひた隠していたためである。もう隠しきれない事態になっているのに、口コミでいずれ国民が知ることになる。往生際の悪いこと、どこまでも繕いをするのか、ばれても続けるしかなくなっているのであろう。

 

八月九日

 朝日新聞は「敵の非人道、断乎報復 新型爆弾に対策を確立」との見出し。その対策とは「火傷の惧あり、 必ず壕内得避 新型爆弾まずこの一手」とある。なお、この時点での批判、第三者が述べるのであればわかるが、日本軍は特攻隊で戦闘を持続しているなど、「非人道」を訴える資格があるのであろうか。

 二面には、「新型爆弾」には触れず、「幽霊人口」が百万人以上あるらしいと。その理由を「未だ多い不正受配」とし、「食糧にも戦友愛」が必要であり、不正受給は「戦力蝕む独りよがり」とする記事。また「職場配給にも弊害あり」と加えている。この記事は、国民の目を逸らせるものと感じさせ、根本的な対策を示すことなく、それこそ「独りよがり」ではなかろうか。なお、対応策かもしれぬが、「十月末までに五万戸 都民の集団帰農 関東、信越へ要残留者にも励奨」と、食糧増産を求めている。しかし、「集団帰農」が実施されても、その成果は何時になり、どれだけあるだろうか。

 原子爆弾の投下、空襲が行われ ている時点で、一体何を考えているのか、と呆れる記事がある。それは、「小型機邀撃戦」との見出しで、「引付けて必殺の狙ひ撃ち」蠅叩き戦法に揚げる凱歌とある。被災を経験した人々でなくても、そんなこと出きるかと思うであろう。日比谷公会堂東宝音楽会の広告あり。

 

八月八日

 朝日新聞は「広島へ敵新型爆弾 B29小数機で来襲攻撃 相当の被害、詳細は目下調査中」との記事。

 二面に、「嗜虐性爆撃に堪へ抜け」、感情的な「嗜虐性」という言葉を使い。「不断の錬磨で心の城砦」と励まし、「地方都市爆撃の教へるもの」として地方の人々の気の弛みを指摘している。続くように、「敵愾心以上のもの」「たぎる闘魂、戦列復帰への一年」「雄々しく立上がる前橋」と。これは前橋空襲で被災した市民について記者が書いたものである。

 「全国へ移動芸能隊」の記事、「・・・この移動芸能隊は東宝古川ロッパ、松竹尾上菊之助、吉本ひばり隊など十九隊で本月中旬から九月上旬にかけて一府県約十回位上演し戦災者の士気を鼓舞する・・・」とある。実際に興行されたかは不明である。芸能は、戦争の士気を妨げると、何かと禁止したり、制限していたのに、ここに来て「鼓舞する」に変更した。

 高見は、「新聞読んだ? 」

と、聞いてみたら読んだという。広島の爆撃のことが出ていたかと聞くと、

「出ていた――」

「変な爆弾だったらしいが」

「うん、新型爆弾だと書いてある」

原子爆弾らしいが、そんなこと書いてなかった? 」

「ない。――ごくアッサリした記事だった

「そうかねえ。原子爆弾らしいんだがね。――で、もし、ほんとに原子爆弾だったとしたら、もう戦争は終結だがね」

 新橋から田村町辺の様子を高見は「人の様子はいつもと少しも変わっていない。恐ろしい原子爆弾が東京の私たちの頭上にもいつ炸裂するかわからないというのに――人々は、のんびりした、ぼんやりした顔をしている。これはどういうことか」と、少し当惑している。

 

八月七日

 朝日新聞には「沖縄周辺の敵艦隊に 壮烈なる突入作戦 伊藤大将以下大義に殉ず」と。言葉は壮絶でも、勝敗は明らかに敗北である。B29四百機が、中小都市へ 前橋、西宮を焼爆 今治宇部両市をも攻撃したと。その被害詳細には触れていない。そして、前日に、広島に原子爆弾が投下されたことには何も触れていない。

 二面に、「打ち砕け敵の予告爆撃」の見出し、「敵は空襲を頻繁化させる一方で『予告爆撃』なる戦術をとつてゐる・・・」、続いてその「詐術の正体暴く」と解説している。そして国民は「戦争生活力を育成」し、日本は「制服し得ざる国」であることを知らしめる痛烈な返答を与えようとある。では、誰がその「痛烈な返答」与えられるのであろうか。

 それでいて、「敵中小都市爆撃の実相 "嗜虐"の本性発揮 殺傷の八割は婦人、幼少者」とある。泣き言のような見出し、さらに「見よ、悪魔の敵本性」とある。空襲の悲惨な事実を経験している人々にとって、この記事を見て、はたして戦意を向上させる力になるのであろうか。

 国民を勇気づける記事が必要であろうが、「旅行者外食券 徹底せぬのか少ない利用者」と、戦いとは直接無関係な事柄に触れ始めた。そして、「・・・弁当を持っていつたのでは途中で腐る心配がある」と、「手続きの面倒さはない」とある。大映映画「花婿太閤記」、東宝映画「北の三人」の広告がある。

 高見順は「原子爆弾をいち早く発明した国が勝利を占める原子爆弾には絶対に抵抗できないからだ、そういう話はかねて聞いていた。その原子爆弾が遂に出現したというのだ――衝撃は強烈だった。私は、ふーんといったきり、口がきけなかった。対日共同宣言に日本が『黙殺』という態度に出たので、それに対する応答だと敵の放送はいっているという」と、解している。

 

八月六日

 これまでの強気の朝日新聞の見出しが、「敵、太平洋の作戦区域変更 米、本土戦に専念 南方受持つ老猵な英豪」と、敵の脅威を「老猵な英豪」と示すようになった。

 二面に、「輸送は国民のもの」と、「全線切断されても 運ぶぞ主要食糧 工場疎開輸送も順調」。そして、輸送は国民の主要食糧だけでなく、兵器増産用の資材があり、「理解ある協力を」「家庭の主婦も参加せよ」と、切羽詰まってきた状況を知らせている。

 「来り!集へ! 日比谷公会堂 第二回戦意昂揚大会」開催案内と東宝映画「北の三人」の広告あり。

 情報局へ行った高見は、乗った電「車の破損のひどさ、車内の乗客の、半分はまるで乞食のような風態のひどさ、車外の焼跡のひどさ、――感無量というような生易しいものではない。これらのひどさは、もっと増すであろう」と感じた。

 この日、広島に原子爆弾が投下されたのである。

終戦の四日目以後の動向

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)322

終戦の四日目以後の動向

 八月十九日に初めて、「惨禍の広島市の写真」が掲載される。なぜ戦中に国民に見せなかったのであろう。それでいて、戦時中(十日前の八月九日)の新聞には、「敵の非人道、断乎報復 新型爆弾に対策を確立」との見出しの記事があった。しかし、広島の原爆後の被害写真は掲載されなかった。何を根拠にしていたのか、「新型爆弾に対策を確立」との文言があった。

 社会が混乱すると様々のデマが発生する。人々の不安を煽る悪質なものから、危険から我が身を守る注意を示唆するものまで、起きるべくして発生した。なお、日本軍が占領した地域で、どのような振る舞いをしてきたかを経験した人は、すぐに連想するであろう。いくら政府が平静を求め否定しても、兵隊として従軍した人は、占領地での軍が蛮行や掠奪などをしたことを忘れるはずがない。

 

八月十九日

 朝日新聞は「連合軍の日本進駐 分割統治せず」と安心させるような記事。加えて、「秩序維持に全力 本土進駐勝手な判断厳禁」などを示している。

 また、「惨禍の広島市の写真」を掲載。

 二面に、「あり得ぬ掠奪暴行 徴収もわが政府の手を通じて行ふ 履違へるな“保障占領”」の見出し。そのような記事を掲載したのは、以下のような話が流布されたからである。

「『横浜に6万の米軍が上陸して掠奪暴行をしてゐる』

相模湾に米軍が入ってきた』

等々・・略・・流説が行はれ、一部人心に不安を興へてゐる・・・」ことを払拭する記事である。

 他に、「紙幣抑えて何になる 銀行預金は大丈夫」「女子挺身隊員は 必ず集団帰郷」せよとの記事がある。

 また「疎開先で食糧増産 都市は依然窮屈を免れぬ」「転入待った」都から通達など、今後のことについて示し始める。

 高見は「新聞は、今まで新聞の態度に対して、国民にいささかも謝罪するところがない。詫びる一片の記事も掲げない。手の裏を返すような記事をのせながら、態度は依然として訓戒的である。等しく布告的である。政府の御用をつとめている。

敗戦について新聞は責任なしとしているのだろうか。度し難き厚顔無恥

 なお『敗戦』の文字が今日はじめて新聞に現れた。今日までは『戦争終結であった」と、指摘している。

 

八月二十日

 朝日新聞は「国民生活明朗化に大御心 燈火管制を直ちに中止」を示す。そして、「街を明るくせよ、娯楽機関の復興を急ぎ、また親書などの検閲を即座に停止せよ・・・」を示す。

 二面に、衆議院議長島田敏雄談として「新日本へ心の切り換へ」の見出し、「朝夕、詔書を奉読し 再建へ驀直進前 男らしく輝かせ人間味」と続く。そして、「何事にも 戦後の困苦に堪へよう」と。「心の切り換へ」述べながら、結局は「戦後の困苦に堪へよう」、戦中と同じような提言と感じられる。精神論によって、もう国民は動かなくなることに気づかず、またわかっていたにもかかわらず、繰り返している。これが軍の検閲を受けなくなった朝日新聞のスタンスなのであろうか。

 「原子爆弾」と、爆風で吹飛ばされた貨車の写真が大きく掲載されている。「爆風で線路外に吹き飛ばされた貨車 広島市」以外に、何のコメントも説明もない。何を意図して、掲載しているのであろうか。以後、悲惨な被爆写真の掲載は無い。アメリカへの忖度なのであろうかと、邪推してしまう。

 他に、「臨時列車の増発」、「小為替は三百円まで、郵便局の事務を簡素に」など、庶民にも関連有りそうな記事が掲載されている。昨日に続き松竹映画「伊豆の娘たち」、大映映画「花婿太閤記」の広告。他に、前田新文相は就任にあたり、「科学立国へ 五小委員会を設置」を述べたとの記事もある。

最近の日本には浅薄が横行していた。

違った現われの浅薄がやがてまた横行し出すだろう。

前者は、西洋になくて日本にあるものを盲目的に讃美礼讃した。後者は西洋にあって日本にないものを盲目的に讃美礼讃するだろう。

科学振興を新聞は云々している。これがすなわち浅薄というものだ。

日本はなにも科学によって敗れたのではない」と、高見は言及している。

 

八月二十一日

 朝日新聞は「施策展開・急速調 まず行政機構を改編」を進めること。「燈管解除さる、信書の検閲停止」などを記している。

 二面に、「有難い御仁慈の灯」の見出しに続く「明るくなった帝都 ただ再建に必死のご奉公」と。明るくなったとあるが、灯火官制が中止されことによるもの、それを「有難い御仁慈の灯」として、「再建に必死のご奉公」に結びつけようとする。

 それより「娯楽復興」、澁澤東宝会長談の「お座なりを捨てて 生活と結ぶ演劇 新しい芸術の創造へ」との方が、都民に「明るさ」をもたらすであろう。

 その他に、「賠償と国民生活」には、「狭い国土に七千万人、腹を据えて苦難を突破」との覚悟の話が、大日本政治会太田正孝氏語るとして掲載されている。

 近日封切文化映画「藍と喧騒」と松竹映画「伊豆の娘たち」、大映映画「花婿太閤記」の広告がある。

 読売新聞に「軍では山とある貯蔵の物資を民衆に分けようとはしないで、自分達だけで分けているとのことだ。デマだろうといいたいが、この軍隊の『個人主義は、私も従軍でさんざ見せつけられてきているので、いかにもありそうなことだとしか思えない」と、高見は記している。

 

八月二十二日

 朝日新聞は「連合軍の第一次進駐 軽快部隊は東京湾入港」を伝える。そして、「治安わが方で維持」する。「不安動揺は無用」であると伝える。

 二面に、「軍人援護を拡充」の見出し、「戦後も失うふな感謝の念」と。

そして、「けふから演芸再開」と、全国一斉に興業を復興(二十一日通達)。「娯楽放送も始まる」。

 内田百聞は、「今八時半也・・略・・電気が消えた」と。

 高見は乗車した電車が「東神奈川の辺でとまった。車内は真暗に・・略・・立ち通しではたまらないので、尻を床につけたいのだが、床は雨でびしょ濡れだ。・・略・・夜明かしをした。・・略・・『日本人はおとなしくなったものだね。誰一人癇癪をおこして怒鳴る者がない。――驚いた』・・略・・全く驚くべきおとなしさだった。・・略・・泣き寝入りに十分慣らされているからだろう・・略・・朝方・・略・・横浜駅に駅へ出たが、至るところ雨漏り、至るところまるで難民のような人々の群だった。実に敗戦の姿だった。あたかも捕虜のような海軍の兵隊がうろうろしている地下道に辛うじて濡れないところがあったので、そこで見栄もかまわず尻をおろした。かつては紙屑ひとつない位に掃き清められていた地下道が、共同便所のような汚なさ不潔さだ。そこへ所かまわず、人々がしゃがみ込んでいる。生れてはじめて見る風景だ。日本では歩廊にしゃがみ込む人の姿はあまり見かけなかったものだ。だから南方へ行って南方の人々が道端にしゃがみ込んでいるのを見て、そこに『野蛮』を感じたものだが、今やそれは日本の姿になった。配給物資だけでは栄養不良にならざるをえない。人々は立っているだけの体力を持たないのだ」と観察した。

終戦の3日以前の報道

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)321

終戦の3日以前の報道

 あと三日で終戦となる、そのような気配はあったのか。四日前、その前日、前々日の状況を新聞・日記などから見てみよう。

 三日前の新聞には、敗戦や戦争の終結に関する気配を感じさせ始めているかも。それは、「最悪の事態に一億団結」の見出しに現われている。この最悪とは、何を指しているか、当時の国民には、いつもの叱咤激励の一環ぐらいにしか感じなかったであろう。高見順の日記には「今日もラジオは何も告げない。九時のニュースのときなど、それっとラジオの前に行ったが (音が低くて側へ行かぬと聞えぬのだ。)簡単な対ソ戦の戦況と米作に関するもの、泰における邦人企業整備のこと、この三つでアッサリ終り」とある。

 威勢のよい戦果は、影をひそめている。国内の不法行為や犯罪などの社会問題を取り上げ、あたかも解決したような記事を載せ、庶民のストレス解消を企てているようだ。それは「非国民的行為の一掃 明るい決戦生活へ」との記事を見ることで、国民の心が明るくなるであろうか。そのような記事より、面白い、愉しい話題を提供した方が、効果があると思われるのに、敗戦間際になっても気持ちの引締めを国民に要請している。

 

八月十二日

 朝日新聞は「大御心奉載(旧字)し 赤子の本分達成 最悪の事態に一億団結」をと、呼びかけている。

 二面に「今こそ〝国民皆農〟 土地に応じた食糧配給」、また「非国民的行為の一掃 明るい決戦生活へ、検事局起つ」とある。非国民的行為を、配給の「居たぞ、四重どりも 九日間で幽霊が喰った百二十万食」と報告し、加えて「悪質な保険金騙り」と戦時保険不正犯罪などの詐欺、さらに悪徳露天商の法外の暴利の記事がある。

 このような犯罪は、当時の社会に発生する下地があり、起きるべきして起きているもので、また異なる不正が見つかるであろう。軍関連には特権があり、そのすそ野には八月十日の新聞に示されるような事例が公然と行なわれていた。不正が暴かれても、市民の食料不足の解決にはならず、同紙面の薪炭についての記事に示されるように「配給は当てにすまい 各家庭の総意と工夫で」と市民が適当に対応しろとのことになる。

 なお、松竹映画「伊豆の娘たち」の広告があり、演出・五所平之助「愉しいこの顔触れ」の添え文がある。

 

八月十一日

 朝日新聞は「一億、困苦を克服 国体を護持せん」と。国民の動揺を抑えようとしている。

 二面に「敵暴爆にも動ぜぬ 都民の肝っ玉」とある。これまでの空襲に「鍛えられた姿を視る」と続く。そして、「・・・相当の被弾を受けながら死傷者は実に少なく、発生した火災も、小さく局所的に喰いとめられ、都民の防空布陣の充実をありありと実証していた。・・・」とある。敗戦の五日前にいたって、また都内で被弾を受けない場所がないような状況にいたって、新聞は何を伝えたかったのであろうか。

 同面に、「車中に見る交通道徳 『自分さえよければ』に警告」の記事は、「窓は変じて昇降口 買出荷物で足の踏場なし」とある。上野駅東北線では、列車に乗るため四・五時間前から並び、改札が始まると殺到して乗車、二等(三等料金の三倍)・三等の区分など無視され、窓は全て乗車入り口となる。車内の混乱は極限にいたる様子を記している。また、それに加えて「混む出札場は駅から隔離 旅客防護に警視庁も協力」には、空襲からの旅客防護に加えて混雑時の対応なども含めて記されている。

 他に、東宝映画「北の三人」の広告が掲載されている。

 高見は、「起きると新聞を見た。毎日、読売両紙とも、トップには皇太子殿下の写真を掲げ、『皇太子さま御成人・畏し厳格の御日常』(毎日)『畏し皇太子殿下の御日常・撃剣益々御上達・輝く天稟の御麗質拝す』(読売)と見出しを掲ぐ。次に情報局総裁の談話」を示す。

 それは「国体を護持、民族の名誉保持へ

 最後の一線守る為

 政府最善の努力 国民も困難を克服せよ

情報局総裁談」とから始まり、

敵の本土上陸作戦に対し・・略・・国民が国体護持のためあらゆる困難を克服すべきことを要望した・・略・・一億国民に在りても国体の護持の為には凡ゆる困難を克服して行くことを期待する。」(毎日)を紹介している。

 東京に出た高見は「廃墟のなかの停留所に立った。焼跡はまた格別の暑さだ。大門の辺に電車が見える。とまったまま動かない。停電だ・・略・・日中の街の真中だというのに、気がつくと恐ろしいような静けさだ・・・トラックの疾駆が腹立たしかった・・略・・人の往来がないので、いくらでも疾駆できる。木の枝の偽装を施しているトラックもあった。」と、廃墟の様子を見ている。

 

八月十日

 朝日新聞は「ソ連 対日宣戦を布告」。明日にも原子爆弾が投下されるような雰囲気は無い。日本軍の威勢のよい戦勝記事は影をひそめ、原子爆弾ソ連対日宣戦布告、ポツダム宣言についても一部ではあるが触れるようになった。

 二面に「明るい食生活の再編成 主食は加工配給」と食糧事情を鑑みての事であろう。その一方で、「幽霊配給明るみへ 特に目立つ町会役員、隣組長の不正 悪の根源衝く警視庁」などが記されている。日々の食べ物に困窮している人々の不満を解消しようとしているようだ。また、食料不足に「お茶も食べ物 飲むより効果的 野菜不足をかこつ必要なし」と、茶葉を食べることを推奨している。さらに、「活かせ〝二度芋〟の名」とあり、来年の種薯はぜひ自家自給と、ジャガイモの春秋栽培について解説し、作付けまで記している。

 敗戦を五日後にしての「特攻機にこの隊長」と、前線基地からの記者の記事「目に見える敵の狼狽 沖縄強襲の飛龍爆撃隊」がある。その記事で「目に見える敵の狼狽」とあるがその具体的な記述は探せない。目についたのは「・・・少飛出身の人、齢十九の若武者は気ばかり高ぶつて思ふとの半分もいへずただおろおろする姿が参謀達の目に留まった〝飛行機のくるまで待て〟といはれてもなかなか待ちきれず・・略・・修理の出来た飛行機を見つけ出した、はじめの歌といひこの飛行機探しといひ、特攻隊員に一番大切な一途に国を思ふひたむきな純情と熱意うはべに現われないこの素朴な純朴な純忠が美談集に細く記されている」とある。その「はじめの歌」は「〝七重八重散るべき花と謂はれてもと居た里へいかで帰らん〟」である。

 他に、コラム「青鉛筆」に、パーマネント廃止に対し、電気を使わず炭で行い、廃止が効き目なかった。「ところが昨今はパーマネント屋は続々罹災・・略・・炭も不足・・略・・俄然ターバンが流行りだし・・略・・洗髪剤不足・・略・・伸ばすわけにゆかなくなった・・略・・有閑婦人がやったのとは全然別の意味で断髪が勤労女性の特徴となる日も来るかもしれない、女性の髪型も戦争とともにさまざきなの飾りかたをする」と書かれている。

 東京劇場「大歌舞伎 猿之助一座」十六日初日の広告がある。なお、読売新聞にも、大勝館「夏風、伊太郎頑張る」上映の広告がある。

終戦翌日からの日々

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)320

終戦翌日からの日々

 終戦の翌日(十六日)、まだ都民の中には、戦争がどのようになったのか、何がなんだか理解できない人、納得できない人がいただろうと推測する。戦争が終れば、空襲はないので安心するはずであろうが、そのようなことを知らせる記事や通達などがない。二日前まで空襲に脅えていた都民、その気持ちを考慮すれば、まず伝えるべきであろう。

 敗戦後にすぐに行ったのが隠蔽である。軍や政府に不都合と思われる資料を、残さぬようにとの指示が出されたのであろう。ただそのようなことをしても、実際に処理した人がその責任を問われることがあっても、表彰されることは無い。軍や政府は、戦時関連の書類などを破棄させている。これから直面する、具体的な復興については何も言及せず、取り繕うことに終始している。

 翌々日になっても、人々の混乱は治まっていない中で、戦時の体制を保つようにしている。敗戦となれば、その後はどのようにすれば良いのか、その想定が何もなされていない。これは、戦闘で占領した地域に対しても同様、占領施策がないのに戦いにかったとするだけの日本軍。負けた地域の住民をどのように取り扱うかが無策で、場当たり的に日本軍のいうことを何でも聞けとの命令である。

 軍や政府は、民の社会を治めなければ、国を治めることが出来ないことを考えていなかったようだ。国民に平静を要請するには、何をすれば良いかとの方策を当初から持っていなかったようだ。国民の最大の関心事は食糧、国の崩壊より家族の崩壊を心配していたこと。そして、恐怖や不安をどのように和らげるか、それは娯楽である。戦時中も、徹底して制限したが、娯楽を無くすことは出来なかった。戦意高揚の官製イベントであっても、そこに楽しみを見いだし、大勢の人が参加していた。

 しかし、十七日の朝日新聞には、戦闘による「犠牲者の援護喫緊」と、これから戦後に立ち向かう人々の夢や希望を提供するより、戦争による犠牲者の援護を訴えている。戦時中と同じ叱咤激励では、国民は動かないことをまだ理解しようとしていない。勿論、戦争犠牲者の援護を否定するものではないが、現時点で困窮している国民も戦争犠牲者である。空襲で家族や家や家財を失った人々の、気持ちを奮い立たせるであろうか。

 楽しみにしていたラジオ放送の娯楽番組が中止される中、映画館の放映広告が幾つも掲載されている。必要なのは、人々の要望を先取りすることであり、民間は察知しており、動き始めている。

 

八月十六日

 朝日新聞は「玉音を拝して感泣鳴咽、一億の道御昭示」と、終戦についての記事。

二面に、「二重橋前に赤子の群」という見出しで、十人や二十人ではない、百人や二百人ではない、もっと多くの人々の悲痛な足音である」と。「立ち上がる日本民族」「苦難突破の民草の聲」と続く。

 戦後に向けての動きは、疎開による「住宅取壊しは中止 大都市再転入は抑制」となる。「動員学徒と疎開学童」は「原則として親許へ」とし「引上げ不適当の者はそのまゝ」と文部省。「貯金払出しは無制限 電話も出来る限り復舊」と混乱と心配を払拭させようとする記事。

 「放送は一部取止 報道、告知のみに」としてラジオ番組の欄はない。「放送協会では当分の間報道、官公署の時間、少国民の新聞のほか一切の定時放送を止めることゝなった。なお、これらの放送時間は従来通りの予定である」とある。

 東京日日新聞は、「“忠誠足らざるを”詫び奉る(宮城前)」の見出しで、土下座している写真を掲載している。

 その写真、『「敗戦日記」を読む』(野坂昭如 日本放送協会)によれば、「・・・姿は、十四日午後、皇居、焼跡整理に奉仕の、福島県の人たちである。お別れに、瓶伏して挨拶してくれないかと、カメラマンが要請、奉仕隊は従った」とある。

 高見は、「世田ヶ谷の方に日本の飛行機がビラを撒いた。それには、特攻隊は降伏せぬから国民よ安心せよと書いてあったという。――勃然と怒りを覚えた。

 北鎌倉駅を兵隊が警備している。物々しい空気だ。円覚寺明月院の前、建長寺にも、これは海軍の兵隊が銃を持って立っている。「文庫」へ行くと、横須賀航空隊の司令官が少壮将校に監禁され、航空隊ではあくまで戦うと頑張っているという。

 飛行機がビラを撒いた。東京の話も事実と思われる。

 黒い灰が空に舞っている。紙を焼いているにちがいない・・略・・東京でも各所で盛んに紙を焼いていて、空が黒い灰だらけだという。鉄道でも書類を焼いている。戦闘隊組織に関する書類らしい」と、いう話を書いている

 

八月十七日

 朝日新聞は「東久邇宮殿下 組閣の大命拝す 組閣工作、順調に進捗」と。「米軍、戦闘を停止」するとの記事。

 二面に、「脱ぐな心の防空服 女子は隙なき服装 指示あるまで燈火管制」などの記事が続く。文部省訓令「忍苦、教学再建へ 師弟一心、学徒の本分を恪守」が出される。

 「学童は当分疎開地で教育」と。動員学徒の 女子は全員解除し親許へ 男子は食糧増産へとある。一般の疎開者は当分帰京出来ないとある。

 戦争の「犠牲者の援護喫緊」、「再生へ 大規模な社会政策」の必要性を告げている。

 「隣組さらに強化」義勇隊は直ちに解消せず、指示のあるまで現状維持とある。また、国民義勇隊に「堪え難きを忍べ」との告詞が出されていた。

 東宝『花婿太平記』、浅草松竹・富士館・本所映画館『北の三人』上映中の広告が掲載される。

 大佛次郎の『敗戦日記』に「依然として真実は新聞にもラジオにも表れず」とある。

 高見は、「不穏の気が漲っているという。親が降参しても子は降参しない。そんなビラを撒いている由。ビラといえば東京の駅にも降伏反対のビラが貼ってあって、はがした者は銃殺すると書いてあるそうだ」と、聞いた話を記している。

 

八月十八日 

 朝日新聞は、「畏し陸海軍人に勅語を賜ふ 出処進止を厳明 国家永年の礎を遺せ」を掲載。

 二面に「配給機構は確保 先渡し分を食込むな」と、今後の食糧についての記事。他に「祖国の再建へ万進」、覇業戦士に告ぐ「冷静事に処せ」と、戦時中の指示と変わらないスタンス。「町会強化に拍車」も同様である。

 上映広告に、十六日より上映、『北の三人』浅草松竹・富士館・本所映画館、『激流』銀座松竹・日比谷映画・帝都座、が掲載される。

 「敵機来たり高射砲戦時よりさかんに鳴る」と、大佛次郎の日記を見る、と、まだ混乱していたというのが実情だろう。実際、まだ戦争が続くことを想定して、武器や資材を隠しており、戦うこともできる状況であった。

 高見は徹底抗戦について、「抗戦の結果勝てるのならいい。どうせ勝てない、負けるときまっている以上、ここ で妄動をしたらそれこそ最後の一線たる国体護持すら失ってしまうことになるのではないか。否、植民地にされてしまう。そういうことが抗戦派にはわからないのであろうか。今日の悲境に日本を陥れたのは、そもそも、今日に至ってなお抗戦などを叫んでいる驕慢な軍閥だ。軍閥が日本をメチャメチヤにしてしまったのだ。しかるにその軍閥はなお人民を苦しめ、日本をトコトンまで滅してしまおうというのか。どうせ自分は戦争犯罪者として処刑されるのだから、国民全部を道連れにしようというが如き自暴自棄的行為ではないか」と、非難している。