2025-01-01から1年間の記事一覧

敗戦後も一月、昭和二十年九月半ばの変化

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)332 敗戦後も一月、昭和二十年九月半ばの変化 敗戦後もひと月経ち、新聞はそれまでのスタンスを変え始めた。朝日新聞は「比島日本兵の暴状」に「求めたい軍の釈明」を、「避難にも軍官優先 民を置去る総督府」など、告発記…

忍び寄る敗戦を国民に感じさせる七月前期

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)331 忍び寄る敗戦を国民に感じさせる七月前期 七月に入り、戦局はさらに悪化し、本土への空襲が激しくなった。それなのに新聞は戦果を「艦船、基地を連襲 沖縄、炎上火災五箇所」(朝日二日・以下朝日略)「夜間斬込みで猛威 …

戦争が終り一ヶ月たっても、変わらぬ戦中の生活

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)330 戦争が終り一ヶ月たっても、変わらぬ戦中の生活 敗戦後ひと月近くなって、やっと、大本営が廃止された。朝日新聞には、「民主主義、結構だが 一足飛びは無理」とある。また、敗れたりとはいへ 誇りは捨てるな」浅ましい…

終戦のひと月前、戦勝記事は消え、敵機の来襲を伝える

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)329 終戦のひと月前、戦勝記事は消え、敵機の来襲を伝える 七月二十二日、朝日新聞は「厳戒要す敵企図 交通網攻撃を開始」と。交通機関への攻撃の激化を予想。 二面に「焦土を潤す文化の涼風 麹町に壕舎の本屋さん店開き」…

昭和二十年九月初旬にわかる終戦当時の壊滅的な戦力

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)328 昭和二十年九月初旬にわかる終戦当時の壊滅的な戦力 昭和二十年(1945年)九月は、戦時中から戦後が動き出す。それを象徴するのが八日の連合軍の日本の首都東京への進駐である。それも、東京のど真ん中、一月前まで、新…

戦争末期の七月後期、行き詰まりと混乱を呈する新聞記事

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)327 戦争末期の七月後期、行き詰まりと混乱を呈する新聞記事 昭和二十年の七月後期には、信じられないような新聞記事が出てくる。それは、危険な空襲の予告が出されるも、「恐れるな」という指示である。さらに、「家を燒か…

国民の大半は混乱し、社会が停滞する八月の月末

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)326 国民の大半は混乱し、社会が停滞する八月の月末 まだ国民は、終戦後の新しい社会については勿論、敗戦自体についても、漠然としていてその日その日の生活をするだけ。新聞やラジオ放送の情報をどのように受け入れるか、…

終戦二週間前に叫ばれた勝利とは

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)325 終戦二週間前に叫ばれた勝利とは 新聞には、戦況が国内外ともに行き詰まっているためか、記事に勢いが感じられない。本土決戦が頻繁に出てくるが、国民のどれだけの人が本当に戦えると考えていたのであろう。中小都市の…

歴史的な連合軍進駐と復員が始まる

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)324 歴史的な連合軍進駐と復員が始まる とうとう連合軍の進駐が始まった。連合軍と言っても、アメリカ軍である。かつては、「駆逐米英」と言って、敵対する悪の根源のようなことを、徹底的に国民に植えつけていた。そのアメ…

原爆投下に関する新聞の報道

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)323 原爆投下に関する新聞の報道 広島、その翌々日に長崎に原子爆弾が投下された。新聞には箝口令が布かれていたのであろう。原爆関連の記事は、軍も政府も検閲を強化したと思われる。壊滅的な被害、想像を絶する死傷者につ…

終戦の四日目以後の動向

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)322 終戦の四日目以後の動向 八月十九日に初めて、「惨禍の広島市の写真」が掲載される。なぜ戦中に国民に見せなかったのであろう。それでいて、戦時中(十日前の八月九日)の新聞には、「敵の非人道、断乎報復 新型爆弾に対…

終戦の3日以前の報道

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)321 終戦の3日以前の報道 あと三日で終戦となる、そのような気配はあったのか。四日前、その前日、前々日の状況を新聞・日記などから見てみよう。 三日前の新聞には、敗戦や戦争の終結に関する気配を感じさせ始めているか…

終戦翌日からの日々

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)320 終戦翌日からの日々 終戦の翌日(十六日)、まだ都民の中には、戦争がどのようになったのか、何がなんだか理解できない人、納得できない人がいただろうと推測する。戦争が終れば、空襲はないので安心するはずであろうが、…

昭和20年8月終戦の日

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)319 昭和20年8月終戦の日 終戦前後の国の歴史的な分岐点で、国民の大半を占める大衆はどのような対応をしているか。幕末維新期は、江戸時代から明治時代へと政権が替わったことで、日本社会が大きく変化していく。ただ、社…

江戸の庶民社会を映す上野と飛鳥山の物見遊山

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)318 江戸の庶民社会を映す上野と飛鳥山の物見遊山 上野は、浅草と並ぶ行楽地であり、浅草より神聖な場所で、敬虔な気持ちで訪れる。というのも、上野には将軍家の菩提寺(東叡山(とうえいざん)寛永寺(かんえいじ))があり、参…

豊かな江戸庶民社会あっての物見遊山

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)317 豊かな江戸庶民社会あっての物見遊山 ・物見遊山 巡礼といえば堅苦しく、敬虔な行為と感じられる。それが参詣となると、神聖さはあるものの親しみを伴い、庶民の信仰心に支えられた行為となる。さらに緩やかな行為とし…

豊かな庶民社会を示唆する庶民の遊び

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)316 豊かな庶民社会を示唆する庶民の遊び ・信心に託つけて 欧米人にとって、日本人の宗教心は理解しにくかったであろう。リンダウは、「宗教に関しては、日本人は私の出会った中で最も無関心な民族である」、とまで感じた…

豊かな庶民社会を証明する農村

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)315 豊かな庶民社会を証明する農村 ・現在に残る民俗芸能は、庶民社会の賜物 民俗芸能、郷土芸能等とされる芸能は、その大半が江戸時代に生まれ、明治・大正・昭和・平成を経て令和にいたっている。どのくらいあるかを調べ…

八十年前の東京市民の楽しみ

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)314 八十年前の東京市民の楽しみ 江戸東京庶民についての記述を中断させる記事がでた。それは、世界を緊迫させる「米、イラン核施設空爆」である。その衝撃は大きかったが、トランプ大統領ならではの仕業であったことで、時…

江戸時代の庶民社会は、困窮する悲惨な社会であったか?

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)313 江戸時代の庶民社会は、困窮する悲惨な社会であったか? 幕末維新期は激動の時代との認識が浸透している。確かに、政権が大きく替わったことから、激動と推測されるかもしれない。しかし、江戸庶民から見ると、明治初期…

江戸下層庶民社会の変化に注目する

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)312 江戸下層庶民社会の変化に注目する 『江戸町人の研究 第2巻』「後期江戸下層町人の生活」(吉川弘文館)の「後期下層町人の生活実態」は、「生業と収入」「家族構成」「居住地域」を詳しく解析をしている。さらに「江戸下…

江戸下層庶民社会の見方を考察する

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)311 江戸下層庶民社会の見方を考察する ・辰蔵(『忠孝誌』)は、先代六郎右衛門方へ年季奉公したが、翌年六郎右衛門が病死した。相続人はなく、その妻やすには幼い三人娘が残された。妻は、三人の娘のうち二人はよそへやり、…

江戸下層庶民の日々の暮らしと境遇の考察

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)310 江戸下層庶民の日々の暮らしと境遇の考察 困窮民とされる人たち、どのようにして食い扶持、仕事を得たのであろうか。前記の「ひさ」は、どのようにして幾つもの仕事を行なえたのであろうか。先ず、草花類を売り歩くが、…

江戸下層庶民の日々の暮らしと境遇

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)309 江戸下層庶民の日々の暮らしと境遇 幕末期の江戸庶民は、慶応二年(1866)の窮民調査によれば、貧窮民とされる人々が約29万人いたとされている。その困窮度は、畳や建具もない最窮民が約8万人。次いで、竈に湯釜、破戸棚…

欧米人から見る江戸と明治以降(東京)の庶民社会4子供の天国

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)308 欧米人から見る江戸と明治以降(東京)の庶民社会4子供の天国 わが国で最も危惧される少子化、何を差し置いても、子供が増えるような社会にしなければならない。回りに子供が溢れているような社会、そんな社会を取り戻す…

欧米人から見る江戸と明治以降(東京)の庶民社会3相互扶助と自由

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)307 欧米人から見る江戸と明治以降(東京)の庶民社会3相互扶助と自由 ・相互扶助 慶應二年(1866)に訪れた、イタリア海軍中佐ヴィットリオ ・アルミニョンは、庶民の生活について『イタリア使節の幕末見聞記』(大久保昭男訳)…

欧米人から見る江戸と明治以降(東京)の庶民社会2アンベール

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)306 欧米人から見る江戸と明治以降(東京)の庶民社会2アンベール 幕末に訪れた欧米人が日本人、特に下層の庶民をどのように見ていたか探ってみたい。彼らは、幕府などの武士階級には信用できないとの酷評をしていたが、庶民…

西欧人から見る江戸と明治以降(東京)の庶民社会・ツュンベリー

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)305 西欧人から見る江戸と明治以降(東京)の庶民社会・ツュンベリー 江戸時代から明治時代へと移った庶民社会の推移を示した。社会は、江戸庶民から東京庶民になったことで大きな変化を受け、当の庶民は目新しいものへの関心…

遊びから見る江戸と明治以降(東京)の庶民社会4「気散じ(きさんじ)」

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)304 遊びから見る江戸と明治以降(東京)の庶民社会4「気散じ(きさんじ)」 明治時代に入り、江戸庶民は東京市民になっても、変わらずのびやかに遊んでいた。特に行楽活動は、心を晴れやかにする「延気(きのばし)」、心の皺…

遊びから見る江戸と明治以降(東京)の庶民社会3「気暢ばし」(「気延ばし」きのばし」)

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)303 遊びから見る江戸と明治以降(東京)の庶民社会3「気暢ばし」(「気延ばし」きのばし」) 庶民がどのような生活をしていたか。江戸庶民は困窮し、苦しい生活を送っていたと思いがちである。確かに、慶応二年の窮民調査に…