『花暦』3

森鷗外ガーデニング  11
『花暦』3                                       

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四月七日、十日  
 鷗外は、七日と十日にサクラの開花を記している。これは鷗外の庭でなく上野の山と向島でのこと。
観潮楼の二階から上野の山が見えたというから、サクラが咲いていた様子を楽しんだかもしれない。十日の向島とは、おそらく鷗外が以前に住んでいた向島小梅村のことであろう。
イメージ 1四月十八日 棣棠 
 「棣棠」は、バラ科落葉低木のヤマブキ(山吹)。棣棠は漢名。






四月十八日 海棠 
 「海棠」は、ハナカイドウ(カイドウ)であろう。海棠は漢名で、正確には垂絲海棠。ハナカイドウは、バラ科の落葉樹。植えてあった場所は、土蔵の南面、東側の庭である。
四月十九日 石楠花 
 「石楠花」はシャクナゲ、杜鵑花とも書く。鷗外は、この花が気に入っていたと見えて、自庭だけでなく日比谷公園などで咲いていたことも後の日記に書いている。当時はまだ、西洋シャクナゲは入っていないから、庭に咲いていたのは、ツツジ科常緑低木アズマシャクナゲかと思われる。
四月二十日 躑躅 
  「躑躅」は、ツツジツツジ類の総称。鷗外の庭には、何種類かのツツジがあったと思われるが、この日、咲いたツツジは、キリシマツツジではなかろうか。オオムラサキも植えられていたが、それには少し開花時期が早いような気がする。
五月五日  
 「藤」は、マメ科ツル性落葉灌木のフジ。フジは蔓の巻き方によって、右巻きならノダフジ(フジ)、左巻ならヤマフジ(ノフジ)となる。                         上ハマナス       下マイカ
イメージ 2五月九日 玫瑰   
 「玫瑰」は、バラ科のマイカイまたはハマナスを指す。マイカイは、中国原産の落葉灌木で、花は八重咲き。ハマナスは、国産の落葉灌木で、花は一重。マイカイとハマナスはよく似てはいるが、異なる植物である。どちらが鷗外の庭に咲いていたかは、決めかねる。
 鷗外は、釜山に赴任した明治二十七年十月二十一日、漁隱洞の東なる小部落で「處々玫瑰叢成せり人家観る」と、ハマナスを見ている。
イメージ 3 江戸時代の『野山草』(法橋保國畫圖)を見ると、ハマナスに玫瑰花が付けられている。したがって、庭に植えられいるのはハマナスと思われるが、園芸としては香りの高いマイカイの可能性を否定できない。『牧野新日本植物図鑑』(第42版)によれば、マイカイの花を乾燥させものを玫瑰花と呼び、紅茶の香りづけに使用する。また、ハマナスに漢名の玫瑰を当てるのは誤り、とある。なお、和名は浜梨、ハマナシ。東北地方の人が「シ」を「ス」と発音するため「ハマナス」と呼ばれたらしい。図鑑にはハマナシ(ハマナス)とあるが現代ではハマナスが一般的になった。
五月十日 ニシキギ
 「ニシキギ」は、ニシキギ科落葉樹ニシキギ(錦木)だろう。漢名は衛矛。ニシキギは、紅葉を楽しむ植物。花自体は小さく、さほど美しいとは言えない。そのため、スイカズラ科のニシキウツギのことかと思ったが、ニシキウツギにしては開花が少し早い。また、北側の庭、便所の横にニシキギが植えてあったのは事実なので、咲いていたのはニシキギに間違いないだろう。

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五月十二日 ノミヨケ草 

 鷗外は、「ノミヨケ草」と記している。が、『牧野新日本植物図鑑』には、「ノミヨケソウ」という名の植物はない。もしかすると当時は、「ノミヨケソウ」といえば誰でも知っている植物だったかもしれないが、この植物の正式な名はわからない。「ノミ」の付く植物には、ナデシコ科のノミノツヅリ、ノミノフスマがある。ノミノツヅリは、蚤の衣にたとえたもの。ノミノフスマは、蚤の寝具にたとえたもの。どちらにも蚤を避けるというようなイメージはない。なお、ハルジオンの英名Philadelphia fleabane(フィラデルフィア蚤除け草?)から由来しているかもしれないが、他の使用例や文献などになく確証はない。そして、翌年に「小桜草」は記載されているが「ノミヨケソウ」は書かれていない。「ノミヨケソウ」がハルジオンであれば繁殖力は旺盛で咲いたはずである。明治三十一年以降にも記されていないことから、ハルジオンとは断定できない。

五月十七日 ヤグルマ草 
 この「ヤグルマ草」は、キク科多年生草本ヤグルマソウ(CentaureaCyanus L)、ヤグルマギクともいう。ヤグルマソウという名の植物は、ユキノシタ科とキク科にある。ユキノシタ科のヤグルマソウ、の開花は、六~七月と遅いためこの花はキク科のヤグルマソウである。『原色園芸植物大図鑑』(初版)によれば、ヤグルマソウは明治中期に渡来したとある。その話が本当なら、鷗外はかなり早く手に入れたことになる。
 鷗外は、明治四十三年に発表した『杯』の中で「サントオレア」という名でヤグルマソウを登場させている。それは、物語の中心となる登場人物の描写の中で、「黄金色の髪をいリボンで結んである。琥珀のやうな顔から、サントオレアの花のやうない目が覗いてゐる。永遠の驚き以て自然を覗いてゐる。唇丈がほのかに赤い。の縁を取った鼠色の洋服を着てゐる。」と、ヤグルマソウの花の色を効果的に用いている。この作品には、サントオレア以外の花は一つもでてこない。
五月十七日 姫菖蒲 
 「姫菖蒲」をどのように読むか。ヒメショウブまたはヒメアヤメと読みそうだが、漢名であれば、「菖蒲」はセキショウを示す。鷗外の庭に植えられていた姫菖蒲が、どのような花であったかは、判断しにくい。アヤメの園芸品種に矮性のアヤメがあり、ヒメアヤメと呼ぶものがある。矮性のアヤメにサンズンアヤメがある。これを姫菖蒲と呼んだ可能性がある。矮性の菖蒲(セキショウ)であれば、ニワゼキショウ(庭石昌)とも考えられる。
五月二十日 菖蒲  
 「菖蒲」は、アヤメ科多年生草本のアヤメであろう。鷗外の庭には大きな池や流れはなかったので、水辺に適したショウブ・ハナショウブカキツバタなどは生育していなかったものと考えられる。
イメージ 4五月二十日 萱草    アヤメ↓    ヒメカンゾウ↓  ゼンテイカ
イメージ 5 「萱草」はカンゾウユリ科多年生草本ノカンゾウヤブカンゾウを指す。これらの開花は盛夏で、前記のカンゾウ類ではない。可能性としては、東京で早く咲くニッコウキスゲゼンテイカ)か、またはヒメカンゾウノカンゾウの園芸品種)であろう。
五月二十日 廣葉ノ紅花ヲ開ク蘭(白及) 
 この花は、ラン科のシラン(紫蘭)である。シランの偽球茎は生薬で「白及」という。また、漢名でもシランを「白及」と書く。
五月二十六日 鐵線花 
 「鐡線花」は、中国から渡来したキンポウゲ科のテッセン。漢名は鉄線蓮。落葉木質のツル植物。花の色は白色、大きさは6~8センチ程度。似た花としてカザグルマ(風車)がある。これは国産、花の色は紫が主だが、薄紫色や紅紫色の品種もある。花はテッセンより大きく10㎝程度ある。
イメージ 6五月二十六日 ノウゼン葉蓮 蓮ニ似西洋種ノ草 
 この花は、ノウゼンハーレン科一年生草本のノウゼンハーレン。別名、ナスタチュウム、キンレンカなどという。ハスに似ているのは、花ではなく葉の形である。花はノウゼンカツズラに似ている。



五月二十六日 虎耳 小櫻草弟切草如キ紅花
 この花は、何の花なのかよくわからない。漢名の虎耳草は、ユキノシタ科多年生草本ユキノシタを指す。しかし、鷗外は「小櫻草」と呼んでいる。小櫻草の次に書かれた弟切草「弟」の字は判読しにくい。仮に「弟」であろう推測すると、読み方は「オトギリソウ」となる。しかし、オトギリソウであるならば、花の色は黄色で、小櫻草の紅花とは合致しない。
 寺田寅彦の随筆『路傍の草』の文中「小桜草」の名前が登場するが、それを読むと、小櫻草はユキノシタのような気がする。                            サワギキョウ
イメージ 7六月一日 葉胡蘿萄ノ如キ紫花ノ草-澤桔梗 
 「葉胡蘿萄の如き紫花の草」と書き、改めて「澤桔梗」加えたようだ。鷗外は、サワギキョウであると思ったかもしれないが、キキョウ科多年生草本サワギキョウであれば、開花は早くても七月、東京では八月の末頃となる。この時期にサワギキョウに似た花にキキョウ科のハタザオキキョウがある。
イメージ 8 なお、漢名の胡蘿萄は、外国渡来のダイコンのことである。ここでは、葉ダイコンのような紫色の花と記され、サワギキョウに似ているのでサワギキョウと考えたようだ。サワギキョウと呼ばれる植物は、リンドウ科にもある。二年生草本ハルリンドウの別名で、花は三月の末か四月初旬に咲く。したがって、開花期も花形も異なると思われる。

六月一日 豆花ノ如キ紅ノ草-アラセイ
 「アラセイ」は、寛文年間に(十七世紀中頃)渡来したアラセイトウアブラナ科一年生草本)別名ストックにしては、開花が遅い。この時期咲く花にオオアラセイトウアブラナ科一年生草本)がある。断定できないが、オオアラセイトウの可能性がある。
イメージ 9六月一日 錦葵 
 「錦葵」は、アオイ科越年生草本のゼニアオイ。錦葵は漢名、和名は銭葵。





イメージ 10六月八日 ナツユキ 
 「ナツユキ」は、キョウガノコの白花であろう。江戸時代には白花をナツユキソウとも呼んでいた。
現代では、白花のキョウガノコを見るのは難しい。なお、キョウガノコは、バラ科越年生の草本コシジシモツケの園芸品種である。そのため、コシジシモツケの白花の可能性もある。
六月十二日 百合ノ如キ黄大花 
 ユリのような黄色い大きな花が咲いた。後で名前を調べるつもりで記したのだろう。
六月十八日 サラノ木      
 「サラノ木」は、ツバキ科落葉樹のナツツバキ。この木は、鷗外の好きな木である。ナツツバキを「シャラノキ」と言うのは、インドのシャラノキ(沙羅樹)と間違えたことによるらしい。