江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)382
古川ロッパの空襲・四月十三日
十三日の朝日新聞は「南部全線で斬込み」「北、中飛行場に敵小型機」と、沖縄戦の経過を報告しているが、相変わらず戦果は不明。
二面に、上野都美術館で「大東亜戦争作戦記録畫」が十一日から展示されていると。
読売新聞の二面に、「空母一本槍の大戦果」「特攻隊・一挙に三層隻屠る」とある。他に「明るく強い要塞帝都けんせつへ」「防空戦力の強化」「急げ建物疎開の後始末」との都の方針を示す。また、「食糧 今より悪くはならぬ」とあるが、気休めである。
ロッパは、「空襲警報が鳴ったので、壕へ入る。・・・ドドーン、シャシャシャズドーン、あれは爆弾、あれはと音をきゝ分けてゐると、上空には入れ代り立ち代りB29らしい音。そのうち、パパパと、電気消ゆ。龕燈を点けて、心細い。大庭が来て、火事が凄いと言ふ。壕から出ようにも、空でブーン 言ってるので恐くて出られない。つひに、すぐ近くが燃え出した様子。大庭があはて、飛び込んで来て、『こりやいけません、助かったら奇跡です』と言ふ。出て見ると、外は桃色に明るく、互に顔がハッキリ分かる。よし、と二階へ、もう、靴脱いでる余裕もなく、・・・燃えている燃えている、盛な火事だ。目白の山は日に包まれてゐる。・・・まだ空 には時々、敵機らしい音のする中を、壕から出て、出発した。僕・大庭松井と残った。神棚から、大神宮の御札を外して懐中する。小トランクに、抽斗のものを少し詰めた。さあ、これでもう焼けるなら焼けろだ。何とも言へない悲壮な、その悲の字が除れて、壮となり、何時の間にか快の一字が加はって、壮快な気持。ゲートル、鉄兜、そして懐には大神宮様がゐらっしゃる。・・・蒲団背負ったり、飯を焚く鍋のやうなものを持ったりした人々、焼けた方から逃げて来る人々。その中を、とっとと歩いて行く。浜田の家へ着くと、壕の中に、皆ゐるときいて、入る。・・・又、敵機来、ドーン、ザゞザゞゞといふ音。すぐ近くらしい、出てみると、かなり近いところ、日本閣の手前、国民学校の裏へ落ちたらしく、新な火がメラメラと来た。全く四方火に包まれてゐる。・・・家へ引帰すと、桜山の方の火が、ひどくなって、火の子が庭へふりかゝる。火たゝきで消して歩く。・・・家へ帰る、近くへ落ちた爆弾のあふりを食ったゝめか、家中、埃だらけ。神棚も壁土がバラバラ。掃除して、五時二十分前。床の中へ入り、ラヂオ(停電でも 二階のは、蓄電池だから大丈夫)を、五時のをきかうと思ってゝねむくなり、寝てしまった」と書いている。