2026-02-01から1ヶ月間の記事一覧

二月二十六日・二十七日の被害状況

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)350 二月二十六日・二十七日の被害状況 二十六日の朝日新聞は「約百三十機の主力 雲上より帝都盲爆 関東地方に艦艇六百機」と、米軍の攻撃を報じている。そして「硫黄島戦局に焦慮 敵の牽制来襲」と戦局の悪化を示してい…

二月二十五日空襲の恐怖

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)349 二月二十五日空襲の恐怖 二月二十五日の朝日新聞は「硫黄島の敵出血更に増大 嵐衝く全面斬込み 敵を揚陸点へ圧迫」とある。米軍の被害が、日本軍より大きかったような、と感じさせるのでは。 ロッパは空襲の恐怖を「…

二月二十三日挙って戦いを訴える

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)348 二月二十三日挙って戦いを訴える 昭和二十年二月二十三日、高見は夕方になって来た新聞を紹介している。「神風隊、硫島に出撃。──『皇土空の包圍企つ。一億一兵に徹し反撃へ』(朝日)、『備へよ、緊迫の本土決戰、敵攻…

二月二十一日から二十二日の硫黄島

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)347 二月二十一日から二十二日の硫黄島 二十一日の朝日新聞は「硫黄島へ敵上陸開始 我が部隊激撃激戦中」と硫黄島に敵上陸の大見出し。 「ドカン! と地ひびきのする音、爆弾だ、何処だらう、新宿か、もっと遠くだらうか─…

対日処理案が二月十九日新聞に。

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)346 対日処理案が二月十九日の新聞に 昭和二十年二月十九日に「対日処理案」が新聞に発表された 朝日新聞は「硫黄島周辺で更に 十八艦船を轟沈破 四度の接岸を撃退」との戦果を報告。日本の被害は不明? 高見順の日記には…

限界を知る二月十七日から十八日

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)345 限界を知る二月十七日から十八日 昭和二十年二月十七日清沢洌が海軍全滅を推測 朝日新聞は「敵有力機動部隊 近海に出現」「関東、静岡各飛行場を 艦載機波状攻撃」と緊迫した状況を報告。 二面は、「省線乗車券売止 …

二月十四日から十六日の戦況報告

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)344 二月十四日から十六日の戦況報告 十四日の朝日新聞は「マニラ中枢確保 紀元節に一斉斬込」との戦果。 清沢洌は「工場を休む者が非常に多い。一つはそうして他で稼ぐのであるが、もう一つは工場に行っても仕事がないそ…

昭和二十年二月十三日浅草などの状況は

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)343 昭和二十年二月十三日浅草などの状況は 高見順は、「観音樣はやはり参詣人がすくない。裏へ廻って映館街へ出ようとして、樂天地のあたりに來て驚いた。樂天地はもとよりその邊一帶がことごとく取り拂いになっていて、…

戦況に不安を感じる二月九日~十二日

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)342戦況に不安を感じる二月九日~十二日 昭和二十年二月九日の朝日新聞は「マニラ繁華街で激戦」を伝えている。 2面に、銭湯、新案も足踏み、再発足 男女別の入浴日。 ロッパの九日の日記に「弁当を食って、次のセットへ…

アチャラカを許す二月六日から八日

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)341 アチャラカを許す二月六日から八日 昭和二十年二月六日の朝日新聞には、「マニラ北部に的肉薄、わが出血作戦本格化」。二面に「必勝歌」発表会、二月十一日日比谷公会堂。 高見は、「新橋から地下鐵で渋谷へ行き、東…

昭和二十年までの建国記念日

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)340 昭和二十年までの建国記念日 2026年の建国記念日は、高市総選挙とミラノ冬期オリンピックに埋没しそうである。祝日であるが、雨天であることから、国旗を掲げる家は少ないであろう。また、高層マンションでは各家に掲…

二月三日~五日日用品交歓会

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)339二月三日~五日日用品交歓会 昭和二十年二月三日の朝日新聞は大本営発表として、スビッ湾に敵上陸 サンマネル我戦車果敢な夜襲 カバラン山敵機甲部隊と激戦中、とある。 また、戦勢楽観を許さずとあり、敵第八軍が上陸…

昭和二十年二月一日~二日B29を実際に見る

江戸・東京市民の楽しみ(昭和時代)338昭和二十年二月一日~二日B29を実際に見る 昭和二十年二月の東京は、一月から続くB29の空襲を受けた、130機による爆撃で7万人以上が罹災した。その上、室内の水が凍るという寒さ、食料だけでなく燃料も不足していた…

昭和二十年十月初旬、ゆっくりと進む戦後の社会

江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)337 昭和二十年十月初旬、ゆっくりと進む戦後の社会 新聞に記された記事などから十月初旬の動きを見ると、「陸軍内地部隊の復員八割以上完了」(朝日一日以下朝日略)と内地には軍隊がほぼ無くなったことになる。占領軍(連合…