十七世紀後半の茶花・その1

茶花    13 茶花の種類その10
十七世紀後半の茶花・その1
 十七世紀後半、茶会は以前にも増して催されていたと思われるが、まとまった茶会記は少ないようである。『茶会記の研究』(谷晃)を見ると、茶花が二百以上登場しそうな茶会記は『伊達綱村茶会記』以外認められない。
 そこでまず、『伊達綱村茶会記』を見ることにした。『伊達綱村茶会記』(酒井厳)は、仙台藩第四代藩主・伊達綱村の千三百余の茶会を記したものである。茶会記は、元禄六年(1693)から宝永二年(1705)までの茶会が16巻にわたって記されている。なお『伊達綱村茶会記』は、綱村のすべての茶会を記したものではなく、正徳六年(1716)から『学恵茶湯志』という茶会記を残している。『伊達綱村茶会記』から『学恵茶湯志』までは11年の隔たりがある。その間にも茶会は催されており、さらに茶会記が記された可能性がある。

  『伊達綱村茶会記』には千以上の茶会記が記されているものの、茶花は、すべての巻に記されているわけではない。第四巻、第八巻、第十二巻、第十三巻、第十五巻、第十六巻の茶会記には、茶花の記載が全くない。そのため、これらの茶会記は、茶花調査データとして削除することにした。なお、第八巻の仙台城内外茶会記(元禄十五年六月十一日~元禄十六年三月廿三日)と第九巻の仙台城内外茶会記(元禄十五年六月十一日~元禄十六年三月廿三日)は期間が重複している。第八巻には茶花の記載がないのに対し、第九巻には茶花が記された茶会記がいくつもある。また、第十巻(元禄十六年四月七日~元禄十六年七月廿日)と第十一巻(元禄十六年四月十六日~元禄十六年七月十八日)においても同様で重複している。そのため、ここでは第九巻と第十一巻の茶会記をデータとして採用した。さらに、第七巻は茶花が記載されているものの、第五巻・第六巻と重複していることから、茶会数が多い第五巻・第六巻を採用した。
イメージ 1  以上のデータをもとに検討した茶会数は462会、茶花の登場する茶会数は342会であった。登場する茶花の種類は、40種(約430花)。なお他に、不明な種が2種ある。最も多く使われる茶花はツバキ、次いでキク、ウメ、コウホネである。その次にスイセンカキツバタシャクヤク、ラン、サザンカフクジュソウセキチク、ユリ、ヤナギ、フジ、キンセンカ、アオイ、ムクゲが続く。その他として、シュウカイドウ、ユリ、ナデシコミズアオイ、フキ、モモ、ヤマブキ、ボタン、キンポウゲ、テッセン、アジサイ、バラ、ススキ、ハス、センニチソウ、サクラソウ、オグルマ、ガンピ、サクラ、フヨウ、アヤメ、ザクロ、ヤマナシがある。
  『伊達綱村茶会記』の茶花を見ると、以下に示すように花の色に関する記述はあるものの、植物の品種についてまでは触れていない。三百を超える茶会に40種の植物しか登場しないことから、綱村、または活けた人は、植物にあまり詳しくなかったように感じられる。それでも、『伊達綱村茶会記』の茶花で特徴的なのは、コウホネの使用が多いことである。53回も登場するところを見ると、綱村の好みの花だったのではないかと思われる。また、キクの使用もツバキの次に多く、これもまた好きな花であったと思われる。
ツバキは、「椿」「赤キ椿」「白椿」「薄色椿」「白玉」などと記載されている。
キクは、「朽葉色菊」「黄ノ小菊」「夏菊」「寒菊」「紫菊」などと記載されている。
  ウメは、「紅梅」「白梅」「梅ツホミ」などと記載されている。
コウホネは、「かうほね」などと記載されている。なお、「しとみおかかうほね」という記載が一例あり、よくわからないがこれもコウホネとした。
スイセンは、「水仙」と記載されている。
カキツバタは、「杜若」「かきつはた」などと記載されている。
シャクヤクは、「芍薬」「しやくやく」などと記載されている。
ランは、「蘭」「紫蘭」と記載され、正しい名称はシランだと思われる。
サザンカは、「山茶花」「ささん花」などと記載されている。
  フクジュソウは、「福寿草」「元旦草」などと記載されている。
  セキチクは、「せきちく」「石竹」などと記載されている。
  ユリは、「小ゆり」「ひゆり」「ひめゆり」などと記載されている。
  ヤナギは、「柳」と記載されている。
  フジは、「藤」「白藤」「紫姫藤」などと記載されている。
  キンセンカは、「金仙花」と記載されている。
  アオイは、「葵」「小葵」「白葵」などと記載されている。
  ムクゲは、「むくけ」「槿」「木はちす」などと記載されている。
  シュウカイドウは、「しうかいとう」と記載されている。
  ナデシコは、「撫子」と記載されている。
  ミズアオイ、「水あふひ」と記載されている。
  フキは、「蕗臺」と記載されている。
  モモは、「桃」「白桃」などと記載されている。
  ヤマブキは、「山吹」と記載されている。
  ボタンは、「牡丹」「紫牡丹」と記載されている。
  キンポウゲは、「きんほうけ」と記載されている。
  テッセンは、「てつせん」と記載されている。
  アジサイは「あちさい」と記載されている。
  バラは「長春」「ちやうしゆん」と記載されている。
  ススキは、「薄」と記載されている。
  ハスは、「白蓮」「はちす」と記載されている。
  センニツソウは、「千日草」と記載されている。
  サクラソウは、「桜草」と記載されている。
  オグルマは、「おくるま」「小車」と記載されている。
  ガンピは、「赤かんひ」と記載されている。
  サクラは、「桜」「ここめ桜」と記載されている。
  フヨウは、「芙蓉」と記載されている。
  アヤメは、「紫菖蒲」「白あやめ」などと記載されている。
  ザクロは、「さくろ」と記載されている。
  ヤマナシは、「山梨」と記載されている。
 その他、不明なものとして「あハ雪」「しろかいどう」がある。「あハ雪」は、茶会の季節から想像して「夏雪(なつゆき)」の可能性がある。「しろかいどう」は、「しうかいとう」の誤記と思われるが判断できない。また、草冠に「便」という茶花の記載があるが、どのような植物か全くわからない。
  以上の40種のなかで、新しい茶花としてシュウカイドウ、ミズアオイ、ザクロ、センニチソウ、ヤマナシの5種があげられる。(なお、ザクロ、センニチソウ、ヤマナシの登場は十八世紀となる。)
  『伊達綱村茶会記』の茶花について、他の茶会記と同じ植物がどのくらい使用されているかを見ると、『天王寺屋会記自会記』とは50%しか重複していない。『松屋会記』とは60%、『小堀遠州茶会記集成』とは58%の重複である。主な茶花を示すと以下のようになる。
伊達綱村茶会記』(1693~1705)    ツバキ・キク・ウメ・コウホネ
天王寺屋会記』自会記(1548~1590) ツバキ・キク・ウメ・スイセン
松屋会記』久重茶会記(1604~1650) ツバキ・ウメ・スイセン・キク
小堀遠州茶会記集成』(1625~1646) スイセン・ツバキ・ウメ・サザンカ
また、『伊達綱村茶会記』と『天王寺屋会記』自会記について、茶花の種別の使用頻度を比較すると、相関係数は0.79と重複種が50%しかない割には高い値を示している。また、『松屋会記』久重茶会記とは0.80と、比較的高い値である。それに対し、『小堀遠州茶会記集成』とは0.58であまり高くない。