十八世紀後半の茶花その1

茶花    25 茶花の種類その22
十八世紀後半の茶花その1
  十八世紀前半までの茶会記を見てきて、十八世紀後半の茶会記でも、茶花の種類は大きくは変わらないだろう。使用される茶花の使用頻度は、同じような順になるだろうと思っていた。そのため、これ以上先に進めて、茶会記を見ることにあまり気乗りがしなかった。しかし、華道古書の花材を調べている中で、やはり十八世紀後半の茶花の調査を無視することができなくなった。
  『茶会記の研究』によれば、十八世紀後半の茶会記は、33程存在することが記されている。その中から茶花に関する記述があるものをと探したが、「川上不白利休二百回忌茶会記」「酒井宗雅茶会記」程度しか見つけることができなかった。それで「川上不白利休二百回忌茶会記(『茶器名物図彙』より)」を見ていたら、なんと十八世紀前半までの状況とは大きく異なり、茶花の種類が多いことに驚いた。思うに、華道の影響を受けたのだろうか。登場する茶花の種類は、定番のツバキやウメなどの茶花の使用頻度が激減し、それ以外の花のウエートが高くなり、種類も多彩になっていたのである。
  「川上不白利休二百回忌茶会記」は『茶器名物図彙』(草間直方が文政十年(1827)に作成)に記されている。茶会記(天明二年二月廿八日から翌年四月晦日まで)は143会あり、その127会に茶花が記されている。茶花の種類は、56種ほどであるが、次に示すように不明な名称がいくつもあり、花材の現代名と対照させながら示したい。
  まず、「手まり」(三月廿九日)は、スイカズラ科のテマリバナと思われる。華道古書の花材からは、「手鞠花」「毬花」「てまり」などという記載があり、テマリバナとしている。
  「岡川骨」(四月三日)は、スイレンコウホネとどのような違いがあるか不明、「岡」の字がつくのであるから水生植物ではない可能性もある。なお、二日前の四月朔日の茶会には、「川骨」が使用されている。
「れんげ」(四月六日)は、マメ科レンゲソウだとすれば、開花季節としてはかなり遅いことになる。また、「れんげ」をハス科のハスとしても、花は通常七~八月(新暦)で逆に開花が早すぎる。どちらか迷ったが、ハスとした。
「大山蓮」(四月十二日)は、モクレン科のオオヤマレンゲであると思われる。なお、「蓮」はハスを指しているということも考えられるが、花期から考えて、七~八月開花のハスではないと判断した。また、オオヤマハスという種類のハスはないと思う。
「さんせうはう」(四月十二日夕)は、バラ科のサンショウバラであると思われる。
  「あわゆき」(四月十九日)は、バラ科キョウガノコかコシジシモツケの白花と思われる。花材では「あは雪」「泡雪」という名があるが、現代名を確定させていない。キク科にアワユキセンダンウサという名の植物もあるが、開花は九~十一月(新暦)であり、該当しない。なお、『伊達綱村茶会記』に「あハ雪」との記載があったが、これもキョウガノコかコシジシモツケの白花であろう。したがって、キョウガノコの初見としては『伊達綱村茶会記』となる。
「桜はうあわゆき」(四月廿日)は、「桜はう」と「あわゆき」に分かれ。「桜はう」は、四月晦日の茶会に「桜  はら」があることから「さくらばら」で、バラ科のサクライバラだと思われる。
  「せうぶ」(五月三日)は、菖蒲、アヤメ科のアヤメであろう。
「額草」(五月八日)は、ガクアジサイの別名で、アジサイ科のガクアジサイであろう。
「夏霜」(五月十三日)は、どのような植物か現時点ではわからない。
「るりくらへ」(五月廿九日)は、開花時期からムラサキ科のルリソウではないと思う。キキョウ科ツリガネニンジン属の植物であろうが、詳細な名前は決められない。
  「はんけ」(六月十七日)は、ドクダミ科のハンゲショウと思われる。
  「草ふじ」(六月廿八日)は、マメ科ソラマメ属の多年草クサフジであろう。
  「ひめふじ」(六月廿九日)は、マメ科コマツナギ属の樹木、ヒメフジであろう。
「びやくじゅつ」(七月朔日)は、白数珠、イネ科のジュズダマと思われる。
「朝せんたんほ」(九月十四日)は、どのような植物か現時点ではわからない。
「しやうきく」(十月二日)は、「秋菊」であろう。
イメージ 1  以上のような判断をもとに、次のように茶花の植物名を設定した。
  アサガオは、「朝顔」と記載されている。
  アザミは、「あさミ」と記載されている。
  アジサイは、「額草」「かく草」「あじさい」「あしさい」と記載されている。
  アヤメは、「せうぶ」「しやうふ」と記載されている。
  イチハツは、「いつはつ」と記載されている。
  ウメは、「紅梅」「白梅」などと記載されている。
  オオヤマレンゲは、「大山蓮」と記載されている。
  オミナエシは、「女郎花」と記載されている。
  カキツバタは、「杜若」と記載されている。
  カッコソウは、「郭公草」と記載されている。         
  カラマツソウは、「唐松草」と記載されている。
  キキョウは、「ききやう」と記載されている。
  キクは、「夏菊」「浜菊」「甲菊」「千年菊」「寒菊」などと記載されている。
  キョウガノコは、「あわゆき」と記載されている。
キンシバイは、「金糸梅」と記載されている。
  クサフジは、「草ふじ」と記載されている。
クズは、「葛」と記載されている。
ケマンソウは、「けまん草」と記載されている。
コウホネは、「川骨」と記載されている。
  サクライバラは、「桜はら」「桜はう」と記載されている。
サンザシは、「さんさし」と記載されている。
サンショウは、「さんせう」「さんしやう」と記載されている。
サンショウバラは、「さんせうはう」と記載されている。
シャガは、「しやか」「しやが」と記載されている。
シャクヤクは、「しやくやく」と記載されている。
シュウメイギクは、「しやうめいきく」「しやうめい菊」と記載されている。
ジュズダマは、「びやくじゆつ」「じゆつ」と記載されている。
スイセンは、「水仙」と記載されている。
スオウは、「すあふ」と記載されている。
セッコクは、「長生草」と記載されている。
  センダンは、「せんたん」と記載されている。
  タデは、「たで」と記載されている。
  ダンドクは、「だんどく」と記載されている。
  ツバキは、「椿」と記載されている。
  テマリバナは、「手まり」と記載されている。
  ナデシコは、「なてしこ」と記載されている。
  ニワトコは、「庭床」と記載されている。
  ハギは、「仙台萩」「夏萩」と記載されている。
  ハスは、「れんげ」と記載されている。
  ハンカイソウは、「はんくわい草」「はんかわゐ草」と記載されている。
  ハンゲショウは、「はんけ」と記載されている。
  ヒメフジは、「ひめふじ」と記載されている。
  ビヨウヤナギは、「美楊柳」と記載されている。
ビワは、「ひわ」と記載されている。
  フキは、「ふきのとう」と記載されている。
  フジは、「藤」と記載されている。
  ボタンは、「牡丹」と記載されている。
  マンサクは、「まんさく」と記載されている。
  ミソハギは、「ミそ萩」と記載されている。
  モクレンは、「木蓮」「柴木蓮」と記載されている。
  モモは、「桃」と記載されている。
  ヤナギは、「柳」と記載されている。
  ヤマブキは、「山吹」と記載されている。
  ユリは、「ゆり」と記載されている。
  リンドウは、「ささりんとう」と記載されている。
  レンギョウは、「れんきやう」と記載されている。
  最も多く使用されているのは、ウメ9%とキク9%で、次いでツバキ7%、ハギ、アジサイスイセン、シャガ、ボタン、ヤナギの順である。上位9位までの合計がやっと半数を超えるということからもわかるように、使用する茶花の種類は分散している(μ=2.0)。
  「川上不白利休二百回忌茶会記」に登場した新しい茶花を示すと、オオヤマレンゲ、カッコソウ、カラマツソウ、クサフジケマンソウ、サクライバラ、サンショウ、サンショウバラ、シュウメイギクジュズダマセッコク、センダン、タデ、ハンカイソウ、ハンゲショウ、ビヨウヤナギ、ヒメフジ、ビワ、マンサク、ミソハギと20種となる。56種中20種にものぼることから、いかに積極的に新しい茶花が使用されたということがわかる。