『尺素往来』に記された植物その1

茶花    36 茶花の種類その33
『尺素往来』に記された植物その1
  次に、『山科家礼記』と同時期に書かれた『尺素往来』にも多くの植物名が記されている。『尺素往来』には、「前栽植物」(庭に植えられた植物名)があげられている。植物は、庭に限定されているものの、十五世紀に使用された植物であることは確かである。そこで、『山科家礼記』と対照させてみたい。なお、『尺素往来』は、室町時代後期に一条兼良によって編纂されたと言われている。具体的には、『群書類従 第九輯』「群書類従巻百四十一」(続群書類従完成会:発行)に編纂された『尺素往来』を解析する。また、インターネットに公開されている早稲田大学図書館『尺素往来 / [一条兼良] [撰]』を参考にしている。さらに、『日本庭園の植栽史』(飛田範夫  京都大学学術出版会)に記された「『尺素往来』(15世紀)の庭園植栽」での解析も踏まえている。
  『尺素往来』には、庭に植えられた(庭上之景)植物だけでなく、「名香」「茶子」「菓子」などの項目にも植物名が記されている。たとえば、「青梅。黄梅。枇杷。楊梅。瓜。茄。覆盆子。岩棠子。桃。杏。棗。李。林檎。石榴。梨。柰。柿。(ホシカキ)。栗。椎。金柑。蜜柑。橙橘。鬼橘。柑子。鬼柑子。雲州橘」などがある。これらは、「前栽植物」に記されなくても、花材や庭にも植えられていたと思われる。そのため、当時の植物すべてとは言えない、そうしたことを踏まえて、前栽植物を書に紹介された順に示す。
 
・「春花者」として
  「庭桜」は、『日本庭園の植栽史』(以下、『植栽史』とする)では「ニワザクラ」とある。『牧野新日本植物図鑑』(北隆館)によれば、ニワザクラはニワウメの変種とされている。ここでは、バラ科ニワウメとする。
「庭柳」は、『植栽史』ではユキヤナギである。ここでは、『山科家礼記』にも記載があることからバラ科ユキヤナギとする。なお、『草木名初見リスト』(磯野直秀)によれば、ユキヤナギの初見は1698年『花譜』である。ただし、『尺素往来』が記されてから2世紀以上たっているため、「庭柳」をユキヤナギと断定するには再度の検討が必要だろう。
  「紫藤」は、マメ科フジとする。「紫」は、花の色だろう。
「金銭」は、キク科キンセンカとする。なお、『山科家礼記』のキンセンカと同様、現代のキンセンカとは異なる。
「金態」「玉態」については、どのような植物かわからない。
  「ツツジ」は、種が特定されていないので総称名としてツツジとする。
  「款冬」は、『植栽史』では「ヤマブキ」とある。なお、「款冬」はバラ科ヤマブキだけでなく、キク科フキ、ツワブキの可能性もある。なお、早稲田大学図書館『尺素往来 / [一条兼良] [撰]』には、(以下、『早大版』とする。)『款(クハン)冬』とある。「カントウ」であれば、キク科フキを指す。ここでは「款冬」は、キク科フキとする。
  「菫菜」は、スミレの種類は多いため、種類は不明。ここでは総称名、スミレ科スミレとする。
「春菊」は、『植栽史』では「シュンギク」とある。『明治前園芸植物渡来年表』(磯野直秀)によれば、シュンギクの渡来は1563年『お湯殿の上の日記』とある。また、『草木名初見リスト』によれば、シュンギクの初見は1666年『訓蒙図彙』とある。「春菊」は、現代のシュンギクではなく、春に咲く菊と考え、ここでは総称名、キク科キクとする。
「牡丹」は、ボタン科ボタンとする。
  「杜若」は、アヤメ科カキツバタとする。
  「沈丁花」は、ジンチョウゲジンチョウゲとする。
  「花鬘花」は、ケシ科ケマンソウであろう。なお、早稲田大学図書館『尺素往来』(以下、『早大版』)には「華鬘花」とあり「ケシケ」と振り仮名が打たれている。
  「水仙花」は、ヒガンバナ科スイセンである。
  「鵝尾花」は、『植栽史』では「イチハツ?」とされている。『早大版』では「鵝○(ヒ)花」と記されている。『抛入花伝書』にはイチハツを「鳶尾花」とする記述はあるが、だからと言って、「鵝尾花」をアヤメ科イチハツとする根拠にはならない。
  「白梅」「紅梅」は、ウメの種を決める記述ではないため、ここでは総称名、バラ科ウメとする。
  「緋桃」「碧桃」は、モモの種を決める記述ではないため、総称名、バラ科モモとする。
  「絲柳」は、ヤナギ科シダレヤナギとする。
  「玉柳」は、『植栽史』では「シジミバナ」とされているが、『明治前園芸植物渡来年表』によれば、シジミバナの渡来初見は1698年の『花譜』となっている。どちらが正しいか判断できないので、不明とする。
  「一重桜」「八重桜」は、サクラの種を決める記述ではないため、総称名バラ科サクラとする。
梨花」は、バラ科ナシとする。
  「柰花(ハナナシ)」は、『植栽史』では「奈花(はななし)」として「リンゴ?」とある。『早大版』では「柰(カラナシノ)花」とある。また、『尺素往来』の「菓子」として「林檎」と「柰」が記されている。そのため、「柰花(ハナナシ)」はバラ科リンゴではないと思う。なお、『樹木図説』(有明書房)には、「柰花」はモクセイ科マツリカとある。以上から、「柰花」が現代名で何の植物に該当するかは判断に迷うところだ。
  「杏花」は、バラ科アンズとする。
  「李花」は、バラ科スモモとする。
  「山茶(サ)花」は、『植栽史』では「サザンカ」とあるが、『草木名初見リスト』によれば、サザンカの初見は1603~4年『日葡辞書』とある。だが、『草木名初見リスト』の記載が誤りで、『尺素往来』が初見ということになるかもしれない。しかし、15世紀から17世紀までサザンカの記載がなかった、ということは考えにくい。新たな資料が発見されるまでは、正確な判断ができないので不明とする。
  「海棠花」は、正確にはバラ科ハナカイドウと思われる。しかし、確認できないことから総称名バラ科カイドウとする。