『山科家礼記』に登場する植物・その2

茶花    35 茶花の種類その32
『山科家礼記』に登場する植物・その2
『山科家礼記』に登場する植物の種類を現代名と当時の名称を示すと以下のようになる。
・アヤメ(アヤメ科)は、延徳四年1492四月十八日に「シヤウヒ」「アヤメ」とある。
・イタドリ(タデ科)は、延徳三年1491八月廿四日に「せウイタトリノミ」とある。
・イチハツ(アヤメ科)は、延徳四年1492四月十八日に「イチハツ」とある。
イワナシ(ツツジ科)は、延徳三年1491二月廿四日に「イワナシ」とある。
ウツボグサ(シソ科)は、延徳三年1491五月廿四日などに「ウツホ草」とある。
・ウメ(バラ科)は、応永十九年1412二月十九日などに「梅」「紅梅」とある。
エビネ(ラン科)は、延徳三年1491三月廿四日に「エヒ子」とある。
オウバイ(モクセイ科)は、長享二年1488年正月十日などに「ワウハイ」「ワウ梅」とある。
・オグルマ(キク科)は、延徳三年1491七月十七日に「ヲクルマ」とある。
オミナエシオミナエシ科)は、明応四年1492八月廿四日に「ヲミナヘシ」とある。
・オモト(ユリ科)は、長享二年1488正月十九日などに「ヲモト・おもと」とある。
・カイドウ(バラ科)は、長享二年1488二月十九日に「カイタウ」とある。
・カイノキ(ウルシ科)は、延徳四年1492四月四日に「栢木」とある。
・カキ(カキノキ科)は、延徳三年1491十月廿四日などに「柿・山カキ」とある。
カキツバタ(アヤメ科)は、延徳三年1491三月廿四日などに「カキツハタ・かきつはた」とある。
・カラマツ(マツ科)は、長享二年1488十月十四日に「唐松」とある。
・カルカヤ(イネ科)は、延徳三年1491八月廿四日に「カルカヤ」とある。
・キキョウ(キキョウ科)は、延徳三年1491七月五日などに「キゝヤウ」とある。
・キク(キク科)は、康正三年1457九月八日などに「きく・キク・菊・冬菊」とある。
・キビ(イネ科)は、延徳三年1491七月七日などに「キヒ・キヒノホ」とある。
ギボウシユリ科)は、延徳三年1491五月廿四日などに「キホウシ」とある。
・キリ(ゴマノハグサ科)は、延徳三年1491正月十一日などに「キリ・きり」とある。
キンカン(ミカン科)は、文明十二年1480二月十九日に「キンカン」とある。
キンセンカ(キク科)は、文明四年1472二月廿三日などに「きんせん花」「キンセンクワ」「キンせン花」とある。
・キンポウゲ(キンポウゲ科)は、文明十八年1486四月二日などに「キンホンケ」とある。
クチナシ(アカネ科)は、文明十二年1480十月二日に「くちなし」とある。
ケイトウヒユ科)は、文明四年1472七月六日などに「けいとう・ケイトウケ」とある。
ケマンソウ(ケシ科)は、延徳三年1491四月廿三日などに「ケマンケ」とある。
・サカキ(ツバキ科)は、明応四年1492十月廿九日に「さかき」とある。
・サクラ(バラ科)は、文明十三年1481二月廿三日などに「しなの桜」「桜」とある。
サクラソウサクラソウ科)は、延徳三年1491二月廿一日などに「桜草・さくら草」とある。
・ザクロ(ザクロ科)は、延徳三年1491六月十五日などに「シヤクロ」とある。
サワギキョウ(キキョウ科)は、明応四年1492八月廿四日に「サワキゝヤウ」とある。
・サンショウ(ミカン科)は、長享二年1488三月六日に「山椒」とある。
シモツケバラ科)は、延徳四年1492五月四日に「シモツケ」とある。
・シャガ(アヤメ科)は、延徳三年1491正月十四日などに「シヤクワ」とある。
シャクヤク(ボタン科)は、延徳四年1492四月十四日などに「シヤクヤク・芍薬・シヤク」とある。
・シュロ(ヤシ科)は、文明十二年1480二月十五日に「しゆろう」とある。
・ショウブ(サトイモ科)は、文明十二年1480五月二日などに「しやうふ・ネシヨウヒ等」とある。
スイセンヒガンバナ科)は、長享二年1488正月十日などに「スイせンクワ・スイせン花」とある。
・スギ(スギ科)は、文明十二年1480七月七日などに「スキ・杉」とある。
・スギナ(トクサ科)は、文明十二年1480二月廿六日に「土筆」とある。
・スゲ(カヤツリグサ科)は、延徳三年1491九月四日に「スケ」とある。
・ススキ(イネ科)は、文明二年1470十月十四日などに「め すゝき・いとすゝき」とある。
・スモモ(ハラ科)は、延徳三年1491九月四日に「スモモキ」とある。
セキショウ(ショウブ科)は、貞享三年1489三月十八日に「せきしやう」とある。
セキチクナデシコ科)は、文明四年1472五月七日などに「石竹・せキチク」とある。
・ゼニアオイ(アオイ科)は、延徳三年1491五月廿四日などに「コアオイ」とある。
・センノウ(ナデシコ科)は、文明十二年1480六月廿七日などに「仙翁化・せンノヲケ」とある。
・ゼンマイ(ゼンマイ科)は、長享二年1488正月十日などに「せンマイ」とある。
・タケ(イネ科)は、寛正四年1463正月十八日などに「竹」とある。
タチアオイアオイ科)は、延徳四年1492四月廿四日に「カラアオイ」とある。
・チャ(ツバキ科)は、文明十二年1480一月十六日などに「チヤ・茶木」とある。
・ツガ(マツ科)は、貞享三年1489九月廿四日に「トカ」とある。
・ツゲ(ツゲ科)は、延徳四年1492四月四日に「ツケノ木」とある。
ツツジツツジ科)は、延徳三年1491二月廿四日などに「ツゝシ」とある。
・ツバキ(ツバキ科)は、貞享三年1489三月十八日などに「八重椿「白椿」「タマツハキ」とある。
・トクサ(トクサ科)は、延徳三年1491七月五日などに「きなる水くさ」とある。
・ナツハゼ(ツツジ科)は、延徳三年1491五月廿四日に「夏ハシ」とある。
・ネジアヤメ(アヤメ科)は、延徳四年1492五月廿四日に「ハリン」とある。
・ネズ(ヒノキ科)は、貞享三年1489六月廿四日などに「ムロ」とある。
・ハギ(マメ科)は、延徳四年1492二月十五日に「ハキ」とある。
・ハクチョウゲ(アカネ科)延徳四年1492二月廿二日などに「ハクチヤウケ・白チヤウケ」とある。
・ハス(スイレン科)寛正四年1463七月廿六日などに「れうかんはす・しなのはす・高野蓮」とある。
・バラ(バラ科)は、貞享二年十月十四日などに「シヤウヒ」「イハラ」「白チヤウシユン」とある。
・ハンカイソウ(キク科)は、延徳四年1492五月廿四日に「テウロサウ」とある。
ヒオウギ(アヤメ科)は、延徳三年1491六月廿四日などに「カスアフキ」とある。
ヒガンバナヒガンバナ科)は、延徳三年1491八月廿四日に「マンシユシヤケ」とある。
・ヒノキ(ヒノキ科)は、寛正四年1463正月十八日などに「檜・ひの木・ヒノキ等」とある。
・ヒバ(ヒノキ科)は、長享二年1488正月十日などに「ヒハ」とある。
・ヒメユリ(ユリ科)は、延徳三年1491五月廿五日などに「ひめゆり」とある。
・ビャクシン(ヒノキ科)は、長享二年1488正月十日などに「ヒヤクシン・ヒヤクシユン」とある。
・ビワ(バラ科)は、延徳三年1491四月廿五日などに「ヒワノ木・ヒワ」とある。
・フキ(キク科)は、文明九年1477年五月十五日などに「ふき・フキノタウ・フキ」とある。
・フジ(マメ科)は、文明九年1477年三月廿二日などに「ふちのはな・藤・フシ」とある。
・フヨウ(アオイ科)は、長享二年1488十月十四日に「フヨウ」とある。
・ベニバナ(アカネ科)は、長享二年1488九月朔日などに「あかはな」とある。
ホウセンカ(ツリフネソウ科)は延徳三年1491七月四日などに「ホンせウ草花」とある。
・ボタン(ボタン科)は、文明四年1472七月十七日などに「ホタン」とある。
・マキ(マキ科)は、長享三年1489六月廿五日に「マキ」とある。
・マツ(マツ科)は、延徳四年1492正月十八日などに「まつ」「松等」とある。
・マユミ(ニシキギ科)は、文明十二年1480十月二日に「まゆミ」とある。
・ミカン(ミカン科)は、文明十二年1480二月十七日などに「蜜柑」とある。
モクレンモクレン科)は、文明十三年1481年八月十二日に「木棟」とある。
・モモ(バラ科)は、応仁二年1468三月二日などに「桃花」「桃」とある。
・ヤナギ(ヤナギ科)は、応仁二年1468三月二日などに「柳」「ヤナキ」とある。
ヤブランユリ科)は、延徳三年1491七月七日などに「ヤマスケ」とある。
・ヤマブキ(バラ科)は、延徳三年1491三月十六日などに「ヤマフキ・山吹」とある。
ユキヤナギは(バラ科)は、延徳四年三月十五日などの「庭柳」「庭ヤナキ」と思われるが、庭に生育する、野生の柳ではないと言うことなら、シダレヤナギの可能性がある。
ユズリハトウダイグサ科)は、延徳四年1492三月六日に「ゆつりは」とある。
・ヨシ(イネ科)は、延徳三年1491四月廿二日に「ヨシ」とある。
ロウバイロウバイ科)は、延徳四年1492二月五日などに「らうはい」とある。
イメージ 1 以上の植物は、全部で92種となる。この数は、花伝書に記されている種類数の平均よりやや多いようだ。これらの植物は、十五世紀の立花や庭園で使われていた植物の種類と考えてよいだろう。
  そして、『山科家礼記』を取り上げた大きな理由、植物名の出現頻度を検討できることに注目したい。花伝書は、花材の種類については示されているが、使用頻度については触れていない。そのため、どのような植物がどのくらい使われたかについては、推測しようがなかった。ところが『山科家礼記』のおかげで、十五世紀の花材の使用頻度を知る手がかりとなりそうだ。そこで、『山科家礼記』に記された植物名がどの程度出現するか、その頻度を調べてみた。なお、頻度調査に使用した日記数は155日、植物名のサンプル数は408である。
  『山科家礼記』に登場する植物で最も多いのは、マツで14%である。次いでウメが9%、キク8%、ヒノキ7%、キンセンカ4%となっている。以下は、ツツジ、オモト、センノウ、タケ、ショウブ、ケイトウ、フキ、ヤナギ、ギボウシスイセンオウバイ、ヒバ、フジ、カキの順になっている。なお、これらの植物は必ずしも花材だけではなく、庭などに植えられていたものも含まれている。当時(十五世紀)、山科家の家司大沢久守が接していた植物の状況を示していると考えてよいだろう。