十六世紀の植物名について3 初見の検討

十六世紀の植物名について3
・蜜柑  ミカン(ミカン科)・・・総称名・・・ミカンの初見→看聞御記1419年
・鼠尾草 ミソハギミソハギ科)・・・種名・・・ミソハギの初見→本草和名918年頃
・茗荷  ミョウガ(ショウガ科)・・・種名・・・ミョウガの初見→本草和名918年頃
・麦   ムギ(イネ科)・・・種名・・・ムギの初見→古事記712年
・朱槿花 ムクゲアオイ科)・・・種名・・・ムクゲの初見→下学集1444年
・椋   ムクノキ(ニレ科)・・・種名・・・ムクノキの初見→古事記712年
・葎   メドハギ(マメ科)・・・種名・・・メドハギの初見→新撰字鏡900年頃
◎孟宗竹 モウソウチク(イネ科)・・・種名・・・モウソウチクの初見→琉球産物志1770年
★木槵  モクゲンジ(ムクロジ科)・・・種名
・木犀  モクセイ(モクセイ科)・・・総称名・・・モクセイの初見→下学集1444年
・○   モチ(モチノキ科)・・・種名・・・モチノキの初見→新撰字鏡900年
★木香  モッコウ(キク科)・・・種名
・樅   モミ(マツ科)・・・種名・・・モミの初見→古事記712年
・桃   モモ(バラ科)・・・種名・・・モモの初見→古事記712年
◎死蔚  ヤクモソウ(シソ科)・・・種名・・・ヤクモソウの初見→日萄辞書1603年
・椰子  ヤシ(ヤシ科)・・・種名・・・ヤシの初見→本草和名918年頃
・楊柳  ヤナギ(ヤナギ科)・・・総称名・・・ヤナギの初見→懐風藻705年前
★水蓼  ヤナギタデ(タデ科)・・・種名
★忘憂草 ヤブカンゾウユリ科)・・・種名
・山橘  ヤブコウジヤブコウジ科)・・・種名・・・ヤブコウジの初見→万葉集785年前
◎山菅  ヤブランユリ科)・・・種名・・・ヤブランの初見→用薬須知1726年
・暑預  ヤマノイモヤマノイモ科)・・・種名・・・ヤマノイモの初見→新撰字鏡900年頃
・酴醿  ヤマブキ(バラ科)・・・種名・・・ヤマブキの初見→万葉集785年前
・楊梅  ヤマモモ(ヤマモモ科)・・・種名・・・ヤマモモの初見→新撰字鏡900年頃
・夕顔  ユウガオ(ヒルガオ科)・・・種名・・・ユウガオの初見→枕草子1001年頃
◎庭柳  ユキヤナギバラ科)・・・種名・・・ユキヤナギの初見→花譜1698年
・柚柑  ユズ(ミカン科)・・・種名・・・ユズの初見→枕草子1001年頃
・榕   ユズリハトウダイグサ科)・・・種名・・・ユズリハの初見→万葉集785年前
・百合草 ユリ(ユリ科)・・・総称名・・・ユリの初見→古事記712年
・蓬莱  ヨモギ(キク科)・・・種名・・・ヨモギの初見→万葉集785年前
★蘭   ラン(ラン科)・・・総称名
◎柃桙  リョウブ(リョウブ科)・・・種名・・・リョウブの初見→本草名物附録1672年?
・林檎  リンゴ(バラ科)・・・種名・・・リンゴの初見→本草和名918年頃
・龍膽  リンドウ(リンドウ科)・・・種名・・・リンドウの初見→古今和歌集914年頃
・茘枝  レイシ(ムクロジ科)・・・種名・・・レイシの初見→下学集1444年
・蝋梅  ロウバイロウバイ科)・・・種名・・・ロウバイの初見→温故知新書1484年
・山薑  ワサビ(アブラナ科)・・・種名・・・ワサビの初見→本草和名918年頃
・蕨   ワラビ(ウラボシ科)・・・種名・・・ワラビの初見→万葉集785年前
・我毛香 ワレモコウ(バラ科)・・・種名・・・ワレモコウの初見→源氏物語1007年頃

初見の検討
 『尺素往来』『古本節用集』『新撰類聚往来』の植物名には、『草木名初見リスト』(磯野直秀)に記された初見以前と思われる植物名が20ある。それらについて検討すると以下のようになる。
アカメガシワトウダイグサ科
・問題は、「楸」がどのような植物を指しているかである。『節用集』(国立国会図書館デジタルコレクション)に記されている「楸」には、振り仮名に「ヒサゲ」とある。「楸」「ヒサゲ」は、『樹木大図説』によれば「アカメガシワ」である。なお、「楸」はアカメガシワのほかに、キササゲ(ノウゼンカズラ科)を指すことが『樹木大図説』に記されている。仮名の読みを優先して、「楸」はアカメガシワと判断した。
 アカメガシワの初見は、『草木名初見リスト』によれば『大和本草』とある。『大和本草』刊行は1709年とされ、『節用集』の方が先になる。なお、資料とした『節用集』は、解題によれば「室町時代後期の写本と推定され・・・書写者未詳。綴葉装。国語国文学者岡田希雄(1898-1943)の旧蔵書」とある。『節用集』の写本時期が正しければ、アカメガシワの初見は『大和本草』ではないと推測される。  
 なお、『新撰類聚往来』にも「楸」が記され、「ひささき」と仮名がある。これは「キササゲ」とも思えるが、判断に迷い不明とした。もし、キササゲとしても、初見は『書言字考節用集』で1717年の刊行である。
エノコロヤナギ(ヤナギ科)
 エノコロヤナギは、『新刊多識編往来』に木偏に「堊」と記され、「かはやなぎ」と仮名が振られている。これは、カワヤナギ=エノコロヤナギ=ネコヤナギなど別名がいくつかあり、混乱しやすい植物名である。ネコヤナギの初見は、『草木名初見リスト』によれば『桜川』とされ、1674年に成立したとされている。初見時期の相違は、国立国会図書館デジタルコレクションに記された『新刊多識編往来』が写された時、「かはやなぎ」を誤って記した可能性もあると思われる。
キチジョウソウユリ科
 「吉祥草」は、『尺素往来』『新刊多識編往来』に記されている。「吉祥草」とされる植物には、キチジョウソウ(ユリ科)とフッキソウ(ツゲ科)がある。迷うところであるが、花材としてキチジョウソウと判断した。なお、キチジョウソウの初見は『易林本節用集』とあり、1597年に刊行されている。『易林本節用集』が正しいとすれば、写した時期に不安のある『新刊多識編往来』だけでなく、『尺素往来』までも写した時期に疑いが生じる。
ギンセンカアオイ科
 『節用集』に「金銭朝露屮」と記され、「キセンテウロサウ」と仮名が振られている植物は、ギンセンカと推測される。ギンセンカは、「チョウロソウ」とも呼ばれる。ギンセンカの初見は『大和本草』とあり、1709年に刊行されている。しかし、『立花大全』1683年、『抛入花傳書』1684年、『立花指南』1688年にも「朝露草」の記載がある。「金銭朝露屮」がギンセンカであれば、『節用集』が初見となる。
クリンソウサクラソウ科)
 クリンソウは、『新刊多識編往来』に「宝幢花」と記され、「ホウトウケ」と仮名が振られている。ホウドウゲはクリンソウの別名とされ、「宝幢花」はクリンソウと推測した。クリンソウの初見は『毛吹草』とされ、1645年に刊行されている。国立国会図書館デジタルコレクションに記された『新刊多識編往来』の「宝幢花」がクリンソウであれば、『毛吹草』はクリンソウの初見にならない。
ササユリユリ科
 ササユリは、『尺素往来』に「早百合」と記され、「サユリ」と仮名が振られている。ササユリの初見は『抛入花伝書』とされ、1684年に刊行されている。『尺素往来』の方が先であるから、「早百合」はササユリではなくなる。「早百合」をササユリと推測したが、「早百合」は早く咲くユリを指すと考えるならば、ササユリとは限らない可能性がある。
サルスベリミソハギ科)
 『新刊多識編往来』に「紫薇」と記されている植物は、サルスベリと推測した。サルスベリの初見は、『毛吹草』とされ1645年に刊行されている。国立国会図書館デジタルコレクションの『新刊多識編往来』が誤ってなければ、『毛吹草』より先に記されたことになる。
トリカブトキンポウゲ科
 『新刊多識編往来』に「烏頭」と記され、「うつ」と仮名が振られている植物は、トリカブトと推測した。トリカブトの初見は、『訓蒙図彙』とされ1666年に刊行されている。『訓蒙図彙』の初見が正しければ、「烏頭」はトリカブトではなくなる。
ニッケイクスノキ科
 『新刊多識編往来』『節用集』に「肉桂」と記され、「ニツケイ」と仮名が振られている植物は、ニッケイであろう。ニッケイの初見は『ラホ日辞典』とされ、1595年に刊行されている。『新刊多識編往来』『節用集』の2書に記されたことから、「肉桂」はニッケイに間違いなく、また、『ラホ日辞典』より先に記されたと判断される。
ネジアヤメ(アヤメ科)
 『節用集』に「馬藺」と記され、「バリン」と仮名が振られている植物は、ネジアヤメと推測される。『草木名初見リスト』によれば、ネジアヤメの初見は『本草綱目啓蒙』とされ、1805年に刊行されている。そこで、十六世紀以前の花材を調べると、「ネジアヤメ」は『山科家礼記』に「ハリン」、『仙傅抄』に「れん」と記されている。さらに、『本草綱目啓蒙』の1805年以前に、ネジアヤメの記載を調べると『替花傳秘書』1661年、『抛入花傳書』1684年、『立花指南』1684年、『立花秘傳抄』1688年などに記されている。
ハンゲショウドクダミ科)
 ハンゲショウは、『新刊多識編往来』に「半夏草」と記され、『節用集』に「半夏」と記され「ハンゲ」と仮名が振られている。ハンゲショウの初見は、『花壇地錦抄』とされ、1695年に刊行されている。『新刊多識編往来』『節用集』の2書に記されたことから、ハンゲショウは『花壇地錦抄』以前に記されていると判断する。
ヒオウギ(アヤメ科)
 『尺素往来』に「鳳尾花」と記され、「からすあふき」と仮名が振られている植物は、ヒオウギであると推測できる。ヒオウギの初見は『訓蒙図彙」とされ、1666年に刊行されている。「鳳尾花」がヒオウギでなければ正しいが、「からすあふき」と仮名が振られていることから「鳳尾花」はヒオウギに間違いないものと思われる。
ヒナゲシ(ケシ科)
 『新刊多識編往来』に「麗春」と記され、「レイ」と仮名が振られている植物は、ヒナゲシと思われる。ヒナゲシの初見は『毛吹草』とされ、1645年に刊行されている。『新刊多識編往来』が『毛吹草』より後に写され、誤記の可能性も否定できない。『新刊多識編往来』の方が先であると思われるが、確証はない。
フジナデシコナデシコ科)
 フジナデシコは、『節用集』に「富士撫子」と記され、「フジナデシコ」と仮名が振られている。フジナデシコの初見は『池坊専應口傳』とされ、1542年成立したとされている。『節用集』は、『池坊専應口傳』より後に写されたのでなければ矛盾する。
モウソウチク(イネ科)
 『節用集』に「孟宗竹」と記され、「マウソウチク」と仮名が振られている植物は、モウソウチクと思われる。モウソウチクの初見は『琉球産物志』と記され、1770年に刊行されている。花伝書モウソウチクを調べると、『立花傳』『四方の薰り』『撓方挿方初學』などに記されている。その中で最も早いのは、『立花傳』で1770年に書写されている。そのため、モウソウチクの初見は『琉球産物志』とである可能性が高い。となると、国立国会図書館デジタルコレクションの『節用集』は、1770年以後に作成されたとの推測もできる。
ヤクモソウ(シソ科)
 『節用集』に「死蔚」と記され、「メハジキ」と仮名が振られている植物は、ヤクモソウと推測される。ヤクモソウの初見は『日萄辞書』とされ、1603年に刊行されている。しかし、1587年・天正十五年六月十四日の『宗湛日記』に、「ヤクモノ花」との記載がある。「ヤクモノ花」はヤクモソウであり、『日萄辞書』より先に記されている。
ヤブランユリ科
 『尺素往来』に「山菅」と記されている植物は、ヤブランと推測される。ヤブランの初見は『用薬須知』とされ、1726年に刊行されている。花伝書を見ると、ヤブランは『抛入花傳書』1684年『立花指南』1684年『華道全書』1695年に登場している。したがって、ヤブランの初見を『用薬須知』とするのは無理がある。
ユキヤナギバラ科
 『尺素往来』に「庭柳」と記載されている植物は、ユキヤナギと思われる。花伝書では、ユキヤナギを『池坊専應口傳』1543年は「米柳」、『立花初心抄』1684年は「米柳」、『立花大全』1675年は「岩柳」、『抛入花伝書』1684年は「石莧」などと記している。『草木名初見リスト』によれば、ユキヤナギの初見は『花譜』とされ、1698年に刊行されている。『尺素往来』の「庭柳」が間違っていても、ユキヤナギの初見は『花譜』より前である。
リョウブ(リョウブ科)
 『新刊多識編往来』に「柃桙」と記され、「リヤウホウ」と仮名が振られている植物は、リョウブと推測される。リョウブの初見は『本草名物附録』と記され、1672年に刊行されている。国立国会図書館デジタルコレクションの『新刊多識編往来』の写書時に誤ってなければ、『本草名物附録』より先に記されたことになる。
 
 以上は、『草木名初見リスト』(磯野直秀)をもとに検討した。『草木名初見リスト』作成には、『尺素往来』『古本節用集』『新撰類聚往来』を当然検討していたに違いない。したがって、初見を『尺素往来』『古本節用集』『新撰類聚往来』としなかった理由があるのだろう。また、十六世紀以前の資料として、『山科家礼記』『仙傅抄』『池坊専應口傳』も検討していただろう。
 ここで対象とした『尺素往来』『古本節用集』『新撰類聚往来』の記載が間違っている可能性は否定できない。また、『草木名初見リスト』(磯野直秀)の初見も、ネジアヤメやユキヤナギなどについては、錯誤と思われる。その他については、必ずしも『草木名初見リスト』の誤りとは思えない。資料の信頼性に関わることから、花伝書をさらに検討し明らかにしたいと考える。