十六世紀の植物名について

十六世紀の植物名について
 十六世紀に記された花材と茶花の植物名を調べている中で、当時の名前を記した資料を参考に見直したい。その資料として、『尺素往来』『古本節用集』『新撰類聚往来』を調べる。
 『尺素往来』
 『尺素往来』は、文明十三年(1481)以前の成立したとされている。参考にした資料は、『群書類従 第九輯』「群書類従巻百四十一」(続群書類従完成会:発行)に編纂された『尺素往来』と早稲田大学図書館『尺素往来 / [一条兼良] [撰]』の『尺素往来』である。この2書は、記されている植物数は114と同数であるが、同じではない。植物名は一部で異なり、記された順序が異なるなど、写している段階で変えられたものと思われる。どちらが正しいかということは判断できないので、ここでは、『群書類従 第九輯』に記された『尺素往来』を選択する。
 『尺素往来』の前栽植物には、「霜菊・春菊・夏菊・野菊・眞菊」などキク類であることがわかっても現代名で確定することのできない名前がある。また、「金態・玉態・金徽草」等、不明な名称が10以上ある。記された名前から、現代名にできたのは94である。その中には、『草木名初見リスト』の記述より前に記されている植物名(「庭柳・玉柳」等)があり、再度の検討が必要である。

『古本節用集』
 『古本節用集』は、国立国会図書館デジタルコレクションによれば、「文安元(1444)年以後文明(1469-87)頃までに成立した国語辞書の汎称。安土桃山時代頃までに書写・刊行されたものを「古本節用集」と呼ぶ。い部初出の語により「伊勢本」「印度本」「乾本」の三種に大別される。当館本は、室町時代後期の写本と推定され、伊勢本系統に属するが、他の伊勢本系諸本のいずれとも合致しない。書写者未詳。綴葉装。国語国文学者岡田希雄(1898-1943)の旧蔵書。他に「陸軍予科士官学校⁄図書之印」の印記がある。」とある。また、早稲田大学図書館「古典籍総合データベース」に『節用集』として24件示されている。調査は、国立国会図書館を使用し、早稲田大学図書館を参考に見る。記された植物名は250程あり、その中から219を現代名にした。

『新撰類聚往来』
 明応年間に作成されたとされる『新撰類聚往来』(1492-1500年)をインターネットから入手する。
『新撰類聚往来』とあるものと、国立国会図書館デジタルコレクション「日本教育文庫. 教科書篇  図書  同文館編輯局 編 (同文館, 1911)」 から調べる。植物名は、『新撰類聚往来』三巻の上・中に記された「草花并美木者」「菓子類」「基薬種名」「基木名」「基草名」などから、花材や茶花に使用されそうな植物を対象にした。記された植物名は250程あり、その中から187を現代名にした。

植物名の検討1
イメージ 1 以上3書に記された植物名を検討する。『尺素往来』と『古本節用集』に重複する植物名は63、『尺素往来』と『新撰類聚往来』に重複する植物名は67、『古本節用集』と『新撰類聚往来』に重複する植物名は131である。3書に重複する植物名除くと、293である。なお、3書すべてに記されている植物名は54である。
 3書に記された植物名を『草木名初見リスト』(磯野直秀)から確認できない植物名が42(★)ある。また、『草木名初見リスト』より前の植物(◎)がいくつもあり、検討が必要である。なお、インターネットで表示できない字は○で示す。293の植物名を以下に示す。

・藍 アイ(タデ科)・・・種名・・・アイの初見→新撰字鏡900年頃
・葵 アオイ(アオイ科)=葵・・・総称名・・・アオイの初見→万葉集785年前
・梧 アオギリアオギリ科)・・・種名・・・アオギリの初見→和名抄935年頃
・藜 アカザ(アカザ科)・・・種名・・・アカザの初見→新撰字鏡900年頃
・茜 アカネ(アカネ科)・・・種名・・・アカネの初見→万葉集785年前
◎楸 アカメガシワトウダイグサ科)・・・種名・・・アカメガシワの初見→大和本草1709年
・通山 アケビアケビ科)・・・種名・・・アケビの初見→新撰字鏡900年頃
・麻 アサ(クワ科)・・・種名・・・アサの初見→日本書紀720年
朝顔 アサガオヒルガオ科)・・・種名・・・アサガオの初見→古今和歌集914年頃
・薊 アザミ(キク科)・・・総称名・・・アザミの初見→新撰字鏡900年頃
・蘆 アシ(イネ科)・・・種名・・・アシの初見→古事記712年
・味戓 アジサイユキノシタ科)・・・種名・・・アジサイの初見→万葉集785年前
・小豆 アズキ(マメ科)・・・種名・・・アズキの初見→古事記712年
・梓 アズサ(ノウゼンカズラ科)・・・種名・・・アズサの初見→古事記712年
・馬酔木 アセビツツジ科)・・・種名・・・アセビの初見→下学集1444年
・菖蒲 アヤメ(アヤメ科)・・・種名・・・アヤメの初見→お湯殿の上の日記1528年
・粟 アワ(イネ科)・・・種名・・・アワの初見→古事記712年
・杏子 アンズ(バラ科)・・・種名・・・アンズの初見→お湯殿の上の日記1447年
・藺 イグサ(イネ科)・・・種名・・・イグサの初見→新撰字鏡900年頃
・虎枝 イタドリ(タデ科)・・・種名・・・イタドリの初見→新撰字鏡900年頃
・櫟 イチイ(イチイ科)・・・種名・・・イチイの初見→万葉集785年前
・覆盆子 イチゴ(バラ科)・・・総称名・・・イチゴの初見→新撰字鏡900年頃
・一八 イチハツ(アヤメ科)・・・種名・・・イチハツの初見→文明本節用集1500年頃
・銀杏 イチョウイチョウ科)・・・種名・・・イチョウの初見→下学集1444年
・遊蘢 イヌタデタデ科)・・・種名・・・イヌタデの初見→本草和名918年頃
・稲 イネ(イネ科)・・・種名・・・イネの初見→古事記712年
・牛勝 イノコヅチ(ヒユ科)・・・種名・・・イノコヅチの初見→新撰字鏡900年頃
・茨 イバラ(バラ科)・・・総称名・・・イバラの初見→万葉集785年前
★伊吹木 イブキ(ヒノキ科)・・・種名
★芋 イモ・・・総称名
★盤梨 イワナシ(ツツジ科)・・・種名
・岩檜 イワヒバイワヒバ科)・・・種名・・・イワヒバの初見→蔭凉軒日録1463年
茴香 ウイキョウ(セリ科)・・・種名
・卯木 ウツギ(ユキノシタ科)・・・種名・・・ウツギの初見→新撰字鏡900年頃
・獨活 ウド(ウコギ科)・・・種名・・・ウドの初見→新撰字鏡900年頃
・梅 ウメ(バラ科)・・・総称名・・・ウメの初見→懐風藻705年前
・瓜 ウリ(ウリ科)・・・総称名・・・ウリの初見→日本書紀720年
・漆 ウルシ(ウルシ科)・・・種名・・・ウルシの初見→日本書紀720年
・榎 エノキ(ニレ科)・・・種名・・・エノキの初見→日本書紀720年
◎○ エノコロヤナギ(ヤナギ科)・・・種名・・・ネコヤナギの初見→桜川1674年
・○ エビネ(ラン科)・・・種名・・・エビネの初見→『山科家礼記』1491年
★槐 エンジュ(マメ科)・・・種名
・薗豆 エンドウ(マメ科)・・・種名・・・エンドウの初見→色葉字類抄1181年
★黄連 オウレン(キンポウゲ科)・・・種名
・車前草 オオバコ(オオバコ科)・・・種名・・・オオバコの初見→新撰字鏡900年頃
・荻 オギ(イネ科)・・・種名・・・オギの初見→万葉集785年前
・白頭屮 オキナグサキンポウゲ科)・・・種名・・・オキナグサの初見→本草和名918年頃
・白木 オケラ(キク科)・・・種名・・・オケラの初見→日本書紀720年
・草薢  オニドコロ(ヤマノイモ科)・・・種名・・・本草和名918年頃
・女郎花 オミナエシオミナエシ科)・・・種名・・・オミナエシの初見→万葉集785年前
・藿  オモダカオモダカ科)・・・種名・・・オモダカの初見→本草和名918年頃
・藜蘆 オモト(ユリ科)・・・種名・・・オモトの初見→康頼本草1380年頃
・海棠 カイドウ(バラ科)・・・総称名・・・カイドウの初見→下学集1444年
・楓 カエデ(カエデ科)・・・総称名・・・カエデの初見→万葉集785年前
・柹 カキ(カキノキ科)・・・種名・・・カキの初見→正倉院文書757年
・杜若 カキツバタ(アヤメ科)・・・種名・・・カキツバタの初見→万葉集785年前
・樫 カシ(ブナ科)・・・総称名・・・カシの初見→古事記712年
★梶 カジノキ(クワ科)・・・種名
★葛 カズラ・・・総称名
・槳草 カタバミカタバミ科)・・・種名・・・カタバミの初見→本草和名918年頃
・桂 カツラ(カツラ科)・・・種名・・・カツラの初見→古事記712年
・葎 カナムグラ(アカネ科)・・・種名・・・カナムグラの初見→康頼本草1380年頃
・樺 カバノキ(カバノキ科)・・・種名・・・カバノキの初見→色葉字類抄1181年
・蕪 カブ(アブラナ科)・・・種名・・・カブの初見→和名少935年頃
・蒲 ガマ(イネ科)・・・種名・・・ガマの初見→古事記712年
★榧 カヤ(イチイ科)・・・種名
・括蔞 カラスウリ(ウリ科)・・・種名・・・カラスウリの初見→新撰字鏡900年頃
・枳殼 カラタチ(バラ科)・・・種名・・・カラタチの初見→万葉集785年前
・苧 カラムシ(イラクサ科)・・・種名・・・イラクサの初見→新撰字鏡900年
・果李 カリン(バラ科)・・・種名・・・カリンの初見→庭訓往来・南北朝
・苅萱 カルカヤ(イネ科)・・・種名・・・カルカヤの初見→枕草子1001年頃
・甘草 カンゾウユリ科)・・・総称名・・・カンゾウの初見→枕草子1001年頃
・岩菲 ガンピ(ナデシコ科)・・・種名・・・ガンピの初見→蔭凉軒日録1463年
・胡瓜 キウリ(ウリ科)・・・種名・・・キュウリの初見→倭名類聚抄935年頃
・桔梗 キキョウ(キキョウ科)・・・種名・・・キキョウの初見→古今和歌集914年頃
・菊 キク(キク科)・・・総称名・・・キクの初見→懐風藻705年前
◎吉祥草 キチジョウソウ(ユリ科)・・・種名・・・キチジョウソウの初見→易林本節用集1597年
・黄蘗 キハダ(ミカン科)・・・種名・・・キハダの初見→新撰字鏡900年
・黍 キビ(イネ科)・・・種名・・・キビの初見→万葉集785年前
・玉簪花 ギボウシユリ科)・・・総称名・・・ギボウシの初見→塵袋1281年
・桐花 キリ(ゴマノハグサ科)・・・種名・・・キリの初見→枕草子1001年頃
麒麟草 キリンソウ(ベンケイソウ科)・・種名・・・キリンソウの初見→新撰類聚往来1500年頃
・金柑 キンカン(ミカン科)・・・種名・・・キンカンの初見→下学集1444年
・金仙花  キンセンカ(キク科)・・・種名・・・キンセンカの初見→和名抄935年頃
◎金銭朝露  ギンセンカ(アオイ科)・・・種名・・・ギンセンカの初見→大和本草1709年
・金鳳花  キンポウゲ(キンポウゲ科)・・・種名・・・キンポウゲの初見→山科家礼記1491年
・枸杞 クコ(ナス科)・・・種名・・・クコの初見→新撰字鏡900年
・臭朴 クサギクマツヅラ科)・・・種名・・・クサギの初見→本草和名918年頃
・葛 クズ(マメ科)・・・種名・・・クズの初見→日本書紀720年
・樟 クスノキクスノキ)・・・種名・・・クスノキの初見→日本書紀720年
・梔子  クチナシ(アカネ科)・・・種名・・・クチナシの初見→日本書紀720年
・釣樟 クヌギ(ブナ科)・・・種名・・・クヌギの初見→古事記712年
・○ グミ(グミ科)・・・総称名・・・グミの初見→新撰新撰字鏡900年頃
・苦参 クララ(マメ科)・・・種名・・・クララの初見→新撰字鏡900年
・栗 クリ(ブナ科)・・・種名・・・クリの初見→古事記712年
◎宝幢花  クリンソウサクラソウ科)・・・種名・・・クリンソウの初見→毛吹草1645年
・胡桃 クルミクルミ科)・・・種名・・・クルミの初見→正倉院天平期762年
★漢竹 クレタケ(イネ科)・・・種名
★黒木 クロキ(ハイノキ科)・・・種名
★紫竹 クロチク(イネ科)・・・種名
・桑 クワ(クワ科)・・・種名・・・クワの初見→日本書紀720年
・烏芋 クワイオモダカ科)・・・種名・・・クワイの初見→本草和名918年頃