『花壇地錦抄』1牡丹

『花壇地錦抄』1牡丹
 『花壇地錦抄』は、元禄八年(1695)に江戸近郊の染井の植木屋、伊藤伊兵衛(三之蒸)によって作成された園芸書である。資料として、『花壇地錦抄・草花絵前集』(平凡社東洋文庫・江戸版)、『近世歴史資料集成 第V期(第8巻)園芸【2】:『花壇地錦抄』、国立国会図書館デジタルコレクションの『花壇地錦抄』(京都版)と『花壇地錦抄前集』などを使用する。これら『花壇地錦抄』とされる書は、同じではなく違いがある。特に、国立国会図書館デジタルコレクションに公開されている『花壇地錦抄前集』は、伊藤伊兵衛の『花壇地錦抄』を翻刻したものである(相違の詳細は「『地錦抄』の剽窃本(磯野直秀)」を参照されたい)。
 『花壇地錦抄』に記されている植物名は、当時の名称で現代とは異なるものが少なくない。そのため記された植物がどのような植物かわからないので、現代の名前と対照させようと試みた。『花壇地錦抄』に記された植物名は2100余ほどある。現代名は、『牧野新日本植物図鑑』の名称(種名)を使用し、『樹木大図説』など他の図鑑に加えて『花道古書集成』などネットの情報も使用する。
 『花壇地錦抄』は六巻に分けられ、一巻には牡丹・芍薬、二巻が木之類、三巻が夏木冬木、四巻が草花春之部・草花夏之部等、五巻が草花秋之部・冬草之部等、六巻が草花植作之部等の植物名が記されている。各巻の順番と構成は、開花時期の順に並べられた『花壇綱目』や『花譜』とは異なっている。『花壇地錦抄』は、なぜ牡丹・芍薬を最初に記したのであろうか。それは、当時の流行を鑑み、人気のある植物を最初に出して書の購入を誘ったもので、商売人らしい配慮と考える。
・牡丹芍薬 巻一
 『花壇地錦抄』のボタンについての記載は、「牡丹凡例」に続き「○白牡丹のるひ、○古人注し置白牡丹、○紅牡丹のるひ、筑前牡丹名寄○白牡丹のるひ、○同所紅牡丹のるひ」の順で品名が記される。『花壇地錦抄』には、「江戸版」と「京都版」があるように記されている品名は、必ずしも同じではない。
○白牡丹のるひ
 「白牡丹のるひ」は、「桐壺」を筆頭に168品が記されている。

○古人注し置きし白牡丹
 次いで「古人注し置きし白牡丹」が11品、合わせて白牡丹の仲間は179品となる。ここまでは、「江戸版」「京都版」ともにほぼ同じである。

○紅牡丹のるひ
 「紅牡丹のるひ」の書き出しは「千染」と同じであるが、「京都版」と『花壇地錦抄前集』に記されている「浅草」が「江戸版」にはない。また、「舎人紅」は「江戸版」が解説付きと名称のみで記されているのに対し、「京都版」で名称だけしか記されていない。ちなみに、『花壇地錦抄前集』には、「舎人紅」は解説付きで記され、名称のみの記載はない。その結果、「紅牡丹のるひ」に記された品数は、「江戸版」「京都版」ともに同じ168品となる。
 同じ名称が二度出ることは不可解と感じるが、『花壇地錦抄』ではいくつもあり判断に迷う。たとえば、「白牡丹のるひ」では「人丸」が続いて記され、一つは「人丸 大りん四五重平花白ミつやよし付有み實あかし」と、もう一つは「人丸 中りん二重ほのぼのとうつり有ようすし實われてあかし花形よわし」とある。名称は「人丸」と同じ品名であるにもかかわらず、解説は異なる。不可解ではあるが、二つの「人丸」は異なる植物であると認めざるを得ない。なお、「人丸」は、さらに「紅牡丹のるひ」に「うす紅三重節うすむらさき付なし寅ノ年の咲やう惣桃いろくれなひのほそながきつけ出来たり」とある。
 このように、同じ名称が二度出ることは珍しくなく、さらに三回も出てくる品名がある。そのような例として、「赤坂」「雲井」「芥子」「人丸」「八幡」がある。これら三回記された品名は、「人丸」のように三つとも異なるかといえば、必ずしも異なる品と判断できない品もある。「雲井」は、二つが品名だけであることから、同じ品が三回登場したかもしれない。以上のような例から見ると、品数を字面から数えるものの、実質的な数を確定することは困難かもしれない。

筑前牡丹名寄」
 「筑前牡丹名寄」は品名を記したもので、「白牡丹のるひ」が81品、「同所紅牡丹のるひ」が58品あげられている。「筑前牡丹名寄」については、「江戸版」「京都版」とも同じである。

 以上、牡丹の品数は、「江戸版」「京都版」ともすべて合わせて486品となる。これらボタンの詳細な品名は、『牧野新日本植物図鑑』には記載がない。

『花壇地錦抄』と『花壇綱目』の同じ牡丹
 次に、『花壇地錦抄』と『花壇綱目』の牡丹には同じと推測できる品名がいくつかある。そこで、類似した品名を捜すと19品(浅黄・奥州紅・尾張・唐牡丹・黄牡丹・行事官・紅牡丹・高麗・紺色・さぬき・白牡丹・児牡丹・朝鮮紫・爪紅・飛入・鳥子・藤色・茂庵・雪白)がある。
 これらが同じ植物かを検討するため、重複した品名の内容を比べる。
・「茂庵」『花壇地錦抄』(以下錦とする)は「大りん五六重平花、咲き出し少しうつろいあり、けしみ赤し、うすがきの実もあり、はなひかり白し、上々」
 「もあん」『花壇綱目』(以下綱とする)は「白の大輪なり」
・「尾張」錦は「花少しあおさみさしたるように見ゆる」
 「尾張白」綱は「花うすし 少青みたり しほれたることく見ユ」
・「児牡丹」錦は「中りん八重付きなし、少しうつろいあり、青実実の先に色あり、菊とじとも重輪白とも云」
 「児牡丹」綱は「白の八重咲き小輪なり」
・「高麗」錦は「大りんかさね少し、内に色あり」
 「高麗牡丹」綱は「大輪なり」
・「飛入」錦は「弐重うす色にて赤とび入りあり」
 「飛入」綱は「弐重薄色に赤飛入有」
・「黄牡丹」錦は「単色の花の色」
 「黄牡丹」綱は「壱重かううの花の色」
・「白牡丹」錦は「八重二重しろしじく付のトコロに紫色なり」
 「白牡丹」綱は「八重二重白花」
・「唐牡丹」錦は「大りん五重内に付少しあり」
 「から牡丹」綱は「大輪なり」
・「雪白」錦は「花しろきよし」
 「雪白」綱は「弐種有壱種は岫付より芍薬の先斗飛入の如く赤し、一種茶のせん黄」
・「浅黄」錦は「白く少しねずみ色に見ゆるをいふ」
 「浅黄」綱は「白に少鼠色の如く見ユ」
・「奥州」錦は「大りん十四五重色よし少し付あり、是は並河の外なり」
 「奥州紅」綱は「大輪なり」
・「紅牡丹」錦は「大りん九重色こく東大寺千貫屋などのかげもなく見事に出来るよし、実生寅の年初咲き」
 「紅牡丹」綱は「紅弐重三重」
・「藤色」錦は「花形足詩、二反付こき紫なり」
 「藤色」綱は「八重弐重万葉こいうす」
・「朝鮮紫」錦は「こき紫光あり、しべの内よりちぢみたるやぐら出る」
 「朝鮮紫」綱は「万葉色うるわしき也」
・「行事官」錦は「うす色花形吉ぢんでうにて巾六七寸楊貴妃ニ似たり」
 「行事官」綱は「白の大輪なり」
・「爪紅(つまくれない)」錦は「中りん三四重はし三分ほどこきくれない中にとび入二ツ三ツ有こきくれない」
 「つまべに」綱は「地白くはた赤大輪」
・「紺色」錦は「中りん二重八重紫青みあり」
 「紺色」綱は「二重八重紫に青みあるをいふなり」
・「さぬき」錦は名前だけ記す
 「讃岐」綱は「白也三階咲き大輪なり」
・「鳥子」錦は「八重咲き出し花の四つ頃迄は玉子色開きて後白し」
 「鳥子白」綱は「八重咲出て花の四つ比まで玉子色也」
 以上の中で、内容から同じと推測できそうな品は、「茂庵 尾張 高麗 飛入 黄牡丹 白牡丹 唐牡丹 浅黄 奥州 紺色 鳥子」の11品である。なお、全く同名であるが、「児牡丹」は中りんと小輪の違い。「雪白」は詳細が不明。「紅牡丹」は九重と弐重三重の違い。「藤色」は付色の違い。「行事官」はうす色と白の違い。それぞれの違いから、同じ植物とは判断できなかった。また、「さぬき」については、『花壇地錦抄』で内容が記されていないことから判断が出来ない。『花壇綱目』と『花壇地錦抄』の牡丹については、さらに詳細に調べれば同じ物と判断できる植物があるかもしれない。