江戸時代の椿 その11

江戸時代の椿  その11
★1780年代(安永~天明~寛政年間) 『聚芳図説』『大和本草批正』『椿花形附覚帳』の椿と山茶・ツバキ
・『聚芳図説』
  著者は未詳、安永九年 (1780) 頃作成されたと推測されている。国立国会図書館デジタル化資料の解題によれば、「薬草・椿・菊・芍薬・松本仙翁などの花銘と線画は、『花壇地錦抄』『増補地錦抄』『広益地錦抄』などからの転写が基本になっているので、江戸染井の伊藤伊兵衛家の子孫か一族である可能性が小さくない。」とある。ツバキは、「古椿地錦抄分」と記され、216種が記載され、26種のツバキの図がある。
 
・『大和本草批正』
 天明三年(1783)、小野蘭山によって『大和本草批正』が刊行される。『大和本草批正』の巻十一には、「椿」と「山茶」が記載されている。
 「椿」は、「きやんちん、漆に似て葉藪多し。形は大抵似たり。椿樗共に本邦個有の椿は撫之と云は誤なり。今自生甚多し。伊賀には別して多く、薪になすと云。椿も臭氣あり。よき香あるに非ず。臭樗に對して香椿と云。椿に臭あることは本艸にも云へり。〔上下有葉〕不通〔食之有香氣〕香に非ず。臭なり。〔華なく實なし〕亦誤。木に雄雌あり。〔椿根皮為藥〕舶来真なり。藥肆に和製の者は、つばきの根なり。〔茶に點ず香味よし。味よし。此事園史去云〕園史當作圃史。云。春夏之交。嫩葉初放。即摘之淖熟點茶。味絶香美。〔古来椿をつばきとよみ誤れり〕椿にたまつばきの吉名ある故誤混。〔黄櫨〕本艸に出づ。和産未詳。はじに非ず。はじははぜの異なり。漆の類なり。」とある。
  「山茶」は、「〔山つばき〕花小にして、つゝじの花形なり。故に、本艸に躑躅茶の名あり。一名やぶつばき、〔つばきの實に油あり云々〕木の實の油と云。鉢うゑに虫のわきたるとき、此油を注げばよし。〔海榴茶〕花小さし。俗に、こてうと云。〔石榴茶〕下に大葩五瓣ありて、上に小葩数片あり。俗に伊勢つばきと云。〔海石榴〕朝鮮ざくろなり。木も花も小なり。小木も花實あり。美なり。一名火石榴〔玉島つばき〕かさね至て多くして、まん中は玉の如くなり。全開せぬ者なり。一名玉てばこ、漢名實珠茶と云。蕊は現はれず。〔南京つばき〕からつばきとも云。葉は常のつばきより色薄し。花大さ五寸許、紅白飛び入等めり。花数多し〔十輪つばき〕樹の中に数種の花をつく、葉形も種々変葉雑る。俗に、なゝばりと去。〔さしつぎ〕さしつぎとは、其接がんとする枝の本を、地中に挿むを云。域は器に水を盛り、下に承け、枝本を浸すも可なり。〔椿〕古名、またつばき、誤て今のつばきとす。昔より誤来れり。藥方雑記に、日本名山茶為椿事を云へり。椿を漢種のみと思ふは非なり。和産もあり。」とある。
 
・『椿花形附覚帳』のツバキ
 天明八年(1788)、伊藤徳右衛門が成稿した書物に『椿花形附覚帳』がある。ツバキの花銘が160記載されている。磯野直秀『日本博物学史覚え書  XV』より転載する。
「あい(間)の山・赤ともへ(巴)・飛鳥川・後とり染・あまが騎(尼崎)・嵐・あらら木・ある川・あわゆき・石ひ屋・いづみ川・い勢・いそ枕・いだてん・いちりん(一輪)・一休・いなづま・いなば・いもせ・岩清水・いはね・うすざくら・うす重・江戸星・大神楽(おおかぐら)・大波・大もみじ・おきつ・おきの波・おらんだ白・阿蘭陀紅・かぎり(限)・かこ嶋(鹿児島)・かしう・かすがの(春日野)・金杉三階・加平・鹿村・通ひかのこ・かよひ千鳥・から糸・からこ(唐子)・から崎・かりそめ・寒咲・菊さらさ・菊れんげ・行幸・銀玉・きんけい(金鶏)・金水引・口紅・くまさか・雲丼・けんけう(見驚)・ごいし・高野山・ごけう・御所車・小町・さざれなミ・四海波・獅子・獅子吼・しののめ・しやむろ・ぢうりん(重輸)・白唐子・白ともへ(巴)・白まんやう(白万葉)・真くれない・すき屋(数寄屋)・関守・せつがう・染小袖・大ちりめん・大りん(大輪)・大れんげ・高砂・たかね(高根)・立田川・立波・たまがき(玉垣)・玉坂・玉だれ・玉手箱・太郎冠者・ちやうくわ・ちんくわ(珍花)・唐人・唐椿・とき白・とりどり・鳥の子・なか白・鳴戸(なると)・なんばん星・錦さらさ・錦絞り・登・白わう・白がん(白雁)・白ちんか(白珍花)・羽衣・はつせがいり・初花・花車・はや船・柊椿(ひいらぎ)・緋車・ひちりめん(緋縮緬)・ひとすぢ(一筋)・ひのれんげ・姫小袖・百いち・ぶさう(無双)・冬ごもり・古里・豊後絞・平吉・べにかのこ・紅くわひん・紅さらさ・紅しぼり・北斗十りん・ト伴(ぼくはん)・星緋車・星牡丹・子規(ほととぎす)・本間絞り・まきぎぬ・松かさ(松笠)・松嶋・松しま(上とは別)・まり唐子・みささぎ・乱(みだれ)かのこ・乱獅子・みどり・みなもと・三室山(みむろ山)・ミやまき・む蔵野・村雨(むらきめ)・むるい(無類)・もくちん花・もしほ・もみぢ・八重鹿村榊・八重白ふやう榊・八重せつかう・八重松風・八代・ゆき平(行平)・横川・横雲・乱拍子・りうじん・六角白・若草・和歌の浦・渡し守・俺助(わびすけ)」。
  なお、岩佐亮二・元千葉大学園芸学部教授に尋ねたところ、「天明九年(1789)、吉右衛門(群方軒)が牡丹、椿、百合などを『(諸色)花形帳』として合冊写本した。ツバキは、熊谷椿、住吉糟毛、源氏、妙喜院、白糸、青柳、南京、腰蓑(綿屋)、開山、飛鳥川、三國、天下、珍花、一跡、立田川、石山、宰府、大さらさ、貫白、桜など171品の名前と特性を列挙している。」とのこと。
 
・『譚海』                                        
 佐竹藩御用達の国学者津村正恭が、1780年代に書いたと推測される『譚海』にある「椿」の記述を示す。巻の十三に「椿垣となすべき事」として「椿は生垣につくりて、高く刈込むべし、花の時錦歩障のごとし、珍花数品を集たる殊によろし」とある。