十八世紀前半の茶花その2

茶花  16   茶花の種類その13
  十八世紀前半の茶花その2
 「槐記茶会記」は『槐記』の中に記された茶会記である。『槐記』は、近衛家煕の侍医である山科道安が家煕の言行を集め、日記として綴ったものである。家熙は、後水尾上皇の孫にあたり、学識に秀でた当時を代表する教養人であった。その様々な芸道や知識を随時集録し、『槐下與聞』と題したものが『槐記』である。その中には、茶道や華道の奥深い洞察が記されており、当時の様相を伝えている。そこで注目したのが茶会であり、そこに登場する茶花についてである。
  『槐記』は、享保九年(1724)から享保二十年(1735)まで記されている。その中に記された茶会記から茶花を示すもので、資料として『茶道古典全集〈第五巻〉』(千宗室)を使用する。日記のすべてに茶会記が記されているわけではないので、年によって茶会数の多少があり、また季節についても偏りが見られる。それでも、87回(茶花の記されていない茶会が5回)の茶会記の中で44種(166花)の茶花が活けられていた。
イメージ 1  茶花の種類で最も多いのはツバキである。次いでウメ、キク、ヤナギとなる。その次に、コブシ、フキ、フクジュソウスイセンレンギョウ、アザミ、サザンカアブラナ、ボケ、ミズキ、ロウバイとなる。その他として、オウバイ、アヤメ、ユリ、コウホネ、ハシバミ、ハンノキ、ニワトコ、ゼンテイカ、イチハツ、ススキ、ハハコグサ、ヤマブキ、モクレン、スホウ、クワ、タンポポオキナグサクチナシ、ラン、ムクゲエビネカザグルマ、ハス、ヒルガオ、ザクロ、オオグルマ、ウツギなどがある。
  『槐記』の茶花について感じることは、茶会数の少ない割に花の種類が多いことである。これは、一回の茶会で活けられる花数が多いためであろう。基本的にはツバキ、ウメ、キクが使用され、それに別の花が加わるという例が多い。中には、アザミ・コウホネ・ラン・カキツハタのような、ツバキやウメを含まない組合せもいくつかある。なお、個々の茶花については以下に示す通りであるが、不明な点もいくつかある。
  ツバキは最も使用頻度が高く、次点のウメの二倍ある。ツバキの種類は、「妙蓮寺椿」「赤椿」「本阿弥椿」「飛入椿」「白玉椿」「染分椿」「絞リ椿」などと品種まで記載されている。
  ウメは、「白梅」「薄紅梅」「綠蕚梅」「紅梅ノ一種」などと記載されている。このなかで気になるのは「綠蕚梅」、リョクガクバイは品種名で、他のウメは形状による記載である。
  キクは、「寒菊」「野菊」「夏菊」などと記載されている。
  ヤナギは、「水楊」「柳」などと記載されている。なお、「水楊」に「イノコロヤナギ」の振り仮名がある。これは、エノコロヤナギ、別名ネコヤナギであろう。
コブシは、「辛夷」「シテコブシ」などと記載されている。「シテコブシ」はシデコブシ、花の形状はコブシと異なるが、総称してコブシとした。
フキは、「蕗ノ臺」と記載されている。
フクジュソウは、「福寿草」と記載されている。
カキツバタは、「杜若」「紫白ノ杜若」などと記載されている。
  スイセンは、「水仙」「花水仙」と記載されている。
レンギョウは、「連翹」「蔓連翹」と記載されている。
アザミは、「薊」と記載されている。なお、「卯ノ花薊」と記されている植物がある。ウノハナアザミという名の植物はないとは言いきれないが、これは、おそらくウツギとアザミであると思われる。
サザンカは、「山茶花」「赤山茶花」「白山茶花ノ千葉」などと記載されている。
アブラナは、「菜ノ花」「菜ノ葉」「菜種花」と記載されている。なお、「菜ノ葉青赤・カラシノ花」、「菜ノ葉」はナタネの葉、「カラシノ花」はカラシナの花か。双方ともアブラナ科の植物であるが、「青赤」の意味がわからない。
ボケは、「緋木瓜」「朝鮮木瓜」と記載されている。
  ミズキは、「ミツキ」「ハナミツギ」などと記されている。なお、「ハナミツギ」はヤマボウシということもあり得るが、ミズキとした。
  ロウバイは、「蝋梅」と記載されている。
  オウバイは、「黄梅」と記載されている。
アヤメは、「菖蒲」と記載されている。
ユリは、「サユリ」「百合」と記載されている。
  コウホネは、「川骨」と記載されている。
  ハシバミは、「ハシバミ」と記載されている。
ハンノキは、「針ノ木」であろうと思われる。
  ススキは、「芒」「薄」と記載されている。
ニワトコは、「ニワトコ」と記載されている。
ゼンテイカは、「センテイカ」と記載されている。
イチハツは、「イチハツ」と記載されている。
ハハコグサは、「ハハコ草」と記載されている。
  ヤマブキは、「山吹」と記載されている。
  モクレンは、「木蓮花」と記載されている。
スオウは、「スホウ」と記載されている。
  クワは、「クワノミ」と記載されている。
タンポポは、「白蒲公英」と記載されている。
  オキナグサは、「ウナイコ」と記載されている。
クチナシは、「山梔子」と記載されている。なお、「山梔子(サンシシ)」はクチナシとは別種の(コリンクチナシ)とも考えられるが、総称としてクチナシとする。
ランは、「紫蘭」と記載され、「紫蘭」はシランであるが、これまでの記載例からランとする。
  ムクゲは、「槿」と記載されている。
  エビネは、「海老根」と記載されている。
カザグルマは、「風車」と記載されている。
  ハスは、「大峰蓮」と記載されている。「大峰」についてはよくわからない。
ヒルガオは、「昼顔」と記載されている。
ザクロは、「石榴」と記載されている。
オオグルマは、「木香」と記載されている。「木香」はヲヲグルマ、キク科の植物で生薬名で、土木香(どもっこう)ともいう。
ウツギは、「卯ノ花」と記載されている。
シャガは、「シヤガ」と記載されている。
以上44種の他に、「アラモミ」という記述がある。この花は、イチハツと共に活けられた植物らしい。「アラモミ」がどのような植物かは、わからない。
  『槐記』の茶花は、他の茶会記と同じ植物がどのくらい使用されているかを見ると、ほぼ同年代である『学恵茶湯志』とは32%しか重複していなかった。また、『小堀遠州茶会記集成』とは58%重複している。『松屋会記』とは55%、『天王寺屋会記自会記』とは30%である。『槐記』の茶花は種類が多いことから、他の茶会記と同じ植物が使用されていると思われたが、さほどではなかった。なお、『槐記』と他の茶会記との相関は、サンプル数が少ないこと、記された茶会がどのような基準で選ばれ記されたか不明なので考察は控える。
  それでも『槐記』の茶会記には、オオグルマ、ザクロ、オキナグサ、スオウ、ハハコグサ、ニワトコ、クワ、ハシバミ、カザグルマなど十八世紀に入ってからの新しい茶花が記されており、享保年間の茶花の傾向を示すものと言えよう。