『山科家礼記』と『尺素往来』に記された植物

茶花    38 茶花の種類その35
『山科家礼記』と『尺素往来』に記された植物
  『群書類従 第九輯』「群書類従巻百四十一」(続群書類従完成会:発行)に編纂された『尺素往来』と早稲田大学図書館『尺素往来 / [一条兼良] [撰]』の『尺素往来』の植物名は、必ずしも同じではない。記されている植物数は114と同じであるが、植物名が異なり、緋桃が紅桃であったり、順序が異なるなど、写している段階で変えられたものと思われる。どちらが正しいかということは判断できないので、ここでは、『群書類従 第九輯』に記された『尺素往来』を選択する。
 『尺素往来』の前栽植物で名前を確定できたものは99、不明または確定できなかったものは15である。また、白梅や紅梅などは総称名としてウメと同じ種としたことから、現代名にした種類数は88である。その中には、シダレヤナギのように、総称名としてヤナギに包括されてしまうものもあり、以後の検討において混同しないように注意しなければならない。同様に、コウシンバラやヤブカンゾウは総称名となるバラやカンゾウとしていることを断っておく。
  『尺素往来』と『山科家礼記』との植物を比較すると、同じ種は半数ほどで、同時代だからもっと同じものが多いだろうという期待ははずれた。その理由として、『尺素往来』は花ものの前栽植物、『山科家礼記』は花材を主とした植物であるからかもしれない。それでも共通性を求めて、『山科家礼記』に出てくる頻度の高い植物(4回以上24種)について比較した。その結果は、『尺素往来』の75%が『山科家礼記』に出てくる植物と一致した。なお、『山科家礼記』に多く出現して『尺素往来』にない植物は、シャガやオモトなどである。
  さて、ここで気になるのは、『尺素往来』には『草木名初見リスト』や『明治前園芸植物渡来年表』の記述より前に記されている植物名(「庭柳」「春菊」「玉柳」「山茶花」「岩躑躅」「盧橘」「野菊」「霜菊」「一夏草」等)があることだ。さらに、茶会記や花伝書よりかなり先に記されている植物名がある。また、現代の植物名がわからない名(「金態」「玉態」「鵝尾花」「柰花」「寶珠花」「苔松」「姫葦」「金徽草」等)もあり、『尺素往来』は、写している間に植物名が変わったのではなかろうか。そう考えると、『尺素往来』に記された植物は、すべてが十五世紀の庭に植えられていたとは思えない。信頼できるのは、『山科家礼記』に複数回記された植物で、それらは十五世紀の庭に植えられていたと言えそうだ。したがって、『尺素往来』について検討したが、記されている植物名は、参考程度にした方がよいだろう。
 
『山科家礼記』の立花に使用された花材
イメージ 1 さてもう一度『山科家礼記』の植物について、立花に使用された花材を見直す。『山科家礼記』には、立花の記述と思われる日記は54ある。これらに登場する植物は、十五世紀に使用されていた花材であることは言うまでもない。その日記に記された花材数は、294ある。全体の植物記載数は405あるから、立花の花材植物は73%を占めている。次に、植物の種類についてみると77種ある。全体では92種であったことから、15種減るものの、84%を占めている。花材に使用される植物の出現頻度は、順位が多少変わるものの上位15位までは変わらない。
 
 
 
『山科家礼記』と『仙伝抄』に記された花材
  そこで、花材の種類という視点から、『華道古書集成』一巻『仙伝抄』に記された花材と『山科家礼記』の花材を比較する。なお、『仙伝抄』については、これまで検討してきた花伝書に記された花材の植物名をもとに、再度植物名を確認した。
  その結果、『仙伝抄』と『山科家礼記』を対照させると、共通するのは約半数34種である。同時代の花材の種類としてはかなり異なるように感じた。そこで、『山科家礼記』の花材の出現頻度から見直すと、上位9(10位が2種)位までの花材の8種が同じである。その8種が全花材に占める割合は、50%である。さらに、共通する34種が全花材の占める割合は、65%である。共通する花材の種類では半数程度であるが、『山科家礼記』の使用頻度から『仙伝抄』を見ると、かなり共通していると言えそうだ。なお、花伝書からは、種類だけしかわからないが、『山科家礼記』のように使用頻度がわかればさらに詳しく検討できるだろう。
  以上から、十五世紀に使用された花材は、『山科家礼記』と『仙伝抄』に記された104種があり、さらに何種類が加わることになるだろう。そして、使用頻度が高い花材の種類は、『山科家礼記』に記された上位9種と言えるのではなかろうか。なお、『仙伝抄』の花材を調べている時、シャガとスイセンの記載がないことから、十五世紀にはシャガとスイセンは使われなかったのではと思った。しかし、『山科家礼記』を見て、シャガとスイセンは当時から使用されており、それもかなりの頻度で使用されていることがわかった。
  なお参考に、『山科家礼記』と『華道古書集成』の『池坊専応口伝』を比べた。共通するのは33種、上位9位までの花材の5種(割合は43%)で、全体では65%である。『山科家礼記』と『池坊専応口伝』の花材とは、頻度の多い植物では『仙伝抄』と多少違いがあるものの、全体は同じような割合となった。