江戸東京市民の楽しみ(昭和時代)337
昭和二十年十月初旬、ゆっくりと進む戦後の社会
新聞に記された記事などから十月初旬の動きを見ると、「陸軍内地部隊の復員八割以上完了」(朝日一日以下朝日略)と内地には軍隊がほぼ無くなったことになる。占領軍(連合軍総司令部)は「復興に全幅の援助」(三日)。また、「神道の特権廃止」(八日)。「特高警察の廃止」(高見六日)など旧体制の刷新が掲げられている
十月に入り、それでも都民は娯楽にも関心を向ける余裕が出てきた。戦後映画の第一号とされる『そよかぜ』(朝日四日・高見二十三日)が上映、映画の批評とはよそに主題歌の『リンゴの唄』は、当時の人の心を捕らえ、その後空前の大ヒット(レコードは三ヶ月で七万枚)となる。
十月一日、朝日新聞は「陸軍内地部隊の復員八割以上完了と」。二面に「新日本建設のため 文化騎士の解放 真の自由はいまだし」と。
高見は、読売新聞「季節風」にある、電車内の出来事を紹介している。「さる二十九日の夕刻・・・米兵がすこうし酒気を帯び・・・坐席にいた男をみるや 〃スタンダップ〃の連発、 言葉の解らない者は肩を持って立たせ・・・空席へこんどは女の人をひとりひとり腰かけさせはじめ一車輛内をたった十二三分で片づけた・・・この米兵はたたせた男乗客の全部にアメリカ煙草を配給・・・見ていた一乗客が『こんなことまで米兵に教わるとは情けない話ですね』と寂しく笑っていた」。
十月二日、朝日新聞は「勤労組織の根本法 新労働組合法案」が厚生省に起草され、多大の期待がもたれている。
二面に「銭湯が沢山できます」と、都内に二千軒の増設整備計画。
高見は、読売新聞「点晴」を紹介している。「内務省が“断行”した東京三新聞の発禁処分が、 マッカーサー司令部から解禁された。大蔵省の方針で、日本証券取引所の株式市場が十月一日から再開するはずの所・・・延期・・・農林省が発表した魚と野菜の自由販売案が・・・取り止め・・・三つの事件・・・連続したのでは、国民は、日本政府の言明や約束や方針を信用しなくなる。・・・従来の指導層がマ司令官から指示命令される毎に、それ見たか、と会心の笑いを洩す者すらある。・・・きのうまでの封建的指導層が早く退陣することしかない。民主主義が唯一亡国を救助し得る実効薬となって臨んでいるのだ」と。
中井英夫の『黒島館戦後日記』には、「お宮のお祭りであらう、昨日からドン・ドンと太鼓の音が絶えない」とある。
十月三日、朝日新聞は「天皇陛下、マ元帥とのお話合い」で、「復興に全幅の援助」と。また、「戦時機関の改廃 慎重に対処」との記事もある。
二面に、帝都に「復活する享楽機関」飲食店や娯楽場などを復活。
高見は、「千疋屋の前にセーラー服の行列だ。飾窓に英語を書いた大きな紙が貼ってある。 アメリカ兵専門のダンスホールなのだ。ビールを出すというからキャバレーというのだろうか。残った店がどこもここも土産物を売っている。人形だとか着物だとか陶器だとか――。
街はいくらか綺麗になった。爆撃下のあの汚れた陰惨な街の表情はもうなくなった。一種の生気と活気とを取り戻した。人もいっぱい出ている。コーヒー一杯飲ませる店はなし何も買い物 のできる店はまだないのだが、なんとなく銀座というものに惹かれて出て来ているようだ。人々の身なりもいくらか綺麗にはなったが、まだまだ乞食のようなのが多い。乞食然たる日本人の氾濫に、つい先頃までは、――アメリカ兵はどう思うだろう、恥しい、醜態だと心を暗くしていたものだが、今はもうそんなことも感じなくなった。神経にこたえていたのは、進駐直後のことで、そういえば、日本人がアメリカ兵のまわりに群って煙草をせびっている浅間しい姿もそう癇にさわらなくなった。慣れというより諦めであろう。
数寄屋橋のマツダビルの前には露店が出ている。否、露店といったものではなく、大道に人形を並べて売っているのだ。アメリカ兵相手である」と、観察している。
十月四日、朝日新聞は、内相が官界刷新を企画と、「民間の推進力導入 不急機構は廃止切替へ」とある。
また、国内の失業者は四四七万と推定、女子は極力家庭へ復帰との方針」
戦中、国内の生産現場を支えていたのは女性であった。例えば、列車の清掃は「今は総員の七割が女」(334「沖縄での敗戦を迎える六月後期」参照)があるように、多くの分野で女性が活躍していただろう。戦時中のデータは、記録にないので分からないが、男性の抜けた分は女性が担っていたのは間違いないだろう。彼女らは収入源を奪われ、家族を守るために更なる苦労がのしかかったに違いない。
二面に「復員を迎えて秋場所準備」が始まると。「そよかぜ」上映広告
高見は、「東京駅へつくと雨だ。傘を持ってないので白木屋まで歩くわけに行かぬ。新橋まで戻って、地下鉄で行こうと省線へ乗り換えようとしたが、そのホームが、天井が焼け落ちて露天なので、出られない。私と同じ傘無しなしは水溜りのできた地下道で待機している。やがて電車が来てみんな駆け上って行く。私も駆け上って、電車に乗った」と、記している。
十月五日、朝日新聞は「政治犯の即時釈放」と。最高司令官通牒として「内相らの罷免要求」「思想警察も廃止」との記事。
二面に「上野駅に深夜の聲「東京飢う」の豫言、浮浪者群の悲劇を診ると。
読売新聞二面には、「〝どんぐり〟の秋」「採取者には粉や飴を還元配給」とある。一貫匁のドングリに粉なら三百匁、カタパンは百匁などし、国民生活科学協会は国民運動として取り上げる切望していると。
高見は、「東京駅ではこの間『犬箱事件』というのがあった。貨物掛が、深夜下車した客を脅迫して金銭を掠め、また犬箱に押し込んで荷物を奪ったりした。東京駅でこの調子だから他の駅のひどさは推して知るべしだ」と、推測している。
十月六日、朝日新聞は「東久邇宮内閣総辞職」を掲載。マ元帥通牒に対処して、「適任の内閣を期待」するとの記事。
二面に「東久邇宮内閣」の足跡を示し、「終戦後の不安克服」したと。「そよかぜ」上映広告
高見は、「特高警察の廃止――胸がスーッとした。暗雲がはれた想い。しかし、これをどうして連合軍司令部の指示を俟たずして自らの手でやれなかったか、――恥ずかしい。これが自らの手でなされたものであったら、喜びはもっと深く、喜びの底にもだもだしているこんな恥辱感はなかったろうに」と感じた。
十月七日、朝日新聞は「幣原喜重郎男 組閣の大命を拝す」と。「新内閣の使命」を、民主主義の確立へ、果敢なる先手を、国内情勢打開へ熱と力をという記事。
読売新聞二面に「一世帯に木炭一俵・・・酒 家庭へは月五合」などの記事。
十月八日、朝日新聞は「神道の特権廃止」がある。また、「都民の親友”上野の山”再興、図書館・動物園や博物館など。
読売新聞二面に「淺草興行街」、早くも戦前の賑わいを取り戻した形と、映画・演劇などの陣容を示している。
十月九日、朝日新聞は、幣原内閣を「対外関係に重点」を置いている。また、明るさあれど迫力乏しいと。
二面に、「学園作物を勝手に処分」したと校長を排撃、上野高女四年生が盟休する。
高見は、「子孫に対して、今日の日本人は等しく重大な失敗を犯した責任を負わねばならぬ。何びとといえどもそれから免れることはできないのである。軍部とその追従者のみが悪いのではない。その悪を阻止し得なかった人々はやはり消極的な意味において責任がある。等しく贖罪の気持 でなくてはならない。日本人はみなこの贖罪の気持から再出発せねばならぬ。
敗戦主義者がここぞとばかりにのさばり出てくる今日の風景ほどにがにがしいものはない。日本を誤った主戦論者、神がかりの日本主義者と、そのにがにがしさにおいては同様である」と、軍部を呪ってすまされることではないと自戒している。