『菱屋薩披茶会記』の茶花
『菱屋薩披茶会記』は、金沢の家柄町人、菱屋薩披が記した上下二冊の茶会記である。薩披の本名は荒木彦次、菱屋は屋号で道具商である。茶会記は、「薩披が招かれて出席した茶会を主とした百数十の中より。多賀宗乗を主とした当時の宗和流の茶道の指導的な立場にあった人々の催された茶会記」とされている。
ここに取り上げるのは、文政七年(1824年)から天保十二年(1841年)まで、『石川郷土史学会々誌』に掲載された茶会記である。茶会記は、「菱屋薩披茶会記の中宗和流関係の分」(15会)と「他家茶会記」(43会)に分けて紹介されている。
茶花は、全ての茶会記に記されているのではなく、35会(約60%)に記されている。茶会記は恣意的に選ばれているためか、月ごとに見ると偏りが大きく記載がない月もある。そのため茶会の季節変化は、冬季に多いという傾向が認められるものの、それを反映することから茶花にも偏りがあることを否定できない。
なお、茶花が記された茶会記のうち2会は「花」と記され、植物名はわからない。植物名で不安のある茶花は、「冬桜」と「釣鐘草」である。「冬桜」は、ヤマザクラなどの狂い咲きとも思われるが、ジュウガツザクラ(バラ科)とした。「釣鐘草」はツリガネニンジン(キキョウ科)の可能性もあるが、ホタルブクロ(キキョウ科)とした。いずれも、茶花として初見である。また、「かるかや」、カルカヤ(イネ科)も初見である。
『菱屋薩披茶会記』に記された植物の種類は17種ある。多い順に示すと、ツバキが16、ウメが7、キクが6である。続いて、オオヤマレンゲ・フジ、アサガオ・カイドウ・カルカヤ・カワヤナギ・サンシュユ・ジュウガツザクラ・ススキ・ホタルブクロ・ミズヒキ・モモ・レンギョウ・ワタとなっている。茶花の中心はツバキ・ウメ・キクで、定番の3種が六割以上占めている。
以上から、『菱屋薩披茶会記』は、菱屋薩披が記した茶会記のすべてではないが、茶花の掲載は、ほぼ同じような傾向があるものと推測する。統計的な解析をするにはサンプル数が少ないものの、十九世紀前半の茶花の資料として参考になる。