天皇即位に盛り上がる大正四年後半

江戸・東京庶民の楽しみ 153

天皇即位に盛り上がる大正四年後半
 この年は、明治から大正へとの区切りとなる。                       
・七月「避暑地としての湘南半島 消夏の人を待つ」十六日付讀賣
 市民は、積極的に避暑・納涼活動をはじめた。新聞を見ても、海水浴場開き関連の記事が滅法多い。藪入りの日も従来なら上野・浅草がお約束だが、この年かなりの人々が月島から品川・大森・新子安あたりの海水浴場へ出かけていった。またおもしろいことに、大川端(隅田川)にも50軒を超える水泳場が存在。涼を求めて飛び込む若者が多く、盛況な様子が書かれている。
 なお、この年の川開きは、人出こそ前年におよばないものの、花火の多様さにおいては例年以上であった。午後七時十五分に浅草橋浜町亀沢町で市電が止まるほど、人出による混雑は「数千の巡査が死物狂ひの制止」という具合で、これが十時頃まで続いた。その間に、花火400本、仕掛花火26種が打ち上げられた。なお、当日の迷子の数は3名ほど。
・八月「秋色漂う 都の内外 日曜休日を幸ひに上野向島人出多し」十六日付讀賣
 この年、スイカが豊作で目黒あたりでは出荷できず、目黒花壇に訪れた人は1銭で大切りが食べられた。ちなみに目黒花壇の入園料は5銭、目黒から上野までの電車賃が11銭だから破格に安い。
 劇場や映画館といえば、毎年この時期“夏枯れ”に悩むものだが、この年は少々違う。それは、前月十九日頃が最も暑かったので、八月に入り凌ぎやすく感じたためか、市内で過ごす人が多かったらしい。そのためかなりの人出があったようで、帝国劇場など日延べ広告を出すありさま。また、月末の天長節祝日は、日比谷・浅草・上野などどこも相当な客が入ったようだ。
・九月「秋の郊外と草花」「今日は何処へ 遊びに行こうか」(九月十二日付讀賣
 秋の行楽シーズン、花見は春だけではなく秋も盛んに行われている。有名な向島百花園や目黒花壇を筆頭に羽田稲荷・川崎大師・大崎妙華園・柏木花州園・亀戸萩寺などが人気のスポット。そして、当時の市民の好みを見ると、向島百花園のような昔からの行楽地に加えて、テニスコートや運動設備も備えた大崎の妙華園、秋の七草やダリアが有名な柏木の花州園。さらに、花壇に加えて横浜港から先の大師沖の海が見えるという抜群の展望、スケートや木馬・金棒、大滝、飲食施設まで何でも揃っている鶴見の花月園なども人気があった。
 新しい行楽地に関心を寄せる一方で、上野の東照宮三百年祭にも多くの市民が訪れた。また、上野不忍池畔の江戸記念博覧会にも見物客が押し寄せ、特に総額3千円も投じたという豪勢な「大宝撒き」は、押すな押すなの大盛況だった。その他に最も注目すべきイベントは、来日したシカゴ大学野球チームと早大をはじめとする日本学生チームとの対戦試合だろう。第一戦は、早大運動場で行われ、観覧席の料金は特等が1円・一等60銭・二等40銭・三等20銭であった。この日の観客数は1万5千人、応援や野次が禁じられていたため普段の試合より静かたったという。映画では、生前の実写「乃木大将一代記」(浅草三友館)の広告が数多く掲載されていたが、観客の入り具合は不明。
・十月「自動車大競走 日本で最初の試み」十七日付報知、「『鳩の家』満員」三十日付讀賣
 十月もひき続き市民のレジャーは盛況。文展初日は前年より千8百人も多い6千6百人余で、15点が売約済となる。六月に好評だった「鳩の家」が東京座で再び上演、日一日と観客が増え大入満員で開場時刻を繰り上げるほど。映画では電気館の「続編マスターキー」が満員。浅草観音では菊供養が催され、これは十五年来続いているとのこと。中でも一番の話題は、目黒競馬場で行われた自動車大競走で、我が国初のレース。これに十一時開催の二時間も前から見物客が詰めかけ「無慮五千」、婦人の入場者も目立ち、柵外の野原からも見物しているという盛況。レースは、爆音と砂塵の中を疾走する車に観衆が狂喜し、場内が湧き返ったとある。
・十一月「花の如き芸妓行列 黒山のような沿道の群衆」十七日付万朝
 十日、天皇京都御所紫宸殿で即位、御大典の祝事がはじまった。当日は、宮城前から東京駅や日比谷公園一帯は大賑わいであった。十四日は、京都で大嘗祭が行われるということで、日比谷交差点から桜田門にかけて街路樹の下では水菓子屋・パン屋・キャラメル屋などが軒を連ね、浅草仲見世以上の景気を見せた。楽隊を先頭にした旗行列が宮城前広場に差しかかると、数千の群集は万歳を連呼しこれを迎えた。
 十六日、馬場先門へ参集する新橋の御所車仕丁姿の一団は、午前九時、「萌黄の旗が振られて、金棒がチャリンと響き渡ると先頭の縮緬の大旗が動き出す、素足に緋の蹴出しも艶な仕丁が動き出す」と目にも鮮やかな行列。さらに、着飾った十人の牛童(少女)とその女将連、続いて御所車を54人の半玉が曳いていく。また、その後を仕丁隊、幇間10人、箱丁20人、以上合わせて450人。その他にも、芝区西応寺町山車一台52人、神田区鈴木町一台230人、日本橋区柳橋の山車一台肌抜姿の芸妓273人に監督50人とあるから盛大である。十時、麻布区三軒屋町神輿一台20人、日本橋山車一台173人、日本橋葭町山車一台乙女姿の芸妓246人に監督80人、芝芸妓待合料理店組合山車一台130人、浪花町山車一台仕丁姿318人とある。特に芸妓の行列は話題を集め、見物客が宮城前から馬場先門にかけてどっと押し寄せた。夜に入ると七時から中央商業700人、本所区300余人、高等工学校等2,600人、府立工芸学校250人、合わせて3千8百人もの人が万歳門から二重橋まで提灯行列を行い、九時頃まで見物人で溢れた。
 十七日、大饗の第二日目。二重橋前周辺は朝から非常な人出のなか青山師範付属小学校の生徒600人が日の丸を手に手に行列、他にも芝麹町区等の3・4の小学校生徒の旗行列、日比谷公園では数千の群衆の心をとりこにする三越少年音楽隊の演奏が行われた。新橋などの芸妓の行列ができたのに、宮城前へでのパレードが許されなかった吉原の芸者は、前日の混雑を考えて一時は浅草三社様までも中止と発表された。しかし、その後ルートを変更して当日の午後解除され、粋姿な手古舞姿の行列は、今戸八幡まで黒山の人のなかを練り進んだ。
・十二月、奉祝の続くなか「餅搗き芝居はズラリと美事に失敗」十三日付中央
 天皇即位にまつわる奉祝は十二月も続き、九日に上野公園で東京市民の大礼祝賀が行われた。新たにつくられた有楽町の奉祝門をくぐると、桜田本郷町から新橋までの道筋右側に一般参拝者、左に芝区の小学生徒が手に手に国旗を振りかざして並んでいた。新橋~京橋間の大通りには、京橋区の小学生たち、また京橋から先は、俄づくりの桟敷に町内会らしき人々がぎっしりと立っていた。須田町付近にくると、左右の人道を埋める人の波は物凄く。上野広小路付近は式場に近いだけに両側の奉拝者は立錐の余地もない程。一方、首相官邸でも来賓3千余人が集う豪華な大夜会が催されるなど、「奉祝」は大半の東京市民を巻き込んで一月以上も続いた。
 前月の芝居の入りが悪かったにもかかわらず、奉祝行事のため地方から上京してくる人をあてこんで、市内の劇場はズラリと芝居を開場。しかし、逆に金を使い果たしてしまったのか、連鎖劇が以外は演劇も映画も軒並み不振。国技館で催された羅馬式演武のトーナメントも、勇壮で評判はよかったが、興行成績は今一つであった。このように、十一月から始まった様々な奉祝行事は、市民を高揚させ、景気づかせたかのように思わせたが、実際の商売には結びつかなかったようだ。
 もっとも、「騰る一方の大景気・・・大成金は是から」(五日付讀賣)と株の暴騰が始まった。十九日付の新聞に(時事)、「職工の懐には春が来た・・・各工場の大景気、来春は一層好況か」。軍需品の需要から「露西亜の軍服と支那の軍服」の羅紗の注文など「有り余る仕事」が予想された。二十三日付(東朝)には「露軍 勃国進撃開始」「日本より供給せる大砲を以て武装」。大戦景気が動きだす気配がしていた。二十八日の納の不動は、非常な賑わいだった。
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大正四年(1915年)のレジャー関連事象 12月東京株式市場暴騰、大戦景気始まる
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7月4読 演技座の近代劇協会の一番目「金色夜叉」 上演
  4読 帝国館の「白鬼面」大入御礼
  4読 有楽座で東西洋舞踏音楽大会
  10読 逗子で海水浴開き、銷夏の人を待つ
  10読 本郷座の盆興行「荒木又右衛門」他大入り
  13読 草市、前年より二割高、一般に不景気
  16読 藪入り、歓楽の王国は浅草
  22森 妻、茉莉、杏奴、類鵠沼に往く・25日帰る
  25朝「川開きの盛況」人出は前年より少ない
  26読 向島言問の水泳場、危険続出
  27読 品海の海水浴場、月島から品川・大森・新子安
  27読 金竜館の五九郎一座「男一匹」他好評
8月5読 墨田の川施餓鬼、百数十艘で盛況      
  8読 百花園の虫放ち、数千匹          
  12読 遊楽館「真田幸村」他を上映し盛況     
  16読 休日と日曜が重なり上野・向島など人出多し
  17朝 帝国劇場「競伊勢物語」日延べ
  21読 体育会水上大会、芝浦埋立地賑わう     
  23朝 中央劇場連鎖劇「飛行機」他相変わらず満員
  29森 鴎外、杏奴と類を伴い小石川植物園
9月1読 天長節祝日、日比谷・浅草・上野等は人出にて賑わいを呈す
  12読 秋の郊外、向島百花園・大崎妙華園・柏木花洲園など
  17読 上野東照宮三百年祭、春に劣らぬ賑わい   
  19読 上野不忍池畔の江戸記念博覧会、大宝撒きに盛況を極める
  19読 みくに座の井上正夫一座、連日満員       
  19森 根津神社の祭日               
  24読 三友館実写「乃木大将一代記」上映       
  25報 シカゴ大学野球チーム来日し早大等と対戦   
10月3森 鴎外、妻子と柏木へ、花洲園址に憩う   
  13読 池上お会式、雨で飲食店まばら       
  17報 目黒競馬場で自動車大競争、場内湧き返る 
  17国 文展、初日6千6百人余         
  17読 電気館「続編マスターキー」上映      
  17読 有楽座、子供日で活動曲芸お伽芝居       
  17読 羽田穴守稲荷大祭               
  18読 浅草観音の菊供養、中々の人出、キク一把1銭  
  30読 東京座の「鳩の家」日一日好況大入り満員     
  30読 オペラ館「娘一代記」大入り        
11月3朝 外れた御酉様 雨に怯んだ参詣人
  7朝 中央劇場、連鎖「潮」相変わらず満員
  15日 御大典、宮城前は大賑わい
  15読 二の酉、近年にない賑わい
  16読 義士行列、日本橋から二重橋
  16読 海軍造兵廠の提灯行列、日比谷も菊の賑わい 
  22読 獅子行列と旗行列、奉祝の催し尽きず    
  22読 みやこ館「ヂューブ大探偵」上映      
  28朝 目黒競馬初日、景品券で大賑わい        
  28読 遊楽館「赤垣源蔵」他の連鎖、大好評    
12月10朝 上野公園で東京市民の大礼祝賀頗る面白く勇壮
  12読 首相官邸で3千人の華やかな大夜会
  13中 両国国技館で羅馬式演武のトーナメント
  13中 餅搗き芝居はズラリと見事に失敗
  21森 鴎外、銀座に物買いに往く
  25読 帝国劇場で25日からクリスマス娯楽会
  25読 両国国技館で忘年大演芸会、35銭均一
  29読 納の不動、境内付近は非常な賑わい