江戸の盆栽 3

江戸の盆栽  3
盆栽(はちうゑ)の値段 2
イメージ 1  江戸の庶民は、どこで盆栽を買っていたのだろう。そんな疑問に答えてくれる絵がある。『江戸名所図会』にある植木市の絵だ。場所は、茅場町日枝神社、薬師堂門前。現在の東京駅から東に1㎞少々の位置、日本橋から歩いても十分ほどの近さである。ここで「毎月八日十二日  薬師の縁日には  植木を商うこと  夥しく参詣  群集して  賑はへり」。根巻した苗木もあるが、盆栽(はちうゑ)も数多く並んでいる。植木を求める人、植木を売る人、値段を交渉している様子などが描かれている。
 
★七十二文の植物
 「シシガシラ」は、山の斜面などで良くみられる常緑のシダである。鉢植されているとしても、たぶん山取りしたものであろう。とすると、七十二文を二千二百五十円という値段は、少々高いような気がする。
  「水前草」は、よくはわからない。『本草図譜』(岩崎常正)の「三七」という植物の一種として「水前草(すいぜんじな)」が記されている。「三七」、『牧野新植物図鑑』(牧野富太郎)を見ると、キク科の「サンシチソウ(サンシチ)」がある。図を見ると園芸植物として、あまり魅力を感じない。そこでネットで「水前草」を検索すると、薬名のようだ。だが、薬草としては「Rorippa islandica(Oed.)Borb.[R.palustris(Leyss.)Bess.;Sisymbr iumislandicum Oed.]とある。Rorippa palustris Bess.であれば、アブラナ科スカシタゴボウスカシタゴボウは、水田近くの畦や道に生育する多年草、雑草である。雑草の値段が七十二文ということは考えられない。
  「唐防風」もよくわからない。「ボウフウ」はセリ科の植物。原産は中国東北部華北で、多年生草本である。生薬の「防風(ボウフウ)」は、発汗、解熱、鎮痛、鎮痙作用があるとされている。なお、在来種でボウフウの名を持つ植物は、イブキボウフウ、ハマボウフウなどがある。
  「瓜防已」は不明。漢名の「漢防已」は、ツヅラフジ科オオツヅラフジである。漢方の生薬に「防巳」がある。「防巳」は、オオツヅラフジの茎または根茎から作られる。「瓜」が頭につくことから、漢防已・オオツヅラフジではなく、その植物に近い植物ではないかと推測される。山地の林内に生育するツヅラフジ、アオツヅラフジ(カミエビ)などにも薬効があり、いずれかを指していたのかもしれない。
  「川草薢」も不明であるが、もしかするとヤマイモ科のエドドコロ(ヒメドコロ)かもしれない。『牧野新植物図鑑』の「エドドコロ」の項に「[漢名]草薢または川草薢は誤り」と記されている。ただ、オニドコロが「山草薢」であることを考えると、エドドコロにも薬効があり、「川草薢」がエドドコロである可能性も否定できない。
  以上、「水前草」「唐防風」「瓜防已」「川草薢」は、当時であれば誰もがわかる植物であったのだろう。いずれも薬草として売買されていたと思われる。そのため、薬草名で通用していたもので、値段は七十二文、現代の価格にして二千二百五十円程度ということであろう。
 
★百文の植物
  「西湖芦」はイネ科ヨシ属の「セイコノヨシ(セイタカヨシ)」だろう。『牧野新植物図鑑』には、「日本のヨシで花屋の雅称である」と記されている。セイコノヨシは、アシ(ヨシ)より草丈が高く、アシのように先が垂れ下がらず美しい。現代でも切り花や茶花に使われている。和名の由来は、中国西湖に生育する葦に因んだものだろう。百文という値段、現代なら三千百二十五円に相当し、かなり高いような気がする。
  「紫背景天」は不明である。漢名の「景天」は、「オオベンケイソウ」である。この植物は、『牧野新植物図鑑』には、「支那原産で多分大正年間(1920年前後)に日本に入った多年生草本」とある。日本の山地に生育する「ベンケイソウ」とは異なる。また、中国吉林省長白山周辺の高山帯に生育する多年生草本に紅景天(和名・岩弁慶)がある。そこで、日本のイワベンケイについて調べると、花の色は普通黄色い花ですが、鮮やかな赤の花もあることがわかった。「紫背景天」については、この程度の情報しかないが、たぶん、薬草であろう。
  「トキハ萱草」は、ユリ科の「トキワカンゾウ・アキノワスレグサ・クワンゾウ」などと呼ばれている植物であろう。なお、分類学上はトキワカンゾウとハマカンゾウは異なるが、どのように違うのかはわからない。
  「白蒿」は、『本草図譜』には「あさぎりそう 白蒿 アサキリサウ アルテミシヤ」とある。また、キク科に「シロヨモギ」がある。どちらかは、判断つかない。関東以北の海岸に自生する植物で、園芸植物として売られていたと考えられる。
  「紫オモト」はツユクサ科の「ムラサキオモト(ロエオ)」のことか。いわゆる万年青とは異なり、西インド諸島やメキシコなど分布する多年草である。形がオモトに似ていて、葉の裏が紫色になることから、ムラサキオモトと名前が付いたのだろう。
  「アダン」はタコノキ科の常緑小高木の「アダン(阿檀)」であろう。
 「石長生」は、『本草綱目啓蒙』(小野蘭山)によれば「ハコネグサ」とある。おそらくウラボシ科の「ハコネソウ(ハコネシダ・イチョウシノブ)」であろう。
 「セツテイクハ」はユリ科の「ゼンテイカ」の可能性もあるが、わからない。ゼンテイカニッコウキスゲで知られる植物である。ゼンテイカを「禅庭花」とも書くようだが、ゼンテイカという名はセッテイカ(湿った地の花の意)から来たという説もある。『花壇地錦抄』の「草花春の部」に「節庭花(せつていか)末  花も葉もかんぞうのごとく  四季ニ花咲」が記されている。また、『花壇地錦抄』「草木植作伊呂波分」には「せつていか  植分二八月  合肥ニ野土よし  暖処ニ植レハ  四季ニ花さく」とある。しかし、暖かなところに植えて四季に咲く花であれば、ゼンテイカということはあり得ない。ただし、『花壇地錦抄』の記述が誤っていれば、「セツテイクハ」が「ゼンテイカ」ということは十分にあり得る。
 百文の植物には、不明な植物がいくつかある。わかる植物の「セイコノヨシ」「トキハ萱草」「シロヨモギ」「ムラサキオモト」「アダン」「石長生」は、いずれも現代の価格に換算すると三千百二十五円となる。この値段は、少々割高のような気がするがどうだろう。