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昭和二十年十月二十六日・外交機能を停止

…必品の自由販売 来月五日ごろに実施」と。連合軍司令部「自由の新聞確立」すべきと。 二面に「享楽停止」を解除。十月に入り、都民は娯楽にも関心を向ける余裕が出た。二週間以前から広告のあった戦後映画の第一号とされる『そよかぜ』が上映、映画の批評とはよそに主題歌の『リンゴの唄』は、当時の人の心を捕らえ、その後空前の大ヒット(レコードは三ヶ月で七万枚)となる。 読売新聞も朝日新聞と記事はほぼ同様。 二面に「大部分は戦災孤児 浮浪児に温かい宿を」「上野界隈から三百廿八名を収容」との記事。

昭和二十年十月十四日・選挙権者の推定数四千二百十九万人

…まや「女一人前」更に男女平等の教育などとの展開を示す。 読売新聞も朝日新聞と同様の記事。他に「警察部長、特攻課長 一斉休職発令」「判任以下含め 四千八百名」がある。 二面に「上野の浮浪児に温かい救い」。「娯楽街だより」東宝名人会は二十一日から復活などの記事。他に「買出婦人列車から振落され惨死」がある。 高見順は、読売新聞に「先週来の豪雨で寒さと飢えに曝された上野の山の浮浪児の一群が、同じ群に混っていた復員勇士の献身的努力によって救われたという佳話がある」のを、書き留めている。

昭和二十年十月三日・本土決戦となれば 日本は完全に破壊

…る享楽機関」飲食店や娯楽場などを復活。 読売新聞は、ロンドン一日発として、マツカーサー元帥訪問時「天皇陛下」「本土決戦となれば 日本は完全に破壊」「畏し マツカーサー元帥に御同意」と。南海の珊瑚礁に戦陣生活一年半からの復員北村少尉談として「飢餓に失ふ戦友幾人 今は空し〝玉砕〟覚悟」などがある。率直な感想であろうが、それ故に虚しい。他に、生鮮食料品「自由販売を許可 大衆の利益に反する統制は撤廃」とクレーマー大佐言明。 二面に「藷よ早く出回れ」「買出部隊の跳梁に 配給ルートを紊す…

昭和二十年九月二十八日・天皇陛下 マ元帥をご訪問

…濁す」とある。まだ、娯楽の本格的な復興はまだ先のことを示している。 読売新聞も一面は、朝日新聞と同様。他に「日銀、自主性の確立」「五大銀行は商業銀行へ復帰」。 二面に、ラジオは「明るく朗らかに 来月から婦人の時間も新設」。冬の燃料は農林省にきくと「二俵分ぐらい配給」と。学生スポーツの前途を「豪華絢爛の夢は昔 復興への道尚遠し」「いまは勤労の疲れ癒すに精一杯」と。 高見順は、「皇陛下がマッカーサー元帥を御訪問されたその新聞記事を見て驚いた。敗戦国 である以上何もおどろくに当らな…

昭和二十年九月二十六日・報道の自由確立

…針を明示、「報道の自由」、「政府統制から解放」との記事。 二面に「天幕興業も許す 都民の娯楽機関を豊かに」とある。 ロッパは「有楽座へ歩いて、新生新派なるものを見物すること十五分。何といふ、此の世離れのした感じだ、日劇の方の間違ひは大した満員だったが、此の方は、客席五分以下。五時近いので、放送局へ歩く。日比谷公園から、すきや橋へかけて、米兵と日本娘の腕組み歩く者、実に何十組かを見た。米兵は、女を大切にするといふが、なアに、その眼は品物扱ひにしてゐることを語ってゐる・・・」と。

昭和二十年九月二十三日・連合軍司令部より「新聞紙法を指示」

…カ軍将兵の印象。 二面に「南方将兵に食料難」とあるが、今さらという感がある。「人心一心にスポーツ奨励」「近く競技、体育大会 民間に一切委譲 野球、相撲は早速開催」。ラジオ「第三放送を開始」「第二放送は進駐軍慰安に提供」と。 朝日新聞は、連合軍司令部より「新聞紙法を指示」を掲載。日本の全刊行物に適用する。 二面に「相撲、野球、庭球など明朗体育を復興」がある。また、「脚光を浴びる帝劇 国立劇場に更生」も記されている。都民の娯楽は、徐々に復興していくようだ。松竹『そよかぜ』の広告。

昭和二十年九月十一日・自由主義を助長奨励 不当な干渉行わず

…渉行わず」とある。 二面に「敗れたりとはいへ 誇りは捨てるな」「浅ましい姿は慎まう」と。また、この「二日間に帝都の進駐事故廿九件」「婦女子への暴行は皆無」と。進駐軍は都民に細かい心遣いをしている、と。 読売新聞の一面は朝日新聞と同様。なお二面に、「立川地区に空から殺虫剤 市民大喜び」と、藪蚊や蚤にDDTの散布との記事。また横浜に「慰安娯楽施設どし/\許可」と、キャバレー、ダンスホール、カフェー、バー、レストラン、ビヤホール、チヤブヤ(売春宿?)、日本式料理屋、撞球などがある。

昭和二十年八月二十七日「安んぜよ婦女子」

…もよい」などがある。娯楽に「罹災館を復活 新設も許可」はあるものの、「麻雀やレビューは考えもの」との注意が着いている。 高見は、「民家は使用せず 安んぜよ婦女子 米軍進駐・横鎮の注意」との毎日新聞記事を記している。「〔横須賀発〕聯合軍の横須賀地区進駐の宿所につき・・・婦女子の問題について・・・発表した。・・・米軍の進駐に関連し巷間婦女子に対する危惧の念強く、・・・これは全くの杞憂にして不用・・・米軍当局としてもこの種の事故に対しては深き関心と十分の対策等を講じ・・・但し・・・…

昭和二十年八月二十二日けふから演芸再開

…ふから演芸再開」と、娯楽放送も始まる。全国一斉に興業を復興(21日通達)。 読売新聞も朝日新聞と同様、「連合国軍の第一次本土進駐決まる」「防空令を解除」「戒む国内混乱 連合軍は帝国を信頼」とある。 二面も同様、「新生日本の芸術文化創造」「まづ純娯楽ものから 明るく志気鼓舞」「映画と演劇 けふから一斉蓋開け」 内田百聞は、「今八時半也・・・電気が消えた」と。 高見は乗車した電車が「東神奈川の辺でとまった。車内は真暗に・・・立ち通しではたまらないので、尻を床につけたいのだが、床は…

昭和二十年八月二十日「国民生活明朗化に大御心」

…」として「燈管中止、娯楽を復興」。「全軍に停戦を命ず」また「今ぞ皇軍の精髄発揮」との記事。国民を思っての指示とも言えそうである。 二面には掲載する記事がなかったのであろうか、「デマに躍るは愚」の他、「都の興行界」「条件付きで開場」「当分は寄席だけが蓋開け」と、一面の掛け声「復興」は霞んでいる。 朝日新聞も「国民生活明朗化に大御心 燈火管制を直ちに中止」を示す。そして、「街を明るくせよ、娯楽機関の復興を急ぎ、また親書などの検閲を即座に停止せよ・・・」を示す。 二面に、「臨時列車…

昭和二十年八月一日・敵は狙ふ我精神 崩すな国内団結力

…るものの、国民に唱えることで達成できるものであろうか。国民が何に関心を向けているか、国民の側からのアプローチを考慮しているとは思えない。他の記事は、米軍からの攻撃と戦果である。 二面の目につく見出しを示すと、「横浜 全地域隊は兵器生産に強力」、「静岡 焼跡忽ち甘藷畑」、「大型爆弾 建物から千米離れよ」、「敵は見方機を装い〝翼灯〟」、「敵の非望へ一矢」など、楽しい記事とは言い難い。 毎日新聞に「焦土に爆笑続く」日比谷公園で野外劇、吉右衛門真実の一幕と、街中の娯楽が記されている。

映画や演劇どしどし再建 街や職場へうるおいの進出

…建こそ第一であると」娯楽施設の復興をはかることとなった。映画や演劇などの娯楽を再建させて、街や職場に「うるおい」を取りもどそうとの掛け声である。これまでの禁止一辺倒ではなく、臨機応変に映画や演劇を行うことができそうになった。 読売新聞も「従容・牛島最高指揮官の最期」の見出しで、追悼記事が掲載されている。他に「本土決戦を前に」と、海軍少佐談「許すな破壊暴撃 近接の敵を地獄へ」。閣議決定として「本土戦場化に備へ 緊急措置発動」などが記されている。 二面は一面受けるように、「本土決…

血闘する沖縄島民

…事がある。これまでの娯楽引締め一辺倒を更める気配が窺える。 読売新聞は「首里北方の我堅陣へ 敵全兵力挙げ猛攻 兵站部隊も投入の激戦」との沖縄戦況。「敵も正に必死 戦力鍔競合ひに勝て」、「関頭」分かれ目と言うものの勝敗は見えている。 二面には「血闘する沖縄島民の姿 征く特攻機に合掌」とある。さらに、「怖るな敵の手並 固めよ応変の防空態勢」をせよと、具体的な対策もなく、怖がるなとの指示するだけ。 風太郎は勇太郎さんと顔見合わせ「家に味噌も醤油も塩もまったく尽きたり。醤油は五月分い…

戦況報告に不満を示す、十一日

…して、「決戦に生活と娯楽」との記事、「形式などは二の次 欲しいけふの気持ちに訴えるもの」をとある。「演劇は美談が多く紋切型で人間味に乏しく」など、これまでになかった発言が新聞に現われた。 朝日新聞は「機動部隊を発見 神風隊突入す」「敵、再び全線で総攻撃」。さらに「敵二割を斬込殺傷 」「タラカン攻防戦本格化」と戦況を伝える。 高見は戦況報告に、「なんともいえない口惜しさ、腹立たしさ、焦立たしさを覚えさせられた。 敵に明らかに押されているのだ。敗けているのだ。何故それが率直に書け…

戦闘以外の記事が出始める五日の新聞

…敢闘 空襲にめげず目標二倍増産運動」など、食糧についての記事。「焼けぬぞ日本人の信仰心 参詣者ひきもきらぬ観音さま」と、浅草に訪れる人の多いことが記されている。新聞は信仰心に結びつけているが、社殿の消失後も訪れるのは、焼け残った娯楽施設を目当ての人が多いことは言うまでもない。 政府や軍は、国民がドイツの敗戦を知り、劣勢の沖縄戦などに、先行きに不安を感じる人が増えることを恐れている。人々の不安が浸透しつつあることを認め、国民の動揺を和らげるような記事が必要と判断したのであろう。

昭和二十年四月の新聞まとめ

…す記事が少なく、特に娯楽は禁止に近い状況であったのが、風向きが少し変わり始めた。 古川ロッパは、昭和二十年四月二日の東京新聞に次の意見を掲載している。「われらチンドン屋、古川緑波。こうなってから、実に、こうなってから、われらの滑稽芝居は、娯楽本来の姿に立ち返ることを許された。もはや、国策を説く教訓の書は、要求されずに、お子様の喜ぶポンチ絵本を、提供することを許されたのである。かくて、われらアチャラカ芝居、と蔑称され、低級喜劇(もっとも高級と呼ばれたことも一度ある。それは高級娯…

十九日の新聞は「勝機の把握今にあり」と

…"に徹せん』、讀賣は『今 にあり勝機の把握』社説の題目は、朝日『勝機に立つ試』、毎日『絶好の機到る』、讀賣『生産陣奮起せよ』」との、報道を記している。 帝国館は十九日から有料興行を開始。「東京新聞の芸能欄を見ると、小屋(劇場)が昔と比べて十分の一ぐらいになっている。それでも、東京の罹災から考えると、随分と沢山ある。不思議に焼けてないと思われるところがある」と、高見は日記に書いている。空襲が続き、東京は焼け野が原、生活を建て直そうとする市民は食べるだけでなく、娯楽も求めていた。

八日「どうして前内閣がやめなくてはならなかったのか」

…苦労している、だから娯楽などもってのほか、辛抱しろと、耐久生活を強制した。 八日の朝日新聞は、「鈴木内閣成立す」「新内閣の性格」「陸海両相に逸材 重臣、強力に支持」とある。 高見は、「新聞に内閣の顔触が発表された。政治に暗い私には、前内閣とどれほど『強力』な顔触れなのかよくわからない。第一、どうして前内閣がやめなくてはならなかったのか、さっぱりわからない。新聞記事だけでは、国民にはさっぱり納得できない。・・・特攻隊の攻撃しきり。夜、久しぶりにラジオが海軍マーチ(註=軍艦マーチ…

市民の緊張の糸が切れ始める三十一日

…て開くのだと言う。映画の方も、もう何をやってもいゝ、アチャラカ結構と言って来た」と、期待している。 前述(二十九日)、内務省よりの命令「何でもいゝ明朗闊達にやれ」は、市民の心情を慮っての判断であろう。しかし、市民の娯楽を制限してもしなくても、市民の戦争遂行にはあまり関係ないことに気づくことになる。にもかかわらず、政府・軍は戦時中ということで、自粛から禁止と制約を強めて行った。その理由は、娯楽に内在する反戦的な言動を防ぐためであり、自由な表現の拡散を防ぐためであったのであろう。

本土・沖縄戦について報じる二十八日・二十九日の新聞

…ろう。 沖縄戦の記事が本格的に出始める三月二十九日 朝日新聞は「沖縄作戦に敵空海の全力を傾倒」と、米軍の動きを示す。 沖縄戦が過酷な状況になる中で、古川ロッパは「・・・内務省より、マイクの使用も差支えなし、歌手の服装もおかまいなし、何でもいゝ明朗闊達にやれといふ命令があった。然らば、せめて『あなたと呼べば』あたりの日本のジャズソングを歌ってもいゝかと、お伺いを立てさせてゐる。アトラクションも停止されてゐたのが、今回復活となった。・・・」と、これまでの娯楽締めつけが緩んでいる。

アチャラカを許す二月六日から八日

…ある。 ロッパは、「娯楽の変貌は又甚しく、最近、警視庁の寺沢が、軽演劇のシミ金などを呼んで、時局がかうなったから、アチャラカを許す、大いに辷ったり転んだりしろと申し渡したと言ふ」ことを日記に書いている。戦局は日増しに悪化、流言が増加してきた。また、このまま戦意向上を押しつけるだけでは行き詰まりを感じたのか。確か、二日付の新聞には、「勝利の日まで享楽お預け」と出していた。当局の指示は、混乱しているのか、その場凌ぎの思いつきなのか。 二月八日の朝日新聞は「壮絶マニラ市街戦 我精鋭…

昭和二十年二月一日~二日B29を実際に見る

…のはラジオから流れる娯楽番組や映画・演劇などであった。また市民は、面白いものに加えて、好奇心を求めており、多少怖くても楽しもうとする人は少なからずいた。 二月一日から日比谷公園でB29が「曝し物」となった。 読売新聞は、日比谷公園で「B29曝し物」と、一日から二十日までB29の機体が展示されることを紹介。首都防衛が行なわれており、その成果として展示したものであろうか。でも逆で、このような巨大な飛行機が襲来すれば、日本の飛行機では太刀打ちできないと感じる人が出ることを想定してい…

昭和二十年十月初旬、ゆっくりと進む戦後の社会

…入り、それでも都民は娯楽にも関心を向ける余裕が出てきた。戦後映画の第一号とされる『そよかぜ』(朝日四日・高見二十三日)が上映、映画の批評とはよそに主題歌の『リンゴの唄』は、当時の人の心を捕らえ、その後空前の大ヒット(レコードは三ヶ月で七万枚)となる。 十月一日、朝日新聞は「陸軍内地部隊の復員八割以上完了と」。二面に「新日本建設のため 文化騎士の解放 真の自由はいまだし」と。 高見は、読売新聞「季節風」にある、電車内の出来事を紹介している。「さる二十九日の夕刻・・・米兵がすこう…

市民が自由を得る昭和二十年九月下旬

…記されている。都民の娯楽は、徐々に復興していくようだ。松竹『そよかぜ』の広告。 九月二十四日、朝日新聞は、連合軍司令部よりの「日本管理政策の正文発表」を掲載する。「現存の統治形態利用 賠償は物資と施設で」との方針を示す。また、「新聞紙法を指示」を掲載。 二面に「陸軍外地部隊の復員 あす第一船帰る 内地の主力も七割復帰」と、深刻な社会問題とある。 また、「米国との貿易再開 原料輸送に米船舶の援助を」との中島商相会見記の記事。 「映画に盛る”新日本” 連合軍、制作の方針を指示」を…

沖縄での敗戦を迎える六月後期

…建こそ第一であると」娯楽施設の復興をはかることとなった。映画や演劇などの娯楽を再建させて、街や職場に「うるおい」を取りもどそうとの掛け声である。これまでの禁止一辺倒ではなく、臨機応変に映画や演劇を行うことができそうになった。 六月二十九日、朝日新聞は、大本営発表で「沖縄の玉碎」がラジオ放送で伝えられていたのに、「航空部隊 廿七日も沖縄敵艦連襲」と戦いを掲載している。また、「活かせ沖縄の戦訓」も記している。 六月二十八日、朝日新聞は「敵、久米島上陸」と、沖縄戦の続きを掲載してい…

戦争が終り一ヶ月たっても、変わらぬ戦中の生活

…続いている。 しかし娯楽は、ラジオが歌謡曲や軽音楽の放送を再開し、相撲、野球、庭球など明朗体育も復興の兆しがある。人々への娯楽への制限が少しずつ緩められ、久しぶりに米国映画を見ることができるようになると。 九月七日、朝日新聞は「民需生産は全力再興 沖縄、小笠原基地」など、米軍当局が広汎な計画を言明している。 二面に「米人記者のみた広島」に「生存者の憎悪の眼」と「夏の太陽の下・廃墟に漂ふ死臭」の記事。 他に「誤解招く娘の笑顔粋な素足も挑発的」との注意喚起もある。同じように、読売…

戦争末期の七月後期、行き詰まりと混乱を呈する新聞記事

…が滅入る中、あれだけ娯楽を制約していたのに、劇場や映画館などが復活したり、復旧中の記事が増えている。 七月三十一日、朝日新聞一面は「敵機動部隊三たび関東へ」と、空襲が続いていることを告げている。 二面に「国民皆農の尖兵たれ」とある。また「どんぐり五百万石を採取」家庭で加工しませう。「私有山の出入もお構ひなし」と、食糧事情が改善してないのであろう。国民はドングリを食べて凌ぎ、国家はそれでも戦争を続けようとしている。 七月三十日、朝日新聞は「砲爆撃下敢然戦ひ抜かん 最善の作戦を遂…

終戦二週間前に叫ばれた勝利とは

…真実の一幕と、街中の娯楽も記している。 朝日新聞二面には、「愛と誓ひ」東宝映画、「最後の帰郷」大映映画の広告がある。 また同紙二面には、「われら鉄道戦闘隊」「『戦』の一字誇らかに」と写真入りで。 「航空灯をつけた敵機 爆音で味方機と識別しよう」と、「新手の偽騙行動」に注意喚起している。 「疎開学寮中心に」「学童集団疎開を恒久化」それに伴い「残留好調も地方へ」。「都内への再入校認めず」として「疎開学童の食糧は十分」との記事。食糧事情は改善していないのであろう「乾燥野菜の作り方―…

歴史的な連合軍進駐と復員が始まる

…、国民はラジオからの娯楽放送が聞けるようになる。 この時点になって、「原子爆弾被害地の惨を見る」との見出しで、広島、長崎の被害が掲載された。広島は「全戸数の九割は倒壊」「蚊一匹残さぬ殺戮ぶり」「死者五万二千」などについて、長崎は「横穴壕も蒸し焼き」「死者、行方不明二万三千」など悲惨な状況が記されている。 高見は、聞いた話として「予備学生上りの若い将校に喧嘩を売ろうとしていて、若い将校などはすり抜けるようにして去って行ったという。水兵上りの年輩の下士官は予備学生上りによほど反感…

終戦の四日目以後の動向

…、「街を明るくせよ、娯楽機関の復興を急ぎ、また親書などの検閲を即座に停止せよ・・・」を示す。 二面に、衆議院議長島田敏雄談として「新日本へ心の切り換へ」の見出し、「朝夕、詔書を奉読し 再建へ驀直進前 男らしく輝かせ人間味」と続く。そして、「何事にも 戦後の困苦に堪へよう」と。「心の切り換へ」述べながら、結局は「戦後の困苦に堪へよう」、戦中と同じような提言と感じられる。精神論によって、もう国民は動かなくなることに気づかず、またわかっていたにもかかわらず、繰り返している。これが軍…