牡丹 の検索結果:

茶庭 21 小堀遠州その6

…キク・フクジュソウ・牡丹 12月・・スイセン・ウメ・ツバキ 以上の茶花を使用頻度で示すと、右図のようになる。 ・最も使用回数の多いスイセンは、大半が「水仙」と表記され、他に「水せん」「水山」「花水仙」の文字が使われている。色は、大半が白いニホンスイセンと思われるが、花期の長さから考えると、一種類ではないようだ。スイセンは、花が小さく自己主張しないので、多様な花入れに対応したと思われる。 ・ウメは、大半が「梅」と表記され、他に「紅梅」が4回でてくる。したがって、花の色は白が多か…

江戸時代の椿 その8

…礒枕 淡路島 星牡丹 無双 珍花 水車 深山木 東明 六角白 巴 淡雪 渡守 鹿村 菊左良佐 鶏了 音羽山 鳴渡 金杉三階 行幸 豊後絞 鴇白 錦絞 乱拍子 雲井 松風 菊蠋紅 一筋 志也武呂 発煩 松島 柊椿 濃紅 宰府 飛入 阿蘭陀白 白蓮花 通千鳥 八代 阿蘭陀紅 荒獅子 蠋紅 唐糸 侘助 高倉 峰嵐 春日野 細波 翁左良佐 紅葉 加平 限 襖波 珠簾 薄紅葉 卜伴 紅鹿子 乱鹿子 本間絞 杜鵑 頳縮緬 玉川 紋錦 金水引 白鷳 星車 韋駄天 口紅 紅鶏子 四階波 白珍…

江戸時代の椿 その7

…星・白獅子・礒枕*星牡丹・稲葉*淡路島・珍花*無双・水車・深山木・渡守・淡雪・東明・六角白・白巴・金杉三階・鹿村*鶏子*菊左良佐*音羽山*豊後絞*鳴渡*行幸*乱拍子*錦絞*鴇白・松風・菊蠋紅*雲井・一筋*柊椿*志也武呂・発煩*濃紅*阿蘭陀白*八代(八代紅とある)*美奈茂登*白蓮花・松島・通千鳥*高倉*阿蘭陀紅・荒獅子*唐糸*蠋紅*緋蓮花*侘助*翁左良佐・峰嵐*春日野・紅葉*加平*細波*限*澳波*紅鹿子*乱鹿子*珠簾*頳縮緬*本間絞(本間更紗とある)*卜伴*薄紅葉*玉川*杜鵑*…

江戸時代の椿 その6

…葩厚く大、艶美にして牡丹育薬に亜ぐ、惟恨むらく共萎むや甚だ醜し、其落るや亦脆きのみ、単弁赤きは山椿と名づく、これ乃ち本源なり、白紅粉絞紅或は白相半、八重千弁の数種枚挙せられず、秋より莟を生じ春花を開く、冬開くものは早開と名づく、人以てこれを賞す、凡そ椿の直木を伐りて火に煖むれば則ち皮能剥ぐ、肌滑なり、僧家以て佳丈となす」とある。 原種のヤブツバキ、白色や絞り、八重千弁などの花についてだけでなく、椿油や杖など、ツバキの活用法にまで触れている。 唐椿(カラツバキ)cibaさん提…

江戸時代の椿 その4

…き・通千鳥・秋津嶋・牡丹絞・たんちょう・大れんげ・せんし紅・小しぼり・江戸さらさ・玉川・大猪・さき山・白菊とじ・しらつゆ・塩田飛入・あいの山・はごろも・大乱・しげん紅・ごしょ車・見ささき・白松がえ・べにしぼり・星そこ白・おしろ白菊・菊かさね・しつくら・おとわ山・うすかずら・赤縮緬・小桜・赤見驚・りゅうさ川・たんじゅ・しんし・青玉・中ほん・ほとり・倉橋・あさつま・小蓮花・せつさん・ほし中白・今井・じんじょう・見越・蓮花紅・おとなし・皆薄衣・小柳・もの川・まんしゅ・赤紅・戸田飛入…

江戸時代の椿 その3

…と、山茶・岐隼・八幡牡丹・雨ヶ下・シヤウドウシ・ヤハ物狂・モジスリ・江戸大輪・大坂モツカウ・吉野シボリ・獅子・チン花・ササ浪・シカムラ・乱拍子・越前シボリ・小町・七面・ホンマザサラ・飛入シンクリ・越前シボリ(前出とは別)・乱拍子(前出とは別)・カナスギサンガイである。 ・『草花魚貝虫類写生』 寛文九年(1669)、狩野常信(狩野派・幕府の御用絵師)は、『草花魚貝虫類写生』に「シャラ」(沙羅双樹・ナツツバキ)を描いた。ナツツバキは、東北地方以南に昔から生育している樹木ではあるが…

江戸時代の椿 その2

… 卯月十三日晩 牡丹 椿 寛永十九年(1642) 卯月十八日朝 牡丹 山吹 寛永十九年(1642) 卯月廿六日朝 藤 椿 正保 二年(1645) 十月十九日朝 水仙 椿 正保 二年(1645) 霜月廿五日晩 梅 椿 正保 三年(1646) 二月十一日朝 梅椿 ★1640年代(寛永~正保年間) 『隔蓂記』の椿 ・日記 ツバキの愛好者は、寛永年間から正保年間にかけても大勢存在したと思われる。鹿苑寺(金閣寺)の住持鳳林承章の日記『隔蓂記』にも、ツバキに関する記述がいくつも見ることが…

江戸の盆栽 6

…園芸品種。 「寒牡丹」は、ボタン科の「フユボタン」。 「メラン」は、ラン科「スルガラン」の一種らしい。 「ヘゴ」は、ヘゴ科の「ヘゴ」。 「ツゲマツ」は、ヤドリギ科の「マツグミ」であろう。 「唐蝋梅」は、ロウバイ科の「トウロウバイ」。 「鶴蘭」は、ラン科の「ツルラン」。別名「ナツエビネ」ともいう。 「榕樹」は、クワ科の「ガシュマル」。 「羅漢まき」(地ぼり)は、マキ科の「ラカンマキ」。 「桂樹果」はわからない。「チョウセンカラマツ」を「桂樹」と書くことがある。 「酔芙蓉」は、ア…

江戸の盆栽 5

…りの種類か。 「牡丹葉延胡索」は、中国原産のケシ科「ケマンソウ」か。「延胡索」は生薬。「牡丹葉」が付いていることから園芸品種として売られていたのだろう。 「漢種淫羊藿」は、中国産のメギ科イカリソウの一種と思われる。「淫羊藿(インヨウカク)」は生薬名。 「クマタケラン」は、ショウガ科の「クマタケラン」。薬草として販売か。 「杜若(青のクマケラン)」は、ショウガ科の「アオノクマタケラン」。『牧野新植物図鑑』には、「クマタケランに比べて全体に緑色だけで赤味がない」とある。 「カサユ…

福寿草

…は、正月には華やかな牡丹の盆栽(はちうえ)を飾った。それ比べると、新春にふさわしい控えめな愛らしさを持つ花である。節分の頃に咲く花としては、セツブンソウ、ユキワリイチゲなど美しい花は、いくつかある。その中から選ばれたフクジュソウは、名前からしても「福」と「寿」の二字が入っている何ともめでたい花である。 『牧野新植物図鑑』には、「新年を祝う花として元日に用いるので、祝福してこの佳い名をつけたものである。」とあるが、フクジュソウという名は、江戸時代になって浸透したようである。フク…

茶庭 9 千利休その5

…。また、『水仙』と『牡丹』とは各二回である。 『卯の花』『朝顔』『白蓮』『かきつばた』の各二回と、『薄色つばき』『白桃』『藤』『あじさい』『夕顔』『木瓜』『しの花』(山竹)『やくも花』(益母草)『小車』(瀬覆花)が一回ずつ見られる。」 これらの花については、『南方録』をそのまま紹介するのではなく、利休の嫌いな花など、個人的な好みも加味して考察している。それでも、『利休の茶花』の内容は、『南方録』『滅後』を著した立花実山の枠の中での考察となっている。 次に、利休の茶会記から、岡…

江戸の盆栽 1

…不動近傍の茶亭内田の牡丹園昨今花盛り」 明治7年5月郵便報知「芝増上寺境内、花園に花卉を布置」 明治7年5月郵便報知「北里仲町に花王樹を植える。例年より数を増し満開一層の芸郁」 明治7年7月郵便報知「洋種長春のバラの流行 日を追い増」 明治7年8月郵便報知「巣鴨花戸長太郎が盆栽せる舶来朱藤、殷紅錯落として碎珊瑚を織るが如し」 明治7年10月郵便報知「浅草観音奥山なる花園に於いて盆栽陳列」 明治7年11月郵便報知「染井巣鴨団子坂の辺植木屋例の造り菊、錦繍を綴り」 明治7年11月…

朝顔

…けた。品種も獅子咲、牡丹咲、桐性、細葉ものなどが現われ、大輪のアサガオも改良が進められ、明治20年ごろには八寸咲き(約23cm)が存在したとされている。 蕣(アサガオ)塚の供養 いつの時代でも美しい花、珍しい植物を求める熱意は存在するが、特に江戸期のアサガオに対する執念とでも言えるこだわりは、宗教や信仰に近いものを感じさせる。 それは、文政年間に建立された「蕣塚」(豊島区、雑司ケ谷の鬼子母神内)を見ても伝わってくる。これは、アサガオに限ったことではなく、園芸植物を栽培し、納…

ガーデニングを楽しむ 1

…目』(水野元勝)、『牡丹名寄』(定屋丈助)など、美しい花や珍しい植物を紹介したものであった。植物の性状や栽培法について触れたものもあるが、どちらかといえば、見て楽しむという類の書物が多かった。 元禄・宝永年間(1700年前後)に入ると、園芸書としてのレベルが上がり、植物の分類や栽培法などについてかなり詳しく書かれるようになった。特に著名なのは、伊藤伊兵衛の著した園芸書である。特に伊兵衛の『錦繍枕』は、かなり専門的な内容であるにもかかわらず、図を載せ、仮名入りで記述するなど、「…

ガーデニングバブル

…永年間に流行した椿や牡丹はその代表といえる。 が、江戸も元禄期になると、世はまさに黄金万能の時代。自由経済の中で成功を修めた「勝ち組」の町人たちは、旺盛な財力を背に、誰に遠慮することもなく気儘で贅沢な生活を送るようになる。饅頭一個、茶漬け一杯に目を剥くような大金を投じたり、芝居見物に行くのに、大名顔負けの豪華な衣装をまとってみたり。その勢いはもはや留まるところを知らなかった。そうした世情を背景に登場したのが、寛永から文化・文政期にかけて起きた園芸界におけるバブル現象である。当…

冬牡丹は江戸文化

冬牡丹は江戸文化 ・ボタンの来歴 正月にボタンやシャクヤクを飾る。『金生樹譜』には「清国の京師は北極の地にて寒気甚だしき処なれば、暖室の内に芍薬牡丹を養い盆(はち)植えとして立春の夜大内に奉り、銀燭のもとに飾り列ね、天子の御覧に供する」と図入りで解説されている。花の最も少ない時期に、豪華なボタンを鉢植えで飾るとは、さすがに中国ならではの趣を感じさせる。中国においてボタンが宮中で栽培されるようになったのは、八世紀前半、唐の玄宗皇帝の時代である。玄宗皇帝といえば思い浮かぶのは揚貴…

百合に魅せられて

…、「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」と美人を形容した句などは、現代でも十分通用する名句(?)である。 『野山草』より それにしても、江戸時代に観賞用に栽培されたユリには、さすがに園芸文化の花開いた時代だけであって多様であった。たとえば愛らしく丈夫なヒメユリ、鮮やかな桃紅色が美しいカノコユリ、奄美や沖縄に自生する純白のテッポウユリ、前述のササユリ、大輪と強い芳香が特徴でユリの王様ともいうべきヤマユリ(ヤマユリの変種「サクユリ」は伊豆半島や八丈島に咲くひときわ大きなユリで、…

植栽・庭園美術史

…「立てば芍薬、座れば牡丹」と言うように、この二つの花は美人の代名詞として知られる。この表現は、シャクヤクは茎が根元からまっすぐ伸びてその上に蕾を付け、そのさまは美人の立ち姿を連想させるからである。また、ボタンは枝分かれした先に花が咲くので、これを美人が座っている姿になぞらえたことからきている。 http://photozou.jp/photo/photo_only/245661/38517765?size=1024 http://photozou.jp/photo/photo…