楓 の検索結果:

四季の行楽

…ヌルテノモミヂ)や紅楓(モミヂ)など紅葉狩りをかね、谷中天王寺、品川東海寺、鮫州海晏寺などへ参詣かたがた出かけるのが普通だった。 十一月には、酉の日に行われる鷲明神の祭礼、酉の市(酉の祭)がある。葛西花又村鷲大明神社(足立区)、下谷田圃鷲大明神社(台東区)をはじめ、酉の市へは江戸市民だけでなく、近在の農民たちも訪れた。十方庵敬順は、熊手を売る者が多く、訪れた人は縁起物の熊手だけではなく抽笊なども魔よけになると買い求めていたと、『遊歴雑記』で述べている。 その他に、隅田川堤の看…

江戸庶民の楽しみ 77

…中村座で『高雄大明神楓玉垣』大入り 8月 桐座で『高尾宮本地開帳』大当たり 11月 市村座が『源氏再興黄金橘』で再興 11月 回向院で勧進相撲 ☆この年のその他の事象 1月 博奕禁止 10月 長谷川平蔵、火付盗賊改に命じられる ★天明年間の娯楽・行楽関連の事象補 ○寺院助成の富興行が多数許可 ○岡場所のような未公認の遊里が各所に広がる ○下谷正燈寺庭中、楓(カエデ)毎秋斜陽を惜むの名所に ○碑文谷法花寺の仁王尊、諸願成就すると次第に群集する薩埵拝し鰻を放し、榧八幡参詣、甚三…

安永年二~三年

…、殖木数百本出、松・楓等の直を付る 3月26日 飛鳥山(略)途野人等多く風流ならぬ(略)道行人群集、道灌山にて野童土器を投 4月朔日より6月21日迄 大師河原平間寺弘法大師中瀬稲荷、回向院にて開帳 4月4日より6月8日迄 本所表町本久寺祖師開帳 4月8日より5月18日迄 木下川薬師如来開帳 4月18日より6月8日迄 浅草寺観世音開帳 4月18日より6月8日迄 浅草寺内日音院雨宝童子、松壽院おたふく辨財天腹籠像開帳 4月 両国に「放屁男」の見世物、日々見物人が押し合う 4月 永…

★天明三年冬・十月~十二月

…後辻番前(略)上野中楓葉如錦、車坂より行、三河屋へ(略)戸繋伊勢屋に休む(略)薩埵拝す(略)御手洗へ鰻放し榧八幡参詣、此春より大坂下りの難波屋の女佳麗成由聞たる故、矢太臣門より出る、茶屋ハ四辻向角に在、女評判程にも非す、町中より弁天前へ出、裏口より伊勢屋へ(略)仁王門へ(略)人叢中(略)前路を帰る、上野日長原(略)不動坂(略)富士反畝(略)七過帰廬 廿五日○九前より湯島参詣(略)本郷通り鰻堤にて九の鐘聞ゆ、聖廟拝しお清鄽に休む、参詣少く植樹も少し、女坂より下り池端町にて杖を買…

★天明三年春・一月~三月

…桜皆植る、揚屋町江は楓を植甚賑し、扇屋花扇・丁字屋丁山等を見る(略)平吉杜若諷ふ、文三浮世物まね、眠子扇所作をする(略)二人へ祝儀遣ハす(略)六過起行、京町一丁めより東河岸、江都町一丁メ夜鄽を見、大門前にて男女道を隔行(略)大音寺前にて六半(略)感応寺(略)四時奥口より帰る 十六日○九半過よりお隆同道雑司谷参詣(略)大原町、猫また橋所々八重桜真盛、単ハ過半散落、姥か床机に休み護国寺仁王門瓦普講故抜門より入、桜真盛、飛花如雪、薩埵拝す、賑也、直に鬼子短神参詣、甚賑、和泉屋に休む…

★天明二年春・一月~三月

…前庄八庭へ行、桜真盛楓蝦手甚好(略)庭中巡覧(略)故権兵衛方へ(略)本道へ出る、酒鄽(略)無量寺にて摘草(略)笠志御用やしきへ(略)御用屋舗へ行、花見帰り甚多し(略)御屋敷内一丁四方計の芝間中に一丈許高く四方磴道有、御駕台也、登り見る、蒲公夥敷つみ又笠志内より無量寺辺摘草、所々花盛なり、庄屋門前にて氈を敷弁当披き休む(略)笠志前にて暇遣し、市衛門召連暮時帰る 十四日○八半過よりお隆同道西郊へ摘草に(略)酒屋辻より出、菜種盛りたり、山王山神主庭へ入橡にて耽望(略)坂下にて娵菜摘…

天明一年春・一月~三月

…弁当遣ふ、庭一面八汐楓等を植(略)平塚坂を升る(略)笠志茶店へ(略)無最寺前田畝にて摘草、牡丹花や前より畑中を螢沢江出、暮前帰廬 三月の日記から注目するのは、雛人形、浅草三社祭と善光寺如来開帳である。十軒店は、安永年間以前から雛人形の店が繁盛していたのだろう。次は、十五日の日記に記された浅草三社祭礼である。『武江年表』には「○三月十八日、浅草三絃権現祭礼久しく絶たりしが、今年御輿乗船、産子の町々より出し、練物を出す、其後久しく中絶す」とある。広小路東側の「東仲町にて出しをかつ…

信鴻のガーデニング天明四年

…バコ科)とする。 「楓」は、総称名カエデ(カエデ科)とする。 「皀角」は、サイカチ(マメ科)とする。 「忍冬」は、スイカズラ(スイカズラ科)とする。 「蒲公」は、タンポポ(キク科)とする。 「藤」は、フジ(マメ科)とする。 「松」は、マツ(マツ科)とする。 ○四月 四月の日記には7日間に植物名の記載がある。また、ガーデニング作業と思われる記述は、16日ある。収穫の記載は4日ある。それら日記に記された植物名は12、10種である。この年の新たな植物の種類は8種である。信鴻が六義園…

信鴻のガーデニング天明三年

…は、4日である。 「楓」は、カエデ(カエデ科)とする。 「桜」は、総称名サクラ(バラ科)とする。 「松露」は、ショウロ(ショウロ科)とする。 「杉」は、スギ(スギ科)とする。 「蒲公」は、タンポポ(キク科)とする。 「躑躅」は、ツツジ(ツツジ科)とする。 「彼岸桜」は、ヒガンザクラ(バラ科)とする。 「藤」は、フジ(マメ科)とする。 「松」は、マツ(マツ科)とする。 「宮城野萩」は、ミヤギノハギ(マメ科)とする。 「桃」は、モモ(バラ科)とする。 「芳野の桜」は、ヤマザクラ(…

信鴻のガーデニング天明二年

…ラン科)とする。 「楓」は、総称名カエデ(カエデ科)。 「菊」は、総称名キク(キク科)とする。 「雰島」は、キリシマ(ツツジ科)とする。 「黄山蘭」は、キンラン(ラン科)とする。 「山椒」は、サンショウ(ミカン科)とする。 「砂参」は、総称名シャジン(キキョウ科)とする。 「忍冬」は、スイカズラ(スイカズラ科)とする。 「杉」は、スギ(スギ科)とする。 「躑躅」は、ツツジ(ツツジ科)とする。 「鳥頭」は、トリカブト(キンポウゲ科)とする。 「南天」は、ナンテン(メギ科)とする…

信鴻のガーデニング天明元年1

…バラ科)とする。 「楓」は、総称名カエデ(カエデ科)。 「くこ」は、クコ(ナス科)とする。 「桜」は、総称名サクラ(バラ科)とする。 「桜草」は、サクラソウ(サクラソウ科)とする。 「八重桜」は、サトザクラ(バラ科)とする。 「椒」は、サンショウ(ミカン科)とする。 「春蘭」は、シュンラン(ラン科)とする。 「松露」は、ショウロ(ショウロ科)とする。 「忍冬」は、スイカズラ(スイカズラ科)とする。 「芹」は、セリ(セリ科)とする。 「狗背」は、ゼンマイ(ゼンマイ科)とする。 …

信鴻のガーデニング安永九年1

…バラ科)とする。 「楓」は、総称名カエデ(カエデ科)。 「燕子花」は、カキツバタ(アヤメ科)とする。 「観音草」は、キチジョウソウ(ユリ科)とする。 「栗」は、クリ(ブナ科)とする。 「桜草」は、サクラソウ(サクラソウ科)とする。 「椒」は、サンショウ(ミカン科)とする。 「春蘭」は、シュンラン(ラン科)とする。 「荵冬」は、スイカズラ(スイカズラ科)とする。 「杉」は、スギ(スギ科)とする。 「躑躅」は、ツツジ(ツツジ科)とする。 「つはき」は、ツバキ(ツバキ科)とする。 …

★安永八年夏・四月~六月

…へ寄少休む、四五日前楓橋の下にて堀出せし石を五六ツ遣ハせしを飛石に居る(略)土物店(略)七過帰る 廿二日別録○森田座頑要 廿八日○九半過(略)湯島参詣(略)町中幟建目赤縁日にて大挑燈出す(略)聖廟参詣、男坂いせ屋に休む(略)竹町徳大寺摩利天開帳へ行、宝物を見る、本堂にて上人談儀聴衆二十人計(略)山下へ出(略)細工物の虫を買ひ(略)猫・鼡の芸を見る、鼡に鑓をつかハせるを見、大松風を富䰗にて売る、御門主前(略)法住寺万巻結願ゆへ行、堂上僧衆行道参詣群集、七前帰る 『武江年表』四月…

★安永八年春・一月~三月

…向の植樹屋へ入、八汐楓に直を付れともうらす(略)根岸植木や二軒へ入民家の垂桜に穴沢に直を付させ、芋坂を上り、感応寺内谷中通首振宇平次園中を見、松楓に直を付れ共是も売らす、千駄樹にて二軒植樹屋を見、動坂植樹屋にて二息千汐楓を植居たり、爰にて楓・大膳桜を求め(略)暮過植樹来る、清兵衛三申庵北庭へ植る 廿日別録○森田座頑要 二月は、観劇が3日、出歩きも3日で全て浅草に出かけている。信鴻は、「尼の丐人」「葛西躍り」など街角の観察、植木の品定めなどをしながら楽しんでいる。町中に際立った…

信鴻のガーデニング安永八年1

…ラン科)とする。 「楓」は、総称名カエデ(カエデ科)とする。 「桜草」は、サクラソウ(サクラソウ科)とする。 「春蘭」は、シュンラン(ラン科)とする。 「忍冬」は、スイカズラ(スイカズラ科)とする。 「菫」は、スミレ(スミレ科)とする。 「すもゝ」は、スモモ(バラ科)とする。 「竹」は、タケ(イネ科)とする。 「蒲公」は、タンポポ(キク科)とする。 「躑躅」は、ツツジ(ツツジ科)とする。 「うづ」は、トリカブト(キンポウゲ科)とする。 「南天」は、ナンテン(メギ科)とする。 …

信鴻のガーデニング安永七年1

…バラ科)とする。 「楓」は、総称名カエデ(カエデ科) 「桜草」は、サクラソウ(サクラソウ科)とする。 「春蘭」は、シュンラン(ラン科)とする。 「茅」は、ススキ(イネ科)とする。 「薇」は、ゼンマイ(ゼンマイ科)とする。 「竹」は、総称名タケ(イネ科)とする。 「蒲公」は、タンポポ(キク科)とする。 「海石榴」は、ツバキ(ツバキ科)。 「野韮」は、ノビル(ユリ科)とする。 「柊」は、ヒイラギ(モクセイ科)。 「藤」は、フジ(マメ科)とする。 「槙」は、コウヤマキ(高野槙)と思…

信鴻のガーデニング安永六年1

…て記す種はない。 「楓」は、総称名カエデ(カエデ科)。 「風車」は、カザグルマ(キンポウゲ科)とする。 「樫」は、総称名カシ(ブナ科)とする。 「桜」は、総称名サクラ(バラ科)とする。 「杜鵠」は、サツキ(ツツジ科)とする。 「山淑」は、サンショウ(ミカン科)とする。 「茅花」は、ススキ(イネ科)とする。 「芹」は、セリ(セリ科)とする。 「薇」は、ゼンマイ(ゼンマイ科)とする。 「蒲公」は、タンポポ(キク科)とする。 「躑躅」は、ツツジ(ツツジ科)とする。 「藤」は、フジ(…

★安永六年十月~十二月

…金地院へ寄御経納め、楓樹を見、飯くら上杉侯前花や茶店(略)六本木へ行裏門より入(略)七過起行、前路を帰り長井町(略)愛宕の下長久寺観音(略)宇津辻より日蔭町(略)京橋松本(略)今川橋にて挑燈つけ六半過帰廬 廿七日○九過(略)真崎へ行(略)庄八辻より大沢館通山王山(略)上田畑仲台寺観音へ御経納め光明院同断、下田畑普門院観音同断(略)日暮裏より楓橋へ出門光寺を見、金杉安楽院へ入本堂を見る、寺中甚乾浄、寮左右棒松・楓樹並列、金杉戸川館北隅了源院(略)正燈寺楓を見る(略)土堤外白玉や…

★安永六年一月~四月

…杉の白髭へ参詣(略)楓橋より伶人町(略)坂本三辻(略)屏風坂下(略)誓願寺後より俵町四連へ出、太神宮門(略)新堀へ急行ゆへ、並木通り(略)浅草見附(略)當沢町(略)爺父橋(略)日本橋木戸(略)京橋よりすきや河岸、さへき木町、土橋、有馬前、隠岐わき、増上寺(略)森元町、中の橋より七半過着 九日○九過より魚藍、目黒へ願掛に(略)十番の橋より肥後殿橋(略)魚藍参詣、白銀台、熊本侯門前より高野寺前(略)目黒不動参詣(略)御殿山へ(略)品川新宿の真中へ出、高縄へ(略)白かね台へ上り、魚…

信鴻のガーデニング安永五年2

…である。なお、「八汐楓」の名があるが、カエデの園芸種と思われるが詳細は不明。 「唐黍」は、トウモロコシ(イネ科)とする。 「夕顔」は、ユウガオ(ウリ科)とする。 「むかこ」は、ヤマノイモ(ヤマノイモ科)とする。 「柿」は、カキ(カキノキ科)とする。 「桂花」「木犀」は、総称名モクセイ(モクセイ)とする。 「伽羅木」は、キャラボク(イチイ科)とする。 「子手□」は、表示できない文字があり、コノデガシワ(ヒノキ科)と推測するが、確証はない。 「枝豆」は、ダイズ(マメ科)とする。 …

信鴻のガーデニング安永五年1

…バラ科)とする。 「楓」は、総称名カエデ(カエデ科)。 「蕨」は、ワラビ(ウラボシ科)とする。 「杜鵠草」は、ホトトギス(ユリ科)とする。 「桜草」は、サクラソウ(サクラソウ科)とする。 「棣棠」は、ヤマブキ(バラ科)とする。 ○三月 三月の植物名の記載は、17日である。春草摘みの記載は、18日である。ガーデニング作業と思われる記述は、12日間ある。それらの中から、記された植物名は41で23種あり、新たな植物の種類は15種である。以下、日付順に示す。また、信鴻が六義園に移って…

信鴻のガーデニング安永四年1

…マツ(マツ科)。 「楓」は、総称名カエデ(カエデ科)。 「桐」は、キリ(ゴマノハグサ科)。 ○二月 二月の日記には14日間に植物名の記載がある。ガーデニング作業と思われる記述は、13日間ある。また、「野蒜・蒲公・土筆」などの春草摘みの記載が10日ある。それらの中から、記された植物名は20あるものの、新たな植物の種類は7種である。以下、日付順に示す。 「万年青樹」は、オモト(ユリ科)とする。 「野韮」は、ノビル(ユリ科)とする。 「蒲公」は、タンポポ(キク科)とする。 「豊後梅…

平穏な安永四年一月~五月

…茶やに休む(略)野村楓斑牡若を買ひ(略)山内より感応寺内より日暮里へかかり、見晴し水茶やに休み、寺門鎖ゆへ裏を廻り黄昏帰家 廿九日○七つより浅草参詣(略)谷中通上野中山下門より三河やに休み(略)駒形堂へ行、河水を望む、浪甚高し、直に観音参詣、御堂廻り下向、境や人なし、伊せやに休む(略)屏風坂門より入、人群集屏風坂込合近み難し、迹へつき行く、今日三十日大師屏風坂下より清水門へ移るを送る人也、清水門辻にて人みな尽き、いろはにて六の鐘聞へ、二丁計過て提燈つけ、六半頃かへる 四月の信…

信鴻のガーデニング安永三年1

…メギ科)とする。 「楓」は、カエデ類の総称名カエデ(カエデ科)とし、詳細な植物名は不明。 「ふき」は、フキ(キク科)とする。 「五葉松」は、ゴヨウマツ(マツ科)とする。 「尺南木」は、シャクナゲ(ツツジ科)とする。 「山ふき」は、ヤマブキ(バラ科)とする。 「姫柘植」は、ヒメツゲ(ツゲ科)とする。 「銀銭花」は、ギンセンカ(アオイ科)とする。 「青木」は、アオキ(ミズキ科)とする。 「武蔵鐙艸」は、ムサシアブミ(サトイモ科)とする。 「薇」は、ゼンマイ(ゼンマイ科)と思われる…

★祭礼と菊見を楽しむ、安永三年の九月十月

…川等追つく、正燈寺の楓を見る、茶みせに休む、大関の世子忍ひにて来、石川に聞かしむ、白玉屋に休む、主婆家に非す、真崎へ行、田に鷹多し、稲やにて支度、大平(略)、八過かしこを起ち渡しをのり堤上を南へ下る、白髭より半町計過て左畔へ下り東行一町計、行人に問ふ、跡へ下り堤下に傍ゆくへき由いふ、一町計にて又東行、棒松数本有、民家へ一町計入て松を買へき由いへ共、高直にいひ売さるゆへかしこを出、又垣内に柊あり、松あり、穴沢に命し買しむ、明後日持参へき由約す、秋葉裏門より入、所々を見、先妣進献…

放屁男と開帳

…、殖木数百本出、松・楓等の直を付る、中町より雛鄽少し有、八寸切禿直を付る、不負、又却行山下を廻り広小路より(略)油島参詣、京屋にて喫飯(略)○座敷見はらし都東一面(略)暮頃起行、本郷通り大番町入口にて挑燈をとほし、六過帰家 ・七日、快晴孤雲飛北風勤寒つよし○八前より他行、供(略)動坂より日暮里、舟繋松にて遠鏡を見る、直に上野清水山王にて休み、浅草境やへ寄、お袖不在、裏門より聖天町、真崎稲屋離亭にて支度(略)七半頃起行、土手白玉やにて小休、日よけ通りかへる、いろはより提燈とほす…

柳沢信鴻のガーデニング1773年の植物

…クシ科)である。 「楓」はカエデ(カエデ科)。カエデも詳細な種類があり、「青葉・八しほ・名月」「野村・手前山・鴫立沢」「浦苫や・初楓・唐棧錦・猩々」「青したれ・手向山」「千染楓」などがある。 そこで、『歌仙百色紅葉集』楓葉軒樹久(元文二年1737年)の『増補地錦抄歌仙楓』『公益地錦抄後出歌仙楓』『地錦抄付録』の楓の種類を以下に示す。『増補地錦抄歌仙楓』「小倉山・高尾・八染・笠取山・赤地錦・たむけ山・名月・しめの内・ときわ・切錦・青葉・かぎり・紅の波・紋錦・さを山・袖の内・鹿紅…

★浅草の賑わい(安永二年十一月・十二月)

…もる ○奥の普請場の楓を三本山へうつす 廿六日 少暖快晴東風雲有昼大暖夜より北風猛 廿七日 快晴北風猛 廿八日 快晴夜四半強地震七比中地震 ○八前より啜龍・珠成同道他行、供(略)谷中通り上野にかゝり正念寺へ行、甚寂寥、夫より御堂へ行、群衆難分裏門へ廻る(略)浅草へ行大賑、罌粟助豆蔵を見、黒門東側角の茶屋に休む、奥に屋敷十二三才之少人客有、供七八人○膳・茶飯・汁・大平・・煮豆、帰路廿二日之通、不忍にて点挑、燈、六過帰着 廿九日 快晴暁少地震折々浮雲出 ○落葉を焚 十二月 朔日乙…

★栗拾いと茸狩り(安永二年七月・八月)

…、「早朝藤代の根の萌楓を取り」「夕かた庭にて松・楓・もみの萌を取る」とある。廿五日は「妹背山草を除」「鉢殖の草花を畑へ殖、山の百合を石台へ移す」など。廿六日は「七より水分石の樹を作り、妹背山の松を作り暮て帰」。廿七日は「朝庭を廻る」「万年青木を庭へ植る」と続いている。 実生の苗を堀り、草刈り、移植、刈り込み剪定と、植木屋顔負けの作業をしている。上屋敷では行っていなかったと思われるのに、自ら率先してやるところを見ると、以前からよほどやりたいと思っていたのだろう。それにしても、十…

★花火(安永二年五月・六月)

… ○早朝藤代の根の萌楓を取り○夕かた庭にて松・楓・もみの萌を取る ○昨夜ぼの螢をお隆へ進む 廿五日 晴南風爽々弧雲飛如馳七比少しないふる ○妹背山草を除○鉢殖の草花を畑へ殖、山の百合を石台へ移す○夕花畠へ出 廿六日 快晴雲如流天気改暑強 ○七より水分石の樹を作り、妹背山の松を作り暮て帰 廿七日 陰雲多五過ハラハラ少至忽止 ○朝庭を廻る ○万年青木を庭へ植る○大谷に千染楓貰ふ○正平・喜太夫・助衛門に庭を見せる 廿八日朝涼し四前よりうす曇蒸暑強七前東より雲帰忽東風大快晴 廿九日 …