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信鴻のガーデニング天明三年

…イネ科)とする。 「百合」は、総称名ユリ(ユリ科)とする。 ○七月 七月の日記には3日間に植物名の記載がある。また、ガーデニング作業と思われる記述は、2日ある。収穫の記載はない。それら日記に記された植物名は3、3種である。この年の新たな植物の種類は2種である。信鴻が六義園に移って初めて記す種はない。また、植物を遣り取りした記録は、2日である。 「桔梗」は、キキョウ(キキョウ科)とする。 「山吹」は、ヤマブキ(バラ科)とする。 ○八月 八月の日記には6日間に植物名の記載がある。…

信鴻のガーデニング安永九年1

…科)とする。 「夏透百合花」は、スカシユリ(ユリ科)とする。 「緋百合」は、ヒメユリ(ユリ科)とする。 「笋」は、マダケ(イネ科)とする。 「麦」はオオムギと思われるが、確証がないのでムギ総称名(イネ科)とする。 ○六月 六月の日記には11日間に植物名の記載がある。また、ガーデニング作業と思われる記述は、12日ある。収穫の記載は3日ある。それら日記に記された植物名は18、13種である。この年の新たな植物の種類は7種である。以下順に示す。 六月の日記で、判断に迷った記述に「木朝…

★安永九年夏・四月~六月

…の覗き見せ物来る、姫百合買ひ金魚買(略)中町筆屋(略)湯島地蔵拝しお清か鄽に休む(略)聖廟拝す(略)開帳観音拝し西門より出、本郷通り(略)吉祥寺前(略)門へ入る時九の鐘聞ゆ 信鴻の五月の外出は二日しかない。六義園でのガーデニングに忙しかったのか、穴沢らが王子辺に螢狩りに出かけているが、同行していない。 ★六月 朔日○七半前より富士へ行、角伊勢屋(略)富士甚群集、裏門より入女坂より行、表門より出本道より神明原へ出、塗中大熱閙、清兵衛出、茶屋に(略)神明拝し御鷹剖屋前野通り、大観…

★安永八年夏・四月~六月

…広小路にて白仙翁為朝百合・薩摩菊・姫百合求め池の端通りを帰る(略)夕風涼しく桟崎妙法寺前水茶屋にて袷を着、鄽の小団扇二つ買、暮過帰廬 九日○八半より一ツ目弁天に此程金兵衛安置せし金昆羅参詣(略)不動前(略)本郷通り湯島(略)昌平橋(略)旭山茶屋(略)柳原通り両国見晴し水茶屋三間目に休み、直に丸屋(略)一ツ目橋を渡り弁天へ(略)堂上の僧に金毘羅安置の所を尋ね(略)拝し丸屋へ(略)金毘羅開扉せしやと尋ぬ(略)拝す(略)廻向院へ(略)金魚買ハせ帰る、両国(略)新橋(略)長者町、御成…

★安永八年春・一月~三月

…へかかり樹屋へ奇、黒百合・細辛・萩等を買ハせ、八ツ前帰廬 三月からは開帳の季節、『武江年表』には「根津権現境内にて、御旅所御本地領世晋開帳、○川崎平間寺厄除弘法大師本堂修復成就に付、開扉」が記されている。川崎は遠いので、信鴻は出かけないだろうが、根津は二十日と廿五日の2回も近くを通っている。しかし、信鴻の日記には、根津権現境内の開帳には触れていない。特に廿五日は、「名主門脇水茶屋に休む、老嫗有唐鳥見する」と、かなりの時間在していた。もし、開帳が催されていたなら気づいただろうに…

信鴻のガーデニング安永八年2

…科)とする。 「為朝百合」は、テッポウユリ(ユリ科)とする。 「とちの樹」は、トチノキ(トチノキ科)とする。 「茄子」は、ナス(ナス科)とする。 「松本仙翁花」は、マツモトセンノウ(ナデシコ科)とする。 ○六月 六月の日記には8日間に植物名の記載がある。ガーデニング作業と思われる記述は、18日間ある。また、収穫の記載は4日ある。それらの中から、記された植物名は11で11種あり、この年の新たな植物の種類は5種である。なお、植物名に「せん菜」がある。「せん菜といふ黄花にて葉ハ蓴に…

信鴻のガーデニング安永八年1

…ネ科)とする。 「黒百合」は、クロユリ(ユリ科)とする。 「桑」は、クワ(クワ科)とする。 「長春棘」は、コウシンバラ(バラ科)とする。 「細辛」は、サイシン(ウマノスズクサ科)とする。 「山淑」は、サンショウ(ミカン科)とする。 「椎」は、総称名シイ(ブナ科)とする。スダジイと思われるが確証はない。 「砂参」は、キキョウ科 ツリガネニンジン属の多年草を指しているものと思われ、ツリガネニンジンと推測するが、確信がないので総称名シャジンとする。 「紫蘭」は、シラン(ラン科)とす…

信鴻のガーデニング安永七年1

…ン科)とする。 「姫百合」は、ヒメユリ(ユリ科)とする。 「風蘭」は、フウラン(ラン科)とする。 「筍」は、マダケ(イネ科)とする。 「箭竹」は、ヤダケ(イネ科)とする。 ○六月 六月の日記には10日間に植物名の記載がある。ガーデニング作業と思われる記述は、11日間ある。また、収穫の記載は3日ある。それらの中から、記された植物名は16で15種あり、この年の新たな植物の種類は10種である。以下に示す。また、信鴻が六義園に移って初めて記す種は、アズマギク、ウキクサ、ナツツバキ、ミ…

信鴻のガーデニング安永五年1

…スギ科)とする。 「百合」は、総称名ユリ(ユリ科)とする。 「竹」は、総称名タケ(イネ科)とする。 「はちく」は、ハチク(イネ科)とする。 「隈笹」は、クマザサ(イネ科)とする。 「かとり草」は、ガガイモ(ガガイモ科)の可能性がある。 「さいかち」は、サイカチ(マメ科)とする。 「桜」は、総称名サクラ(バラ科)とする。 「荵」はノキシノブ(ウラボシ科)と思われるが、シノブ(ウラボシ科)の可能性もある。 「唐蓮」は、ハスの種類と思われるが、詳細種が不明。 ○六月 六月は、ガーデ…

信鴻のガーデニング安永四年2

…モ科)とする。 「姫百合」は、ヒメユリ(ユリ科)とする。 「紅黄草」は、コウオウソウ(キク科)とする。 「秋海裳」は、シュウカイドウ(シュウカイドウ科)とする。 「布袋竹」は、ホテイチク(いね)とする。 「釣荵」は、シノブ(ウラボシ科)とする。 以上の他に「名しれさる」とあり、植物数としては一つ増えることになる。 ○六月 六月は、ガーデニング作業と思われる記述が12日あるものの、植物名を記載した日は3日である。記された植物名は3しかない。新たな植物の種類は以下の1種である。 …

平穏な安永四年一月~五月

…て紫陽花・鬼石菖・姫百合・紅黄草求め、中町通り油島参詣、例の茶屋に休む、芝居崩れを見、前道をかへり、中町墨屋(略)又梅元に休み、蓮池通り備後前にて六拍子木聞へ、上野の鐘響き、御鷹部やにて寺々の鐘聞へ、六過帰る 十九日○四過より龍興寺開帳へ行(略)土物店右へ十間計にて大門也、門内一町余五十幅三問に掛る、参詣多し、奥の問に兆殿司水鏡の像有、僧縁起を演説、帰り鶏声、窪土井門前沼の如し、石橋より道よし、姫路侯裏門前より右折、又光岸寺後ろより伊せ屋角、九ツ時かへる 廿二日○浅草へ(略)…

信鴻のガーデニング安永三年2

…りである。 「鳳凰閣百合葵」は、『牧野新日本植物図鑑』には記されていないが、スカシユリ園芸種(ユリ科)と推測する。 「石菖」は、セキショウ(ショウブ科)とする。 「岩檜葉」は、イワヒバ(イワヒバ科)とする。 「愛宕蘇」は、クラマゴケ(イワヒバ科)とする。 「隈笹」は、クマザサ(イネ科)とする。 「筍」は、マダケ(イネ科)とする。採取時期は、今の六月中旬以降ということから、モウソウチク(イネ科)ではないことは明らかである。ただ、ハチク(イネ科)の可能性もあるが、マダケより少し早…

信鴻のガーデニング安永三年1

…科)とする。 「葉姥百合の如く花六片」を、どのように解釈するか。ウバユリ(ユリ科)は、葉は5ないし6、花被片は6である。ウバユリを指すものと思われるが、信鴻がウバユリを熟知していて「如く」と書いているのであれば異なる植物となる。 「白花茶に似たる花」も上記と同様、チャノキ(ツバキ科)と思われるが、他の植物である可能性がある。 「土筆」は、スギナ(トクサ科)とする。 「茅」は、チガヤ・スゲ・ススキなどを総称する名称である。ここでは、『牧野新日本植物図鑑』からススキ(イネ科)とす…

柳沢信鴻のガーデニング1773年の植物

…桃」ヤマモモ、「山の百合」ヤマユリ、「蘭」ラン、「水竹」ミツガシワなどがある。 他に名前の判断に迷うものとして、「五加松」(五葉松?)と「葉長髭松」(ダイオウマツ?)があり、マツであることは確かだが現代名を示すことはできない。また、「黒ほこ」と記されているもの、植物名か否か、何を指しているかわからない。 以上の植物名は、「初茸」「松茸」「栗」などの食べ物を除いていたが、ガーデニングを楽しむという活動と見れば異論があるだろう。確かに、収穫もガーデニングに含まれるものであるが、信…

★栗拾いと茸狩り(安永二年七月・八月)

…の草花を畑へ殖、山の百合を石台へ移す」など。廿六日は「七より水分石の樹を作り、妹背山の松を作り暮て帰」。廿七日は「朝庭を廻る」「万年青木を庭へ植る」と続いている。 実生の苗を堀り、草刈り、移植、刈り込み剪定と、植木屋顔負けの作業をしている。上屋敷では行っていなかったと思われるのに、自ら率先してやるところを見ると、以前からよほどやりたいと思っていたのだろう。それにしても、十五万石の大名が隠居後に庭作業にのめり込むのは異例のことだろう。なお、大名のガーデニング好きいるもので、10…

★花火(安永二年五月・六月)

…の草花を畑へ殖、山の百合を石台へ移す○夕花畠へ出 廿六日 快晴雲如流天気改暑強 ○七より水分石の樹を作り、妹背山の松を作り暮て帰 廿七日 陰雲多五過ハラハラ少至忽止 ○朝庭を廻る ○万年青木を庭へ植る○大谷に千染楓貰ふ○正平・喜太夫・助衛門に庭を見せる 廿八日朝涼し四前よりうす曇蒸暑強七前東より雲帰忽東風大快晴 廿九日 朝うす曇六過きて村雨ふる村雨折々至日出ては又ふる涼雨至四前日色出昼晴大暑酉風漸夜雨少 ○朝珠成同道、園中へ出、藤代山にて騒雨至、樹下に休み 卅日 雲多天晴て折…

『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分6

…ると思えない。 ・「百合草るひ」(ユリの類)は、本文に37品も紹介しているだけあって、詳しく解説している。当時は「ゆりの根」球根を、「玉・とち・れんげ」と呼んでいたようだ。栽培で最も気をつけることは根腐れらしく、「花壇を地より少シ高クして」、「砂ハ水をふくむゆへニよろしからず」、球根を横にして「霖雨の時れんげへ水をふくまぬ」ようと注意している。これらは間違っているとは言えないものの、現代では問題もある。植えつけ位置を高くすると、近年の温暖化で高温になり枯れる危険がある。ユリは…

『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分4

…同じ表記である。 「百合草るひ」はユリ総称名、本文中の「百合草るひ」と同じ表記である。 「ゆわう草」はクサレダマ、本文中の「ゆわう草」と同じ表記である。 「ゆきの下」はユキノシタ、本文中の「雪の下」に対応するものだろう。 め 0品、記入なし。 み 3品 「深山しきみ」はミヤマシキミ、本文中の「深山樒」に対応するものだろう。 「水葵」はミズアオイ、本文中の「水あふひ」に対応するものだろう。 「ミやうが草」はヤブミョウガ、本文中の「ミやうが草」と同じ表記である。 し 15品 「沙…

『花壇地錦抄』5 草花秋之部

…忍草」は、シノブ(ウラボシ科)。 「忘草」は、ノキシノブ(ウラボシ科)。 「箱根草」は、ハコネソウ(ウラボシ科)。 ○冬草之部 「冬草之部」は5品あり、すべてに説明がある。「江戸版」「京都版」とも同数でほぼ同じである。これらを『牧野新日本植物図鑑』などから推測すると以下のようになる。 「水仙花」は、スイセン(ヒガンバナ科)。 「冬牡丹」は、カンボタン(キンポウゲ科)。 「寒菊」は、カンギク(キク科)・総称名。 「寒葵」は、カンアオイ(ウマノスズクサ科)。 「寒百合草」は不明。

『花壇地錦抄』4 草花春之部・草花夏之部

…。 △草花夏之部 ○百合草のるひ 「百合草のるひ」は37品あり、すべてに説明がある。「江戸版」「京都版」とも同数でほぼ同じである。「夏すかし・天目ゆり・筋ゆり・たもとゆり・黒紅・豊嶋・白黄・大嶋ゆり・武嶋・車ゆり・ためとも・ささゆり・鎌倉ゆり・琉球・はかた・緋ゆり・姫ゆり・唐ゆり・南蛮・鬼ゆり・姥ゆり・鹿子ゆり・大ゆり・白ゆり・白八重・くもりゆり・京ゆり・てうせんかさゆり・金澤・ゑぞゆり・ゑちご・こくゆり・さゆり・黄平戸・紅平戸・かき平戸・うす平戸」の中で、『牧野新日本植物図…

『花譜』の植物名

…ラン(ラン科)。 「百合」は、ユリ(ユリ科)・総称名。 「凌霄花」は、ノウゼンカズラ(ノウゼンカズラ科)。 「剪秋羅」は、センノウ(ナデシコ科)。 「秋海棠」は、シュウカイドウ(シュウカイドウ科)。 「牽牛花」は、アサガオ(ヒルガオ科)。 「茶蘭」は、チャラン(ラン科)。 「金沸草」は、オグルマ(キク科)。 「萍蓬草」は、コウホネ(スイレン科)。 「慈姑花」は、クワイ(オモダカ科)。 「鉄色箭」は、ナツズイセン(ヒガンバナ科)。 「浮薔」は、ミズアオイ(ミズアオイ科)。 「飛…

十六世紀の植物名について3 初見の検討

…万葉集785年前 ・百合草 ユリ(ユリ科)・・・総称名・・・ユリの初見→古事記712年 ・蓬莱 ヨモギ(キク科)・・・種名・・・ヨモギの初見→万葉集785年前 ★蘭 ラン(ラン科)・・・総称名 ◎柃桙 リョウブ(リョウブ科)・・・種名・・・リョウブの初見→本草名物附録1672年? ・林檎 リンゴ(バラ科)・・・種名・・・リンゴの初見→本草和名918年頃 ・龍膽 リンドウ(リンドウ科)・・・種名・・・リンドウの初見→古今和歌集914年頃 ・茘枝 レイシ(ムクロジ科)・・・種名・…

十六世紀の植物名について2

…古事記712年 ◎早百合 ササユリ(ユリ科)・・・種名・・・ササユリの初見→抛入花伝書1684年 ◎紫薇 サルスベリ(ミソハギ科)・・・種名・・・サルスベリの初見→毛吹草1645年 ・弱檜 サワラ(ヒノキ科)・・・種名・・・サワラの初見→山科家礼記1457年 ・山椒 サンショウ(ミカン科)・・・種名・・・サンショウの初見→古事記712年 ・椎 シイ(ブナ科)・・・総称名・・・シイの初見→古事記712年 ★地黄 ジオウ(ゴマノハグサ科)・・・種名 ・紫苑 シオン(キク科)・・・…

『続華道古書集成』全五巻の花材1

…柏)」「糸杉」「竹島百合」「八代草」「御帯花」5種である。 「鳫翅(柏)」は、スギ科常緑針葉樹サワラとした。 「糸杉」は、スギ科常緑針葉樹センニンスギとした。 「竹島百合」は、ユリ科多年草タケシマユリとした。 「八代草」は、キキョウ科多年草ヤツシロソウとした。 「御帯花」は、バラ科落葉小高木コゴメウツギとした。 ★『允中挿花鑑』に記された新しい花材は、「山査花」「紅繡毬」「十月櫻」「石龍丙」「木香花」「ヤナギサウ」6種である。 「山査花」は、バラ科落葉低木サンザシとした。 「…

『明治四十五年・大正一年日記』

…日(木)。晴。・・・百合、罌粟開く。」 ヤマユリと前年買ったケシ(ヒナゲシ?)が咲いた。その後、開花の記述は九月までない。ただ、六月二十三日(日)に、妻、茉莉、杏奴と共に小石川植物園へ出かけている。そして、七月二十一日の夜、『田樂豆腐』を書き終えたとある。さらに、七月二十九日(月)に、「茉莉、杏奴植物苑に往く。」とある。 大正一年九月 「十九日(木)。陰。胡枝花開く。」 「二十日(金)。陰。・・・紫苑開く。」 胡枝花は漢名で、マメ科のハギ、ヤマハギであろう。翌日、シオンが咲い…

『書簡に見られる花』

…れいだ。よその村には百合がさくとこがあるさうだがおれはまだ見ない。・・・」 八月七日 森於菟宛 「野にさめてさすかたしらぬあこがれにうつむき立てる姫百合のはな あした媚ぶる紅鳳仙花ひとり野にわれそだちぬとひそめきかたる こと草に丈はおとらぬ葉鷄頭すくすくしさよまだ色づかぬ」 八月初 小金井きみ子宛 「・・・普通は『ひぐるま』とは『ひまわり』即ち向日葵の別名のやうにおもふが『ひまわり』の花なら少くとも直徑かね一尺以上ある。其莖はにんじん牛蒡の根くらゐある。あれを髪にさす女の顔は…

『明治三十一年日記』1

…二十五日(土)。鉄砲百合開く。」 ビヨウヤナギの場所は不明。テッポウユリは花畑で咲いた。 ・七月 「三日(日)。萱艸、桔梗、『ダリアス』、薊けし開く。」 萱艸は萱草、これは、『山椒太夫』にも出てくるヤブカンゾウである。ダリアスはダリア。『』括弧書きの意味は不明、何種類もあったからか。 薊けしは、ケシ科のアザミゲシ。葉はアザミに似ていて、花はケシに似ていることから名付けられた。花の色は黄色。これらの花は、花畑で咲いていたのだろう。 「六日(水)。百日草開く。」 ヒャクニチソウの…

『花暦』4

…月二十五日 テッパウ百合 「テッパウ百合」は、ユリ科のテッポウユリ(鉄砲百合)であるが、園芸品種らしい。テッポウユリの開花は五月中旬で、鷗外が見た時期では遅すぎる。現代では、園芸品種の新テッポウユリがちょうどこの時期に花を咲かせる。鷗外の庭に植えられていたユリは、今の新テッポウユリとは異なるが、園芸品種の一つであった可能性が高い。 六月二十八日 天竺牡丹 ビロウド花(ダリアス) 「天竺牡丹は」、キク科多年生草本のダリア。他にも「ビロウド花(ダリアス)」とあることから、違う種類…

『花暦』3

…呼んでいた。 現代では、白花のキョウガノコを見るのは難しい。なお、キョウガノコは、バラ科越年生の草本コシジシモツケの園芸品種である。そのため、コシジシモツケの白花の可能性もある。 六月十二日 百合ノ如キ黄大花 ユリのような黄色い大きな花が咲いた。後で名前を調べるつもりで記したのだろう。 六月十八日 サラノ木 「サラノ木」は、ツバキ科落葉樹のナツツバキ。この木は、鷗外の好きな木である。ナツツバキを「シャラノキ」と言うのは、インドのシャラノキ(沙羅樹)と間違えたことによるらしい。

『花暦』2

…には、キチジソウとキチジョウソウがある。和名の吉祥草は、フッキソウの別名でキチジソウ。ツゲ科の常緑低木である。漢名の吉祥草はキチジョウソウでユリ科の多年生草本、秋に開花する。開花時期から考えて、「キチジ草」はフッキソウであろう。 四月四日 貝母 「貝母」は、ユリ科の多年生草本バイモ。原産は中国で、貝母は漢名。和名はアミガサユリ(編笠百合)という。バイモは、早春に他の植物に先立って芽をだすことから、鷗外が注目した植物である。小説『サフラン』の他、鷗外の日記にも度々登場している。