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信鴻のガーデニング安永四年2

…載は、「いちこ・笋・梅子」などと変わり、4日に減っている。ガーデニング作業と思われる記述も10日となる。それらの中から、記された植物名は31ある。新たな植物の種類は11種である。以下、日付順に示す。 「いちこ」は、キイチゴ(バラ科)と思われるが、確証はない。 「笋」は、マダケ(イネ科)とする。 「茗荷」は、ミョウガ(ショウガ科)とする。 「高野榧」は、コウヤマキ(スギ科)とする。 「紫陽花」は、アジサイ(ユキノシタ科)とする。 「鬼石菖」は、ショウブ(サトイモ科)とする。 「…

信鴻のガーデニング安永四年1

…キンポウゲ科)。 「梅」は、ウメ(バラ科)。 「もみ」は、モミ(マツ科)。 「海石榴」は、ツバキ(ツバキ科)。 「もち」は、モチノキ(モチノキ科)。 「南天」は、ナンテン(メギ科)。 「柊」は、ヒイラギ(モクセイ科)。 「もち陀羅葉」は、「もち」と「陀羅葉」と分けた。「陀羅葉」は、タラヨウ(モチノキ科)と推測する。なお、「もち陀羅葉」でタラヨウとしているかもしれないが、判断できない。 「棒樫」は、総称名カシ(ブナ科)。シラカシやアラカシなどを棒状に仕立てたものであると推測する…

平穏な安永四年一月~五月

…ふ、浅野に鉢うへ接分梅貰ふ 三日○妹背山へ穴沢妻召連、羽子をつく○新助来、絵本四の時貰ふ、おりう羽子板・道中双六貰ふ 四日○妹背山にて羽子を突 五日○節分祝如例 十三日○三河万歳来、舞 十九日○昼お氷より年始の文来 廿一日○風神門内鳥取侯西台観式参詣人群集、観音へ詣 廿六日○新堀へ行(母・利知子宅) 廿七日○三花より年始状来 信鴻の元日は、何か改まった儀式とまでいかなくても、新年を迎えた催しがあるかと思っていたが無いようである。また、元日に身内以外の人が訪れ、贈り物(福寿草)…

信鴻のガーデニング安永三年2

…る。 ○五月の季節は梅雨で、植え替えに適した時期であり、前月以上の19日も作業を行っている。植物名が記載されたのは14日で、新たな植物は以下の通りである。 「鳳凰閣百合葵」は、『牧野新日本植物図鑑』には記されていないが、スカシユリ園芸種(ユリ科)と推測する。 「石菖」は、セキショウ(ショウブ科)とする。 「岩檜葉」は、イワヒバ(イワヒバ科)とする。 「愛宕蘇」は、クラマゴケ(イワヒバ科)とする。 「隈笹」は、クマザサ(イネ科)とする。 「筍」は、マダケ(イネ科)とする。採取時…

信鴻のガーデニング安永三年1

…ンポウゲ科)。 「紅梅」は、現在でも使われている言葉ではあるが、『牧野新日本植物図鑑』には種名と記されていない。そのため、種名としてはウメ(バラ科)とする。後に、「源氏梅」「薄紅梅」などが記されている。なお、『花壇地錦抄』の梅の品名には、「紅梅」「源氏梅」「薄(うす)紅梅」の名称がある。 「朝雰海石榴」は、ツバキ(ツバキ科)とする。後に、「海石榴八ッを求む(春日野・鳥の子・白鴫・南京絞・もみこし・限り・玉取・塩かま)」などがある。『花壇地錦抄』の椿の品名にあるのは、「春日野」…

花壇綱目 序

…ば、色々な花の中で、梅は香りの良い筆頭であるから、人気の花として中国でも日本でも愛好者が多い。世に云う放翁①が詩歌を吟じる羅浮林(梅の名所)で、春に遊ぶ人もあり、また西の台で昔の月を慕うときも、花をいとしむものである。桜は、我国の愛でる花であり、王荊公③の歌にも詠まれている。牡丹は、花の王者として最も優れ、馥郁高き香りを愛し、しかも李白④は「清平調」の詩で謡っている。菊は、隠逸の景気を醸し、陶潜⑤が弄び愛好した。蓮は、花の君子と褒めたたえられて、周茂叔⑥が詩に詠んでいる。千紫…

★冬の物見遊山・安永三年十一月十二月

…、畔道を又大道へ出(梅・槇・桂樹有直を聞しむ)薪屋甚八へ新助をやり立寄ん事を申つかハす、僕出道霜鮮にて大滑ゆへ春来へき由断るゆへ帰る、二町計過て前の僕来、主人の通し申ささるを甚呵し由追つきていふゆへ、重而行へき由申遣し、暮れ前帰る」。 十二月 「七日 快晴昼より雲出没乾風烈東に洞雲満七過少地震之由○九過より珠成同道浅草へ行、供(略)谷中通り、上野にて北風出次第に寒し、柳稲荷三河やに休み、境やに休む、お袖鄽上に有、浅艸にて尊像三ツ買、並木にて中車紅絵三ツ買、駒形手前迄ゆく、昨日…

★正月の楽しみ、安永三年

…かけている。花見は、梅見からはじまり、三月の観桜へと続く。信鴻は、向島の梅屋敷や飛鳥山などの様子を日記に残している。 ・二月朔日(大快晴)○九過他行、供(略)富士裏より谷中通、車阪より弘徳寺前御堂前を過、南へ又東へ通りへ出、駒かたにて舟を借、舟工口説あり、故に竹町より川をわたり、業平橋、中の郷、堤上左右篠原行人多し、堤上にて老嫗二人に逢、梅屋敷へ行よし打つれ行、左畔ハ横川、向ひハ曠野、春色烟霞風景好、それより右折、町の間より梅屋布へ行、柾檣囲ひ薄紅の梅大小二十株計、正中臥龍梅…

柳沢信鴻のガーデニング1773年の植物

…する場合もある。 「梅」はウメ(バラ科)。ウメについては、30回以上記されており、「貰ふ」が最も多く、「求む」「買ふ」「来る」「遣ハす」など様々な形で記されている。ウメは、詳細な種類も記されており、「難波紅・桜かひ・春軸・児紅」「西王母・飛鳥川・八重春軸」「陶朱公・俳梅・舞姫」「難波鶯宿接分・八重源氏」「八重児・紫絞・十のうめ」「児遊・□雪の雪」「田子浦・ひよく」「花かみ・菊川」「豊後二・未開紅・和泉紅・式部紅・飛入紅」「寒紅梅」「真紅梅」「節分梅」「大垂小垂梅」「東橡梅」「…

★浅草の賑わい(安永二年十一月・十二月)

…、汁(芋茎煮)猪口(梅煮)大平(芹・塩松茸・肉・麸・長芋)。廻向院前にて甘餻(犬皮椿梅餻)求む、茶屋にてきせ餻を喫す、帰路浅草門より出、洞雲根はれ半天に上り雨少至、石川は「風出へし」と言、其余は霧至らんと言、賭にする、庄内侯脇より右折、馬場の前佐竹下邸の脇、立花邸の裏、桑名侯下邸、佐竹邸より左折、御徒街黒門前へ出、雨頻に至らんとす、日沈む(略)上野の中谷中通りいろは入口茶鄽に床む、隣娼家へ酔漢来、大罵、樽を以戸を翻壊らんとする故、道をよけ東の街へ、千駄樹にて挑燈をつくる、暮過…

★花火(安永二年五月・六月)

…を取、新堀へ遣す ○梅鉢うへ三ツ明目染井へ遣ハす、蟻の付たる海石榴を殖かへ蟻を殺す 十六日 快晴白雲満極熱烈暑月大清夜大熱不寝 十七日 快晴大烈暑月色大清 十八日 炎烈如火尾月色如昼 十九日 快晴大烈暑夕白雲流晩色紅月如昼 ○隠元小豆をとる 二十日 炎烈日々劇し大快晴 ○玄杏水竹鉢置を貰ふ 廿一日 快晴大暑白雲如水 廿二火 朝鬱雲多次第晴大烈暑。朝四過ハラハラ少夜明前より時雨少 二十三日 一面陰蒸気強四前より小雨頓而雨沛然、無程止折々時雨至東風林樹に渡る ○六半前お隆駒込へ移…

★凧揚げ(安永二年閏三月・四月)

…。季節は春から初夏、梅雨へと移り、一年でも最も過ごしやすい時期である。天候も比較的恵まれていたものと推測され、信鴻は閏三月に凧揚げを6回も行っている。まだ大和郡山藩十五万石の大名であるのに、と思うと微笑ましくも感じる。そして、凧揚げについての資料は意外と少なく、実際に行った記録をあまり見ない。日常的な活動は、記録に残りにくい典型であろう。大半の記述は、正月の遊びであるくらいで、日時や誰がやったという具体的な記録がない。その点で、信鴻の記録は興味がそそられる。 当時も凧揚げの主…

★安永二年二月・三月

…さき御とも、海鮮・紅梅鉢うへ・姻袋を貰ふ 四日 雲あり夜四(午後10時)過いたうないふるふ 五日 快晴 六日 くもる ○九ツ(正午)過、母君御入、興津・昌御供、花やより海石榴三鉢(濡ふれ・両雨紅・胡蝶仇介)を求む 七日 夜中より雪森々漫終日不止夜より繊雨 八日 くもり折々繊雨次第に空あかみて晴かかる宵より雨蕭々 九日 雨蕭々夜南風大猛屋梁を揺かす夜 十日 暁より雨止風なお烈しされとも半を減す快晴夜より雨蕭 ○郡治を金毘羅へつかハし、梅鉢うへを買ふ(八重児・紫絞・十のうめ) 十…

★正月の楽しみ(安永二年一月)

…海石榴鉢うへニツ・白梅一ツを賜ふ(姉君は六本木に住む千賀子) 五日 雲あり 六日 雲あり 七日 日和好 八日 日和好冱 九日 一面陰雲満昼より雨森々七過より快霽 十日 日和清明 ○土肢侯御内証お秀より年玉、盃二貰ふ ○五加蔵金毘羅へ殖木買に行 ○阿隆、幾浦・袖岳・住・町・森衛門より梅鉢うへ五ツ貰(阿隆は側室、幾浦以下は侍女) 十一日 日和好 ○八過信明・信古来、近辺遊行する(信明は息子) 十二日 大曇る ○八過信古来る、昨日芝辺遣蓬につき鉢殖接分梅を貰ふ ○西都より鉢うへ梅三…

★盛り上がる江戸の祭り

… ・三月、市村座で『梅若菜二葉曽我』六月まで大入りとなる。 春頃、牛込久成寺での上総国埴生郡妙宣寺開帳を含め3開帳が催される。 ・四月、回向院での安房国那古寺開帳を含め4開帳が催される。 ・六月、米価高騰のため紙札幟を立てて奉行所へ参集する。 ・七月、下谷玉泉寺で佐渡一谷妙照寺開帳が催される。 ・十月、谷中修性院の庭、この年より開き、遊觀の場所になる。 ・十一月、市村座で『今様道成寺』大当たりする。 ・寳暦七年(1757年)三月、芝神明境内での近江多賀大社開帳を含め4開帳が催…

★見世物の経済

…る。 春頃、浅草寺中梅園院開帳を含め5開帳が催される。 ・四月、深川永代寺での大坂御城鎮守開帳を含め6開帳が催される。 ・五月、浅草大護院八幡宮修復のため8日間寄進能興行が催される。 ・六月、山王権現祭礼が催される。 ・七月、回向院での羽州湯殿山開帳を含め5開帳が催される。 ・八月、屋形船を飾って乗り回す川施我鬼を禁止する。 ・十月、風邪が流行する。 ・十一月、中村座の『伊豆軍勢相撲錦』、団十郎・宗十郎・菊之丞三人の三千両の顔見世となる。 ○牛込神楽坂行先寺開帳を含め3開帳(…

★庶民の見世物が流行

…原仲之町で季節ごとに梅や桜の植替える、夜桜の初めとなる。 ・四月、永代寺での鎌倉八幡宮開帳を含め5開帳が催される。 ・六月、山王権現祭礼が催される。 ・七月、南伝馬町の湯屋に女湯風呂が許可される。 ・八月、中村座で『酒呑童子』が大当たりする。 ・十月、魚鳥野菜の初売りの利を抑制する。 ・寛保二年(1742年)二月、高田穴八幡で開帳が催される。 ・三月、市村座で『今様七変化』が大当たりするが、六月の大喧嘩で中止となる。 春頃、浅草寺で人馬に似た軽業興行、大当たりするが、五月に禁…

★御開帳

…・十一月、中村座で『梅暦婚礼名護屋』が大当たりする。 ・十二月、江戸で独楽遊びと独楽販売を禁止する。 ○東叡山清水堂開帳を含め2開帳(開帳期間不明)を催す。 ・享保十五年(1730年)一月、中村座で『唐錦国性爺合戦』団十郎が銀箔の足駄で御咎となる。 ・一月、市村座で『年暦幼曽我』が春より大当たりする。 ・二月、賭博で使う道中双六類の出版を禁止する。 ・五月、高田八幡宮が破損し、喜田七太夫の勧化能興行を催す。 ・十月、中村座で『相生獅子』初下り、瀬川菊之丞が大当たりする。 ・十…

★花より団子の花見スタイル

…・三月、角田川木母寺梅若丸の七百五十年忌開帳が催される。 ・三月、中村座で『国性爺』団十郎が大当たりする。 ・六月、山王権現祭礼が催される。 ・六月、本所香取神社で開帳の常陸阿波大杉大明神が乗り移ったと評判、参詣人が集まる。 ・七月、大雨で浅草、千住辺が出水する。 ・十一月、中村座で『八陣太平記』初演、セリ出しが大評判となる。 江戸に住む住民のうち、実際に花見をした人々というのはどの程度いたのだろうか。まず、花の見ごろは一週間くらいであるが、天候に左右されやすいことから実際に…

御開帳2

…・三月、向島木母寺で梅若丸七百三十五年忌の大念仏回向を催す。 春頃、回向院での稲毛薬師開帳を含め3開帳が催される。 ・七月、市ヶ谷八幡宮で嵯峨法輪寺開帳が催される。 ・八月、山村座で『鳴神』二代目団十郎初めての大当たりする。 ・七月、女巡礼の町中の勧化、念仏講中の提灯をかかげて歩くことを再禁止する。 ・九月、神田明神祭礼が催される。 ○護国寺・小塚原天王之社などの地内で繰芝居行われる。 ・宝永八年(1711年)一月、中村座で『関白角田川』の歌念仏が大当たりする。 ・三月、辻駕…

御開帳

…座で『泰平出世景清白梅旗』新しき仕組大当たりする。 ・十二月、女性の踊子師匠を禁止する。 ○浅草大護院・芝土器町観音寺等の地内で繰芝居が行われる。 ○湯島天神開帳を含め2開帳(開帳期間不明)が催される。 「行楽」という言葉は、江戸中期にはすでに一般に使われていたようだ。現代では、「行楽」というと、自然の中で遊んだり、散策したりというイメージだが、江戸時代の「行楽」はそれとは少し違う。八代将軍、吉宗の頃になると、上層の町人だけでなく、庶民にも経済的なゆとりが生まれたからか、庶民…

★歌舞伎芝居草創期

…や市村座『伊勢踊』『梅がつま』などで毎年のように大入り・大当たりを取っている。寛文十一年(1671年)、村山又三郎が日本橋葺屋町に村山座を設立するなど、歌舞伎への人気は一層高まっていった。中村座では、寛文十三年(1673年)初代市川団十郎が初舞台、『四天王稚立』は好評であった。観客が増える中で、延宝五年(1677年)には、中村座と市村座が雨除けのための休憩所として間口五間(約9m)、奥行一丈(約3m)の「平土間の一部を覆うもの」が造られたという記録が残っている。 歌舞伎芝居を…

★幕府の思惑も絡んだ芸能界の既得権争い

…。 十月、市村座で『梅が妻』大当たり。 十一月、町中の売太女を新吉原町の者に検索させる ○神田明神社境内に玉川久三郎座が設立する。 ○市中一般の銭湯が徐々に盛んになる。 寛文六年(1666年)二月、幕府、諸国山川掟を定める。 五月、市村座で玉川千之丞『忍び車』の所作事又々大入り。 六月、山王権現祭礼催される。 六月、町人の素人芝居禁止する。 七月、吉原で喧嘩した罪により、表坊主(オモテボウズ)四人が斬刑となる。 七月、将軍、二の丸で花火を観覧する。 九月、伊勢大掾座で薩摩…

★徐々に盛んになる庶民の遊び

…)三月、隅田川木母寺梅若塚・浅茅原妙喜庵に参詣者群集する。 三月、十八日の浅草寺縁日に参詣者群集する。 六月、山王権現祭礼催される。 六月、猿楽の役者等に家業の古法を守り衣食住の倹約を示達する。 六月、蹴鞠名手外郎右近、禁制の曲足を行い、飛鳥井家から訴えられ大島遠島となる。 ・慶安一年(1648年)二月、勧進相撲、辻での鞠蹴りや宝引、川端での的射等を禁止する。 二月、町人の伊勢参・大山参における、華美な服装などを禁止する。 二月、町人に衣服は絹紬、刀、脇差しは美麗に作らないこ…

江戸庶民の楽しみ 庶民の遊びが始まる前

…・うす色ハス、水仙、梅などの茶花を挿した茶会を正月廿五日、二月九日、五月十三日、六月二日、十月十八日、十二月十四日の茶会記に記す。 ○喧嘩口論・博奕を禁止する。 ・慶長八年(1603年)二月、江戸に幕府が開かれる。 ○女歌舞伎(演劇というより踊りが主であった)が上演される。厳密には念仏踊りや風流踊りといったもので、この時の観客も武士を想定したものとされている。この頃には、麹町と神田鎌倉河岸に10数軒、柳町20軒など各地に遊女屋散在していた。 この年江戸町割を命じたという。神田…

『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分7

…翹、連玉、椿、つげ、梅のるひ、むくげ、梅嫌、くちなし、柳、やまぶき、まさき、またたび、ふやう、ふじ、こでまり、あじさい、榊、櫻、さつき、きやらぼく、深山しきみ、下野、びやくしん、ひむろ、ひのき、びやう柳、桃るひ、もくせい」の46種をあげている。これらの植物以外にも「いつき、白もくれん」など挿木のできる植物がある。にもかかわらず46種しか記さなかったのは、実際に行って成功した植物であろう。なお、増殖方法として、挿木より取木をした方が容易な植物もあるが、それらについては触れていな…

『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分4

…。 ゑ 3品 「江戸梅嫌」はツルウメモドキ、本文中の「江戸梅もどき」に対応するものだろう。 「ゑんじゆ」はエンジュ、本文中の「槐」に対応するものだろう。 「ゑびね草」はエビネ、本文中の「他偸草」に対応するものだろう。 て 3品 「ていかかづら」はテイカカズラ、本文中の「○茘桂(まさきかつら)」に対応するものだろう。 「てつせん」はテッセン、本文中の「鐵線」に対応するものだろう。 「てんなんしやう」はテンナンショウ総称名、本文中の「天南星」に対応するものだろう。 あ 9品 「あ…

『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分3

…ある。 む 5品 「梅のるひ」はウメ、本文中の「梅るひ」に対応する。 「むくけ」はムクゲ、本文中の「木槿」に対応するものだろう。 「ウメモドキ」はウメモドキ、本文中の「梅嫌」に対応するものだろう。 「紫ふし」は本文中の「紫節」に対応するものだろうが、『牧野新日本植物図鑑』に該当する植物名は不明。 「むしやりんたう」はムシャリンドウ、本文中の「むしやりんだう」と同じ表記である。 う 2品 「うつぼ草」はウツボグサ、本文中の「うつぼ草」と同じ表記である。 「うゐきやう」はウイキョ…

『花壇地錦抄』6草木植作様伊呂波分2

…ウバイ、本文中の「黄梅」に対応するものだろう。 「わうき」はオウギ?、本文中の「わうき」と同じ表記である。 「わうれん」はオウレン、本文中の「黄蓮」に対応するものだろう。 「わすれ草」はカンゾウ、本文中の「萱草」に対応するものだろう。 「われもかう」は本文中の「吾木香」に対応するものだろうが、該当する植物名は不明。なお、再度断るが、「われもかう」はキク科のワレモコウではない。 か 26品 「かんぼく」はニワトコ、本文中の「接骨木」に対応するものだろう。 「かや」はカヤ、本文中…

『花壇地錦抄』4 草花夏之部

…キンポウゲ科)。 「梅花草」は、ウメバチソウ(ユキノシタ科)。 「石斛」は、セッコク(ラン科) 「芭蕉」は、バショウ(バショウ科) 「濱おもと」は、ハマオモト(ヒガンバナ科) ○夏菊のるひ 「夏菊のるひ」は20品あり、すべてに説明がある。「江戸版」「京都版」とも同数でほぼ同じである。これらは、「夏秋論・水揚妃・黄水揚・屋うくわ水揚・玉牡丹・砂金・たいしよくわん・小紫・宇治川・ありあけ・黄太白・きりん・黄一文字・ありま山・南京紫・ほつうけ・南禅寺・雪わり・黄兩面・黄正」の品名が…