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★天明四年秋・六月~九月

…り帰る 六月半ばには梅雨も明けたようで、夜店の賑わいを十九日と廿七日に記している。その間も、夜店は賑わっていたものと推測する。ただ、浅草などの盛り場はまだ賑わいがないようだ。なおこの月のイベントとして、山王権現祭が催されている。 ★七月 三日○七過よりお隆同道日暮里へ涼に(略)富士裏(略)御鷹部屋の裏田畑村へ入、余楽寺の坂より道灌山日暮里佐倉屋へ行(略)庭の山へ行、佐くら屋にて田楽等云付、酒をのみ、六半前起行、笠森前、谷中通(略)千駄樹にて五の鐘聞え、半前奥口より帰る 十日○…

★天明四年夏・三月~五月

…町(略)伊勢屋に休む(略)薩埵拝し、渡辺伴僧に請て香炉寸法を聞(略)涅槃堂念仏暫く聞、榧八幡拝し因果地蔵へ詣、又伊勢屋に休み、江戸見坂より貰し金鍔焼を皆々喫(略)田原町にて(略)花火買遊し、柳稲荷(略)山下通、黒門(略)池端(略)池側を過て又細く道つく、古田侯門前(略)護国院を過、清水門より又細く道つく、東側酒やにて水を貰ひて足を洗ふ(略)富士(略)奥口より帰る 五月は、梅雨ということもあって天候も足場の悪い中、6日も出歩いている。さすがにどこも賑わっているとは記していない。

★天明四年春・一月~二月

…寄、角迎に出る、鉢植梅貰ふ、お隆甘露梅貰ふ、薄暮にたち加賀前にて挑燈つけ(略)六半頃帰路盧 十一日○九半過よりお隆同道雑司谷へ(略)西門より出る、原町の上の街より猫また橋(略)護国寺を拝し、御嶽より右道へかかり直に参詣、鳥居うちにて箸なと買ひ和泉屋に休む、客多し、料理云付梅鉢植を貰ふ、七半頃起行(略)前路を暮前帰る 十四日○九前より近辺閑歩(略)春木町(略)切通し伊勢屋みき新店に休み、中町江原屋へ立寄、上野板法華経を出させ見る(略)山下より車坂、覚成院前(略)谷中門を出て八の…

★天明二年冬・十月~十二月

…み(略)御墓へ参る、梅巌明日七回、其外不残参詣(略)又松竹庵へ帰り(略)高田道へかかる(略)本松寺へ参詣(略)穴八幡坂道普請(略)水稲荷裏門より入表へ出(略)雑司谷甚淋し、内陳参詣多故階下にて拝し、和泉屋にて(略)社前の鄽へ(略)護国寺内(略)猫また(略)原町(略)六過西門より帰る 十一月は、観劇2回を含めて8回も外出している。別録によれば、中村座も市村座も「大入」「近来の大入なり」となっている。しかし、市村座は十二月、借財のため困窮し休座している。 ★十二月 四日○九前より…

★天明二年春・一月~三月

…る故又同道、下男在て梅・椿等の枝を取貰ふ、路次も明る故庭を見(略)大門脇に氈を鋪、弁当開き酒飲み、庄屋前より草を摘み摘み西行、昌林寺観世音参詣、暮前前路を帰る、塗中草を摘、帰家暮時(略) 廿二日○八過より珠成・お隆同道西郊辺閑歩(略)西門より出、巣鴨町北行(略)又五郎辻より野へ出、大塚通りへ行、上の橘落板僑かかる、町裏の土堤にて娵菜等摘み、護国寺前へ山、観音参詣、此程三十三所薩埵山内に堂雄につき此比鍬初在、堂左右茶屋小野屋借り弁当開き田楽やかせ休み(略)帰掛堂左の堂へ参り、帰…

★天明一年冬・十月~十二月

…り(略)谷中上にて紅梅鉢植を求め、首振坂上、坂のうへにて谷五葉松を拾ふ、根有、奥口より六半頃帰る 廿日別録○中村座頑要 廿五日○九つ過より珠成同道湯島参詣(略)聖廟拝し、お清鄽に休む、町人女一人小女一人召連来る、お清云ふ、小女は春日町伊勢やりゑ女の由、植木を見、西門より出(略)霊雲寺地蔵参詣、西行、本郷二町目ヘ出、竹町へ(略)土物店より八半時帰る、 廿七日○九時よりお隆同道浅草参詣(略)富士の辻に町人数十人上下にて立居(略)片町辺の惣名主内海甚衛門隠居物故(略)御鷹部屋前(略…

天明一年春・一月~三月

…一月 元日に根岸から梅鉢植を貰うこと、三日の夜の賑やかなこと、十五日に万才福太夫の訪れることなどは、前年と変わらない。しかし、信鴻の湯島・浅草への初詣は十七日と、昨年にもまして遅い。なお、一月の出来事として、九日の日記にも書かれているように大火があった。『武江年表』には「○正月八日、新材木町和國餅の店より出火、両芝居その外類焼、霊巌島にいたる」とある。信鴻は、二月十五日に涅槃会参詣の途中で、再建中の芝居小屋を見ている。 十七日○九過より湯島・浅草参詣(略)本郷真光寺聖廟恵方に…

信鴻のガーデニング天明四年

…は、7日である。 「梅」は、ウメ(バラ科)とする。 「土筆」は、スギナ(トクサ科)とする。 「蕗臺」は、フキ(キク科)とする。 「山吹」は、ヤマブキ(バラ科)とする。 「嫁菜」は、ヨメナ(キク科)とする。 ○閏一月 この月の日記には5日間に植物名の記載がある。また、ガーデニング作業と思われる記述は、7日ある。収穫の記載は4日ある。それら日記に記された植物名は7、5種である。この年の新たな植物の種類は2種である。信鴻が六義園に移って初めて記す種はない。また、植物を遣り取りした記…

信鴻のガーデニング天明三年

…は、3日である。 「梅」は、ウメ(バラ科)とする。 「土筆」は、スギナ(トクサ科)とする。 「萩」は、総称名ハギ(マメ科)とする。 「蕗臺」は、フキ(キク科)とする。 「福寿草」は、フクジュソウ(キンポウゲ科)とする。 ○二月 二月の日記には16日間に植物名の記載がある。また、ガーデニング作業と思われる記述は、14日ある。収穫の記載は15日ある。それら日記に記された植物名は26、8種である。この年の新たな植物の種類は5種である。信鴻が六義園に移って初めて記す種はない。また、植…

信鴻のガーデニング天明二年

…は12日である。 「梅」は、ウメ(バラ科)とする。 「松露」は、ショウロ(ショウロ科)とする。 「土筆」は、スギナ(トクサ科)とする。 「蕗臺」は、フキ(キク科)とする。 「松」は、マツ(マツ科)類の総称名とする。 「桃」は、モモ(バラ科)とする。 ○二月 二月の日記には19日間に植物名の記載がある。また、ガーデニング作業と思われる記述は、13日ある。収穫の記載は18日ある。それら日記に記された植物名は29、11種である。この年の新たな植物の種類は8種である。以下順に示す。な…

信鴻のガーデニング天明元年1

…録は6日である。 「梅」は、ウメ(バラ科)とする。 「唐橘」はカラタチバナ(ヤブコウジ科)とする。 「冬牡丹」は、カンボタン(ボタン科)とする。 「土筆」は、スギナ(トクサ科)とする。 「つはき」は、ツバキ(ツバキ科)とする。 「福寿草」は、フクジュソウ(キンポウゲ科)とする。 ○二月 二月の日記には22日間に植物名の記載がある。また、ガーデニング作業と思われる記述は、19日ある。収穫の記載は18日ある。それら日記に記された植物名は28、11種である。この年の新たな植物の種類…

信鴻のガーデニング安永九年2

…を26日行っている。梅の実などの収穫は5日となる。 六月は、草刈りや手入れなどの作業が12日、採取は3日行っている。 七月は、作業が7日、収穫が6日と少なく、園中草払いとムカゴの収穫が主である。 八月は、収穫する日数が多く22日に増え、月初めはムカゴ、後半は栗拾いとなる。作業は18日で、草払いが大半である。 九月も収穫が26日と多く、この年は栗が豊作で椎も収穫している。月の後半には「初茸」が増え、「もみ茸」も加わる。収穫に忙しく作業は5日しか行っていない。 十月は、土筆摘みを…

信鴻のガーデニング安永九年1

…、11日である。 「梅」は、ウメ(バラ科)とする。 「土筆」は、スギナ(トクサ科)とする。 「蕗臺」は、フキ(キク科)とする。 「福寿草」は、フクジュソウ(キンポウゲ科)とする。 「赤根」は、フダンソウ(ヒユ科)とする。 「松」は、総称名マツ(マツ科)とする。 「万作」は、マンサク(マンサク科)とする。 ○二月 二月の日記には23日間に植物名の記載がある。また、ガーデニング作業と思われる記述は、13日ある。収穫の記載は20日ある。それら二月の日記に記された植物名は41、13種…

★安永九年春・一月~三月

…樹を見る、渡都に命し梅紅白接分棒木を直を付させ(略)中町手打へ(略)湯島女坂(略)お清茶鄽に休む(略)聖廟参詣、開帳仮店普請最中(略)本郷より帰る(略)七半過帰廬 廿七日○九半比よりお隆同道野遊に出(略)表門を出銚子や鄽へ(略)和泉境より建部の間抜野へ出、四辻より(略)畝道にて娵菜・蒲公・田芹を摘、滝川寺へ入(略)崖下へ下り窟を拝し、土橋を渡り(略)向崖上の民家の前に床机貸り弁当遣ひ酒を飲(略)爰より日色翳故王子へ出、権現拝し崖上より流川を望み、飛鳥山磴道を登り蒲公を摘(略)…

★安永八年冬・十月~十二月

…む(略)太神宮前にて梅鉢うへ求めさせ(略)参詣夥し、君か蕃麦前(略)上野明王院もみの大樹を杣の梢にて伐を見る、人立有、観成院前(略)谷中口(略)酒井館前(略)七半比帰廬 二十日○九半より真崎へ行(略)谷中より瘡守稲荷参詣、感応寺うち芋坂(略)伶人町(略)戸田前(略)東河岸外石橋(略)土堤(略)白玉や江寄鄽(略)今戸町(略)真崎本道へ出仙石やへ行、上間西壁を障子に替へ庭を造り直す(略)団左衛門内通り聖天町浅草裏門より入、観音拝し、伊勢屋に休み(略)広徳寺前通り上野(略)千駄樹備…

★安永八年春・一月~三月

…(略)動坂植樹屋へ紅梅直を付させにやる(略)大師にて山内賑也、屏風坂門より出、山下より広小路へ出、中町にて絵半切・ひいとろ簪五本求め(略)女坂より男坂上伊勢屋に休む、少娘在ひいとろ簪一ツ遣る(略)地蔵拝し聖廟参詣、天沢寺前にて水飴求め、加賀前ひいとろ屋にて簪ニツ求め(略)帰廬の時七ツの鐘聞ゆ 十二日○九過(略)浅草参詣(略)春色暖和(略)土物店より湯島参詣、聖廟并地蔵拝し、男坂伊勢屋に休む、少娘在、中町より山下広徳寺前、塗中甚賑し、直に観音参詣御堂廻り(略)奥山太神宮側に芝居…

信鴻のガーデニング安永八年1

…ズキ科)とする。 「梅」は、ウメ(バラ科)とする。 「万年青」は、オモト(ユリ科)とする。 「くわりん」は、カリン(バラ科)とする。 「萱草」は、総称名カンゾウ(ユリ科)とする。 「桜」は、総称名サクラ(バラ科)とする。 「杉」は、スギ(スギ科)とする。 「土筆」は、スギナ(トクサ科)とする。 「つはき」は、ツバキ(ツバキ科)とする。 「沙羅双樹」は、ナツツバキ(ツバキ科)とする。 「野韭」は、ノビル(ユリ科)とする。 「なむしやもんしや」は、ヒトツバタゴ(モクセイ科)とする…

信鴻のガーデニング安永七年1

…て記す種はない。 「梅」は、ウメ(バラ科)とする。 「桜」は、総称名サクラ(バラ科)とする。 「水仙」はスイセン(ヒガンバナ科)とする。 「土筆」は、スギナ(トクサ科)とする。 「松」は、総称名マツ(マツ科)とする。 ○二月 二月の日記には20日間に植物名の記載がある。ガーデニング作業と思われる記述は、16日間ある。また、収穫の記載は17日ある。それらの中から、記された植物名は28で10種あり、この年の新たな植物の種類は6種である。以下順に示す。なお、信鴻が六義園に移って初め…

信鴻のガーデニング安永六年1

…て記す種はない。 「梅」は、ウメ(バラ科)とする。 「万年青草」は、オモト(ユリ科)とする。 「土筆」は、スギナ(トクサ科)とする。 「橘」はタチバナ(ミカン科)とする。 「柘植」は、ツゲ(ツゲ科)とする。 「萩」は、総称名ハギ(マメ科)とする。 「蕗臺」は、フキ(キク科)とする。 「福寿草」は、フクジュソウ(キンポウゲ科)とする。 「もみ」は、モミ(マツ科)。 「桃」は、モモ(バラ科)とする。 ○二月 二月の日記には25日間に植物名の記載がある。ガーデニング作業と思われる記…

★安永七年十一月~十二月

…賑也、太神宮前にて白梅求め内陣にて拝す(略)女四五人此方よりも見認し様成女なからたしかに誰とハ不認(略)出ながら数顧回看し予也と咡き出る(略)御手洗水へ鰻放し堂左へ(略)伊勢屋に休み(略)弘徳寺(略)山下より藤屋へ(略)中町通、湯島切通しより本郷通りを暮時帰る 十一日別録○森田座頑要 十四日○九半前より他行(略)肴たな大工店(略)湯島参詣、聖廟拝し伊勢屋男坂の鄽にハ武士客在故本店へ(略)中坂より石川表門前通り、長者町、三絃堀より鳥越・西福寺うら門へ入る、鞍岡寺中宝林院へ行、安…

★安永七年四月~閏七月

…道より御鷹へや(略)梅塚寺坂(略)茗荷や(略)護国寺参詣、開帳巳閉帳故猫股橋にかかり、西門より暮前帰る 十九日○今日お浅(娘・阿佐子)着に就板橋休へ迎ひに出(略)和泉境より竹部わき野通り、板橋一里塚(略)染井を五半(略)四半過頃飯田へ(略)豊田本陣(略)前路を帰る(略)十二三町来て巣鴨の七の鐘聞ゆ(略)田畝中を六阿弥陀前に懸り龍志門へ入庭を見、庭うちより茶屋へ出、龍志在少休む(略)本道より牡丹華やへ行、出る時股引の客七八人来る、帰廬暮前 二十日○九ツ(略)浅草参詣(略)富士裏…

★安永七年一月~三月

…中町へ出、広小路にて梅鉢植二鉢買、六あみた(略)山下へ行、鶴市未初めさるゆへ又広小路(略)山門開くゆへ大に群集、瑠璃殿へ入廻廊廻り本堂を拝し、谷中口より感応寺内浜田や(略)日暮里養福寺観音(略)青雲寺うちより暮少前帰廬 十八日○九半比より浅草参詣(略)富士裏より行、神明参詣、屏風坂に掛る、山下より群集市の如し(略)三河屋(略)爰より塗中群集夥し、風神門わき太神宮へ詣、行人熟閙押分難し、直に参詣、堂西より奥山腰懸に暫休み芥子蔵鉄輸を切を少し見、弥惣左衛門稲荷三杜を拝し伊勢や(略…

★安永六年十月~十二月

…沢に棒松、鞍岡に接分梅鉢植買ハせ裏門より出、伊豆蔵わき本妙寺前菊坂台町(略)本郷六町め木戸際へ出七半比かへる、鰻堤樹やにて植溜を見る 廿八日○九比より堺町へと(略)土物店(略)油島(略)中小路、昌平橋(略)須田町の木戸よりお玉か池へ出、新材木町、楽や新道より松屋へ行(略)大入にて松屋も甚乱擾(略)とうかむ堀より箱崎(略)相生僑前より川にそひ千鳥橋、豊嶋橋、(略)両国橋より新橋川中町へ入り、油島(略)六半過帰廬 十一月も信鴻は6日も出かけている。出かけた途中、上野・弘徳寺周辺で…

★安永六年四月~九月

…女坂より中町通広小路梅本に(略)五条の天神開帳ゆへ立寄、甚賑し、神子名代ゆへ神楽上るを見る、裏口より竹町へ(略)車坂より暮前帰る(略)太師谷中より下寺へ移坐ゆへ山中賑し 四月は開帳の季節、『武江年表』には「○四月朔日より、回向院開山護念佛、備中千體佛惠心作、阿彌陀如来、境内藁苞并辨天、一言観世音開帳、○同日より、青山善光寺一光三尊彌陀佛開帳、○渋谷長谷寺二丈六尺観世音、腹籠の像、其外古佛霊寳開帳、○四月より、下谷寺町蓮城寺祖師日親上人作開帳、○橋場不動院不動尊良竹作開帳、○四…

★安永六年一月~四月

…阿部川町(略)広小路梅本へ(略)中町通、油島女坂より杜内開帳を見(略)広小路出口(略)上野中よりかへる、動坂花屋へ立寄、帰家七半過 廿一日○七少過(略)土物店(略)加賀脇より油島へ行、伊勢屋に休む、参詣多し、伊勢屋に暫休む(略)軽業へ行、木戸甚込合右方桟敷にて見る、三絃三調太鼓若衆子口上を云、綱の上にて裏付上下も上立にて化粧したる男駒下駄にて渡る、左手に青傘をさし、後に下駄をぬき居合をぬくを見(略)女坂より中町通り、広小路にて浅野に風くるま買ハせ(略)池端通り婦人春遊甚多し、…

★安永五年七月~十二月

…略)中町(略)広小路梅本に休み山内(略)宝光堂参詣(略)法住寺(略)六の鐘聞へ動坂花屋前にて上野の六聞ゆ、御鷹部やにて挑燈つけ六過かへる 十四日○九半前(略)神明参詣、裏より谷中通り谷中門内大師にて煙を弄す、男女行人夥し、屏風坂(略)塗中甚賑也(略)浅草大神宮に雨宝童子大幟二つ建大に群集也(略)地蔵参詣、直に観音(略)今戸へかかり真崎手前より宗仙寺道へかかる(略)田中より白玉やへ立寄鄽婆を伴ひ大門に入、俄祭を見る、未初らす大門内大に群集(略)六半程過て祭り江戸町より来り会所の…

信鴻のガーデニング安永五年2

…ない。なお、「八朔紅梅」の名があるが、ウメの園芸種と思われるが詳細は不明。また、「あさみ菊」については、アサミコギク(キク科)があるものの確証はない。 「薄」は、ススキ(イネ科)とする。 ○十月 十月の植物名を記載した日は8日であるものの、ガーデニング作業と思われる記述は13日ある。収穫物の大半はハツタケで、収穫した日は7日ある。それらの中から、記された植物名は14、8種ある。新たな植物の種類はスイセン1種である。また、信鴻が六義園に移って初めて記す種はない。 「水仙」はスイ…

信鴻のガーデニング安永五年1

…)とする。 「洞雲寺梅」は、ウメの品種と思われるが、詳細は不明。 「豊後梅」は、ブンゴウメ(バラ科)とする。 「南天」は、ナンテン(メギ科)。 ○二月 二月の日記には23日間に植物名の記載がある。ガーデニング作業と思われる記述は、3日間ある。また、「野蒜・蒲公・土筆」などの春草摘みの記載が23日ある。それらの中から、記された植物名は40、13種あるものの、新たな植物の種類は9種である。以下、日付順に示す。また、信鴻が六義園に移って初めて記す種は、ヒガンザクラとホトトギス、サク…

平穏な安永四年六月~閏十二月

…を買ふ、余の虫なし、梅本屋にて藤やそは取寄、五過起行、前路をとる(略)四過帰廬 十七日○明七ッ起、七半より珠成同道浅草参詣(略)谷中通(略)池端の門前にて六ッの鐘聞ゆ、観音にて因果地蔵へ参り幟を奉り直に参詣(略)三河やに休み山下門より入、清水門を出、首振阪にて宇平沢へ寄、厠へ行、路次内の庭を見る、泉池有、亭をかしく建て幽閑の地也、夾竹桃鉢うへを買ひ、五過帰家 三十日○七半頃より(略)兼而油島へ詣んとす、谷中へかかる、日落夜に入らんと言ヘハ、法住寺上の酒や前より左折、日暮里前飼…

安永五年一月~六月の楽しみ

…宇平次庭へ(略)坐敷梅鉢植飾り見事也、感応寺(略)刀を預け五町見物(略)新町より裏通り二町目一町目を見る、豊後語り花人七八人鄽先にて芸をなすゆへ群集、江戸町一丁目末も見物して群集の様子(略)田町通行人賑ハし(略)浅草裏異門より入る、参詣群集(略) 十二日○四過より六本木・新堀へ(略)白山前より伝通院うち(略)紀伊国坂下川側(略)六本木(略)九過着、八前起行、南門より出、長坂より新堀(略)八半比起行(略)七ツの鐘切通し水野前(略)日本橋(略)駿河町(略)本郷一町口より乗輿、薄暮…