梅 の検索結果:
…阿弥陀や亀戸近くの観梅に人出/読売4月M浅草観音開帳、葦簾張りや天幕が禁止され大傘500が並ぶ、五月まで日延べ4月Y神武天皇祭、灌仏会、花見と市内が賑わう4月M団子坂で菊人形までのつなぎに桜人形などを催す4月Y上野東照宮の祭礼、学生運動会などに多数の人出4月M四谷須賀神社の臨時祭礼、軍楽隊や手踊り5月Y演劇に似た見世物の興行禁止の通達5月H歌舞伎座の洋風建築が落成、初日、団菊左三俳優の顔合わせで大入り5月H新富座、初日無代、二日より大入場5銭5月Y日本美術協会の展覧会入場者2…
…は活発で、新聞には、梅見の屋形船の予約が多いという記事も、また初午の水天宮や上野公園の賑わい、佃沖や御台場の潮干狩り、サクラ・ボタン・フジ・ハナショウブ・アサガオ・ハスなどの花の便りが続いた。四月の学生の運動会は一日に10校も開催され、五月の藤見では「くず餅」が大人気。六月には、本所の東花園が東海道五十三次の盆景を出した。入谷の朝顔人形は、この年も大がかりな舞台が仕立てられた。盆踊りは、浅草観音や八丁堀の広小路などで流行し、夜中の十二時頃まで踊り歩いていた。このように四季折々…
…田・亀戸・向島等の観梅に相応の人が訪れているが、まだ男性が大半を占め、女性は二割以下であった。三月になると、向島梅屋敷は、観梅に訪れる人で、休日でもないのに腰掛けが足りないほどだという。四月の花見は、どこも朝から人の山と書かれるくらいの人出。品川・台場付近の潮干狩りの賑わい。五月には、これまで無料で見せていた大久保のツツジを有料にするとの記事。大勢のファンの要望に応え、義士討入の活人形や吉良邸門を赤躑躅でつくるなど趣向を凝らした興行になった。夏の風物詩、入谷の朝顔市は、榎本武…
…二月には、まだ早い観梅に人出と、行楽の足は絶えない。三月になると、東京各地の梅園に人出があり、特に彼岸には多かった。四月、上野から王子(飛鳥山)へと花見の臨時列車が運行、墨堤では花見のため諸車通行禁止、向島では混雑して渡しの桟橋が落ちる騒ぎもあった。五月には、小梅村の長春園では数百種のバラ園の便り。六月にもハナショウブの便り。七月の本郷・菊坂下の釣り堀では、数万匹のホタルが放たれた。猛暑であったことから、納涼場はどこも大繁盛で、花火もたびたび催された。 六月の氷川神社祭礼は、…
…葛飾に新設された立春梅園のウメが満開となり、風流な庭園を多数の見物人が訪れた。四月に曳舟四ツ木の花やしきが開園。大久保のツツジは再び注目され、年々華やかになった。五月、堀切のショウブ園などへ多くの人が出かけていった。夏の風物詩、入谷の朝顔市は、華族から庶民まで続々と来訪し繁盛した。九月には、秋の七草で有名な向島百花園だけでなく、柳島の萩寺にも多くの人が出て賑わった。秋は、各地の菊人形に加えて、品川・海晏寺の紅葉も数十本植えましたこともあって見物客が多かった。このように江戸時代…
…初春興行。当時人気の梅坊主のカッポレを団十郎らが踊り大喝采を浴びた。藪入りは快晴で、市内は公園をはじめとして賑わい、各劇場は大入り、飲食店も繁盛した。二月の初卯は、早朝より店を出し参詣人も続々と訪れた。涅槃会(釈迦の亡くなった日)と初午が重なり、天気もよかったので寺社は賑わった。ウメがほころぶと、亀戸の臥龍梅へと観梅客が訪れ、日に40円の収入になったと。ちなみに、一月からそれまでに梅干し百樽を売りつくした。年間の収入は、花と実で千五百円、その他に梅酢で30円程あったと。 浅草…
…家」についての解説、梅ケ谷の優勝記事などがのり、再び人々が注目しはじめた。初日の木戸銭は、21円20銭(観客238人)と低調であったが、六月には十日間で3203円(観客3万8千人程度)の収入にまで増加した。これは三月に、平安末期以来絶えていた天覧相撲が芝浜離宮(芝延遼館)で開催されたこともあって、相撲の人気が再び盛り上ったことによる。前年までの相撲興行期間は、柳橋の茶屋や船宿、待合などが繁昌することはなかったが、この年の五月からは違うと書いてある。新聞には「相撲見物の質向上か…
…報知2月Y亀戸の臥龍梅、小村井の梅園などかなりの人出/読売2月○東京府、劇場取締規則が布達2月C南葛西郡で狐踊りが大流行/朝野3月Y品川のサーカス、初日から大入の人気3月U上野公園内に博物館(日曜5銭平日3銭)動物園(日曜2銭平日1銭)が開園/上野動物園百年史3月Y竹沢藤治が浅草奥山で曲独楽興行し、大評判をとる3月 開店や大売出しに景品を出すことは、富籤類似行為と取締り3月Y本郷の春木座、総幕が出揃い大入4月 浅草本願寺で、観古美術博覧会(3~7銭)、天覧を賜る4月H回向院の…
…東京絵入3月Y蒲田の梅屋敷、巣鴨の群芳園のウメ盛り4月Y芝の出世弁天祭礼、甘酒や接待や神楽で賑わう、矢場の女目当ての客も4月C西南戦争の狂言が流行⑨4月K上野と芝の東照宮祭礼賑わう/かな4月K新井薬師開帳で大賑わい、延長を申請5月Y深川と佃島の漁師が船祭、品川の台場近くまで出て飲めや歌えの騒ぎ5月Y横浜根岸競馬場で外国人が競走、観客多数5月Y築地海軍操練場で外国人が運動会6月L亀井町亀甲亭で、矮人(小人)の見世物の興行/東京絵入6月Y浅草浅間神社祭礼、麦藁の蛇売れず6月Y水泳…
…の名所である大森村の梅屋敷が賑わい、彼岸の浅草は、天気がよいこともあって大賑わいだった。四月は花見に開帳。向島では、女装や高歌放吟で逮捕者がでるほどの騒ぎであった。州崎の浜には潮干狩りの人の群れができた。ハナショウブも人気があったと見えて、五月に向島の「八百松」と亀戸天神、六月に堀切・菖蒲園と向島・愛国園の花の便りが載せられている。七月の川開きは年々賑わいを増しているらしく、「両岸の提灯は何万という数が知れず、両国大橋は勿論、両側は爪もたたない見物」と花火の様子が記事になった…
…近、府下第一群集し、梅桜植付け勝景を添えん2月H回向院の大相撲、給金トラブルで延期3月H上野東照宮境内で榊原健吉が剣術の奉納試合を行う3月H浅草松葉町本覚寺で京都本国寺の釈迦・白蓮の像の開帳3月○築地海軍兵学校寮で競闘遊技会(運動会)を催す3月H官立学校は日曜日を休日とする4月H湯島天神、臨時祭で活人形数多く、参詣人多し4月H回向院で上総国芝山村観音寺仁王像(賽銭一日25円)、荏原郡古川村子育薬師如来の開帳4月H吉原仲の町に、恒例のサクラが植えられる4月H上野東照宮参詣著しく…
…い2月B浜町一丁目に梅園、茶亭設け遊観客を招く/武江年表3月B浅草寺町経王眼病守護日朗上人像、上野慈眼堂、谷中大円寺瘡守薬王菩薩の開帳3月B上野花見の頃、山内茶屋舗、去年よりも多数出店する3月○数寄屋橋門櫓の取り壊し布告、以後、各城門櫓が取り壊される4月B深川永代寺で成田山、小石川白山大乗寺鬼子母神、愛宕下鏡照院本尊身代不動尊の開帳4月B大川端川口橋の西に池鯉鮒明神観音堂が営まれ参詣人多数4月B小網町二丁目小あみ稲荷祭礼、飾り物あり、参詣多数4月B新大橋西詰を菖蒲町と呼び、水…
…B浅草寺御蔵前で観世梅若能興行3月B浅草伝法院で博覧会3月B浅草三社祭礼、山車伎踊等出る3月B富士山北口、4月~8月まで女性の参詣許され、諸国より参詣人多数4月B高輪河岸の葦簾張茶店等その他残らず取払われる4月B芝金杉多聞院毘沙門天開帳4月○教部省より、人々の啓蒙を勧める「三条の教憲」発令5月B招魂社落成し祭礼、競馬・相撲・半蔵御門外で昼花火5月○祭礼の競馬に懸賞、袂時計・羅紗戒服・フランケットを各5/兵部省達5月B深川浄心寺で身延山久遠寺祖師七面菩薩、回向院で下総幸手宿の辺…
…黴毒院が開設、遊女の梅毒検査実施8月B市谷八幡宮祭礼、山車11輌、伎踊練物等出て賑わう9月B神田大神祭礼、神輿と山車14輌神田橋御門入る(伎踊は入らず)見物群集する9月B牛込赤城社祭礼、神輿渡り・山車18輌・伎踊等出て賑わう9月B染井巣鴨団子坂に菊の造物あり9月B招魂社祭礼、競馬・相撲・菊花壇・飾り物等、参詣人多数9月B南御楽園が染井村植木屋の庭になる、菊花壇や盆種見せる9月B麻布広尾笑花軒で菊花の造物を見物させる9月○新貨幣御鋳造(一銭、半銭、一厘鋳造)布告10月B招魂境地…
…は、正月早々、早くも梅の花が咲き、中旬には紅梅の開花のたよりも伝わっている。 戦いの後長らく閉じられていた上野山内だが、二月の中頃になってようやく参詣や花見などの立ち入りが許された。そうなると戦いの跡を一目見ようという見物人が、日を追って増えていった。また、下旬には、江戸城吹上御苑の拝観が許された。終日大勢の人々が訪れ、あまりにも多く集まり群衆の中のうち8人が死亡したとある。行楽シーズンに先立って、高輪泉岳寺で十一面観世音摩利支天の開帳、須田町二丁目広場では相撲興行が催された…
…月E五代目菊五郎が「梅照葉錦伊達織」を襲名上演する/日本演劇史年表 9月○改元、明治元年となる 9月B堀内妙法寺祖師開帳、参詣人多数 9月E歌舞伎界不況打開に、中村座と守田座が合併興業を行う 9月○市村座の策師参謀・河原崎権之助が惨殺 10月B御鳳輦(ホウレン)東京に着き、貴賤老稚児道路に輻輳して拝し奉る 11月Ⅹ興行場内の帯刀禁止/太政官日誌 11月B天皇、東幸を祝し東京市民に酒・鯣など下賜 11月B山下御門内薩摩侯陣営の稲荷社で祭礼、相撲見物もあって町人参詣し、酒下賜され…
…月 守田座で『魁駒松梅魁曙幑(イチバンノリメイキノサシモノ)』大当たり 5月 回向院で陸奥金花山大金寺開帳(見世物一時参詣人多シ)を含め開帳2 6月 赤坂氷川明神祭礼、神輿のみを渡す 7月 芝薬王寺開帳 9月 中村座で勘三郎が芝居寿狂言興行大入り(前年カラ延期) 9月 神田明神祭礼、産子町職人が許可なく附祭を催し罰金 11月 雑司ヶ谷鬼子母神境内鷺明神で酉の祭始まる(以来年々賑ワウ) 11月 回向院で勧進相撲、五・六日目の見物人1万3千人 冬頃 調練場まで西洋風の太鼓を鳴ら…
…にできた。また、浅草梅園院境内に栗ぜんざいの「梅園」ができている。そして、中ノ郷業平橋の手前に、庭内に湯滝のある料理茶屋「在五庵」が開店している。 ・安政二年三月、牛込に居酒屋が始めて開店する。十月の安政大地震が起きたが、「近頃、あらづきのくろ米の菓子を紅梅焼と名付けて売る家が多いが、これは香餅と言うところを誤ったのではないか」と記述がある。 ・安政四年には、日本橋に和菓子屋の「栄太楼」が開店している。 ・安政五年に、佃島の漁民が売り物にならない雑魚や貝を醤油などで煮つめて保…
…中は混乱なく、蒲田で梅林に立ち寄って梅花の塩漬けを買ったり、梅花を浸した湯を賞味したりしている。 江戸に入り、日本橋に近づくころには、沿道の両側に人垣ができていた。「見物の老少、面を以て垣とす」と、武江年表に記述があるように、見物人が多かったようだ。外国人を近くで見られると期待していたものの、ハリスは駕籠のなかで、見ることができなかった人の方が多かったのでないか。ハリスは、「私が駕籠の中から見あげたり、見おろしたりするとき、群集は男女の大きな塊りのように見えた」と日記に書き残…
…のは赤い生地に「松竹梅」の名を模様にした粗末な着物で、これといった芸もなく、ただ小屋の中で臼を挽いて、麦こがしを売るだけ、というたわいのない見世物であった。 江戸の庶民は、老いも若きも女も男も、何が始まるだろう、何が見られるだろうと好奇心のかたまりであった。と同時に、寛大な気持ちも持ちあわせていた。最初からインチキくさいとわかってはいても、金を払って「なんだ、何でもないじゃないか」と笑って帰っていく。そんな馬鹿馬鹿しさを楽しむおおらかさを当時の人々は持ち合わせていた。 安政三…
…木七面坂坂下紫泉亭、梅園を開き来訪多し 2月 回向院で勧進相撲 春頃 亀戸天神開帳を含め開帳8 閏2月浅草奥山に鯨細工の見世物、喝采を浴びる 4月 猿若町の結城孫三郎の繰芝居、不繁昌で休座となる 5月 夜毎に麦湯店の若い湯汲女の接待を禁止 夏頃 回向院での三河矢作村光明寺開帳を含め開帳3 6月 山王権現祭礼 6月 千駄木の植木屋六三郎の発案で、浅草奥山に遊観地を造り公開する 7月 佃島沖で合図烽火(ノロシ)調練(中島流火術名人ヲ偲ンダ)、水陸に見物人 7月 浅草本蔵寺での下…
…7月 市村座で『尾上梅寿一代噺』大当たり(松緑三十三回忌追善) 秋頃 目黒茶屋に、菊の作り物が置かれる 9月 神田明神祭礼 10月 吉原秋葉権現祭に山車練物多く出す 11月 回向院で勧進相撲 11月 市村座で『源家八代恵剛者』大当たり 11月 寄席の入口での籤引を禁ずる 12月 縁日や往還・広場での通行人相手の籤が禁止される ○浄瑠璃、薩摩座・結城座で興行 ☆この年のその他の事象 1月 市中各所に火災 3月 霊岸島の川浚い、埋立 ★弘化5年1848年 1月 回向院で勧進相撲 …
…歳里見八熟(ブサ)梅』大入り大当たり 5月 回向院での淡島大明神開帳(「海獣」ノ見世物出ル)を含め開帳2 6月 山王権現祭礼 8月 都々逸坊扇歌が寄席で都々逸を歌い流行する 9月 中村座で『貢十人切』評判よく大入り 10月 回向院で勧進相撲 10月 湯島天満宮祭礼に山車練物出て、見物人群集する 12月 町家での売笑や隠売女の取り締まり、好色本の店頭販売も禁止 ○浄瑠璃、結城座で興行 ☆この年のその他の事象 春頃 雑司ヶ谷感応寺境内に千本の桜が植えられる ○斎藤月岑『東都歳事…
…福神参り、藪入り、観梅、開帳と続く。庶民は正月からあくせくと動き回るようなことはしない。三田村鳶魚によれば、江戸の正月はとてものどかなものだったようだ。特に町人の元日は、何もないと言って良いほど静かで、寂しいくらいであったと言っている。 まず初日の出、当時の建物は二階屋までしかなかったので、ちょっと小高いところに上がれば容易に日の出を見ることができた。名所と呼ばれる場所は、深川の州崎、芝高輪の海浜、芝の愛宕山、神田の明神、湯島天神、九段坂上などたくさんあった。が、それでも実際…
… 回向院での山城紀伊郡吉祥院開帳を含め開帳2 閏8 西両国で駱駝(ラクダ)二頭が見世物、群集する 閏8 高田南蔵院開帳 9月 赤城明神祭礼に5尺あまりの獅子頭2つが出て見もの 10月 回向院で勧進相撲 11月 河原崎座で『男山恵(トリタテ)源氏』梅幸・結城座で興行 ○浄瑠璃、薩摩座・結城座で興行 ☆この年のその他の事象 4月 吉原京町から出火、遊郭全焼 5月 文政一朱を新鋳 7月 閏8月まで水害が多発する 9月 品川御殿山の桜600本櫨60本 ○春から秋にかけて麻疹が流行
…、これらは福禄寿松竹梅の札が、各一万枚、計六万枚発行されるという大掛かりなもので、この時の最高金額は六百両であった。 六百両という金が、今の金にしていくらぐらいになるのか、詳しくはわからないが、少なくとも数千万円にはなるはずである。寺門静軒は、『江戸繁盛記』に「当たれば」として「十年も人から雇われていた男が一朝にして錦を着て故郷に帰るように栄える。昨日鏡を質に入れた女が、今日はベッコウの櫛や、こうがいを頭につける・・・」と、大当たりをとった者が、一夜にして急変すると書いている…
…が寺島村に花屋敷(新梅屋敷、現在の向島百花園)を開いている。 一八〇七(文化四)年、大田南畝が巣鴨の菊を鑑賞しに出かけたように、植木屋が一種の行楽地として注目されるようになった。そうなると、植木屋の方でも、菊の花で人物や鳥獣を形作って見世物にするなど、次々とアイディアを競うようになる。一八一二年(文化九)には、巣鴨、染井の植木屋が五十余カ所で菊細工(菊人形など)を披露している。 そしてこれら行楽地が目指すものは、明らかにビジネスであり、現代の遊園地経営と何ら変わりがなかった。…
…年 1月 市村座で『梅桜松曽我(ハルキョウダイアイオイソガ)』大当たり大入り ☆この年のその他の事象 1月火事頻発 ★享和年間の関連事象の補足 ○ガラスに彩色絵を描き画面を動かすように仕組んだ「写し絵」が両国付近で興行し、評判となる ○煎茶の会が流行する ○浅草新鳥越、八百善の料理が人気 ○近江仁正寺藩五ノ橋邸内に百余種の桜が植えられる ★文化1年1804年 春頃 深川八幡開帳を含め開帳6 2月 華美な稲荷社の祭りを禁止 2月 初午祭に子供が太鼓を打ち鳴らすのはよいが、大…
…上寺方丈焼失 ○浅草梅園院で源氏流生花千葉竜卜が一世一代の大花会を催す ★天明五年1784年の主な娯楽・行楽関連の事象 2月 桐座で二世瀬川菊之丞十三回忌追善五変化上演 3月 中村座で『三ツ人形弥生雛形』羽左衛門大当たり 3月 相州江ノ島本宮岩屋弁財天開帳、江戸より参詣人多数 2月15日より 回向院にて、鎌倉稱名寺不動尊開帳 2月15日より 回向院にて、豆州八丈島為朝明神本地地蔵菩薩開帳 3月より 洲崎辨財天開帳 3月8日より 江之島下の宮辨財天開帳、江戸より參詣多し 3月 …
…、風神門前より東折小梅浄泉寺参詣(略)水戸侯舘わき甚賑也、浄泉寺本堂にて烟を弄し(略)御墳墓の鍵取寄直に参詣(略)水戸侯邸(略)珠数屋へ寄(略)伊勢屋へ行小休み、薩埵参詣群集也(略)榧八幡因幡地蔵参詣、又伊勢屋へ(略)帰路広小路(略)西中町へ入、田原町二丁目通り(略)車坂門(略)いろは(略)帰家暮時 二十日○四半時より森元町へ(略)小石川通り、一つ橋、大手より和田倉(略)西下、内桜田、虎門、西久保、土器町より森元町表門より入る、行平鍋・難卵・隅田川濁酒造ハす、九半前来る(略)…